第691話 √7-24 『ユキ視点』『↓』
巷を騒がせた『マイとユウジのおべんとおかず交換事件』から一日。
……巷というのも多分私の中だけだろうし、事件とか言ってるのも私だけだけど。
それでもあの出来事は私にとって衝撃的なことであって、奮起せざるを得ないキッカケになったことには違いない。
そんなこともあり私は放課後ユウジとの貴重な二人の時間こと下校デートを泣く泣く諦めてでも、スーパーにやってきていた。
スーパーにやってきた理由はといえば――来たるべく週明けの弁当メニュー対策だった。
そもそもの事件当日、私の持参した弁当はといえばお母さんお手製のものだったりする。
いや、確かに私だって一応料理は出来るけど……朝弁当を作ってくるほど熱心でもなくて、お母さんのお弁当美味しいし何も問題なかったんだよね。
だってクラス見渡しても自分でお弁当作ってくる子なんて少ない方で、むしろユウジとマイが珍しいはずで……言い訳はダメだ、うん情けないぞ私。
そして私は完全に忘れることは出来なくても、意識していなければすぐには分からないことは多々ある。
前の世界でも聞いた覚えのある、ユウジの持ってくるお弁当が基本家族の誰かのお手製であり、ユウジも作っているということも知っているはずだった。
それでも私が意識していないからすぐには分からなかった、一方でマイはユウジに関心を向け続けたことで、ふとしたこれまでの変化から気づくことが出来たのと思う。
マイが夢に見たというかつてマイがユウジと付き合った世界のことを、マイはきっと夢は夢でしかないと思うだろうし、だからこそ半信半疑にももし正夢だったらいいなぐらいの気持ちだと思う。
しかし私は自分の記憶が正しいという確固たる自信があって、それでいて活用できる立場にありながらマイに完全に後れを取ってしまった。
それだけマイは私の恋愛において強敵なのだ、だからこそ私もユウジの彼女として私は向かい打たなければならない。
私がユウジへの気持ちを万が一に絶対あり得ないけど諦めてしまうか。
それともユウジが私以上にマイに魅力を感じてしまうことで私と別れるという流れ、今のユウジの彼女が私という立場がふとしたことでマイに変わることも、まったくもってあり得ないことではないと警戒する必要は十分あるはずだ。
だからこそ私もやれることを、出来ることをしなければならない。
少なくとも週明けにでもユウジにとってのおかず交換という出来事を”私”で塗り替える為に――スーパーに赴いたのだ。
そんなこともあり食材を吟味する、昨日から私は弁当の献立をある程度絞り込んでいた。
ユウジが好きそうな、男の子が好きそうなメニュー、記憶の中でユウジが好きの込んで食べていた料理もかなり参考にする、かといって私が食べられないものじゃ意味が無いからと模索を続けた。
女の子手作りのお弁当としても違和感のない、それでいてユウジの興味を惹くような絶妙なバランスも追及する。
そう相手はユウジなのだ、もし学校で全校対決お弁当コンテストなどあれば金メダルも夢じゃないミナお姉さんの弟子のようなもの、いつかの調理実習で食べたユウジの料理はおいしかった……。
マイも強敵ではあるものの、ユウジの目に適う料理というのもなかなかにハードルが高い。
……というかなんでユウジの周りって女子力(ユウジを含む)が高い人ばっかりなんだろうほんとに、と愚痴も言いたくなる。
しかし負けない!
私がここでヘタれては彼女の名折れ、絶対にユウジに美味しいと言わせてみせる!
そこで彼女の威厳を見せて、胃袋を掴んだことでいよいよ私に完全に惚れてもらう、完璧な作戦だよね!
――待ってろ食材、今私が見つけに行くよ!
しかし私の決意はすぐに薄れてしまう、というか気づくと吸い寄せられてきていたのは調味料コーナーだった。
「あ、バジルが安くなってる! それに激辛ソースとは!」
聖戦……生鮮コーナーを目指しているはずだったのに、私は小さくてカラフルな瓶の並ぶコーナーにやってきてしまった。
こ、こんなはずでは……でも身体が勝手に!
「これ組み合わせたら美味しいかな……」
私はいつからか、スパイスの虜になっていた。
元々辛い物がいける口だった私は、ふと訪れたスーパーの調味料コーナーでハバネロペッパーを買ったことが発端だったと思う。
一振りするだけで甘口を激辛に変える劇物とも言うべきペッパーを買い求めて調味料コーナーに来た時、ふと横眼に見てしまったんだよね。
バジルとかが緑で、赤トウガラシ系が赤、カレーに使いそうなのが黄、ブラックペッパーホワイトペッパーはそれぞれ黒と白などなど。
殆ど同じデザインで同じ大きさのカラフルな小瓶が並ぶ棚を見て、その時私は幼少期に訪れたデパートの文房具コーナーを思い出していた。
何色もの、様々な形状の、値段のペンがデパートの文房具コーナーにずらりと並んでいる様を、その時私はワクワクして仕方なくて、少ないお小遣いで安くも無いペンをいくつか買ったっけ。
それに似た感動と同じ感想を抱いたのだと思う――そう、なんか可愛い! と。
そこまで安くもない調味料を適当に買って帰って、ネットや料理本などで使い方や合う料理を調べて、そして調味料を組み合わせるということに何よりもハマった。
料理は足し引きで、足しすぎてもいけないし引きすぎてもいけないのは分かる、それでも沢山の調味料を組み合わせた結果とんでもないものが出来る一方で、万が一にも誰も考えつかないような絶妙な調合が偶然にも出来もした。
調味料を用いたパズル感覚の料理を私は中学生の頃楽しんだと思う、さながら気分はグツグツと煮立つ魔女鍋をかきまぜる私、そんなことをしているとキッチン周りの臭いが大変なことになるからと家族に言われて遠慮するようになったけど。
毎日のようにキッチンを魔女の部屋としていたのは辞めても、時折私は自分用にスパイス調合料理を作ることがあって。
美味しいときもあれば、とんでもないマズい時もあって、でも作っている間は楽しくて、美味しく出来たら嬉しくて、マズく出来たら次はどうしようと考えて。
そんなだから私は生粋のスパイス好きなのだと思う、だからつい調味料コーナーに来てしまったわけで。
でもこれは私が好きなことであって、ユウジがスパイスの効いた料理が好きかは――
「あ、でも。もしかして――」
そう私はふと考える。
たぶん皆よりは私の得意なこと、確実に私が好きなこと、スパイス選びにスパイス調合。
もしユウジの周りにいる女の子と毛色の違う、美味しいスパイスを用いた料理を作れるなら――私だけのお弁当が出来るのかもしれないと。
そんな矢先のことで――
「……ユキか?」
* *
そしてどういう訳か、ユウジを私のお家に招き入れることになっちゃいました。
――どうしてこうなった!?
まあその……私の最近のいつもの悪いクセというか、衝動に身を任せてしまう感じ。
私の調味料選び現場を見たからには口封じに我が家に招待してやろう……みたいな流れ、自分で言ってて意味わかんない、絶賛後悔中!
いや確かにユウジとの思わぬ買い物デートになっていて嬉しいことには違いないけど、その家に来るとなると心の準備が!
「そういえばユキのお母さんがいるなら挨拶しておきたいんだけど」
「結婚前の挨拶を!?」
「…………いやいやいや!」
「え」
違うの……?
「いや将来的にはそうかもだけど、それ以前に交際の報告はしとかないと」
「そ、そっちかー! そっちだよね! あはは!」
というか無意識に婚姻届けとか、今の結婚前の挨拶とか先走りすぎでしょ私……。
それでもそっかぁ、ユウジ交際の挨拶してくれるんだぁ、そういうのはなんか恋人らしくて嬉しいなぁ……あれ、んん?
「でも今日お母さんもお父さんもいないけど」
「え゛っ」
そう、そもそも土日を使って弁当メニューを対策しようというのも両親が不在でキッチンを自由に使えるからというのもあるわけで。
私こと篠文家の家族構成はといえばお父さんお母さんに私の三人家族。
だから私は一人娘。
基本的に家族仲は良好だけど、良く見せつけられる程度に両親の夫婦仲は未だアツアツ、お腹いっぱいです。
そんな両親は夫婦水入らずで旅行中、私は土曜学校だから楽しんで来てよと断ったんだよね……あの二人今も仲良いし、二人のデートを邪魔するのも気が引けるし。
私がよく引っ越していたのも、なんというか会社の転勤で単身赴任で大丈夫なはずのお父さんとお母さんが片時も離れたくなかったからじゃあ引っ越ししようという、ことだったり。
二人のラブラブっぷりは私がのけ者にされている気がしていた時期もあったけど、正直もう慣れたよね……別に二人が強く愛し合ってるだけで私が愛されていないわけじゃないし。
「ということは二人きり……かな?」
「お、おう……」
…………このユウジの微妙な反応を鑑みて、自分の言っていた意味を理解する。
「べ、別に誘っているわけじゃないんだからね!」
「えぇ!? じゃあ俺は何しにユキの家に!?」
「それは……その、お昼ご飯食べてって!」
「あぁ、うん。そういうことな! ……じゃあ有難くご相伴に預かるわ」
変な意味は無いのだとホッとしているユウジを見て私は、なんとも複雑な気持ちを覚える。
いやだってチャンスではあるんだよねせっかくの、ユウジと密室で完全に二人きりになれるという恰好の機会ではあって。
でもじゃあ何をするのかと言えば…………ああ、それは心の準備が!
じゃあ何をしたらいいんだろう、とりあえずキスぐらいはするとして――