第648話 √d-27 わたあに。 『ユウジ・ミナ視点』『五月一日』
五月一日
色々考えた結果、ミユと付き合うことにした。
現実とゲームのハイブリッドな世界な上に、ミユがヒロインということが確定しているのもある。
……ゲームだし、妹と付き合うのも問題ないよな。
という謎理論で自分を納得させ、まずは自販機巡り……という体の実質デートに備えてミユのリメイク作戦を考えた。
自販機というものは家の外にしかない、当たり前のことだ。
そして家の外に出るにしても、今のミユはちょっと髪が長すぎたり肌が白すぎたり長いこと日の光に当たっていなさそうで危なっかしい。
ということもあって姉貴と相談して、ひとまずは部屋の外に出して他の増えた家族に紹介することに決めた。
しかしネックなのは長く伸びた髪で、毎日深夜にこっそり入っていた風呂で入念に洗っていたからこそ清潔ではあるのだが手入れはイマイチで枝毛も跳ねっかえりも激しい。
ミユとも話した結果、髪を切りたいとミユ本人も言っていた。
だが散髪の為には外に出ないといけない、しかしそれでは家族に紹介する前に外に出ることになり――服屋に服を買いに行く際に着る服が無い状態!
どうしたものかと姉貴と話し合った結果、ある作戦を考えたがそれは後程。
ちなみに土曜日の今日は午前授業で、正直ミユも時間さえかければ部屋の外に連れ出せそうな方向性なので俺は学校に行こうかと考えていたら――
「…………三日間引きこもる言ったのに」
と拗ねられてしまった、ちょっと可愛いとか思った俺は重度のシスコンです。
確かに自分から言った事を反故にはできないしダメだよな、ということもあってミユと午前授業の間ゲーム・マンガ・アニメ三昧だった。
二日連続で引きこもっていた結果――やばい……引きこもりって自由なんだな!
溜まりに溜まっていたアニメがミユと一緒に消化出来てるぞ……それに好きに時間に寝て食べて遊べる!
引きこもりってもしかしなくても最高じゃね!?
……などと引きこもりの良さを認識して、ミイラ取りがミイラになる五秒前だった。
いけない、これから妹の引きこもり卒業を目指しているというのにこれはいけない。
俺は気を引き締めてゲームのコントローラーを握った――
そういえば昨日からミユと一緒に飯を食べている。
昼食と夕食は俺がホニさん・姉貴の手伝いに行って俺とミユの分をよそってミユの部屋で食べたのだ。
土曜の昼もそれは変わらない。
「……これ本当にユウ兄が作ったの?」
「ああ。それ以外はホニさんだけどな」
「ふーん……」
「不味いか?」
「ユウ兄の手料理が美味しくてむかつく」
「理不尽!」
確かにミユはうーむ、なんというか料理はあまり得意でなかった。
調味料とかおおざっぱで、薄すぎたり濃すぎたり……まぁ、今からでも十分間に合うだろうと思う。
なにせ煮ることもしない洗っただけのモヤシと、一枚一枚がでかすぎるキャベツと、とんでもない量の醤油で和えただけのものを料理と言い張っていたクランナが、今は少ししょっぱいながらも崩れていない豆腐入りの味噌汁を作れるまでに成長したのだから!
「……今日、してくれるんだっけ」
「ああ、姉貴が準備してくれてる」
「……そっか、ありがとね」
「それは姉貴に伝えないとな」
「うん」
そう、姉貴には頼んでいることがあった――
* *
これまで積み上げてきた信用を以てユウくんの体調不良による欠席をを生徒会役員と教師に認めさせて、ユイちゃん達にも箝口令のようなものを強い……敷いた。
私が言えば弟のユウくんだけが風邪をひいたというのも疑われない、家族にもユウくんは学校より優先すべきことがあるという説明をして病欠が嘘であることも言ってある。
だって私副会長だし、家でも親代理みたいなものだし、私にできるのはこれぐらいだもんね。
そうしてユウくんに頼まれたのは「ミユを家族に会わせたい」「だからミユの髪を切ってくれないか?」ということで。
思い出すと幼少期は床屋などに行かずお母さんが私たち姉弟の髪を切っていた、お母さんが私たちの髪を切るのを見るのが私は好きだった……ユウくんはじっとしてるのが嫌でゴネてたっけ。
でもお母さんの仕事が忙しくなったいつからかは床屋に行くようになったけどね。
あれから私も見様見真似と図書館などで調べたり、床屋でコツを聞いたりしてミユちゃんやユウくんの髪を切ったことがある。
それをしたのも何年も前で久しいけれど、床屋ほどうまくはないけど今も出来ると思う。
だからユウくんのその頼みを聞き入れて、というか大好きなユウくんの頼みなんて聞かないわけにもいかないもんね。
それもミユちゃんのことなら余計に、だよね。
ユウくんと話し合った結果深夜にミユちゃんの髪を切ることを決めた。
というのも昼に切るとどうしても、散髪後の髪洗いで他の家族に見られてしまう可能性があって。
だから私とユウくんの考えで、〇時周った頃に散髪を実行することになった……明日はお休みだしなんとかなるよね!
私の部屋の切った髪を捨てやすいように床に新聞紙を敷いて、椅子とお母さんが使っていた散髪用のカッパやハサミやクシなどの散髪道具を準備する。
準備が一通り終わった頃、私の部屋がノックされた。
「どうぞー」
「……失礼します」
そうして入ってきたのは……一年半以来ぶりに見るミユちゃんでした。
「……ミナ姉、ええと」
「座って座って」
髪が伸びたね、ちょっと細くなったかな、肌もちょっと白すぎるかも。
……私とミユちゃんはメールや扉越しでの交流はあったものの、こうして顔を合わせるのはユウくんと変わらないぐらい。
確かユウくんが病室で目を覚ました時、以来だったかな?
椅子にミユちゃんを座らせて、服に髪の毛が付かないためのカッパを着せる。
「お客さん、今日はどんな希望ですか?」
「えっと……じゃあバッサリセミショートぐらいに」
「かしこまりましたー」
こうして”ごっこ”をしていると昔を思い出す。
おままごとではこういう散髪ごっこもしていた、お母さんの真似をすることが私は好きだったのだと思う。
今思えばゲームとかが好きなユウくんやミユちゃんは渋々付き合ってくれる感じだったけどね。
「…………」
「…………」
家族が寝静まる深夜にハサミの音と布きれ音だけが響く。
まぁユウくんは起きてもらってるけれど、寝てもらってもよかったのに真っ先に散髪したあとのミユちゃんを見たいんだってね。
「ねえ、ミナ姉」
「うん?」
「ありがとね」
「どういたしまして」
携帯の画面越し、扉越しでしか長いこと話せなかったミユちゃんと話せているのが嬉しかった。
「あ、髪もそうだけど……私のワガママの引きこもりに付き合ってくれて、本当に」
「…………」
ミユちゃん、違うよ。
私はそんなお礼を言われることなんてないんだよ。
だって私は諦めてしまったから、妥協してしまったから。
――私はユウくんみたいに出来なかったから。
「ミユちゃん、久々のおままごとだよ」
「え?」
「私、子供の頃お母さんの真似するのが好きだったんだ。だから今髪切るのもその続き、久々にやりたかったんだよね~」
「そ、そっか……昔はお母さん私たちの髪切ってたもんね」
「そうそう」
そう言って私は誤魔化した。
本当は謝りたい、私にはミユちゃんを外に連れ出せなかったことも、ユウくんに任せてしまったことも、逃げ続けたことも。
でも、きっとそれをしたらミユちゃんに余計気負わせてしまいそうだから堪えた。
「今日はミユちゃん、ユウくんと何してたの?」
「えっとアニメ見てゲームしてマンガ読んでた」
「楽しかった?」
「うん」
さすがユウくんだなあ、私はそういうのサッパリだから。
「ねえミナ姉」
「なに?」
「私……他の家族に顔合わせて変な顔されないかな」
「え?」
「……だってずっと引きこもってて顔も見せてなかったし」
ミユちゃんが引きこもってから家族が増えた。
アイシアちゃんもクランナちゃんもホニちゃんもユイちゃんも桐ちゃんもいい子たちだけれど、でも私にはぽっかりミユちゃんの居ない穴が開いていて。
賑やかになった食卓も、ミユちゃんがいないことが寂しくて。
「大丈夫大丈夫、悪い子達じゃないよ」
「ほんと?」
「……クランナさんあたりはちょっとリアクション大きいかもだけど」
「うう……やっぱり」
家族の中でも噂を耳にしたことがある、この家には引きこもっている妹がいると。
きっと「お姉さんに似て可愛いに違いない!」「現代に現れた座敷童ですわね!」とか聞いたことはあったりするけど。
でも彼女たちは詮索しなかった、本当なら部屋を突き止めて会いに行くかもしれないのにね。
こうしていつか顔を合わせてくれるの、を何も言わずに待ってくれていたのかもしれないね。
「でもいつまで引きこもってもいられないもんね……頑張る」
「がんばって!」
ミユちゃんをここまで前向きにしてくれたユウくんには感謝しきれない。
やっぱり男の子は頼りになるなあ、さすがユウくんだ……ありがとねユウくん。
そう話している内に髪がほぼほぼ切り終わる。
細かい毛を馬の毛で出来た毛払いでするとミユちゃんは少し心地よさそうな表情をするのが可愛いらしい。
「はい、出来ました! どうですかーお客さん?」
「ん、いい感じ。ありがとうミナ姉」
「どういたしましてー」
カッパを軽く払って毛を落し、それからカッパを脱いでもらう。
床の新聞紙の上にはチリトリ一杯では入りきれない量の髪が落ちていた。
「じゃあお風呂入って髪洗ってくるね」
「待って」
そうして部屋を出ようとするミユちゃんを呼び止める、私の”ごっこ”はまだ終わっていない――
「髪を洗うまでが散髪ですよお客さん……一緒にお風呂入ろ、ミユちゃん」
お母さんと私とミユちゃんとユウくんがいっしょに入っていたのは小さい頃まで。
いつからか私とミユちゃんの二人になり、最近はそれぞれが入るようになって。
でも、久しぶりに一緒に入りたいなって。
「うん……じゃあお願いしよっかな」
それから私とミユちゃんはお風呂に入った。
髪も洗ったし、身体の洗いっこもした、湯船は二人で入るには少し狭くなったかも。
そんな風呂場、深夜で近所迷惑も考えて小声で他愛ないことを話して――
そうしてゆっくり風呂をあがって居間に行くと――
「女の風呂なげえ!」
「あ、ごめんユウくん」
「……時間かかるものだから」
深夜も二時、テレビを見て待っていたユウくんにそう言われてしまう。
……ごめんねユウくん、すっかりユウくんが起きてること忘れてたよ。