第657話 √d-36 わたあに。 『ユウジ視点』『八月四日』
八月四日
藍浜商店街は夏の時期になると月の”四”が付く日に出店などを出す、いわゆる縁日が開催される。
商店街の途中から伸びる路地に神社が存在しており、その神社にこの祭りもとい縁日は縁があった。
とはいっても神仏関連のお祭りということをまるで意識させない出店のラインナップであり、おそらくは多くの人が夏祭りとしか思っていない。
ちなみに肝試しを開いたホニさんが祭られていた神社は別であり、そもそも寺の中にある神社ということで性格が異なる。
縁日も夏になれば十日に一回のペースで開催されることもあって毎回行くわけでもなく、実際俺は六・七月の縁日は行っていない。
八月第一週のこのタイミングに合わせて、俺たち家族で出かけることになったのだ。
ちなみに家族と言ってもクランナとアイシアは「ジャパニーズ夏祭り!」と興奮気味のクランナに引っ張られる様にしてアイシアは連行され大分早くに縁日に行ってしまい。
ユイは「人がゴミのような場所に行きたくないでござる」と言って行かない宣言、結果姉貴と桐とホニさんと俺と――ミユで行くことになった。
夕方も五時半ごろ、俺と桐とホニさんは居間で姉貴とミユの着付けを待っているわけだ。
俺はジャージ姿だが、いやまあ俺は別に浴衣着てもしょうがないし、着ないって言ったらホニさんにガッカリされたけど。
ちなみにホニさんは器用なもので、昔姉貴が使っていたお古の浴衣を自分で着付けをし、ミユのお古の浴衣を桐に着せていた。
「あの、どうでしょう……ユウジさん」
今でソファに腰かけていた俺の目の前で、浴衣姿のホニさんが恥じらいつつもくるりと回って見せる。
いや正直ねホニさんに浴衣とか似合わないわけないじゃんって、長い髪を括ってボリューミーなポニーテールもさることながら落ち着いた薄い寒色系の撫子柄でまとめた姿はそれはもう――
「可愛い」
「あ、ありがとうございます」
「わしはどうじゃ?」
「浴衣に負けてる」
「おう喧嘩なら買ってもいいんじゃぞ! 久しぶりのセリフかと思えばなんじゃもう少し気の利いた言葉の一つも――」
桐自体見てくれは悪くないし、てか可愛い部類ではあるけども脳内に存在するミユとこの黒系蝶柄の浴衣の組み合わせを考えれば負けていても仕方ないのだ、許せ。
そうして桐とじゃれ合っていると――
「おまたせー」
「おまたせ」
髪をサイドダウンにしたことでうなじの見える範囲が増え艶やかさも感じる牡丹が象られたピンク系の姉貴の浴衣姿と、思えば髪を切ってから三か月が経ちセミロングからロングまでに伸びてきた後ろ髪を花模様にまとめ赤系の桜が多く散りばめられた桜の浴衣姿があった。
「どう?」
「ユウくんの感想聞きたいな!」
さすが姉妹だけあって可愛いし、浴衣を着るとミユでさえも大人っぽくも見える。
ただ素直に感想を述べると言うのは照れ臭く、俺は――
「……いいんじゃね」
とだけ言った。
それを聞いた姉貴とミユは悪い気分ではなさそうだった。
そうして芋ってるジャージ姿の俺とまったくつり合いが合わなさそうな華やかな女子たちと共に商店街にやってきた。
地方の街だというのに祭りと聞けば集まる人間性故か、出店の店主がはやし立てそれに客は乗るわ乗るわでドヤドヤワイワイととにかく賑わっている。
今年に入っておおよそ七回目になるであろう縁日に、ここまでの熱意を燃やせるのはある意味関心してしまう。
「のうホニ! あそこにお面屋があるぞ!」
「あ、狐のお面可愛い」
狼の神のはずなのに狐の面を買い、顔に斜めに付けるホニさん……ほっこり。
桐やホニさんが見た目通りのはしゃぎっぷりをしている、ホニさんはいつもしっかりしてるだけに今日ぐらいハメを外すのを誰も咎めはしないだろう。
桐もなあ、やけに婆さんくさい口調と妙に達観した様な物言いをしなければこう、今みたいのは年相応で好ましいのに。
「もー二人とも……しょうがないから今日はユウくん譲ったげるから」
「っ!」
何かミユに耳打ちしつつも賑わう縁日会場であちこち歩いて行ってしまうホニさんと桐を姉貴が追って行った。
結果俺とミユが残されることになる。
思えばこういったムードある中では初めての二人きりだ、流石に自販機巡りや深夜コンビニでは雰囲気ないし、海水浴場でだって皆居た。
「……二人きりになっちゃったね」
「そうだな」
少し恥じらいつつも言うのやめませんかミユさんよ、キュンとしちゃうんでずぜ……それでも相手は妹相手は俺の妹……。
ミユから気持ちを伝えられたあとでも、やっぱり複雑というか、どうしても妹としてのミユがいて、それで――
「一緒に回ってよ」
「あ、ああ」
女の子として可愛いミユもいるのだ。
妹だと思うと彼女を女の子として見るのには抵抗があって、それでも一人の女の子と思ってしまえば関係を深めてみたい気持ちもあって。
こうも悩むのはギャルゲー世界だから悪いんだ、俺は悪くない。
「いこ!」
「そうだな」
自然とミユは俺の手に自分の手を繋いでくる、彼女の少しだけ低い体温が伝わってきてドキリとさせられる。
……実際俺のミユへの告白の答えは、ミユが告白した日からしていない。
『流石に引きこもりと付き合うのはちょっと』
あの時引きこもりとは付き合えないと言った、ミユを引きこもりを脱却させる為でありその場をとりあえずは逃げる為の言葉だった。
それから俺の言葉を受けてからは分からないがミユはとにかく頑張った、俺が知らないところでも努力したのだろう、そうして外に出れるようになった。
それから自販機巡りをして、ちょくちょく買い物も付き合ってもらって、深夜のコンビニ買い出しも、海水浴だって。
こうして祭に来るまでになったのを思えば彼女はもう――引きこもりではないはずだ。
だから俺の言った言葉のそもそもの前提が変わった。
裏を返せば引きこもりでないミユとは付き合えるということになる……俺がその言葉を反故にしなければ。
「あ、ユウ兄! 射的あるよ!」
「お、やるか」
ミユが先に射的屋の店主に三〇〇円ほど払う……ってかたけえな。
コルク弾を空気銃に押し込んで、棚に並んだとりあえずはキャラメルを狙う……が左に逸れて当たらなかった。
「意外と難しいなあ、ボーガンのゲームではそこそこいい成績出せるのに」
それからミユは試し打ちのキャラメルを諦め本命のゲームソフトを狙うが、高額景品なだけに固定がえげつない。
「ぐっ! アレ接着剤とかで固定されてないかな!?」
「流石にそりゃないだろう」
滑り止めマットは敷いてるっぽいけど、世の中そんなに甘くないようだ……。
それからミユは全弾スカし、俺も挑戦したが執拗に狙ったキャラメル一つを落しただけにとどまった。
景品のキャラメルを受け取る、もちろん――
「やる」
その景品はミユにあげる、まあ大したものじゃないしな……。
「わーい、ユウ兄大好きー」
キャラメルごときで大好きとはチョロい妹である。
そうして早速パッケージを開けて一粒何百メートルだかのキャラメルを口に放り込むと機嫌良さげに口内で転がしていた。
「なあミユ」
「ん?」
こういう祭りの喧騒の中なら、多分周囲には聞こえにくいしいいだろうと思いながら話題を切り出す。
「ひきこもり卒業おめでとう」
「……ども」
もっと早く言うべきだったと思うが、やっぱりこういうのは照れ臭い。
「それで、だ……引きこもりを卒業したミユには」
「……私には?」
そうやって商店街の賑わいまくっている中心から外れ。二人少しだけ路地に入って、どうにか絞りだした言葉はというと――
「俺と付き合う権利が与えられる」
いやもう俺ほんとこういうの慣れてないんだよ、だからこんなクソみたいな言い方しかできないんだよ勘弁してくれ。
「………………はぁ」
そうしてミユから返ってきた呆れの声だった。
ですよね。
「ユウ兄女の子にモテまくってるからってチョーシ乗ってんの?」
「いや正直物言いは調子乗ってるととられかねないが、モテてはいない」
「…………モテてなきゃあんなに海水浴に女の子集まらないって」
「え?」
「なんでもない!」
突然近くの出店の店主が”たこ焼うまいよ! ほっぽちゃんもビックリな美味しさだよ!”とか大声で言い出したもんだからミユの声が聞こえなかった。
……というのは嘘で、いやまあでも海水浴に集まったのは多分俺関係なくよく話してる友人グループだからであって、そんなことはないよ。
「というかさ、引きこもり卒業したのだいぶ前なんだけど。自販機デートの時に言ってよ、遅いよ!」
「それは悪かった……」
まったくもってその通りですとも。
「まあでもユウ兄が奥手なのは知ってるし、夏祭りみたいなキッカケがないと行動も出来ないようなヘタレなのも分かってるけど」
ひどい言われようだがぐうの音も出ない!
「ま、とりあえずそれはおいておくから……ちゃんと言って、私の告白の答え聞かせて」
「ぐ……」
ようは茶化すような変な言葉でなく、俺がミユに自分の気持を伝えろとそういうことなんだろう。
俺は約束を破りたくはない、いや正確には引きこもりを卒業しないとそもそも付き合うことはないって言っただけであって、別に付き合うといったわけでは――
男らしくねえな俺、ミユが覚悟決めてるのに俺だけ逃げようなんて情けないのにもほどがある。
…………ええいままよ。
「……じゃあ付き合おう、ミユ」
…………ほんとやめてくんないかなー、察してくれてよかったのになー、男のツンデレとか流行らなくてもさ。
しょうがないじゃん男ってのはカッコつけたがるし、すぐに調子にのる生き物なんだから。
ああ、ミユのことが好きじゃないと言えば嘘になるわ! ええ、好きですとも!
ミユが他のどこの馬の骨とも分からんやつに取られるぐらいなら、俺が貰うわ!
ミユとゲームしてると楽しいし、ミユと話してると嬉しいし、ミユと一緒に歩くと心が躍る。
多分他の誰よりも本当の自分が出せている気がして、気持ちが楽で、ミユとの時間は心地いい。
更には姉貴譲りかそれ以上に可愛いときた、水着を着ても浴衣を着ても可愛いし、この家の女子はどうなってんだ!
実妹とかじゃなく純粋に同い年とかの女の子だったら、もっと気兼ねなかったとは思うさ!
それでもミユがこうもして、俺を煽ったんだからもうしょうがない!
どうせゲームの世界だしな、どうにでもなれ!
「……じゃあ、ってのが気に入らない」
「手厳しい!」
「でも、うん、分かった。じゃあ私たち恋人同士ね」
そう言ってミユは俺の顔に自分の顔を近づけると――
「とりあえずは、恋人らしいこと始めよっか」
俺の頬にはミユの唇の感触と、ミユがさっきまで舐めていたキャラメルが香る。
そうして目の前で浴衣を身に纏い嬉しそうに破顔し笑うミユに、俺はただただ顔を真っ赤にして硬直していた……いよいよ惚れてしまいそうだった。
頬キスごときで落ちるとはチョロい男である。
とある空間にて
ナタリー「あー私も浴衣着てればなー、私も一分の一になれてればなー、あーあ」
ユミジ「いや今回ばかりはミユの邪魔するのは許しませんよ」
ナタリー「うるさいなーこの親バカめ!」
ユミジ「お、親バカ……」
ナタリー「こうなりゃヤケだね。ユウさんグイグイいけー、素直になれー! 他のヒロインを滑り台送りにしろー!」
ユミジ「なんであなたカルピスソーダで酔ってるんですか本当に、これほろ○い白サワーと中身入れ替わってるんじゃないですか」