第653話 √d-32 わたあに。 『ミユ視点』『↓』
ええと、どもミユです。
ユウ兄やミナ姉の力を借りて、どうにか引きこもりを脱却しようとしている妹だったりします。
基本的に部屋と部屋の隣に存在するトイレを行き来するような生活が続いていただけに、部屋の外に出ることに対して抵抗が私にも――あんまりなかった。
正直江口マンガ先生の原作読んでたら、マジで引きこもり脱却するのってきついんじゃと思っていたら家の中なら問題なかったり。
そう、こうして一階に降りてきて居間から縁側に出ようとするのも――
「あ、ああああああ!」
焼けるううううううううう! 太陽光に融かされるうううううう!? ナニコレ辛いいいいいいいいいい!
朝も九時ごろ、太陽も真っ盛りでいつ以来かマトモに太陽を浴びた私は浄化されそうになっていた。
浄化されたら私って気てる服以外残らないんじゃないかな、引きこもりごく潰し目の上のタンコブの私とか悪玉コレステロール一〇〇パーセントに違いない(?)
さっきユウ兄に行ってらっしゃいを言えて、この調子でステップアップ~と思った結果がこれだよ!
お外こわい……。
い、いやここで心折れちゃダメなんだ……これじゃユウ兄の私との自販機デートが出来ない!
だから、私は、少しでも! 外に出れる様にならないと――
「あばばばばばば」
……一分間も太陽の日を浴びたものなら全身こんがり黒ギャル化しそうな気がしてきた。
桐かユミジに頼んで家に自販機置いてくれないかなあ、そこでデートしようよ。
そう私は頑張った!
朝も七時に起きていること時点最近では珍しい!
たいていはユウ兄が学校に行っている九時起きか、昼まで寝てるかの二択だった。
引きこもり脱却の為に生活サイクルを夜型から朝型に戻すべく、頑張った!
……正確にはユミジに叩き起こしてもらったんだけど、いや口には出せないあの起こし方は無いって精神汚染されるってヒドイよほんと。
ともかく荒療治でも起こしてもらって、ユウ兄の朝支度を監視できる日が来るなんて……なかなか新鮮。
ちなみにユウ兄の着替えシーンもバッチリだけど私以外需要がないから描写はしない。
…………うん、まあ、そうだよね。
監視なんて行為本当はやめるべきだよね、ユウ兄が知ったらどんな顔されるか考えただけで憤死しそう。
でもやめられないとまらない!
おかげで今日ユウ兄が私の部屋の前までくることを前もって知ることができて扉の前で待てたんだから……たぶんしょうがないよね!
『いや、変態だと思いますけど』
太陽光を浴びる訓練に見事玉砕して、住み慣れた我が家♪ ……ではなく自分の暗い部屋に涙目敗走してくるとユミジに開幕きついジャブを喰らった。
「私は……へ、変態じゃないよ! 仮に変態だとしても変態という名の淑女だよ!」
『盗撮じゃないですかこの変態』
「あう」
くうう、人工AIにさえ変態認定されるのって辛い。
『下之ユウジの入浴シーンと着替えシーンをパソコンの中にどれだけ保存してあるんですか?』
「やめてやめて言わないで!」
『視聴回数は……八月十五日のものが三十回と』
「あのめっちゃ汗かいてた日のユウ兄入浴シーンそんなに見てたの!?」
あ。
『…………』
「ち、違うんだよ。ユウ兄の健康を管理する為に仕方のないことなんだよ」
『……彼女になったら下之ユウジの射<規制>管理でもなさるつもりですか』
「…………」
『そこで黙るのはやめてください、割と引きます』
ああああああああああああ、人工AIにドン引きされる!
まさか私って――本当に変態だったんだ!?
『四六時中動向を見張って、着換えシーンや入浴シーンに至るまで血眼になって見ているあなたが変態でないと本当に思っていたのですか?』
「だって見ててもボカシとか謎の光線とかでちゃんと見えてないし! そんなこと言うなら無修正版見せろ!」
『だめです。そんなに見たければまた風呂で出くわして見せ合いっこでもなんでもすればいいじゃないですか』
「そんな卑猥な言い方やめて!」
そうなんだ……私、変態だったんだ。
『下之ユウジのラッキースケベイベントが少ない一方で、妹がこんなにスケベだったなんて笑えますね』
「あああああああああああ」
ユミジによる言の葉魚雷カットインでシャッシャッシャドーン! 私にクリティカルヒット!
装甲も軽くブチ抜いて、私一発轟沈!
ダメコンが無かったら即死だった……。
『変態を辞めたいというのなら、授業シーン以外の監視はカット、保存している映像も削除でいいですね』
「う…………わ、わかったよ」
さ、さよなら私のユウ兄コレクション……。
確かにこれを私の死後HDDが晒されるものなら私が二度死んでしまうので、良い機会だったのかもしれない……うううう。
そうして十数年分のユウ兄の着替えシーンと入浴シーンに別れを告げて、私は傷心ながらも部屋を出る。
「よ、よろしく」
「よろしくお願いされたよ、ミユ」
ホニさんに家事を教えてもらうことになったのだ。
私も引きこもりを脱却する以上タダ飯食らいのごく潰しかも! になってはいけない。
せめて何か家の中で出来ることを――
……そうしてホニさんに教えてもらいながらの家事だったんだけども、散々だった。
暇な時にそういう家事のやり方について調べたりイメージトレーニングをやってみたはいいものの、実際にはセンスがいる。
ホニさんの苦笑いとか私は見たくなかったよ……!
それでも付き合ってくれるホニさんは優しい、ああっ女神様だ……。
ホニさんに感謝しつつ、迷惑をかけつつ、どうにか拙くてもホニさんの真似をして教えてもらってそれから家事を覚えていった。
私が家で出来ることと言えばそれぐらいのこと、十数年近くホニさんやミナ姉やユウ兄に甘えてきたのだから……これを機に私は変わるべきだと思ったからで。
だからユウ兄待ってて、また一緒に自販機巡りするの楽しみにしてるんだから。
それから私は、毎日どうにか陽に当たるようにした。
江口マンガ先生を読んでいて引きこもり描写が大げさだなあと思ったことも――いざ自分がやってみると長いこと部屋から出ず、家からも出ず、暗い部屋で過ごしていたことですっかり外に出ることに怯えてしまっていた。
別に外が怖いということはないはずで、でも長いこと外の世界に踏み出していないこの足は固く凝り固まってしまっていて……簡単だと思っていたことが予想以上に難しかった。
私にとっての新しい家族のクランナやアイシアやユイは受け入れてくれたけど、私が外に出て近所の人はどう思うだろうか、変だと、気持ち悪いと思われないだろうかと……ネガティブに思考が向かってしまう。
それでも私はへこたれるわけにはいかなかった、ようやく引きこもりを脱せて、ユウ兄と会えて話せて、そしてヒロインにもなれた。
兄妹だからと現実で許されない関係が、この今の物語だけは許される……はずだから。
だから私はユウ兄と自販機巡りという名のデートを目指して頑張って、頑張って、頑張った。
なあに私はあの美女生徒会副会長で名高いミナ姉の妹で、顔立ちもそこそこでモテモテハーレム主人公のユウ兄の弟でもあるのだから――私も決して周囲に晒しても変ではないはずだ!
という強引な考えのもと、まずは玄関、次の日に玄関戸を開けて、その次の日には玄関から一歩……二歩……それから時間がかかっても私は外に出れるようになっていった。
朝、ユウ兄と同じぐらいか少しあとぐらいに起きて。
ユウ兄を扉越しに見送り、ホニさんの家事を手伝いつつもリハビリを続けて……一か月が経った。