第659話 √d-38 わたあに。 『ミユ視点』『↓』
こうして私の初チューは、なんともポンコツな結果に終わってしまった。
まさか唇と唇じゃなくて、歯と歯とは……あのキィンと響く痛さはある意味忘れられない。
そんなある意味では未遂のようなものに終わってしまったユウ兄とのキスの後、私たちはアニメを見ることにした。
オタカップル的なノリな気がする、まあ私が引きこもっている間に自分もユウ兄もオタク化してたししょうがない、私とユウ兄に流れる血がそうさせるのだ……。
実はよく知らない亡くなったお父さんがオタクとかだったりしたりして。
「…………」
「…………」
オタカップル的な方向性でも、どうにかしてユウ兄といい雰囲気になりたい為にチョイスしたアニメが――
「なあ、ミユ」
「う、うん」
「……これ二人で見るようなものじゃないと思うんだが」
「……思った」
”月は超綺麗”であり、何の変哲もない日常の中で中学生男女がごく自然に恋に落ちていく恋愛アニメである。
「こっ恥ずかしいんだか」
「それは思う」
なんなの画面のなかのこいつら、すっごい幸せそうにイチャイチャしてて見てて恥ずかし過ぎるんだけど。
なんでこんなに青春してんのかなあ、同じ学生のはずなのにおっかしいなあ、どうしてこんなに甘酸っぱいのかなあ!
これをユウ兄と二人並んで見るってのは、普通のカップルが恋愛映画を見に行くののオタク式のようでやばい。
「……やっぱりつぐももももももにしよう」
「いやいやそのチョイスもどうなんだよ!?」
私が考えたもう一つの選択肢はつぐもももももも。
魂の宿った物と主人公によるお色気バトルラブコメ……私は結構好きなんだけど。
……別の似たようなタイトル、いわゆる”つ”を”す”に変えたアニメのオープニングの衝撃的な出だしの歌詞を意識したわけじゃないよ、ほんとだよ。
「というかミユアニメ色々いける口なのな!」
「まあね、百合から薔薇までなんでもいける」
「いやそのチョイスはストライクゾーン狭まってねえ……?」
ふふふ甘いなユウ兄……超引きこもり生活で私の(アニメの)好き嫌いなんてとうに卒業していた。
暇な時には私を男体化してのミユ×ユウ兄とか、ユウ兄を女体化してのミユ×ユウコとか……ふふふ。
……あまりに暇すぎてそれを題材にした小説だけは見られない様にしないと。
「うわっ、なんか知らんが腐臭がした!」
「失礼な! 風呂に毎日入ってるし臭くないし! 趣向と人間性がちょっと腐りかけてるだけだし!」
「やっぱり腐ってやがる……(引きこもり卒業が)遅すぎたんだ」
「なにおう! ……で、とりあえずつぐももももももがいまいちなら他のにするけど」
「いや、アニメ自体は好きだしバトル作画も……じゃなく! 女の子とお色気アニメ並んで見るとか俺はどうしろと?」
…………どうしろと、ねえ。
「つまりは、私に処理してほしいと」
アニメで興奮したユウ兄の――もう、ユウ兄すけべなんだからー。
「…………やっぱりインターネットは教育に悪すぎる、回線切ってくる」
「冗談だから! ……いや本当は冗談じゃなかったけど…………ああっ、マジな顔で私の部屋に行こうとするのやめてごめんなさい調子乗りました!」
やめてくださいしんでしまいます。
「このピンク脳妹め! 女からの下ネタって割とどういう反応していいか分かんないから勘弁してくれよ!」
「ふ、ふんだ! 変に紳士ぶっちゃってさ、ユウ兄が姫城さんのコッソリ撮った写真を”使ってた”の知らないと思ってるの?」
「ななななななにを!? ……なんで知ってるんだよ!?」
「おっぱい大きい子好きだもんねユウ兄、海水浴場であわよくばスク水姿が見れるとか期待してたんだもんね」
「兄の性癖を研究するのはやめろ! マジでやめてください」
……と、まあ紆余曲折あって見るアニメはというと。
「なんでよりによってヨス○ノソラなんだよ!?」
くくく、かかったなユウ兄め。
これまでのアニメはあくまでこの本命へのフェイク! 私による巧妙な誘導だったのだ!
それからアニメの中に出てくる可愛いくもエッチな妹ヒロインを見て、ついでに私に欲情するがいい!
「その……エロゲー原作アニメな上に、それに……」
「ユウ兄は分かってないね、このアニメの本質はエロじゃないよ。」
「な、なんだと……」
確かにこのアニメはエッチぃ、というかここまでエッチぃ描写がある地上波で放送したアニメは後にも先にもこの作品ぐらいではある。
が、しかし!
「閉鎖的なはずの田舎でどこまでも続いていくように感じさせる優美な風景と、落ち着きしっとりとした音楽が組み合わさり、そんな中で繰り広げられる純粋な恋愛模様と背徳的行為のコラボレーション! 名作だよ」
「……お、おう」
「じゃあソラちゃんの巻からでいいよね」
実質この作品は妹のソラが実質メインヒロイン、これからのユウ兄との流れを持って行く為には必要だ!
「いや待てカズハからだろ」
「このおっぱい星人め!」
しばらくヒロイン論争をしたのち、結局カズハルートとソラルートの巻を見ることにした。
「…………」
「おっぱいばっかり見てるよね」
「……しょうがないだろ、よりにもよってこのアニメの濡れ場のシーン見てるんだから」
しかしでかい。
ログで見た姫城とのスク水お風呂回で見た姫城のおっぱい並にでかい。
ちなみにミナ姉も同じくらいでかい、ユウ兄の周りはわりとおっぱいに恵まれている。
「……ねえ、ユウ兄は実は今私以外に気になってる女の子とか居たの?」
カズハの弾くヴィオラをBGMに絶賛濡れ場中のアニメを二人凝視しながら、私はなんとなく聞いてみた。
「だから俺は桜に……」
「姫城とか篠文とか気になって無かった? 本当に?」
「…………」
ユウ兄の初恋がサクラなことは知っている。
でもそれ以降、ユウ兄にとって好きとは言わなくとも気になる女の子がいなかったのかは気になったのだ。
「篠文のことはどう思うの?」
「ユキか。ユキは、そうだなあ……明るくていい子だよな、可愛いし」
「そっか。じゃあ姫城は?」
「姫城は……まあ慕ってくれるのは嬉しいよな、ちょっと愛が重いけども。あとなんだかんだでスタイルがいいのは気になる」
「ほうほう、ユイは?」
「…………なんで、その名前聞いたの?」
完全に対象外ですよと言わんばかりの真顔で返された、ユイカワイソス。
「じゃあミナ姉は」
「いや姉貴は姉貴だし」
「姉フィルター外してみて」
「…………勉強も生徒会も家事もこなすし、本当凄いと思う、憧れてる。それで俺を甘やかしてくれるんだから嬉しくないわけがない、もし姉じゃなかったら」
「じゃなかったら?」
「……惚れてただろうなあ、と思う」
……私はミナ姉がかつて、下之の名字を捨てて神楽坂を名乗り、ユウ兄の幼馴染と自称して、実際にユウ兄と結ばれることの出来た世界を見ている。
たしかにあの幼馴染力というか、嫁力は半端なかった。
もし途中でミナ姉が……いや、神楽坂ミナが姉であることを自覚しなくて、ユウ兄が生徒会に振り回される様なことがなければ圧倒的だったと思う。
それを想うと、私はミナ姉には到底及ばないどころか他のヒロインにすら勝てる気がしない。
性格はあんま良くないし、スタイルもいまいち、家事はほぼ壊滅的、趣味は腐ってるし、むしろいいところが想い浮かばない。
ああ、私ってつくづく何もないんだなあ。
順番が回ってきたからヒロインになれただけの、もし他の子と争うものならまるで勝ち目がない気がしてへこむ。
「……私なんか、ユウ兄の彼女になってよかったの?」
「……」
「私、正直ダメダメだよ? 嫉妬深いよ? 更には耳年増だし、おっぱいも大きくないし、それから――」
自分の口から自分の悪口に限ってはボロボロと溢れて来る、自分のことをあまり好きじゃないのだ。
コンプレックスの塊であり、常に劣等感を持っている。
それに私のせいでユウ兄が傷ついた過去は消えないし、私はそれ以外にもユウ兄にひどい仕打ちをしてきていた。
こんな女の子、私が反則のような手で付き合ってくれと強要しない限り――
「っ!」
そこでふっとユウ兄の顔が近づいたと思うと、唇が重なった。
何が起こったのかさっぱり分からない。
しばらくしてから私は、ユウ兄から”キス”されたのだと気づいた。
「な、なっ……」
「俺は好きな女の子の悪口を聞きたくない」
す、好きな女の子って……!
そもそも悪口というか、自虐であって……!
「……俺さ、ミユと話してると楽しいんだよ」
「……え?」
「どうしても他の女の子には気を遣っちゃう俺が、同い年で家族の関係だからなのか、それともミユがそういう性格してるからなのか分かんないけどもさ」
どうして、そんな――。
「ミユと話す時だけ、素の俺でいられるんだよ」
「っ……!」
恥ずかしいこと、嬉しいこと言ってくれるの?
「言っちゃうけどさ、姉貴は憧れの存在で……畏れ多くもあって、あんなに甘やかしてくれて優しいのにおかしいよな。だから深いところでは姉貴でも遠慮してると思う、気兼ねなく話せてない……気がするんだよな。まあ姉貴のことを全部覚えてないのもあるんだろうけど」
「記憶がないのは――」
「……いいかミユ、あれは事故だ。いつまでも引っ張ってるのはミユだけだいい加減にしろ」
「い、いい加減にしろって!」
そんな、私がしでかしてしまった罪はそんな軽いものなんかじゃないのに……!
「俺はこれからのミユとを過ごしたいんだよ、気兼ねなく話せて、部屋から出てきてくれて、一緒に出掛けられて……それが嬉しくて仕方ないんだよ」
なんでそんな……なんでそんな!
「でもミユが引きこもり卒業して、来年には学校に通うようになったら。確かにクラスでちょっぴり浮くかもしれないけども、ミユは可愛いしモテるに決まってる」
「モテないから!」
可愛くないから!
「いや可愛いね、超可愛いね俺の妹は。俺の妹はこんなに可愛い」
「かわいいかわいい言うなあ!」
言われるこっちの身にもなれ!
「モテだしたミユにどこの馬の骨とも分からん男がよりつくのを考えると寒気がする、というかよっぽどの優良株でない限りブン殴ろうと思ってた」
「そこまで!?」
いや、その……そこまで思ってくれるのは嬉しい通り越して恥ずかしいと言うか、もんもんとするんだけどおおお!
「ヤキモチ焼いてくれるのも可愛い、ちょっと背伸びしてエッチなこと言うのも可愛い、おっぱいなんて揉めるだけあればいい」
「ユウ兄…………うん?」
さりげなくおっぱい揉めるだけあればいいとかって言った……?
「趣味が合うのも嬉しいし、話していて飽きないし、妹だと思ってたのにいつの間にか女の子もしてて……ちょっとドキドキするし」
「なぁっ!?」
そういうとこ! そういう自然と恥ずかしいセリフが出てくるのラノベ主人公!
「だから冗談でも誘うのやめろよな……俺だって兄の前に男なんだぞ」
そんな色欲塗れの僧侶みたいなこと言って……。
「風呂上りのミユとか、水着のミユとか、浴衣着たミユとか! 誘ってんのか!」
「風呂上りは誘ってるつもりなかったよ!?」
他は誘ってたけど、その意図に気付かれてたのに私が気づくと恥ずかしくなって死にそうだけど。
「とにかくお前が好きなんだよ! お前だからいいんだよ! いい加減わかれよ!」
そしてその言葉がトドメだった。
もうそんな強引な、照れてヘタレていたユウ兄では考えられない様な直球の告白に私は黙るしかなくて。
「……はい」
そう顔を真っ赤にして、頷き俯くことしか出来なかった。
……うう、本気の主人公というかユウ兄は強すぎる、
某……嵩鳥家にて。
嵩鳥「……見るの止めません?」
桐「おおう……わしもそう思えてきた」
ホニ「うん……」
ユミジ『そうですね』
まさかこんなこっ恥ずかしい告白シーンを見せられるなんて。
ここまでユウジ君が言ったの初めてなんじゃないですかね、差別です。