第676話 √7-9 『ユウジ視点』『↓』
学校までな、と言ったことに間違いはない。
しかしユキが校門に着いても、そこから昇降口まで手を離さないとは……いやまあ知ってたけど、本当にギリギリまで離さないんだもんな。
そんなユキも妙に上機嫌だし。
それにしても、この注目の集め方はやっぱり慣れない。
この好奇と嫉妬と侮蔑が混ざり合うような居心地の悪さは何度味わっても慣れるはずがない。
ゲームの設定においてユキは学校のアイドル的存在とされている。
ちなみにこのアイドル設定が共通ルートで散々描写されているにも関わらず、他のヒロインの個別ルートでは殆ど生きることがないというスタッフの浅はかさが良く分かる。
そして快活少女なアイドル的存在のユキと双璧を成して存在するのが、育ちの良さが伺えるナイスバディ美女の姫城マイ。
ということからこの学校でのアイドル派閥というのはユキ派とマイ派に別れるとのこと、情報通ユイがいわく。
表立ってそれら派閥が活躍することはなく、陰ながら応援するというのが鉄則らしいだけに、現状ユキ派閥から俺は抜け駆け者に見えるのだろう。
だから彼らに良く思われていないのも無理はない、集めてしまう視線の好奇以外の大体はそれだと思われる。
そうは言っても俺とユキが幼馴染というのはそこそこ知れ渡っている……設定のはずだが。
一年近くの俺とユキのブランクが存在する……設定の為、知らない者も多いのかもしれない。
「っと」
「……着いちゃったもんね」
昇降口に来てしまえば靴箱が離れている為に手を離さざるをえない。
というかここで手を離さなかったらよっぽどのバカップルか、TOLABURUる的な手がくっついちゃった展開しか無い。
そこで浮かれ気味で気づいていなかったであろうユキが、今更視線の存在に気付いて少し気まずそうにする。
そうしてユキは恥ずかしさや照れが優先されたのか「さ、先行ってるね!」と速足で教室に駆けていくのだった。
ユキを軽く見送ったあと、次のイベントに備えることにする。
「(……来たか)」
多くの視線が刺さる中でも、とびきりじとっとしてねとっとした嫉妬と羨望がない交ぜになったとにかく濃厚な視線を送り続ける存在を確認する。
そうだったなあ、こういうのだった、彼女の――姫城マイの視線というものは。
俺の方に視線を向けているなあ、と思う時は熱い感情をその視線の情報の中に感じ。
近くにいるユキの方に視線を向けているなあ、と思う時は冷たい感情を視線に織り込んでいるのが分かる。
そんな彼女はまだ姿を現すことはない、彼女との対面は少し先で、かなり衝撃的なはずだ。
……そんな彼女とは別に、なんとなくしょぼい視線も感じるようだったので振り向いてみると。
「小学校行けよ」
「おにいちゃんひどい!」
案の定ランドセルを背負ったままの桐が居た。
思えばこいつが学校に追ってくるというのも、最初の時ぐらいで最近はなかったな……と良く分からない感慨に耽りつつ。
桐は一応藍浜高校・藍浜中学の系列で存在している藍浜小学校に通っている設定なのだが。
桐の学校風景を一度も見たことがない為に、本当か疑わしい気もする。
実はこいつランドセル背負って小学校に行くフリをしてそこらへんで道草食ってるんだろうか、だからたまに高校に来たり出来るんだろうか。
「おにいちゃんにあいたくてきたのに……」
「家に帰るまで待てないとはいやしんぼめ」
「い、いやしんぼではないわ! べ、べつにお主のことなんて全然好きじゃないんだからね!」
桐にツンデレされても、これっぽっちも嬉しくならない。
「……で、何で来たんだ? 今回は”わしは貴様に幼なじみルートに入れなどとは言っておらぬぞっ!”とは流石に言えないだろ」
「よ、よく覚えておるな……それに微妙に誤字脱字訂正してキャラに近づけてもおるし」
何の話だよ。
「……そうじゃな、あまり意味はないのう」
「なんだよ、桐らしくもない」
「最近ご無沙汰だったからの、たまにはこの高校風景も見ておきたかったのじゃ」
「……そうか」
桐がいつになく大人しい態度を警戒するが、そう言われてつっけんどんに返すほど俺は桐に恨みを持っているわけはない。
それに今回の桐の行動原理は決してふざけたわけでも、悪意があったわけでもない……純粋な気持ちでここに訪れた、そんな風に感じたのだ。
「ほどほどにして学校いけな」
「わかっておるわかっておる、ではの」
そうして桐は猫かぶりモードに戻って廊下をピョンピョン跳ねながら去っていった。
もともと桐が高校に来るというのはシナリオにないことで、右も左も分からなかった頃の俺への情報補足や設定補てんの為だったのだと思う。
役目が無い今回に関しては桐は俺の教室までやってくることなく、小学校に帰っていったようだった。
……で、ここからイベントが続くのだが割愛する。
なにせユキ派閥の一部が、先ほどの俺との具合を見て激怒したことで廊下で襲ってくるという展開だ。
ちなみに俺はこれまでの記憶を有している上に、肉体の具合も強化されているのでなんのことはない。
高レベルで序盤の雑魚敵を一掃するようなイベントだから細かく描写してもしょうがない、ということでかつては原稿用紙三十枚分は余裕で書けるアクションシーンも四行ほどで済むことになった。
それからというもの、桐がやってくる前から存在していた”あの”視線を時折感じるようになる。
しかし彼女はまだ俺の前に姿を見せることはない。
記憶通りなら、彼女との接触は――
「じゃ、ボクは家に帰ってギャルゲーするから」
この世界のマサヒロ(偽)は浸透したはいいものの、付き合いはよくない。
正直ウザいなぁと思っていたマサヒロ(旧)もいなくなれば物足りないもので、今のマサヒロ(偽)が代役を務めているこの状況は異常だ。
しかしそれを言ったところで俺と桐などの一部以外は分からないであろうことは、行動しなくても予測出来てしまう。
この止まった世界を進める、そしてマサヒロ(旧)がいる日常に戻る為にはこのゲームをクリアしなければならないのだ。
自分は二次元にしか興味が無い――みたいな濃いキャラのはずなのに、前のマサヒロを知っているとすっかり淡泊無味無臭な人間の印象しかないマサヒロを見送った。
「途中まで帰ろー」とユキさん。
「皆の衆! 我が根城へと撤収せり! 早急に某は自宅警備という仕事に復帰するで候」以上ユイ。
……そういえばこの世界では既に俺とユイが同じ家に住んでいることは知られている。
というかユイの父親と俺の母親の再婚で義理の兄妹関係になったのは周知の事実だ、ちなみに周囲の反応「そうなんだ! すごいね!」という圧倒的無関心。
そうすよね、浮いた噂ないすもんね、女っ気ないすね。
ということから登校こそ久しかったもののユキとは下校は一緒の時が多く、同じ帰宅部のユイも付いてくる構図もいつものこと。
そうして俺たち三人セットのみならず、帰宅ラッシュもよろしくに他の生徒も教室の二つしかない出入り口の一つを目指していくが為に、間隔の狭い机群の間を歩いてゆくほかならない……その時だった。
――カタン、何かが床へと落ちる音がして思わず振り向いた。
ただでさえ狭い机間で机からノートが飛び出していたようで、俺の学生カバンがぶつかったことでノートを伝って筆箱も床に転げ落ちたようだった。
「あ、悪い」
と俺は謝りながら、すぐさまこぼれた筆箱本体と筆箱の中身やノートを拾い上げて持ち主であろう机の上に置く。
……どうやら筆箱やノートを見る限り女物のようだ、ノートの表紙文字や可愛らしいピンクのソフトタイプの筆箱から分かる。
「い、いえ」
「ごめんな。身体のどっかが当たったみたいでな」
「ええと、大丈夫ですよ……当たった部位は終生保存しておきます」
妙に落ち着いた美麗なその声……と、微妙に疑問符が浮かぶようなことを言ったようような言わなかったような、彼女のものを彼女と二人ですべて拾い上げて顔を見上げると――
そこには非常に整った顔立ち、清楚な佇まい、少し香る甘い匂い。
長く綺麗な黒髪を放らせたかなりの美少女女子生徒がそこには立って居た。
「あの……ユウジ様ですよね?」
「え……?」
思わぬ名前に驚いてしまう………………もうこれぐらいでいいか。
いやここまで記憶通りの内心語りとかしてたけど、もう面倒くせえや。
「なんで俺の名を?」
「ふふ、私も一年二組のクラスメイトの一人ですから。もちろん名前は覚えていますよ?」
「私は姫城 舞です」
知ってる。
「ああ、覚えておくわ」
「ありがとうございます、では以後よろしくお願いします」
「あーこちらこそ、どうもよろしくな……じゃあ」
「はい、また明日」
そうして彼女ことマイとの初接触となる――この世界では。