第674話 √7-7 『ユキ視点』『↓』
隣を歩くユウジを時折チラチラと見ながら、平静を装って話をする。
「そういえば一緒に登校するって久しぶりだな」
「だよね、中三でクラス替えになる前は一緒に登校してたのにさー」
私が引っ越してからは待ち合わせして登校するようになって、でもそれがちょっとだけ面倒に思う時も増えて。
学校で会えるし、休日は一緒に遊ぶし、朝の登校ぐらい別にいいじゃんって私たち同じようなこと思ったんだろうね。
だからクラス替えしてからは自然消滅してしまった、ちょっと面倒に思っていたはずなのに、いざその習慣がなくなってしまうと少し寂しくて。
でもそれを言い出すのは照れ臭くて、ユウジから言ってくれたら考えてもいいとか、妙な意地も張っちゃって、結局一年以上空いちゃった。
ユウジが最近モテている件に関して問いただす、本当のところはそれをキッカケにかつての習慣や距離感を私が取り戻したかったのかもしれないね。
クラスメイトひしめく教室内でもなく、かといって完全に気を許せるプライベートに一緒に出掛ける休日でもなくて。
学校に行く前のちょっとした緊張感と朝の眠気が織り交ざりながらも一緒に歩いて、本当にどうでもいいこととかを話すこの感じ……懐かしいなあ。
「というか最近ユウジ、なんかモテてない?」
「え?」
「……なによ、そんなに驚いて」
「ユキからそんな台詞今まで……いやなんでもない」
まるで私の言う事が意外だったかのような表情をするユウジに私は疑問符を浮かべる。
「で、どうなの? モテてる実感はあるの?」
「い、いやー? そういう浮いた話これまでないけどなー」
「ほんとー? まぁ確かにユウジにこんなに可愛い幼馴染がいると、舌が肥えちゃうよね」
「…………え? なんだって?」
「ごめん、流石に言い直すほどの勇気はないよ」
自分のことを可愛くない! なんて卑下することはないにしても、私自身そこまで悪くはないんじゃないかなーと自分では思ってる。
ユウジには隠してるけど結構男子から告白とかされてるんだよ? まあ毎回断ってるんだけどね。
え? なんで断るのかって……? それはその、うん、特に意味は……ある、けど。
べ、別にユウジは関係ないし!
……関係ないかなあ、関係ないかも、関係ないはず。
じゃあなんで断ってるんだろうね、一度ぐらい付き合ってみてもいいかもしれないのに。
……ってユウジに言われたら何故かムカっときて、しばらく腹の虫が収まらなかったんだけどね。
なんでだろうね?
「まあ、ユキが可愛いのは否定しないけど」
「き、聞こえてんじゃん!」
こ、この幼馴染はこんな女たらすようなセリフを言うようになったのかね!
やっぱり女性相手に慣れてるんじゃないの?! チャラ男ってるの!?
「そ、そういうこと言えちゃうとことか! 昔のユウジはそんなんじゃなかったよ!」
「はは、昔の俺ってなんだよ」
と苦笑するユウジの横顔を少しだけ見ると、何故か悲し気に見えてしまった。
……ちょっと言いすぎたかな。
「なんか、ごめん」
「謝ることないだろ。まあ……姉と妹に挟まれてるし、多少は慣れるもんだ」
「……うん、じゃあまあそういうことにしとく」
私が多分、無神経なことを言った事でこの話題は終わってしまったけれど。
やっぱり気になることは気になるわけで。
……また今度誘って聞けばいいよね。
「立ち話してたら生徒増えてきた! ちょっと急ごっか」
「あ、ああ」
自分のさっきの失敗と、一方でまだモヤモヤとする気持ちを誤魔化すようにユウジの少し前へと出て駆け出しはじめる。
「ユキっ、はやいから!」
「ユウジが遅いんだよー」
いい歳しておいかけっこのようになことになって、昔に戻ったようで少しだけそれが嬉しくて、機嫌がよくなる。
でもその次の瞬間――
「え?」
まるで時間が止まったかのように、周りの動きが止まって、色が失われていって。
そんな私も身動きがまるで取れなくなって、手足も動かず、唯一視線だけは動かせる、だからとにかく目の前の光景を見ることしかできない、それでもなにより不思議だったのが――
「私と……ユウジ?」
目の前には私を追うユウジの姿が映っている、その二人だけは何故かこの世界で動いていて色づいている、明らかにおかしい現象だった。
だって私は今ここにいて、後ろにユウジがいるはずなのだから。
これじゃまるで違う誰かが私とユウジを見ているような……例えが思い浮かんでも、現状への理解は追い付かない。
そんな彼らはさっき私とユウジがやっていたおいかけっこのようなことをしている。
そして次の瞬間――
よそ見をしながら駆けていた私が、交差点からやってきたタクシーに弾き飛ばされた。
タクシーとの衝突により弾かれた私の身体は地面にかなりの勢いで衝突し、動かなくなったのち次第に鮮血が溢れ始めた。
私の前で繰り広げられたのは人身事故だった、もしかしたら運が悪くて人生で一度は見てもおかしくないのかもしれないその事象。
それでも私が事故に巻き込まれる様を、私が見つめているこの状況は異常だ。
『ユキ!』
名前を呼んで目の前の私へと駆け寄っていくユウジ。
白い制服を血で汚し顔を青ざめさせた私を抱き上げ、必死の形相のユウジが叫ぶのに弱弱しく反応する目の前の私。
『ユウジ……私、ばかだね』
『何も話すなっ!』
『ユウジともっと……話したかった。ごめん……ね』
そうしてユウジの腕の中で力尽きて、息絶えていく私。
これはなんなのだろう。
どうしてこんなことになっているのだろう。
今見ているこれは私に何を示したいのだろう。
そして、ことはそれだけじゃなかった。
まるで場面が切り替わったかのように、巻き戻ったかのように死んでしまったはずの私がピンピンとして、それをおいかけるユウジの構図になって。
それから微妙な状況の違いで――必ず私が死ぬ。
私がユウジの目の前で事故に遭って死ぬ場面だけを切り取ってみせられるような、そんなあまりにもおぞましくて、恐ろしくて、辛い現象が目の前では繰り広げられる。
目を閉じることも出来ない、耳を塞ぐことも出来ない、鮮血と絶叫と、そして気のせいなはずの血の臭いさえも感じて、頭がどうにかなりそうになる。
なんなの、これは一体なんなの!
どうして、こんなのを私に見せるの!
何がしたいの!
私にどうしてほしいの!?
そう理不尽に叫び、誰にも伝わらない叫びをあげている内に、じんわりと染みわたるようにして、今私の置かれているこの状況を理解し始めてしまう。
ああ、そうか……これは私の記憶なんだ。
これは私がこれまでに死んでいった記憶。
多分第三者視点に見えているのは、私にわかりやすく示す為に自分の脳内で組み替えているためで。
実際は私が車に跳ねられる一人称視点、何度も叫び泣き絶望するユウジの顔を最後に意識がなくなっていく私で終わるのだと思う。
私は記憶力がいい、それは断言できること。
特技は記憶力とか、人より物覚えがいいとか、そんな曖昧なものではない確固たる自信。
何故かと言えば私は――<生まれた時から今に至るまでのことをすべて事こまやかに覚えている>のだから。
忘れたことは一秒たりともない、そして間違ったことも一度もない。
私が覚えていることを、他の人が覚えているとは限らなくとも。
だから私は覚えていた、自分が死んだ瞬間も第三者視点で再構成出来るほどに綿密に。
そして私が疑問に思い続けていたユウジがモテているという疑惑もまた、これも私が覚えているから。
……それを今の今まで思い出せなかった事実が、ある意味この現状の異常さを自分の中では際立たせてもいて。
もし今見せられていた私が死ぬ場面が、それぞれ別の世界のことだったとアニメやマンガのように解釈するのなら。
同じようにそれぞれ別の世界の、ユウジが他の女の子と付き合う世界が存在したとも考えることも出来てしまう。
だから私の記憶は間違っていなくて、ユウジがモテているように見えたのもすべてを覚えている私だからこそ思ったことで。
ユウジはこれまでそれぞれ独立した世界で、一人一人の女の子と真摯に向き合っていた。
それを私はずっと見つめてきていた、何故かユウジが私とはこれまで向き合ってくれることはなかっただけ、それだけのこと。
そう自覚して認めてしまえば、これまでのせき止められていたかのように記憶が溢れてくる。
本来はないはずの、ありえないはずの今年一年の出来事すべてが分かってしまう。
そして、どの世界でもたった一つのユウジの行動以外では私は死んでしまうことも理解してしまった。
だからさっきまで見ていた私が死ぬ場面はデジャブ、そしてこれで理解は終わったかと世界に急かされる様にして、時はまた唐突に動き始める――
「っ!」
「ユキ?」
一気に現実に引き戻され、失われた色が戻り、目の前の二人が消えてなくなる。
これから起こるかもしれない出来事を思うと、どっと冷汗をかいた。
「え、な、なに?」
「なんか顔青ざめてるし、震えてるけど大丈夫か」
「え? いや、なんでもないよ」
「……いやそう言われてもちょっと心配だな、よしこれでいいか」
「え」
するとユウジはあろうことか私の手を握ってきたではありませんか。
一体どうしてそんなどういうことを何故また!?
と、抗議のような混乱の最中のような疑問を投げかけようとしたその瞬間――
このユウジの手の感触を思い出した。
私がさっき思い出していたたった一つの行動を、頭では分かっていても実際に身体でするとなると別な話で。
私を唯一、救ってくれるのがこの手だった。
「ユキは怖いことあると手繋いで、って言ってたもんな」
「そ、そうだったかな?」
「実際少し余裕出てきたろ?」
「あ……」
……確かにこの不意打ちへのドギマギで、さっきまでのこれから起こるであろう事故への恐怖が打ち消されていた。
「……ちょっと恥ずかしいんだけど」
「俺も恥ずかしくないわけじゃない、でもとりあえず学校までな」
「……うん」
実際私たちは注目を集めていた、疎遠になりがち(と勝手に思われている)だった下之・篠文幼馴染がついに復縁・交際へとか噂されてるのかな。
そんなんじゃ、ないのにね。
……今はまだ、たぶん。
「とりあえず早歩きしよう」
「う、うん」
背中で、私を轢くかもしれなかったタクシーが通り過ぎていったのが分かる。
それに安堵する余裕は私にはなくて、今手を牽いてくれているユウジが頼もしくて、嬉しくて、かっこよくて。
ああ、積りに積もったこの気持ちは、今日の今日まで意識をしてしまった私の異常は、正直まだ認めたくはないけれど――