第188~190話 √1-28 ※独占禁止法は適応されませんでした。
怒涛の更新ですよ! 今月の更新数「8」とか言ってたのを打ち負かすほどの連続更新! おれは諦めないぞ、今年中に終わらせることを! ……その代り文章はアレかもしれんね
「マイ……マイさんのおばあさん?」
「はい、母方の祖母でございます」
「…………」
おもわぬ人物に会ってしまった。
会誌に書かれていた家族構成の祖母ではないだろうか、マイと苗字が違う事からおそらくは母方で合っているのだろう。
「なんでまた俺を?」
「ええ、孫娘に何度か写真を見せてもらいまして」
……マジで? 俺撮られてた上に、その写真を見せられてたの?
「そう、なんですか」
マイが俺の事を家族に話してくれていたことを嬉しいと思う反面、現状を思い出して虚しくなった。
「……今はお暇でしょうか?」
一応急ぎの用事のないし……後々姉貴には説明しとけばいいか。
「え……ああ、はい」
「足腰が良くないもので……喫茶店にお連れしてもよろしいでしょうか? そこで腰を落ち着けてお話したいのです」
「もちろん構いませんよ」
それ以前に買い物袋を提げている、老婦人に立ち話は辛そうだった。
都合良く目の前にあった喫茶店へと入り、二人席に向き合って座る。
「ふう、我儘を聞いて頂いてありがとうございます」
「いえ、そんな」
「少し聞きたいことと……ちょっとしたお願いが出来れば」
「お願い……ですか? それは俺に出来ることなのですか?」
「その前に失礼なことをお聞きします……孫娘のマイとは、あなたはどのようなご関係で」
「え」
真面目な表情を形作った貴女から聞かれ、言葉に詰まる。俺は本当の事を言っていいのだろうか?
彼女の気持ちが分からない以上断言は出来ないけども――言うべきだろう。
「俺とマイさんは付き合っています」
「…………」
少しの沈黙の後、老けていても愛想のよい笑顔が佐藤さんに戻り。
「そうですか、孫娘がお世話になっています。」
「いえ……」
「そして、ありがとうございます」
「いや! 俺は、お礼を言われるようなことなんて――」
「してくれたのですよ、あなたは……ユウジ様は――」
そうして話してくれる。彼女のことを、彼女のちょっとした日常を。
「あの子は私たちが預かり始めてもずっと憂げでした。手伝ってと言えばなんでも手伝ってくれ、色々と老いた私たちを気遣ってくれる。良い子で関心する反面、一抹の不安を感じていました。それは”笑わない”ことです。どんなことが有っても、マイの笑顔を見ることは預かり始めてから一度も有りませんでした。まだ小さい頃には笑顔の似合う、本当に可愛らしい娘だったのです……少し茶目っ気も有りました。今のマイが悪いとは言いません。でも何も話そうとせずに、それでいて私たちを気遣ってくれる。……そんなマイに不安を――いえ、本音を申せば、甘えてほしかったのかもしれません」
「そんなマイの表情が変わったのがほぼ1年前です。何気ない食卓の中で、今までで初めて話題をマイから切り出したのでした。そして今まで見せたことのない表情を、ある名前の男性をあげるごとに形作ってくれました。そして、数度話してくれた彼の名前は――下之ユウジ様、だったのです」
「!」
「そしてここ1年……いえ、この数カ月は特に変わりました。あれは娘の孫が亡くなるまでの活発で笑顔をよくみせるマイが戻って来たようでした。だから私はあなたに本当に感謝しているのです」
ですから、と一息を置いて。
「マイに笑顔を取り戻してくれて、ありがとう」
心の奥底からのお礼だった。それに思わず泣きそうになる。俺がどれだけ彼女に想われていたか……痛い程知った。
「そんなマイも最近はあの頃に戻ったかのように憂げで……」
「っ!」
心当たりのあることしかなかった。あの時あの瞬間に、大きな溝が、彼女を憂げにさせる要因が出来てしまった。俺の行動が悪かった為に」
「それで、お願いなのですが」
「それは……本当に俺に出来ることですか?」
俺に出来ることなんてたかが知れている、そもそもないのかもしれない。
最低なことをやらかし、拒絶された俺になんて――
「少なくとも私たちではどうしようもありませんでした。だからお願いしたいのです。初対面の老婆にこんなことを言われても承諾出来るはずなんて有りません、それでも私は――」
「…………」
「どうか、マイに笑顔を戻してやってくれませんか? 私たちが出来なかった事を、あなたにお願いしたいのです」
切なる願いだった。自分には出来ない悔しさを噛みしめながら、殆ど見ず知らずの男に頼む。今日会って話したばかりの、ただの高校生に。
それでもマイのことを考えて、俺に頼んだ。……これに答えないで、俺はどうするのだろうか。例え無理だとしても、永遠に嫌われることがあっても。
話す前から諦めるなんて、もっと最低で卑怯なことを俺はするのだろうか? ……今度ばかりはしない、だから俺は。
「分かりました……いえ、こちらからこそっ!」
「え」
「マイさんの笑顔をみたいのは俺も一緒です。俺にどこまで出来るかは分かりませんが」
笑顔が見たかった。あのデートまでの満開の笑みを、もう一度。
「ほ、本当ですか! なにとぞ、お願いします……」
「それで、早速なんですが……案内していただけないでしょうか? マイさんのお宅を」
俺はもう決断していた。迷わない、立ち止まらない。
「! 急かしたようなら申し訳ありません、でもそんな急に」
「佐藤さんがよろしければ、俺はすぐにでも」
一秒でも早く、彼女の元へ。
「……こちらからこそ宜しくお願いできますか?」
「ありがとうございます」
俺は佐藤さんに連れられ、マイの家へと向かう。
そこで俺は改めて伝えるつもりだ。彼女が好きであることと、俺はマイと共に歩きたいと。
例え大きな傷を背負っていても、別けられるなら俺も共に背負うと。
だからここに俺は誓う。俺はマイの全てを受け止める――
「なんで、おばあちゃん!」
家を訪れるとマイがいて、それほどの怒鳴り声を上げるマイの姿を初めて見て、聞いた。
離れてからは俺の知らないマイを知ってばかりだ。
訪れたマイの家――佐藤さんの家にはマイが居た。
崩れた部屋着で目を真っ赤に腫らしながら……目元に残る雫、マイは泣いていた。
佐藤さんが帰り、俺を連れていることを知らずに玄関に出たマイは驚愕していた。
なんで、ここに? なんでおばあちゃんと? なんで、なんで――俯きながら小さく呟いていた。
「マイ、私はあなたを想って――」
それがマイの逆鱗に触れる。
「望んでない、望んでない! 私は、そんなこと――」
ここまで喋りのくずれたマイも初めてだった。
気持ちをここまで真っすぐにぶつけられている佐藤さんは内心少し羨ましかった。
しかし、そんな佐藤さんにマイは応えない。そして思わず名前を零してしまう――
「マイ……」
「っ!」
もしかしたら今まで俺がいないように振舞っていたのかもしれない。
だから俺をまた見た時には、かつての口調へと戻り。
「ごめんなさいっ」
「マイっ! 何処行くの!」
マイはまた俺を横を走り去る。何度目か分からない拒絶に今にも心は折れそうだった。
でも、俺は。
「マイっ、マイィィィィィィィィィィィ!」
力の限り。
声の限り。
近所迷惑なんていず知らず、全力で走るマイを追いかけて行く。
なんでこんなことになったんだろう、と改めて思う。
俺がいけなかった。
俺に全て非が有った。
でも、それでも……
「こんな別れは――」
無理だ。
こんな最後は悲しすぎる、切なすぎる。
それに俺は伝えなければならないことがある。
俺が拒絶されていても、それでも声を大にして一つだけ伝えたいことがあるんだ。
「俺は……俺はっ」
マイが好きだ、と。
届かなくてもいい、その言葉で終わってもいい……でも、言わないと気が済まないから。
俺は駆けて、駆け抜いて。彼女の元へとスニーカーで地面を蹴飛ばしながら走って行く――
マイは商店街を駆け抜けて行く。
彼女の運動神経を侮っているわけではないが、サンダルで走っているのに異様に速い。
追いつき始めるのは商店街を抜ける頃で、そうして彼女は更に走り――
「……学校?」
黒い闇が蝕む冬の夜。走ったのは通学路で、先は藍浜高校。その校門へと吸い込まれていくマイ。
「マイ待ってくれっ」
昇降口へと続く木々の間の開けた道で、逃げゆく彼女の腕を放さないようにしっかりと掴んだ。
「……離してください」
涙声で拒絶しながら彼女は俺の手を腕から振りほどこうとした。けれど、俺は離そうとは思わない。
彼女が俺を拒絶するとしても、最後だから。……これが彼女にする最後の強行だ。
「離さないっ」
「ダメです……ダメなんです!」
明確で大きな拒絶の言葉。今度こそ俺は嫌われ、憎まれ、卑しまれ……もう話しかけることも許されないかもしれない。
でも今離してしまったたらマイは本当に遠くへ行ってしまう気がする。だから俺は力を弱めることが出来なかった。
「……私はユウジ様に合わせる顔なんてありませんから」
「なんでそんなこと言うんだよ!」
「……私の、私の傷を──」
傷。
それは、あの脱衣所で俺が見てしまった深く抉られた背中の傷だろう。
嘘をついても仕方ない、だから俺は正直に。
「見たさ──本当に悪かった。いや……覗いてしまってごめんなさい」
頭を下げる。俺がしてしまった愚行を。
「…………」
するとマイは黙りこんでしまう。でも、彼女は腕を振りほどくのを止め、逃げることはしなかった。
少しだとしても話を聞いてくれる。そう俺は感じ取り、まだ話を続ける――
「マイが俺を避けるのは……平然と覗いた俺に失望して顔もみたくない。そうなら、もうマイを追うことは止めるから──」
それならもう俺は止める。そして煮るなり焼くなり好きにしていい、それだけのことを俺はしてしまったのだから。
しかしそれを聞いた途端、一気にマイの口から感情が流れ出す。
「そんなことは絶対有り得ません! 私もユウジ様がお隣に居てほしいんです!」
俺の隣。彼女は未だ俺を望んでいてくれていた。隣に居ることを許してくれていた。
それを聞いた途端に嬉しい反面、情けなくも思う。彼女の気持ちの強さを侮っていたことを改めて知る。
「! そうか……良かった。じゃあ──」
言ってもいいだろうか。俺の気持ちを、マイへの気持ちを。
「どうして──」
言いかけたマイを制止して俺は言い放った。
「姫城マイさん、好きです」
「!?」
……その反応で合ってるよなあ。でも俺は伝えたかった。
彼女が嫌われてしまう要因だという傷のことを知っても、俺はマイが好きだと。
「あんなことをしてしまった手前、言うのも止めるべきだろう。でも、今の俺の気持ちは──」
「待ってください! どうしてですか! どうしてなんですか! あんなものを見せられて、こんな体をみたら普通──」
「驚いた。正直痛々しいと思った。」
「醜いですよ? 汚いですよ? こんな深く抉られた──」
「俺は驚いただけ。見たからってマイへの気持ちは変わらない。改めてマイが……好きだ!」
強く強く気持ちを示す。今俺が出来るのはそれぐらいで。
「どうして……どうして! 私はユウジ様に黙っていたんですよ! こんな傷を体を……ユウジ様こそ失望したでしょうっ?」
「しない、失望なんか」
黙っていただけで失望なんてするはずがない。人には秘密が一つも二つもあるものだから――そう、俺だって。
「……もっと私は汚いんですよ、私は──私はっ」
汚い。それは何を指して言うのか、やはり彼女を知らない俺には分からない。
そして、俺は告白する。
「ごめんマイ。俺さ、教えてもらったんだよ……マイの家族のこと」
「なっ……!」
どれだけそれが失礼か、どれだけ彼女にとって屈辱か。
彼女の過去を、自分の知らないところで知られている。俺のやっているのはそういうことだ。
でも、遠慮する時間はなかった。
「数年前にこの町で心中事件があって、両親共々が──残ったのは小学生ほどの幼き娘」
「どうして──」
「ある人に当時の新聞を見せてもらったんだ。勝手な詮索をして悪い」
「…………」
「その新聞に載っていた子がどうなったか、俺は知ったんだ」
「そこまで調べてくださったのですね……」
その顔には怒りでも憎しみでもなく……ちょっとした笑顔と哀しみの表情が浮かんでいた。
「もう一度マイと話たかったからさ、その口実に……勝手に調べるなんて最低なことだけどな」
「嬉しいです……私のことを考えてくれていて」
「マイにどんな辛い過去があったのか……俺には分からない」
今回知れたのも、出会うまでの彼女のごく一部の過去でしかない。
「でも俺はマイを好きな気持ちが変わることはない、だから俺は──マイの過去も未来も現在も全部受け止めて、そうして俺はマイと一緒に歩いて行きたい。マイを好きというからには、覚悟を決める。俺はマイの全てを受け入れ……受けとめる!」
「……ユウジ様っ、私の全ては軽くなんかありません。きっと全て知ったら……少しでも知ってしまったら私、きっとユウジ様は──」
「わかってる、他人の事情を抉り出すのがどれだけ重く愚かであることぐらい。それでも俺はマイを他人と思いたくない……彼女で居て欲しい」
「わ、私だって……ユウジ様の彼氏でいられたら──それでもっ」
「……マイと、こんないつ途切れてもおかしくないほどに弱くなった関係は俺には耐えられない! マイには嬉しそうにして欲しい、隣で笑っていてほしい! だからマイが背負っていることを教えてほしい! マイ、俺に──その過去を教えてくれっ! 頼むっ」
「……いいのですか?」
「言っただろ。俺はマイのどんな過去も未来も全部受けとめるって」
「……後悔しますよ」
「マイを知ることができるなら後悔のこの字もない」
「……分かりました。私がどれだけ愚かで汚いか──」
マイは話してくれた、どんな家庭に育ちどんな境遇でどんな道を歩んだか。
亡くなった弟さんも、両親も――新聞の紙面だけでは伝わらないことがマイの口からは語られた。