第654話 √d-33 わたあに。 『ユウジ視点』『六月六日』
<ダイヤル13>
サクラという人間はマニアックなものが好きだった。
いわゆるマイナーな店から、B級グルメ、ゲテモノ商品にいたるまでのマニアックな具合。
ツン気味高飛車毒舌属性持ちの彼女にしては、なかなかシックリ来ない趣味ではあるとは思う。
しかしそんな彼女の趣味は彼女がこじれる前からのことで、いつかサクラの部屋を訪れると誰かも分からないマイナーアイドルのポスターやら、ググってもヒットしないような地域特有の希少町おこしグッズなどを飾っていた。
そんな彼女がいつからか狙いを定めたのは大手メーカーではない、ワンコイン自販機に入っているマイナー飲料だった。
この町は比較的地方ながら各種設備は整っていることもあり、町に数件あるコンビニも商店街にあるスーパーもラインナップは手堅いものばかり。
聞いたこともないメーカーか、それとも大手メーカーでもWEBカタログに載ってないような、あやしい飲み物はこの町のいたるところにある自販機にあった。
まずはその自販機を見つけるところから始める、許可を取ってテナントに入ったこともあるぐらいで、休日はウィンドウショッピングではなくサクラ主導だと自販機巡りだったのだ。
「見なさいミユ、ユウジ! カロリーオフのドクターペップーなんて初めて見たわ!」
「おー、私も初めて見たかも」
「輸入物っぽいな、コスト○には売っていると聞いたがこの町で買えるとはな」
「ラッキーよね!」
こういう時のサクラは素直であり可愛い。
いつもは分かりづらい性格も、この時ばかりは子供のようにはしゃぐのだ。
ウキウキとして自販機にワンコインを入れる様は普段の彼女を知っていると微笑ましい。
「……賞味期限が一か月前に迫っているところもポイント高いわ!」
「そこ喜ぶとこなのか」
「えーなんか損した気分」
「賞味期限が短いこの製品がどういう流れでこの自販機にやってきたのか考えるのかが楽しいのよ」
浮ついたサクラに対して俺は苦笑する。
これがいつもならもうちょっと皆に好かれるだろうになあ、と思ったりする。
「ごく……人工甘味料の味はあまり気にならないようね。ユウジも一口どう?」
「お、いいのか。じゃあお言葉に甘えて……心なしかさっぱりしてるかもな」
「そうそう! ただ濃厚な杏仁豆腐感は普通の方が上ね……悩ましいところだわ」
「私はドクターペップー苦手だからみっくつじゅーつイチゴ試してみよーっと」
こんな具合の俺とサクラとミユの自販機巡り。
自販機を巡っては前回と製品が違うだのを話し、面白い製品があったら買って飲む。
飲み終わってパッケージの写真を撮ったらゴミ箱へ、ペットボトルのラベルだったら外して持ち帰り――がサクラだった。
……サクラはいわゆるそんなマニアック趣味の生粋の”オタク”だったのだ。
俺たちはサクラほどではなかったが付き合っている内にある程度はオタクになっていたのだと思う。
思えば俺は妹・幼馴染のオタク仲間からクラスメイトのオタク仲間と、どうにもオタクとばかり付き合っていたようだ……俺にオタク気質があるからの類友というヤツなんだろうか。
そうこうして、サクラやミユとの自販機巡り。
言葉などでは覚えていても、いまいちピンとこなかったことを俺はこの夢で思い出せた。
サクラという人物も、少し分かってきた気がしていた――
六月六日
体育祭を来週に控えた日曜日、俺は心なしか胸を躍らせ玄関で待っていた。
というのも昨日――
『ユウ兄、明日自販機巡りしよ』
と土曜日学校に帰って来てみればそんなことをミユは言ったのである。
幸い日曜日は何の予定もない、というかここ数週間はホニさんからちょくちょくとミユのリハビリ状況を聞いていた為に休みを開けていたのだ。
これで誰かとの約束がダブルブッキングしようものなら、そりゃああとで埋め合わせやら土下座やらなんなりしてもミユを優先しただろうけど。
それにしても妹のミユと二人出かけるというのは……一年ぶり以上か、もっと長い間無いかと思ったがそんなもんなんだな。
俺たちは姉貴に家事を任せる代わりに買い物などは率先してやっていた、休日には家で姉貴が掃除をしている間に俺とミユは二人で買い出しというのが普通だったのだ。
二人で出かけたついでに本屋に寄ったり、映画見たり、それこそサクラに触発されて俺たちも多少ハマった自販機巡りもしたり。
相手が相手ならデートなんだろうが、あいにく相手は実の妹のミユだった。
しかし今日はなんだ、ミユに告白されたことがあってか妙にドギマギとしている。
桐とかいう胡散臭い方の妹っぽい存在にヒロインの誰かを攻略しないとこの世界は停滞したままだとか言われたが、まさか攻略相手が妹のミユとは思いもよらない。
そしてミユは何故か俺のことを兄としてでなく、一人の男として好いてくれているようで……いやいやそんなこと匂わせる節皆無だったじゃん。
俺たち、あくまで平均的に関係が良好な兄妹だったじゃん。
巷で良く言われている兄と妹が犬猿の中というか、嫌い合っていると言うのは意味分かんないが。
こんな可愛くて、快活な(だった)妹、そりゃ喧嘩もするけども仲直りもするし……嫌いになるわけがない!
…………あれ? 俺ってもしかしてミユ大好きだったりしたのか。
いやー、まさかなー。
「お待たせ、ユウ兄」
「お」
そうして俺が考え事をしている間にやってきたミユは――また藍浜中の制服を着ている。
「別に描写を楽にしたいから制服着てるわけじゃないんだからね! 今日から新しい服買いに行くんだからね!」
……誰に言ってんだ。
というかこの自販機巡りがメインでこそあるが、ミユの服を買いに行く意味もあった。
「そういえばミユは通販で服とか買わなかったのな」
「やっぱり自分に合うか、この目で見ないと」
もっともだ、インターネットに詳しそうだからと安直に思っただけで他意はない。
「よし、行くか」
「うん」
そうして俺たちは、久しぶりの買い物に出かけたのだった――
出かけるところなのだが。
「ああああああああ太陽に焼かれるうううう」
「……お前は吸血鬼か何かなのか」
「ユウ兄を私の眷属にしてやろう、かぷっ」
「噛み付くな、痛い」
門を出る前でこの一茶番である。
やっぱ俺たち兄妹の仲の良さって普通じゃないんだろうか、大体幼少期からあんま変わらないんだけども。
「ならちょっと玄関に戻って待ってろ」
太陽に慣れる練習をしたというが、やっぱり部屋に籠ってると違うものなのだろう。
少し茶かし気味でも辛いのかもしれない。
俺はふと考えて家に戻っていき、二階の物置へと向かい――
「ほい」
「あ……これ」
俺が持ってきたのは麦わら帽子だった、まあ六月で気温も上がってきたしそこまで変ではないだろう……と思う。
「なんか埃と消臭剤臭い」
「嫌なら捨てる」
「それを捨てるなんてとんでもない……ありがと、ユウ兄」
「ん」
そうして俺たちは並んでようやく家を出る――
が、またミユが立ち止まった。
「あ、あー!」
「……今度はどした」
「麦わら帽子によって太陽光線がいくらか遮断されていても、地面から私の体力が吸われていくー」
……お、おう。
「おんぶしろと?」
「……それもいいかもしんないな……いやいや! そうじゃなくて!」
おんぶの手段は後でミユが疲れた時にでもしようと思ってたんだが、流石に速い。
「……ユウ兄から体力をわけてほしい」
「なんだキスでもしろってのか」
アニメの見過ぎというか……自分で言ってて恥ずかしくなるわ、ミユは固まるわでいいことなかった。
「ち、違くて! そうじゃなくて、その! ユウ兄の体力はこの手を通じて私に流入させることが出来る、のだ!」
…………なんかミユが、俺の記憶の中にある晩年のサクラぐらいにめんどくさいこと言ってる。
それでもまあ最近サクラのことを思い出し始めて、その”分かりづらいこと”をどうにか訳せるようになった。
ようは、こういうことか――
「こういうことだな」
「……うん」
俺はミユの手を取った。
つまりは手をつなぎたい、と。
俺じゃなかったら何言ってんだこいつ突然頭おかしいんじゃねえのかと思っているところだぞ。
サクラで耐性を付けていなければ即死だった、というよりもサクラの影響を受けているミユの将来が心配だ。
「ユウ兄から熱いのが流れ込んでくる……」
「ツッコまねえぞ」
いつからそんなオッサンみたいなことを言い出すようになったのかお兄ちゃん悲しいよ。
そうして俺たちは自販機巡りもとい、久しぶりの兄妹での買い物を楽しんだのだった。