第663話 √d-42 わたあに。 『ユウジ視点』『十二月三十一日』「ダイヤル5」
十二月三十一日
我が家のコタツ様は、どういう訳か俺の部屋にある。
物置と化している二階の一室で、クリスマスのちに行った大掃除の一環でコタツ様を発掘した。
いつ使われていたのかも分からないコタツは厚くホコリを被っていたが、毛布は洗って干し、コタツ本体も雑巾などで拭いて徹底整備したのだ、動作も確認済みだ。
しかしコタツの配置候補である居間はちゃぶ台とテーブルで置く場所はないし、かといってちゃぶ台をコタツで置き換えるとなると食事もコタツですることとなる。
そうなると必然的にコタツの毛布などが汚れやすくなり、極めて不潔とのことで姉貴に一度提案したが却下された。
そうして紆余曲折あって持て余しかけたコタツ様は俺の部屋の中央に鎮座することになった。
ユイや桐なども後乗りで我が部屋に! と言ってきたが俺が発掘・整備したのだ断固として渡さなかった。
その結果――
「俺の部屋をたまり場にすんなよ……」
「別に構わぬじゃろう、このコタツは四人用じゃ」
「桐たそに同意でござるう」
「そだよ、いいじゃん」
コタツを欲した二人こと桐とユイ、そしてミユと俺が四方コタツを固めている。
というかすっかり寒くなった最近はこの三人が入り浸っている、ミユはいいとしても他の二人はイラネ。
「……桐とユイは年明けたらちゃんと自分の部屋に帰れよ」
「考えておこう」
「前向きに検討するんじゃい」
……私はいいんだ、と呟くミユ。
悪い訳ないだろこんちくしょー、こちとらせっかくのミユとの年明けの予定が狂いっぱなしなんだ。
正直このグルグルメガネとエセロリババアには退場願いたい……が、まあコタツ様があるのが俺の部屋だからしょうがない。
だからミユが良ければ少しでも俺の部屋に残ってほしい。
「それで年末に見るテレビがなんでよりにもよって迷○猫オーバーランなんだよ!」
「BSイレバン放送じゃからな、地方の町と言っておきながらも書いてる本人が首都圏住みだからアニメが毎日放送されているように見えてしまうが、あくまでBSイレバンのおかげじゃ、ありがとうBSイレバン」
「ああ地方民の救世主よ! 今年は各話で監督が違うという斬新な試みで作られた迷○猫一挙放送というのだからさすおに」
どっからさすおにの”おに”でてきたんだよ。
「ユウ兄ほらこのアニメOPがあにまるはっぴにゅうにゃあ(※歌詞対策)とか言ってるじゃん、そういうこと」
「BSイレベンがこのアニメ年末年始に一挙してるのそういうギャグなのかよ!?」
ミユ曰くつまりはあにまるはっぴにゅうにゃあで、ハッピーニューイヤーで迷い猫で年跨ぎと……。
「でもこのアニメ当たりハズレが大きくね」
このアニメは各話で監督が違う以上、話しも作画も大変ムラがあるアニメなのだ。
「わしはギャグテンポの良い四話が好きじゃぞ」
「アタシ的には全編ロボ回の七話だぬん」
「私は迷子との出会いがあるハートフルな十話」
「じゃあ俺はどう見ても某美少女麻雀アニメな八話……じゃねえよ! と言うか放送予定見ると四時半までやるじゃねえか、年開けたら自分の部屋で見ろ」
そう言うと桐とユイはブーイング、ミユはとりあえず反応しないでいるらしい。
「幼女が夜遅くに食ってんじゃない……というか干し芋とかさきいかとかいよいよババア臭いぞ桐」
「ふん、この素朴にして深い味わいが分からぬとは子供舌め」
お前一応は小学生設定のはずじゃん……まあいいや。
「部屋出る時はある程度片付けてくれよな……」
とか話している間にも時計を見ると――
「てかもうカウントダウンか……」
既に年明けまで一分を切る、俺たちは何故か迷○猫を見ているせいでカウントダウンをしている他の放送は見れない。
きっと大がかりなセットと芸能人などで大げさにカウントダウンしているのだろう。
そして――
「あ、明けた」
ミユが時計の針を見てそう呟き、各々があけおめだのことやろなどの言葉を交わして――
「仕方ないから幼女は寝るとするかの」
「アタシも部屋に戻るかなー」
そうして意外とあっさりと桐とユイが部屋を出ていこうとする。
「お、おう……なんか違和感あるレベルの殊勝さだけど、ありがとう」
「いいんじゃよ…………まぁお主らのイチャイチャタイムを邪魔するほど野暮助ではないからの」
「ええのよ…………ユウジとミユたその兄妹イチャイチャを勝手に想像させてもらうべよ」
バレ……てるのか!?
「おやすみじゃ」
「おやすー」
と言って桐とユイは本当に帰っていった……散らかしたままで。
ある意味あいつら抜け目ねえな、くそう謎の敗北感だ。
それからどうにかコタツから這い出て、ミユも手伝って片付けを終わらせる。
既に年が明けてから三十分ほど経って、俺たちはようやく落ち着いた。
「改めて、あけましておめでとう。ユウ兄」
「あ、ああ。あけましておめでとう、ミユ」
改めて、というのはいわゆる桐やユイのかき混ぜていった空気をリセットする意味もあるのだろう。
こうして年明け俺とミユとの時間が始まる――
「ユウ兄」
「なんだ」
「好き」
「…………お、おう」
「なによ」
「いきなり言われたもんだから」
こちとらビックリするわ。
「そうだよねー、やっぱり不意打ちだよねー」
「……からかうなよ」
「じゃあ私のことユウ兄はどう思ってる?」
なんだこの会話は何に帰結するんだ。
何のメリットがあるのか、いやこそばゆいというか恥ずかしくて死にたくなるんだけど。
……まあ、悪い気はしないがやっぱりミユに一方的にからかわれるというのは面白くない。
「世界一可愛い俺の妹で彼女」
「っ…………か、可愛いってそれはホニさんよりも?」
「ホニさんは可愛いとかじゃないから、尊い存在だから」
そういう次元じゃないんだよ、ホニさんは。
「はぁ…………じゃあホニさんと私どっちが好き?」
「家族としては同じぐらい、女の子としては…………」
「女の子としては?」
「お前」
「……なら、いいよ」
なにこいつ俺から色々言葉を引き出す為に遊んでんのか。
というかそもそもなんでホニさん出したんだよ。
「じゃあ私のどこが好きなんだっけ」
「第659話 √d-38参照」
「そういうのいいから」
……メタに逃げられず。
「じゃあ、からかうと面白い」
「…………それは私面白くない」
「オタトーク出来るのはいいな」
「それユイと同じじゃん、複雑」
ユイをなんだと思ってんだよ……まぁ仕方ないけど。
「まあミユと話してると楽しくて飽きないんだよ」
「他の子との話は飽きると」
「……揚げ足を取るな」
微妙に屈折するのやめてほしい。
「まあでも、ミユと話してる時だけは肩の力抜けるんだよ。気遣わなくていいし、自分の想ったこと口に出せるし、本音で話せる」
「私”だけ”?」
「……そうだよ」
「ふ、ふーん。そうなんだ……」
今日のミユはかまってちゃんかよ……なんか、表情ころころ変わって言ってることは時々イラっとくるのにウザ可愛いなクソ!
「ね、ユウ兄」
「なんだ」
「私が藍浜受かったらさ、皆に私のこと紹介して」
…………それは俺の妹ってことでいいのか、とは流石に口に出さない。
冗談めかして返すべき時と、本気で言葉を返す時の違いぐらい分かる。
「俺の彼女ですってか」
「そそ」
「多分アレな目で見られるぞ俺たち」
「兄妹なのに同い年で、それでもなぜか学年が違くて、それでいて付き合ってるとか……アレだね」
「アレすぎる」
こいつらの闇深すぎだろと俺が第三者なら思うだろうな。
「……ユウ兄はみんなに疎まれるの、嫌?」
「嫌だよ、でも」
「でも?」
俺とミユが付き合っていることを言いさえしなければ、波風は立たないだろう。
平穏に過ごしていくなら、ミユが学校に出来る限り溶け込む為には必要なことだとは思う。
それでも俺は――
「ミユとの関係に嘘をつくほうが、嫌だ」
「…………そっか」
「なにせそう言っておけばミユにどこの馬の骨とも分からん怪しい男も警戒して寄り付かないからな」
「…………独占欲」
「あって悪いかよ」
「ううん……悪くないよ」
兄なら、きっとミユが誰と付き合おうと本当ところはとやかく言えることじゃないのだ。
俺が嫌なだけ、良い気持ちをしないだけ、最終的にはミユの気持ちを尊重することだろう。
でも俺がミユにとっての彼氏なら何の問題もない、兄でいて彼氏なら俺の考えも強引に通る……通す!
「えへへ……」
「な、なんだよ」
「ユウ兄って私のこと大好きなんだなーって」
「……悪いかよ」
「私もユウ兄のこと大好きだよ、悪い?」
「……悪くないな」
「気が合うね」
傍から聞けばバカみたいな掛け合いだと思う、それでも俺にとってはこれが心地よくてしかたなくて。
「…………」
気づけばうとうとと船をこいでいるミユに気付き、声をかける。
「ミユ、コタツで寝ると風邪ひくぞ」
「あぁ……ユウ兄」
夜型のはずのミユもいつからかは普通に寝て起きる生活にシフトしているようで、二時にもなる頃にはミユも目をこすっていた。
「なんだ」
「だっこ」
「甘えるな」
「だっこしてユウ兄のベッドに寝かせて」
「……俺はどこで寝ろと」
「一緒にベッド寝ればいいよ……昔みたいにさ」
幼い頃も俺たちはこの家で生まれ育った。
やたら広い家ということもあって、幼少期からそれぞれ部屋を与えられたがどういう訳かミユも姉貴も俺の部屋にやってきて一緒に寝るということがあった。
小さな子供の俺たちにとっては一人部屋はそのころ広すぎて、そして寂しかったのだ。
だから気づけば俺の両隣にはミユと姉貴が寝息を立てている、そんなことが多々あった。
「……普通に一緒に寝るだけだぞ」
「うん、うん」
なんとも俺は妹に甘い、ミユをお姫様だっこの要領で抱き上げると俺のベッドに寝かせた。
「俺は迷○猫見てるから、おやすみ」
「じゃあ私も起きる」
「……わかったわかった、俺も寝るから」
いよいよ今のミユは小さい頃のミユそのものだ、甘えたがりで強情なところがミユらしい。
……ああ、気づけば昔のミユのことも大分思い出せてきたんだな。
「電気消すぞ」
「……うん」
「邪魔するぞ」
「邪魔された」
「……じゃあやっぱいいや」
「だめ、一緒に寝て」
「……今のお前変だぞ」
「こんな私いや?」
「……まぁ、別に」
可愛いからいいけど。
「眠すぎて何言ってるか分かってないんだろ」
「そういうことに……しておいて」
…………甘えプレイなのかこれは。
「じゃあおやすみな、ミユ」
「おやすみ…………おにいちゃん」
やばいミユのおにいちゃん呼びやばい、可愛い、死ぬ。
そうしてミユにキュン死しそうになりながらも、俺も睡魔がやってきて――
そうして夢を見る。
* *
『ダイヤル5』
それはまるでさっきまでの俺とミユのようで。
ミユと同じベッドで寝る夢だ。
というか大部分を覚えている、というよりもこの夢以外で思い出せた記憶だったのが意外だった。
怖い夢を見たと言って深夜に俺の部屋に来たミユが、俺と同じベッドで寝るという夢。
なんのことはない、俺たちの歳と容姿さえ違えばさっきと何ら変わることのない――




