第692話 √7-25 『ユウジ視点』『七月二十日』
そうして俺はユキの家に招かれた、それも土曜日だと言うのに両親のいない二人きりの状況。
脳内設定によればかつての近隣だった頃のユキの家に来た事は何度かあるが、少しの距離を引っ越した後のユキの家に俺が足を踏み入れるのは初めてだった。
男女が二人、密室で何も起きないなんてことありえ……た。
そう、言ってしまえば何もなかったのだ。
リビングに通されてソファでドギマギしていると、ユキは昼ご飯を作り始め、そして頂いた。
スパイス好きなユキだけあって、主食から汁物まで香辛料をふんだんに使った料理でもてなされた。
俺が割と好きな味付けというか、肉料理にパンチの効いたスパイスというのはご飯が進むし男の俺としても嬉しい、時折やりすぎ・入れ過ぎ感もあったが。
……まぁデザートのアイスにもシナモンを使ってるあたり、本当にスパイスが好きなんだなぁと思ったものだ。
「ごちそうさま、じゃあまた学校でな」
「うん、また学校でね」
こうして俺は食後の満足感から、満たされた気持ちでユキの家を後にした――そう、しばらくスーパーに戻るべく歩いている時に気付いたのだ。
「彼女の手料理食べただけじゃん!」
いや別にね、下心マックスというわけじゃなくてもね、ちょっとはちょーっとは期待するというか、何か進展するようなことがあるとか男子高校生目線では思っちゃうわけですよ。
それが、まさかの何もなし!
両親がいないとか伏線でも前振りでもなんでもなかった、本当にご飯食べただけ!
……もしかしてユキは俺が何かするのを待っていたのか!?
基本受け身な俺としてはその発想はなかったというか、やらかした!?
いや、でも正直ご飯食べてる時にそういう雰囲気じゃなかったというか……どうすればいいんだってばよ!
そんなこともありほぼ何も無かった、もしちょっと色気があることとしたら――家に来て一回、食前に一回、食後に一回、キスしたぐらい。
食後のキスはなんともユキもきっと俺もスパイシーな香りがして、かなり独特だったけど悪い気持ちはしなかった。
…………あれ、それでもキス三回もしてんじゃん。
いよいよ麻痺ってきたのか俺は。
七月二十日
終業日を前日に控えた昼休みにて、俺たちは夏休みの計画を立てていた。
……いや、そもそもユキの家に行ってから時間が飛び過ぎだと思うのは無理ないのだがしょうがない。
何も、何もなかったのだから!
せめて体育祭でユキとの二人三脚があるならば、もう少しイベントがあったかもしれないが……。
時折放課後残ってユキと練習することがあったぐらいで、まったくもって平穏に日々が過ぎていってしまった。
期末試験も中間試験と変わらない勉強会風景にテスト結果に、プール開きだって男女別のプール授業で俺が長々と語ったところでしょうがない。
すると夏休みが迫ってくるところまで、多く語ることはなかったのだった。
ちなみに件のユキ家へのお誘いと下校デート以外、まともなデートも無し! つまりは進展無し!
……もちろんユキが目指していた昼食時のおかず交換とかもあれば、日常的になってしまったユキとのことあるごとのキスがあったことには違いないのだが。
それ以降関係が進んでいない以上俺から話すことはないのである、変化を求めるならば夏休みに控えているであろうイベントに期待するほかなかった。
ということで夏休みに予定を今、夏休みを目前に控えた頃に教室で決めている。
ちなみに放課後で多くの生徒が下校したあとであり、いつものメンバーでの計画だけに俺やユイにマサヒロと、ユキと姫城もいる……そして何故か委員長もこちらに聞き耳を立てていた。
春にやった、というかやったことになっている肝試しセカンドこと『旬の季節のテラ肝試しリベンジ』。
俺とユキの出会い、ギャルゲーとのハイブリッドな世界、ユキの気持ちと、村祭り。
……じゃなかった、意味深げなこと言ったけど今は関係なかった、『夏祭り』。
そしてもう一つの全員で出かけることを考えていようなのだが、派閥は二つに別れ議論は紛糾していた。
ヤマノヌヌメとゆらキャンにハマったけども山登りは面倒なので手近な場所でキャンプしようという良く分からない妥協案を出してきて『キャンプ』を提案したユイ。
やはり低予算アニメには恒例のスタッフ息抜き回とも呼ばれる微妙に作画の悪い水着回があるよねという意味不明な論理で『海水浴』を提案したマサヒロ。
ちなみに俺は最近ゆらキャンを見てキャンプの魅力に気づいたのでキャンプ派である。
そういえば今更とはいえ時代設定的にはありえないアニメの話題が会話にあがっているのは特に深い意味などない……はず。
いや本来インドア派の君たちなんでアニメ・マンガとかに影響受けたとはいえ、なんでそんなに熱くなってるのとかはまあ置いておいて、平行線かつ論戦はヒートアップしていた。
するとユイはどこから出してきたのか白い手袋を教室の床にバシンと打ち付けると――
「こうなりゃ決闘だぬ!」
「屋上へ来いよ」
ラノベアニメにありがちな決闘展開かと身構えていると、ユイがどこから持ってきたか分からない雀卓を用いた麻雀勝負という名の決闘が俺とたまたま居残っていた委員長を巻き込んで始まった。
屋上行かないのかよ、それに俺の知ってる決闘と違う。
かと思いきやいきなりユイがいきなり倍満ツモ、続いて三倍満ツモ、俺が振り込んだことで国士無双ロンを出したことで終局し晴れてキャンプに決まったのだった。
というかこの麻雀のくだりなんだったの? さりげに委員長は嶺上開花ばっかしてるわマサヒロは緑一色出すわで俺以外がインフレしすぎだったろこの卓。
「そういえばユキと姫城は都合大丈夫か?」
「キャンプかぁ、楽しそう! 私も行きたい!」
「私もよろしければ」
「もちのろんだってばよ!」
俺が二人に聞き、二人も行きたいと言ってくれて、そしてユイが答える。
俺含めた悪友三人組に加えて、学校のアイドル的ポジション双璧のユキと姫城さんもキャンプへの参加が決まり、昼食を良く共にするいつものメンバーが集まることになった。
そうして全員賛成で六人キャンプが決まるのだった。
あれ……六人?
「そろそろ混ぜろよください」
そんな無茶に麻雀繋がりのパロをブッこむ必要ないと思うんだが……委員長。
というかクラスの委員長職でステルスしつつもその内実は濃いキャラクターどころか、彼女がこの世界の元凶の一人だということを俺は忘れていない。
そうしたことから俺は内心で委員長の参加を迷っていたものの、他の五人はどうしてか好意的で、まぁここで異論を唱えるほどではないと思って俺も頷いた。
そんなこともあり、いつものメンバーにプラスされた六人でのキャンプが決定するのだった。
…………俺やユキと同じようにこれまでのことを覚えている委員長の参加は、正直吉と凶と出るか分からないが。