第686話 √7-19 『ユキ視点』『五月二十一日』
五月二十一日
私なにやってるんだろう!?
本当になにやってるのかね私は……こ、こんなはずじゃなかったのに!
勢いあまって異性として気になりはじめた幼馴染に告白してOKしてもらったはいいものの、私が恥ずかしさと姫城さん達の反応を考えて口走ってしまった”余計なこと”のせい……じゃなくて、言い訳のせいで今もユウジとまともに会話出来ていないという。
……私はこれでも、これまでの世界を覚えているんだよね。
だから今の現状良くないことは人一倍分かっていて。
その世界の中には今の私と似たような流れになった子がいて……いや、正確には人がいて。
神楽坂ミナ。
きっと私以外覚えていないと思うその人物は、かつて私のクラスメイトにしてユウジの幼馴染だった。
正確には”いつの間にか幼馴染になっていた”人、その時は私が知らない間に作っていた幼馴染(ニュアンスに難アリ)といった認識でしかなかったんだけど……今思えば彼女は下之ミナさんだった、ユウジのお姉さんだった。
お姉さんがどういう訳か年相応に若返って、ユウジの姉ではなく同じクラスメイトになって、更には幼馴染になっていたというトンデモない事件。
そして私はそんな二人の恋愛関係を傍から見ていて、その時に感じたのは――幼馴染の時よりも距離の開いてしまった関係。
ユウジかお姉さんの行動が裏目に出たのか、二人が険悪になる出来事があったのか、それとも巡り合わせが悪かったのか分からないけれど、交際後よりも幼馴染でクラスメイトで居た頃の方が私には二人は親密に見えたし、実際二人もその頃の方が楽しそうだった。
……そう、今の私は着実にその二の舞を踏み始めている。
姫城さんにユウジを取られたくないという思いから急いた結果、気持ちの準備や覚悟をする前に見切り発車。
結果私たちの関係はどっちつかずどころか、まともに話せなくなった時点で退化してしまっている。
どうしてこうなった!?
嘆いても仕方ないのに、私が言った手前消極的にならざるを得ないユウジに対して私が行動を起こさなければならないのに。
その勇気が出ずに、記憶の中では私もスキンシップを図っていた勉強会でさえも姫城さんとユウジのイチャイチャを許す始末……なんかすごい性格悪いな、私。
それからもユウジとは朝に挨拶して、一緒に昼食を食べる時もあれば話すことはなく、他の女友達と話す機会が多くなって下校も別々も。
そして現に放課後ユウジから逃げるように三日続いた中間テスト終わりの早い下校時間に一人で下校――して家に帰る気分にもならず、商店街のファーストフード店で時間を潰していた。
いや、なんで、ほんと私一人でこんなところにいるんだろう。
ユウジと付き合ってたたらさ、放課後デート的にファーストフード寄って他愛のない話とかしてたはずなのに……なあ。
どうして、こうなったかなあ。
「はぁ……」
いよいよ暇を持て余してアイスコーヒーに刺さっているストローをつついていると――
「お隣、よろしいですか?」
「あ、はい……えっ」
条件反射的に答えて、聞き覚えのある声の主に顔を向けると――
「姫城……さん?」
「では失礼しますね、篠文さん」
そこに居たのはやたらスタイルが良くて美人なクラスメイトにして、ユウジのことが好きな女子の姫城舞さんだった。
え、記憶にこんな出くわし方なかったんだけど。
似たような出来事があるとしたら学校でたまたま二人になって、ユウジのことで盛り上がって、その時に呼び捨てで呼ぶようになって。
このタイミングの予想外の人物に固まる私に対して、姫城さんは微笑みながら私の隣に座るのだった。
そしてしばらく私たちの間に会話はなかった。
内心ではどうしてここに姫城さんが、とか私の席の隣に座った意図はなんなんだろうとか考えていて。
もしかして実はユウジとのことが気づかれていて探りにきたか、恋敵とも言うべく私を亡き者に――
「少しお話よろしいですか、篠文さん」
「っ!」
その時私は「や、やられる」と思ってしまった。
いや姫城さんからは敵意とか無いし、至って普通なのに……負い目があるせいなんだろうか。
「な、なにかな」
「単刀直入に聞きますと――」
――刃物と毒物どっちで逝きたいか?
いや、そんなこと姫城さんは言わないよ……ブチギレ姫城さんなら分からないけど。
実際ちょっと見たことあるんだよね、姫城さんがユウジ相手に刃物向けてる場面……たぶんパーティグッズだろうけどね!
そうに違いない、そうであってほしい。
「篠文さんは何がしたいのでしょう?」
…………え?
確かに言葉だけで見るとトゲが含まれていそうなものなんだけど、姫城さんの物言いはごく自然に、単なる疑問として言っているかのようで。
「何がしたいって、それはどういうこと……かな?」
「そうですね、言葉が足りていませんでした。ごめんなさい」
どうやら、どういうことかと説明してくれそうなので姫城さんの言葉を待っていると――
「篠文さんは――ユウジ様相手に何がしたいのですか? 傍から見ても最近の篠文さんからユウジ様への態度の変わりようを疑問に思いまして」
「あ、あー……」
「もしかするとケンカの最中なのでしょうか、それともいわゆる恋愛における押し引きの一種なのでしょうか、プライベートな話なので答え辛いなら申し訳ありませんが」
「れ、恋愛って! 私はユウジなんか――」
いつものクセだった。
友人にはたまに聞かれることで、何度も聞かれてウンザリとしていて決まった文言を返していた。
けれど、今の私には――『ユウジなんか単なる幼馴染だから、そういうのじゃないよ』という言葉が出てこなかった。
そんな私の態度に苛立ちを覚えたのか、少しだけ不機嫌そうな声音に姫城さんは変えて。
「ユウジ様なんか……大好きですか?」
「へ!?」
「少し失礼な物言いになってしまいますが、分からないとでも思いましたか? どう見てもユウジ様を意識しているのが分かりますよ」
「いや、えっと、その……」
バレバレだったーーーー!?
いやいやそんなはずは、そんなはず……あるかも。
「あ、あの姫城さん!」
「はい」
「姫城さんってユウジのこと……す、すすすす好きだよね!?」
「はい」
即答っ!?
「では篠文さんはどうですか、ユウジ様のことをどう思っていますか」
「……言わないとダメ?」
「そんなことはありませんが、それならば私は私なりに行動させてもらうだけです」
言い方がなんか怖い!?
……というか、姫城さんは私をユウジのことが好きだと分かっているみたいで、私が言葉にすることを待っているように見えるわけで。
うーん……うーん…………あああああああああ!
「好き、だけど」
「誰を、誰がですか?」
鬼畜かぁー! この子鬼畜なのかぁー!?
「……ユウジを、私が」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
なんかお礼言われちゃった……。
「ごめんなさい」
「え」
今度は謝られちゃった。
「意地の悪い質問の仕方をしてしまいまして、申し訳ありません」
それから姫城さんは言葉を続ける。
「……実は篠文さんとユウジ様が今のような距離感になる前までを見ていて、お二方両想いなのだと分かってしまいましたから。何らかの出来事があって二人距離を置いているように思えてならなかったのです」
「っ!」
「例えば……告白などあったと仮定しましょう。どちらが告白したかは分かりませんが、きっと断られた・断ったということはないのでしょう。単に恋人の距離感を掴みかねているだけだと思うのです」
「ど、どうして」
それをと言いかけて口をつぐんだ、しまったと思った。
この子は勘が鋭すぎる。
「分かりますよ、こうみえて私女の子ですから。女の武器こと”女の勘”標準装備でもありますし」
こうみえてって紛う余地なく女の子だと思うんだけど……姫城さん並のスタイルで女の子じゃないのなら、私には女の子というものが分からなくなる。
「私の時はユウジ様とはクラスメイトの間柄で、少しずつ関係を縮めていって段階を踏んでいましたが。幼馴染という間柄だと考えることも多いでしょうから」
「え、今私の時って……」
それって、その言い方って、もしかすると姫城さんも私と同じように覚えているってこと……?
「あ……お恥ずかしながら”私の時”といってもユウジ様とお付き合いしたことはないのです。ただ夢に見たといいますか」
「夢……に?」
「ユウジ様と恋人になる夢です、それが妙に具体的と言いますか。今の状況も少しなぞっているようで、本当に奇妙といいますか」
そう、夢で見た話を何故か懐かしむような優しい表情でくすくすと笑いながら言う彼女が隣に居て。
「それって」
夢じゃなくて、実際にあったことだよ。
とは口に出せなかった、言ったところで信じてもらえないようなことだし、それに――本当はあまり言いたくなかった。
心のどこかに、私だけが覚えているという優越感があったのだと思う……いやな子だなあ、私って。
「私としてもその夢が本当に楽しくて幸せで……願わくば現実でもと思ってしまうのです」
「そう……なんだ」
「そんなことから宣戦布告をさせてもらいにきたのです――例え今ユウジ様の気持ちがあなたに向いていたとしても、私が諦めるつもりはありませんと」
「っ!」
姫城さんは、あまりに正々堂々としていた。
こんなこと私に言う必要なんかなく、私とユウジの距離がある内に関係を深めてしまうことも出来たのに。
昔のこの頃の姫城さんならもしかしたら私とケンカになっていたかもしれない、それが――
「篠文さんが気持ちをはっきりとさせてユウジ様にちゃんと思いを伝えない限りは、ユウジ様は十分私に振り向かせられると思っています。だから――容赦しませんよ」
足踏みしている私にとって、今の堂々と戦いを挑んでくる姫城さんが眩しく見えた。
そうだよね……このままじゃ、ダメだよね!
「……うん、分かった。私も――覚悟決めるよ」
「そうこなくてはなりません。私としてもユウジ様との関係を”友達”で終えるつもりはありませんから」
「ユウジは……渡さないから」
きっと姫城さんに言葉で負けないように、私は煽るように言ったのだと思う。
「渡さないとは既に自分のもののようで強気ですね。いいでしょう受けて立ちましょう、今後は私も本気で行かせてもらいますから」
そうして手を出した姫城さんは、どうしてか握手を求めてきた。
これから恋敵になるであろうはずなのに、真正面から向き合って戦おうとする姫城さんの姿勢に私は尊敬の念を覚えずにいられなかった。
私も手を出し、握手を交わす。
こうして姫城さんに焚きつけられる形で、私たちはライバルになったのだった。
どうしてか、その後は二人で話す流れになったんだけど――
「私の方がユウジのことよく知ってるんだから!」
「いいえ、私のここ数年の観察は引けを取らないつもりです!」
ファーストフードのカウンター席で白熱した議論ののち、なんやかんやあって私たちは呼び捨てで呼び合うようになったのだった。
確か恋敵をさん付けで呼ぶなんておかしい! 呼び捨てでいいじゃん! ……みたいだったはずだけど、白熱しすぎて良く覚えていない。
そして私は姫城さん……いやマイの宣戦布告によって、私も行動に出るのだ。
記憶通りなら存在するはずの出来事、その機会をどうにか生かしてみせる!