第655話 √d-34 わたあに。 『ユウジ視点』『六月七日』
六月七日
「ユウジ様、昨日商店街でデートしていた相手はどなたなのですか?」
朝の生徒会活動が終わって教室に着いてみれば俺の席の前で待つ不機嫌気味な姫城の姿。
そうして俺が何事かと思いながら席についてみると、そう言ったのだった。
「え?」
「証拠はあります」
そうして取り出したのは携帯……ではなくまさかの現像済みの写真だった。
そこには商店街を歩く俺とミユが手を繋いでいる姿が見て取れる……それでやたらと高画質な上に後ろ姿でなく前方から。
なんだこの撮影技術は……。
「あー、こいつか」
「こいつ!? ユウジ様がこいつ呼ばわりするということは……まさか、子分!?」
どうしてそうなった。
「私も是非ユウジ様一派に! 杯を交わせてください! ですが、手をつなぐ子分とは一体……?」
「そもそも子分じゃないから」
そんな姫城とコント紛いのことをしていると、ユキが席の近くにやってきていた。
ちなみに一応の説明ができるユイはマサヒロとアニメ談義を繰り広げていて役に立ちそうもない、俺も後で混ぜろ。
「あー、もしかしてミユ?」
するとユキからすんなりと俺の妹の名前が出た。
あれ? ユキとかに話したっけ……いやまあユキは俺の幼馴染設定だから知ってるのか。
「ユキ、何かご存じなのですか」
「うん、幼稚園の頃の面影あるし」
「幼稚園?」
……なんでまた幼稚園のことを。
俺の設定上の記憶ではユキは俺の幼馴染であって、小学校も中学校も同じでクラスもちょくちょく一緒になったはずだ。
ということはミユとも同じクラスになったはずで、幼稚園の頃まで遡る必要性が感じられずに俺は違和感を抱いた。
「なんか変なこと言った?」
「い、いや」
一応説明しておくと俺の記憶というのは二種類あって、ギャルゲーのシナリオをもとにしたユキたちとの断片的な記憶と、俺にとっての現実の記憶がある。
前者はいわゆるギャルゲーでいうところの回想に用いるためのものであって、記憶は要所要所しか存在しないものの俺は桐に明かされるまで”ユキは俺の幼馴染”という認識だった。
一方の俺の桜とミユとの記憶はといえば、前に話した通りいくらかすっ飛んでいる。
つまりはやたらクッキリとしたユキとの”作られた”シーンごとの記憶と、おぼろげながらも桜やミユとの記憶が混在している状況なのだ。
本来ならば矛盾を起こしそうなものだが……いや、深く考えれば矛盾ばかりなのだ、それでも深く考えさえしなければ”疑問を抱かないよう”に出来ていた。
そう考えれば、今の世界は歪にも思えて仕方ない。
だが、今言われた幼稚園の記憶に限っては何故か矛盾するように思えない。
本来は画面に一緒に登場したことがないはずの、桜とミユと――ユキが一緒にいる、気がする。
記憶の中の幼い頃の桜やミユの顔は思い出せないが、そのユキの隣いるのがその二人というのは何故か確信出来た。
「そんなユキも知るようなミユさんとは、結局一体どなたなんでしょうか!」
そういえばその話だった。
別に隠すつもりはないし普通に言っておこう。
「妹だよね」
「俺の妹」
ユキと俺のその答えに姫城はいくらか面食らっていた。
「妹……!? おかしいです……下之家にはミナさんとユイと留学生二人と小学生の妹と髪の長い居候の子しかいないはずでは」
「ちょっと待ってくれ、ユイのことなんで知ってんだ」
そもそも論で、姫城にそこまで俺の家族構成を話したつもりはないのだが何故知っているのか。
そして俺はクラスメイトにユイの父親と俺の母親が再婚して一緒に住んでいるということを言っていない。
一応弁当の中身も変えたり、登校時間を時折微妙にズラしたりと工夫していたのに……!
「…………? このクラスメイトの全員が周知の事実ですよね」
「幼馴染の私が知らないわけないじゃん」
「なっ……」
なんということだ……俺のこれまでの努力は無駄だったのか!
「いやいや、一応年頃の男女が一つ屋根の下で暮らしてるってちょっと話題になったりしないのか」
「「だってユイだし(ですし)」」
一応ユイって女の子じゃん……いやまったく意識したことないけど。
三人で談笑している場面もちょくちょく見るユキ達二人にとってのユイの認識は――ほぼ俺と同じじゃん。
「ユイってアニメの女の子に向かって『沙義理はアタシにとっての妹であり嫁!』とか言ってたし、ユウジ対象外でしょ」
「私の女の嗅覚的に問題ないでしょう」
ユイってこういう扱いなんだ……大体あってるけど。
「それよりも留学生二人組の方が気になります。ユウジ様の対象でしょう」
「だよね! ユウジ、クランナさんとかジェイシーさんに手出してないよね?」
「俺をなんだと思ってるんだ……ないよ」
確かにどっちも美人だ、しかし……しかしだなあホームステイに俺の家を選んだのは国とか家とか信頼あってのことだろうし、そもそも今の俺に女の子と付き合う勇気なんてない。
クランナは俺に料理習いにきて、生徒会で一緒だけど、お嬢様っぽくて常識に疎いところとこあるけど勉強熱心な真面目っ子だしな。
アイシアに関してはどちらもほぼ不干渉でさっぱりだ、別に仲が悪いとか嫌い合っているわけではないにしても、どうにも一枚壁があるというか……食事と風呂など以外はそそくさと自室に籠って出てこないのもあるのかもしれない。
「あとは居候の髪の長い女の子も気になりますね、窓越しから見えましたが中学一年生ほどでしょう……ユウジ様的に年齢で対象外でしょう」
「たまに休日に洗濯干してる子だよね、挨拶したら返してくれるし、いい子そうだよね」
対象外とか……年齢じゃないんだよ……とにかくなあ……ホニ様は、尊いんだよ!
というか俺のストライクゾーン見定めるのほんとやめてくだせえ。
こう見えても男子高校生の俺が女子しかいない家で日々悶々としていない……わけがないのだから!
「ところでミユ様はいくつなのでしょう、一つ年下でしょうか?」
「ううん、私たちと同い年だよ」
「え、それではどうして学校に来ていないのでしょう?」
姫城さんなかなか踏み込んでくるなあ……。
「わけあって一年ズレててな、来年はこの学校受験すると思うからよろしく」
「まさか……ユウジ様の妹はグレていた時期が!?」
内心で俺は叫んでいた。
俺の妹がグレるわけねえだろ! 何言ってんだこいつ! 姫城相手でもふざけんなよ謝れ! 本当は活発で、姉貴とは色が違うけどいい子だぞ!
それになあ、今はどうにか頑張って引きこもり克服しようとしてるんだ、グレたとか違うわ! というか引きこもったの大体俺のせいだわ! ふざけんな俺ハゲろ!
……を、どうにか抑え込む。
「いやいやグレたわけじゃないよ、まぁそこんところは察してくれ」
「……ユウジ様がそうおっしゃるなら」
「私も久しぶりにミユと会いたいから、機会があったらよろしくって伝えておいてよ」
「おう、分かった」
二人は桜がいなくなってから始まった”俺の家族に起こったこと”を知らない、はずだ。
だから察してくれというのも無理は話だ、それでも俺はまだ全てを話す気にはなれなかった。
もし、話すとしてもそれはミユの口から二人に対して……であってほしいと思う。