第643話 √d-22 わたあに。 『ナレ・ユウジ視点』『四月三十日』
四月三十日
どうもナレーションのナレーターです。
それはまたいつもの彼女の暗い部屋ですね、はい。
『おはようございますミユ、昨日はよく眠れましたか?』
「寝不足だよ!」
いつになくテンションの高いミユがPGPの画面に言葉を返していました。
ちなみに時間は朝の七時頃で、深夜アニメも見ずに寝たことで早く(ミユ基準)起きたようですね。
『……それもそうでしょうね、かろうじて眠っている時でさえ寝言からしてスケベな夢を見ていたようですから』
「私寝言で何言ってたの!?」
まぁ知っている私からすると……ちょーっと文章に起こすのは憚れるようなヤツですね。
『さて昨日下之ユウジと風呂で出会えたわけですが、これからどうしましょうか』
「どうするもないよ! わ、私の裸見られて……合わせられる顔も合わせらんないよ!」
『むしろここは”裸見たんだからユウ兄責任取って”ぐらい言ってみてはどうでしょう』
「私の声真似すんな! 無茶苦茶似てるし! ……もういいよ、外は怖いから引きこもる。また次の世界で頑張るから」
果たしてユミジの強硬策はどうだったのでしょうか、ユウジに意識させることは出来ましたが一方のミユが更にヘタレてしまった気がします。
というかそんなまた明日頑張る的なノリで次の世界とか言わないでくださいよ私たちのメンタルがしんでしまいます。
『そうですか、引きこもりますか。じゃあお手洗いもお風呂も行かないんですね?』
「それはそれ、これはこれ」
『……分かりました、とりあえず生理現象以外では”ミユ”は部屋を出るつもりはないということですね』
「……うん」
あー……なんかまたユミジのスイッチ押しちゃった気がしますよ。
ユミジ割とミユには甘そう見えて厳しいですからね、私や桐をコキ使ってでもミユを揺さぶっていたのを考えると――
『――ということで下之ユウジの携帯に”ちょっと食べた賞味期限が二年過ぎたカ●リーメイトが当たって死にそう”という偽装メールをミユの携帯から今送ったので来ると思いますよ』
…………なにしてるんでしょう、この人工AI。
「はぁ!? 何してんの!? というかその死にそうな理由がすっごい恥ずかしいんですけど! そんなバカなメール私送らないんですけど!?」
『部屋からは出ないと聞きましたが、下之ユウジが自らミユの部屋に来ることに関しては何も言われていません』
「そんなの屁理屈だあああああ!」
『そろそろ来ますよ、準備しておいた方がいいですよ』
「大体そんなふざけたメールごときでユウ兄が来るわけないし、なんでそんな意味の分からないことを」
そうPGPのユミジにミユがキレかかった次の瞬間――
「ミユ、生きてるか!?」
バタァンと開かれた扉からは――必死の形相のユウジが。
突然の明かりに目を眩ませながら、ミユはしばらく目を細めたまま硬直してしまいました。
そんなユウジの声にテンパっているミユは、わたわたと手を振りながら良く分からない言葉をしばらくして言い放ちました――
「え、いや……その……誤爆……した?」
誤爆:本来投稿するつもりだった所と別の所に投稿してしまったことを言うネット用語のようですね。
* *
朝風呂を終えて今日は朝食・弁当当番なこともあって料理をし始める。
流石に朝ゆっくり風呂を入っている気分にもなれないのでガラスの行水よろしくにささっと風呂あがったことで、姉貴やホニさんよりも早くに弁当づくりに取り掛かる。
ちなみに風呂の後に寝間着を着直すことはせずに学校制服を着て、ズボンのポケットには財布と携帯を突っ込んであった。
「おはよーユウくん……今日は早いねー」
「おはよ姉貴、ちょっと早く目が覚めてさ」
姉貴が俺の後に起きてくるというのはなかなか新鮮な気がするな。
それからホニさんも起きて来て俺をメインに、三人での朝食・弁当作りが続いた――
そうこうして家族が起きて来て朝食を摂り、俺と姉貴とクランナは七時過ぎには家を出る支度をし始める。
といってもカバンなどは既にリビングに持ってきていることもあって、本来ならば制服に着替え終わっている今部屋に戻ることはないのだが――
「ねえな……」
カバンを漁っていると今日久しぶりに使うという教材が見当たらない、入れたつもりになっていただけなのかもしれないなと俺は自室に戻った。
その時だった――
「ん?」
ポケットの中の携帯が着信音と共に振動し始める。
……この着信音なんだっけ、この国民的RPG的なのは確か――
「…………」
携帯を開いてみるとそこにはメール着信が一通、さっそく開いてみる。
「…………なにこれ」
そのメールの宛て主は”妹”となっており文面は要約すると『食当たり起こして死にそう』というものだった。
いや要約しないとカ●リーメイトにあたったとかいうふざけた内容に違いなく、これはいわゆる――
「イタズラってやつなのか」
昨日一年ぶりに再会した妹は裸でした。
というのも俺がいつもどおりのほぼ定刻に風呂に入ると、外からはまるで気配を感じなかったのに妹のミユが入浴中ではありませんか。
正直不可抗力だ。
それでも結果的には女子の風呂を覗いたことに代わりはなく、謝ることなく謎のセリフを吐いて逃げ出してしまったのだ。
そんな俺に対する当てつけなのだろうか、この文章の裏に意図が隠れているのだろうか。
「……いや、俺悪くねえし。バカバカしい」
というか、結局俺は風呂に入り損ねたのだからむしろ被害者と言える。
たかが妹の裸がなんだ、家族だからなんのことはないじゃないか。
そうそう、これから朝の生徒会活動で早くに家を出なきゃいけない俺にはこんなメール無視以外の――
「ミユ、生きてるか!?」
俺はほぼ無意識にミユの部屋の扉を開いて叫んでいた。
あ、あれえ? 思考と行動が合ってないなあ。
さっきまで俺は自室でふざけたメールを見てバカバカしいと思い相手にするつもりは毛頭なかったのに。
だが俺は知らない内に自室を出て廊下を歩き、おそらく何か月も訪れていなかったミユの部屋の前に来ると躊躇することなく部屋の扉を開けたというのだ。
べ、別に妹が本当に苦しんでるのかもしれないという僅かな可能性を信じて気が気でなく部屋を訪れたんじゃないんだからね!
俺の体が勝手にやったことなんだからね!
「え、いや……その……誤爆……した?」
…………はい?
誤爆……?
さっきのふざけたメールを俺以外に送る相手がいるのだとか、そのメールは果たして面白いのかとか思い浮かんだが――
「な、なら仕方ないな!」
仕方なくねえよ、俺何言ってんだよ。
「じゃあ、邪魔したな」
そうして何も無く去っていこうとする俺、なんなの俺!
せめて昨日覗いたことぐらい謝れよこのヘタレ、ほんとどうしようもねえな俺ふざけんなよと内心で自分を罵倒しても……これ以上ミユを顔を合わせるのが気まずいという俺が居て。
ここ最近の俺はいつになく情緒不安定だ。
「ま、待って!」
そんな俺の制服の袖を掴むミユの姿があった。
もちろんそんなことされて振り払うような畜生の真似は出来ずに俺は振り返ってしまう。
振り返ると、やっぱり風呂で対面した時は裸のインパクトが強くてそこまで感じなかったが――ミユは……あんまり変わってないんだな。
全体的に細身だったのは以前からで、むしろそれよりも線がちょびっとばかり細くなっている気がしないでもない。
そして白い肌に……髪だけは本当に長くなったんだな、時間がそれだけ経ったんだな。
……などと感慨にふけっている場合じゃなかった、なぜミユは俺を呼び止めたのか。
ミユの次の言葉を待っている間の思考これまで二秒間であった。
「ご、ごめんなさい」
…………。
「なんで?」
「え」
「なんでミユが謝るんだ?」
「えっと……」
「むしろ風呂を覗いた俺が謝るべきで」
「それは! それは私が時間勘違いして……先に入っただけだから」
「そうなのか」
そうか、俺は風呂に入る時間間違ってなかったんだなと少しだけ安心する。
……それはそうとして何故ミユは俺に謝るというのだろうか。
「それで、ええと……えっと」
ミユは言葉を探しているようだった。
俺はその次の言葉をすぐに聞きたかったが急かすような真似はしたくなく、ミユの言葉を待った。
「びどいことして、ごめんなさい」
…………ひどいこと、とは。
アレか、記憶の中にあるネガティブな思い出の一つで中学の頃冷蔵庫に入れておいた秘蔵のカレーパンを食べた件か。
それとも姉貴に頼まれた買い物を友人と会う約束が出来たからとか言ってすっぽかして俺に押し付けた時か。
「桜がいなくなった時にに八つ当たりして、ごめんなさい」
あぁ。
「八つ当たりしてユウ兄を突き落として、ごめんなさい」
そうか。
「ずっとそのことを謝れなくて、ごめんなさい」
そのことだったか。
……ミユに言われた・されたそのことは一応覚えてはいるのだ。
意識が戻って少しの間は思い出せなかったが、のちに思い出せはした。
それでもそもそもの、もしかしたら俺はミユにそこまで怒られる様なことをしたのではないかとう疑念は晴れない。
傷つけるような、悲しませるようなことをしてしまったのではないかと……一部の記憶がないことでずっと考えていたのだ。
それで俺が怪我をして記憶を一部失ったとしてもミユを責める気にもなれず、むしろサクラが居なくなった要因は俺にあるはずで、サクラと仲の良かったミユが怒るのも無理はないと思っていたのだ。
だから、だから……。
「……俺こそごめん、もっとやりようがあったかもしれないな」
サクラに告白しなければ、そもそも親友の間柄で満足していれば、変化を望まなければ。
違う未来があったかもしれない、もしかすればサクラが俺たちの前から居なくならない”if”もあったかもしれない。
「でも、謝ってくれてありがとうな……ミユ」
「……っ!」
そうして俺はミユの頭を撫でる。
…………どうにもこの動作は慣れている気がするのだが、記憶にはないことだった。
俺が忘れているだけで、もしかすると小さい頃ミユを撫でるクセがあったりしたのだろうか。
「ううっ……ごめん……! ごめんねっ……ユウ兄……こんな妹でごめんなさい……ごめんね……うあ、うわああああああああああああああああああっ!」
ミユはそうして俺の胸に顔を押し付けて泣き出した。
ミユが泣いている、というのもどこか懐かしい気がする。
まだ全てを思い出すに至っていない俺とミユの兄妹の関係とはどんなものだったのだろう、と思い出せないのが今はかなり悔しかった。