第675話 √7-8 『ユウジ視点』『↓』
……ユキとの登校にあたり桐と一応話し合って作戦会議のようなこともした。
俺の記憶が間違っていなければ、このユキとの登校は重要イベントなのだ。
重要どころか俺が下手を打てばユキが死ぬという、あまりにもあんまりな鬼畜イベントとも言える。
今なら分かることだが、ヒロインの共通ルート部分のそれも序盤に即ゲームオーバーな上にトラウマ級な選択肢を用意するあたりこの原作ゲームはどうかしている。
……やっぱり制作者殴ってきていいか?
とは思うもののこの怒りはどうにか鎮めておこう、ユキに見せる訳にいくまい。
桐との会議は朝一で、以降は家事手伝いのち朝支度をして、生徒会が無い場合のルートに出かける登校時間より少し早めに家を出る。
いわゆる作られた記憶の中にあった、かつてユキとの待ち合わせ場所としていた場所に向かうと、ユキが既に待っていた。
だから少し駆け足気味でユキに後ろから向かって行ったのだが――
「よ、ユキ」
「ひゃっ!?」
だいぶ近づいたところで、そこまでの声量もなく名前を呼んだのだが。
……何故かユキは飛び跳ねる勢いで驚いていた、一体どうしたのか。
「……お、おう。どうした」
「いきなり現れるからビックリした!」
痛々しいカップルみたいに「だーれだ?」みたいなことをやったわけでもなく、驚かす目的に抜き足差しで忍び寄ってもいないのだがユキの目にはいきなりに映ったらしい。
「え? 別にそんな意図はなかったんだが、驚かせたならすまん」
「え、いや、ううん……大丈夫、なんかごめん」
……こんなリアクション記憶の中のユキはしてないことの方が気になった。
なんか横顔を見る限り頬赤くしてるし、まるで意味わからんぞ。
「じゃあそろそろ行くか、ユキ」
「う、うん」
と二人並んで歩きだしたまではいいのだが――
「そういえば一緒に登校するって久しぶりだな」
「だよね、中三でクラス替えになる前は一緒に登校してたのにさー」
思えばこんな会話をした……はず。
俺の記憶も完全ではなく、重要局面以外はあくまで人並みに覚えている程度なので「大体あってる」という具合で覚えている。
今日までの自分以外の人物との会話も「大体こんな感じ」という内容が続いていたのだった。
「というか最近ユウジ、なんかモテてない?」
「え?」
……しかしこのユキのその台詞にはまるで心当たりがない、つい素で聞き返してしまった。
というか俺がモテてるって? えっ?
「……なによ、そんなに驚いて」
「ユキからそんな台詞今まで……いやなんでもない」
おっと口を滑らすところだった、イレギュラーな事態とはいえいけないいけない。
ここで考えていても仕方ないことなので、とりあえずユキの話題に合わせるべく心を落ち着ける。
「で、どうなの? モテてる実感はあるの?」
「い、いやー? そういう浮いた話これまでないけどなー」
「ほんとー? まぁ確かにユウジにこんなに可愛い幼馴染がいると、舌が肥えちゃうよね」
「…………え? なんだって」
「ごめん、流石に言い直すほどの勇気はないよ」
「まあ、ユキは可愛いのは否定しないけど」
「き、聞こえてんじゃん!」
…………ユキとのこの会話事態イレギュラーだから、大体アドリブですよ。
というか自分で言っておいてなんだその台詞はギップリャアアア。
「そ、そういうこと言えちゃうとことか! 昔のユウジはそんなんじゃなかったよ!」
「はは、昔の俺ってなんだよ」
”そんなんじゃなかったよ”と言われると俺も正直どう言葉を返していいものか判断に困る。
確かにユキとの作られた記憶はあるし、以前に比べればかつての自分も思い出せたと思う。
それでも完全ではなく、やっぱり虫食い状に記憶が欠けている俺にとってはどう返したものかと考えて微妙に困って苦笑した。
「なんか、ごめん」
「謝ることないだろ。まあ……姉と妹に挟まれてるし、多少は慣れるもんだ」
「……うん、じゃあまあそういうことにしとく」
その俺の反応がユキに謝らせてしまった、なんだか申し訳ない。
だから俺はそれっぽい理由をでっちあげて話を切り上げようと試みる、それをユキも察してくれたようで――
「立ち話してたら生徒増えてきた! ちょっと急ごっか」
「あ、ああ」
そう話題を終わらせてくれたのはいいものの……ついに重要な局面に来てしまった。
この台詞に心当たりがある、何度も聞いたから覚えていないわけがない。
「ユキっ、はやいから!」
「ユウジが遅いんだよー」
ユキが俺の前へと出て駆けだすのだ、このままだと――ユキは交通事故に遭って死ぬ。
落ち着け、予め分かっていて、ただ一つの解決法を実践出来れば何のことはないことだ。
これまでの世界でもまぐれだったり、直感だったりで、事故に遭うことなく回避出来た事例はいくらでもある。
恐れるな、不可避ではない事故なのだから、俺がちゃんと正解の行動をしさえすればいい――
「っ!」
「ユキ?」
しかし俺がユキに追いついた瞬間、ユキがぴたりと立ち止まると急転直下ともいうべき勢いで顔色を悪くしていったのだ。
何かあったのかと一瞬考えるが、それよりもまずは死亡フラグの回避が先決だと考え行動に移す。
「え、な、なに?」
「なんか顔青ざめてるし、震えてるけど大丈夫か」
あくまでも自然な会話の流れ……にはなっているものの、このユキの挙動のおかしさは気になる。
実際これまでならユキはおいかっけこの要領で駆けていくはずだった、それが顔色を変えて立ち止まり震えているこの現状はどういうことか。
それでも俺は、その疑問は後回しにする。
やるべきことへ、ことを持って行く。
「え? いや、なんでもないよ」
「……いやそう言われてもちょっと心配だな。よし、これでいいか」
ユキの手を握る……ユキらしくなく少しだけ汗ばんでいるのが気になるが、それはどうでもいい。
「え」
「ユキは怖いことあると手繋いで、って言ってたもんな」
記憶の中にあるユキとの手繋ぎの理由付けを、ほぼ原文ママに言葉にする。
これはユキとの共通記憶のはずで、違和感はないはずだ。
「そ、そうだったかな?」
「実際少し余裕出てきたろ?」
「あ……」
そう言うとユキの顔色が少しずつ良くなっていく、実際に安心してくれたらしい……まあよかった。
というか顔色が改善したかと思えば、今度は赤くなり始めてるんだけど……俺の幼馴染は信号か何かですか。
「……ちょっと恥ずかしいんだけど」
「俺も恥ずかしくないわけじゃない、でもとりあえず学校までな」
「……うん」
「とりあえず早歩きしよう」
「う、うん」
俺も振り向かずに、背後でユキを撥ねるかもしれなかったタクシーの走り去っていく音を確かめた上で内心安堵する。
とりあえずは記憶の通りのやり方で乗り切れた、しかし記憶ママというわけでもないことが気になる。
記憶を完全に頼りにするわけには行かなそうだ、ちょっと考えておかないとな。
そして落ち着きはじめてから考えたユキの不審な挙動の正体は……まるで自分が事故に遭うことを予測出来ているからこその立ち止まり、顔色だったのではないかと考える。
いや、まさかな……と思ってその時はその思考を後回しにするのだが、それがのちのち――
* *
「ふふふ……あの人、ユウジ様のあんなに近くで」
どことなく闇を含んだ雰囲気を纏わせた一人の女性が、不適な恵実を浮かべながらそんな二人の歩いて行く姿を後ろから眺めていました。
彼女もまた、下之ユウジに思いを寄せていました……ずっと彼を見続けていたのです、憧れていたのです。
「そろそろ私も行動を起こさないといけませんね……待っていてくださいね、ユウジ様……!」
憧れが少し歪んだ恋心へと変わっていった、そんな彼女は一つの決心をしました――