第677話 √7-10 『ユウジ視点』『四月二十二日』
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四月二十二日
「まったく、移動教室とは忙しないぜ!」
特に移動教室の際は数分程度の僅かな休み時間を利用して、階段を駆け上がらなければならない。
ワープポイントは妥協してもエレベーターぐらい付けろってんでい!
と公立でも低予算気味な学校運営にも関わらず設備更新はそこそこの藍浜高校に無茶振りをしておく。
そして美術の時間が終わると今度は同じ時間で美術室から自分の教室に戻らないといけない。
時代に逆行するかのような非効率的さだと思う、もうちょいハイテクなうんたら~でなんとかならないだろうか。
「ユウジ急いで!」
「ああ、わかってるっ」
愚痴もそこそこに、ということで一年二組クラスメイト総移動中。
ちなみに運動神経そこそこ組の俺とユキが平均的速度で、運動神経だるだる気味ユイは委員長と共に後方に、マサヒロは良く分からんが見当たらない。
ちなみに俺はこれでも自分のあふれ出るパワーを抑制しているのだ、ヨリルートの際にコナツに鍛えられた走力まま故に。
コントロールが難しいせいでユキに微妙に遅れを取っていたので――少し本気出す。
「あと一分半かっ」
速度制限守っても定時に付ける気がしないんですが、この美術室へGOはクソゲーですか?
だからもう少しギアをあげる――
「あっ! ユウジはやいよっ!」
行きはヨイヨイ帰りは怖いという、確かに普通に考えればさっき駆けあがってきた階段を段を飛ばし飛ばしに下りていくというのは踏み外すリスクが高くなる。
それでも俺の強化された運動神経なら何ら問題なし、ギャルゲーの主人公成長メーターなら運動がカンストしているに違いない。
ユキより”分かっていて”早く歩みを進めていることに内心心を痛めつつも脚は止めない。
しょうがないのだ、これはそういうイベントなのだから。
「下りでそんなはやく走れな――あ」
既に半フロア分先を行っていた俺が、ユキの声に振り返ると――彼女は宙に浮いていた。
もしこれがとある制作会社のアニメなら、校舎の階段はオシャレな螺旋階段と化した上で異常な滞空時間を以て落ちてきて、彼女を思わず受け止めればあまりの軽さに……ちなみに某物語シリーズではないのでそんなことはない。
その現実離れした浮遊感は階段を踏み外したからであり、そして彼女は半ば放心した表情で俺と見つめ合いながら――落ちてくる。
「あぶねっ!」
気づけば自分の身体を数歩ほど横へ、腕を広げ彼女を受け止める体制を整えた上で彼女が俺に飛び込んできた。
いくらユキが女の子で、確実に同級生の平均体重を下回っていたとしても、人間を受け止めるということは結構な衝撃が加わる。
それでも俺はユキの体重やGなどひっくるめて受け入れ、自分の腰と足の裏に渾身の力を入れて衝撃吸収を図った。
前までの俺なら勢い付いて思わず腰を付いていただろうが、結果――
「わっ」
「大丈夫か?」
ユキはまるで廊下の踊り場で俺に抱き付いたかのような格好になる。
そう、まるで彼女が足を滑らせて階段を落ちたとは到底思えないような、自然な光景。
ラブコメな恋愛モノな、ある程度話が進んだあとのシーン的な。
「あ」
「あ?」
「ああああああああ!?」
彼女は顔を真っ赤にしながら体をじたばたとさせるので、俺は彼女を拘束していたわけでもないのだが離れることにした。
……オレカラハナニモシテマセンヨ?
「おっと、すまん」
「い、いやそうじゃなくてね! えっとね、そうじゃなくて! あの、ああああああああああああ!」
やたらあ行が多い。
「ありがとう、だけどその……あああ! とにかく助けてくれてありがとう!」
「ああ、俺も勝手に先に行って悪かった」
「うん……うん」
こういっちゃ難だがユキのリアクションが妙に大きすぎる気がしてならない、ちょっと俺から見ても意識しすぎなんじゃないかというレベルで。
この時点では単なる幼馴染の関係のはずなのだが、おかしいな――
そして次の授業の予鈴で現実に引き戻された俺たちは、ある程度急ぎつつも安全第一に教室に戻ったのだった。
ちなみに移動教室自体、移動時間に無理があるのも教師は分かっているので、ある程度は許容してくれるのだった。
じゃあこの走る件なんだったんだよとかは言ってはいけない。
そうして訪れた昼休み、弁当持参だった為に校舎や購買に行く必要は本来なかったのだが――
「ありゃ、お茶忘れたか」
いつもと登校時間が違ったせいか弁当は持ってきつつも水筒を家に置いてけぼりにしたらしい。
「ちょっと買ってくるから先食っててくれ……ってマサヒロは関係ねえな」
「お構いなく」
「あいよー」
「そうだね」
基本俺とマサヒロとユイで昼食としているのだが、たまにユキが加わるという構図だ。
そんな三人に別れを告げて俺は”お茶を買いに行く体”で教室を出る。
教室をちらり振り返ってみると”彼女”の姿はない、やっぱりこのタイミングになるんだなと思いながら歩みを進めていく。
ちなみに水筒はそもそも自分の分を用意していない、そこまでする必要はないかもしれないが、イベントの為に念を入れて状況は作っておくものだ。
そうして廊下を歩いていると、ついに例のイベント発生。
「おっと」
「!?」
昼休みの人込みに紛れてやってきたのはいいし、以前と比べて数分の休憩時間にするよりも展開に無理が無くていい……って誰目線の話だ。
つまりは俺の首を狙ったとされるおそろしい速さの手刀、俺でなきゃ見逃しちゃうね――そんな俺の手にはか細い手が握られていた。
振り返るとやっぱり彼女がいる。
「そんな……気配を消していたのに」
「それで、何?」
とかカッコつけて自分で言ってて難だけど……よくよく考えれば自分が痛い目に遭いたくないからって、微妙にシナリオとズレた行動してるじゃねえか俺。
さっきの階段の踊り場とかでも本当は腰を強打してるのに”前までの俺なら~”とか言ってるけど普通に原作通りにやれよ。
今も手刀受けて半地下に連行される流れじゃん、それぶった切ってどうすんの俺、マジでアホかよ。
「……それは」
「それは?」
原作無視した結果どうなるのか内心冷汗をかきながらも彼女の言葉を待っていると――