第641話 √d-20 わたあに。 『ミユ視点』『↓』
「…………え?」
声に振り返ったところで私の思考は停止する。
振り返った先に居るのはその――まったくもって完全に全裸なMAPPAなスッポンポンなユウ兄だった。
どういう状況なのどうしてこうなったの深夜のこんな時間までユウ兄が入ってないとかありえないし私が見てるのはもしかして幻覚なのかと。
それにしては造形がリアルすぎる、男子高校生らしくガタイはしっかりとしてところどころ筋肉がついて、それにそのユウ兄のアレも……アレ!?
……幼少期に見たのと違いすぎない? 高校生にもなればこうなるの? 私知らないんだけどこういうの知らないんだけど!?
ということは、本物の現実のユウ兄……?
「なん……で……?」
私の口から出たのはそんな疑問の言葉だった。
深夜も二時近くの私にとってはお風呂に入るタイミングの一つで、朝早く起きているユウ兄はさすがにこの時間には入浴していないはずで。
どうしてタイミングが合ってしまったのかとか、そもそも私が入っていることにユウ兄は気づかなかったのだとか。
更に気づけばユウ兄とここまで近くで顔を合わせたのはいつ以来だろう、確かヨリルートの時に深夜遭遇した時以来のはずだ。
最近のように思えても体感時間で二年は経っている、二年ぶりのユウ兄とのリアルセッション(?)になると思う。
ああ、そうだユウ兄に会ったら顔を合わせたら話さなきゃいけないことがあるんだった。
私のしてしまったことを謝りたい、それでもしユウ兄がいいのならそこから兄妹関係をリスタートさせていきたい。
その前に何か声をかけないと、何か挨拶でもしないと、ユウ兄の記憶的には一年ぶりになるから大仰なのだと違うかな? どうしようどうしよう!?
そして私ははっと思い出すように気づいてしまう今の状況はどうなのかと、私は……もちろん全裸だった。
家の風呂で水着を着て入ることなんてしないし、身体を洗っているからタオルを巻いているわけではない。
ということはユウ兄に私の裸が見られているというわけで――ッ!
ユウ兄に裸見られている、見られた、見られてしまった!
意識すると途端に恥ずかしさに満ちて来て、叫びたい気分だというのに驚きのあまり声が出る気がしない、そんな時に先にユウ兄が口を開いたのだ。
「髪、伸びたんだな」
え?
その、この状況でそれもユウ兄的にも一年ぶりにかける言葉のチョイスとしては良く分からないことをユウ兄は言い。
呆気に取られて私は言葉を返すことも出来ずに沈黙するほかならなかった。
「…………」
「あ、邪魔したな」
そうして風呂をごく自然に出ていくユウ兄をそのまま振り返って硬直したまま見送る私。
まるで時間差のように手に持っていた湯桶を取り落とし――
「~っ!」
身体に付いた泡をシャワーで落とすことも忘れて、何か穴があったらあったら入りたい気分が先行した結果湯船に飛び込んだ。
顔を湯につけて私は――
「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!」
最後の理性で近所迷惑を避けるべく、声にならない叫びを湯の中でしたのだった。
湯船の中で少しは思考が働くようになり、風呂の電源パネルを見た。
そこには時計表示もされており、デジタル数字で〇〇三伍となっていた。
つまり今は〇時三十五分なわけであって、その時間はさっき自室で見た時計の表示と大きく食い違う。
時間を見る限りユウ兄の風呂に入りに来た時間はおそらく間違っていない、私が時間を間違えて風呂に入りにきてしまった故でのブッキングだったのだ。
頭がゆっくり回転し始め、思えば私に風呂に入るよう催促したのは他ならぬユミジであったことを理解する。
ヘタレで不甲斐ない一週間もの間何も行動を起こせなかった私に対して、幾らか苛立ちを覚えているようにも見えたユミジを考えれば――この事象が仕組まれたことであると今更ながら理解する。
ユミジに、してやられたのだ。
そう分かってしまえばいつまでも風呂で泡をごぼごぼ量産している場合ではない。
この理不尽を、恥辱の感情を、怒りの矛先を、彼女に向けなければと思う他ならなかった――
そのままゆっくり風呂に入っている気分にもならず、風呂を上がり自室に戻った。
『いいお湯でしたか? ミユ』
「ふざけんな!」
私はすました顔と平然とした声で言うユミジにブチ切れた。
『何かあったんですか?』
「あんたが仕組んだんでしょ! 私とユウ兄の風呂ブッキングするように!」
『そうですが何か』
こいつ開き直りやがったよ!
『私がミユのもとを少し離れてから帰って来て、それから一週間待ったんですよ。それでもミユはなんのアクションもなし――舐めてるんですか、ヒロイン』
ユミジのその声はいつになく機械的で、それでいて怒気もはらんでいた……私は反論する余裕もなく気圧され口をすぼんでしまう。
『ヒロインを舐めているのかと聞いているんですよ。まったくの受け身で下之ユウジが来てくれると本当に思ってるんですか? こんなヒキニート相手に』
「ひ、ひどい!」
ヒキニートなんてもっとオブラートに包んでよ!
ちょっと学校に行かずに部屋に籠っているだけのか弱い女子なのに!
『ヒロインとしてひどいのはあなたですよ。もうこの世界がはじまって一か月が経とうと言うのに主人公と生会話無し顔合わせなし変化なし、ヒロインの資格ないですよ』
「だ、だって……」
『私が言った今日でさえ、明日頑張るとかふざけたことぬかしていたじゃないですか。明日になったら、また明日ですか? 無限ループですよ!』
ユ、ユミジがブチ切れてる……怖いよぉ。
『ミユにやる気がない以上私も強硬手段にでるしかないのですよ。時間が経ちすぎてしまった以上は、他のヒロインよりも強烈な再会の仕方が求められるのです』
「そ、それでもお風呂はぁ……」
『これまで大事なところは見ていなかったにしても、散々下之ユウジを監視して着替えまでバッチリみていたムッツリスケベのミユが今更何を言うのですか』
「なっ……!」
むむむむむ、ムッツリスケベじゃないし!?
……見てたのは否定しないけど。
『散々見ておいて自分のを見せるのは違うとか、男女の差はあれどありえません。多少は身を切る努力はするべきです』
「うう……」
『ともかく今回の再会は最近生徒会で多忙な下之ユウジにも印象強く記憶に残ったでしょう。これでようやくスタートラインに立てましたね、おめでとうございます』
「もうお嫁にいけない……」
『このシナリオでは下之ユウジの嫁になる覚悟で臨むんですから、問題ないでしょう』
問題あるよ……。
『……ふぅ、色々言ったらスッキリしました。今日はもう寝て明日に備えてください。おやすみなさいミユ』
「ちょ、ちょっと!」
そうしてユミジは言うだけ言ってゲーム画面から消えた。
ひどい……こんな人工AI人間味ありすぎてひどいよ……。
もう私はヤケクソ気味に布団に飛び込む、時間はまだ〇時半だから深夜アニメ見れるとかは関係なく掛け布団を深くかぶった。
「…………~っ!」
うわああああああああああああああああ、さっきのユウ兄の全裸が頭から離れないいいいいい!?
……全然寝れる気がしないんだけど!