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@ クソゲヱリミックス! @ [√6連載中]  作者: キラワケ
第八章 ※独占禁止法は適応されませんでした。
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第184~187話 √1-27 ※独占禁止法は適応されませんでした。

 

 一月十七日



 翌日が学校でどれだけ落胆させられたか。正直この空気で彼女に会うのは避けたかった。

 しかし皮肉にも俺が避ける間もなく、彼女が俺を避け始めるのだった。

 ”避けたかった”というのはあくまでこの空気という理由で。マイとは話がしたかった。一緒に居たかった。

 そんな言葉も交わさず、目も合わせることなく放課後が訪れ。そうして彼女は一目散に帰って行った。

 俺に追いかける権利などなく、すれは全て俺に非があって。それ故に彼女に避けられているからだ。



 一月十八日。


 

 今日もマイと話す機会はなかった。

 何度も追った、それでも情けないことに撒かれてしまっていた。

 「姫城さんと何かあった?」などとユキが聞いてくるも「ちょっとな……」と返すことしか出来ない。

 「気を落とすな」ユイには事の顛末を全て話していて「お前が悪い、そしてそっとしておけ」という忠告を受けた。

 「少なくとも彼女を傷つけたのはお前なんだから、今は何もするな。時を待って謝り通せ」と渇をいれてくれていた。

 一日が終わる、ここ一年でこの数日間が今まで一番――長くつらいものだった。


 

 一月十九日



 そんなわけで生徒会もバイトもなく、一本道に帰ろうとした時に。


「ちょっといいか?」


 そう言って黒い学ランをコートも聞かずにピシッと着た男子学生に呼び止められる。それを見たユキ達は「先に帰るねー」空気を読んでくれたか、帰って行った。

 そして、連れて行かれたのはちょっとした木陰で。傍目には下校する生徒が溢れている。



「あー、スマなかった」


 

 開口一番に謝罪の言葉、もちろん意味がわからない。


「? えと、どちら様でしょう?」


 そんな手を合わせて謝ってきたのは思わぬ人物だった


「申し遅れた……非公式新聞部部長の杉谷だ」


 非公式新聞部、かつて色々やらかしてくれたところである。

 

「……非公式新聞部の部長さんが俺に何の用で?」


 生徒会内での恋愛を報じられ、俺とオルリスを記事ネタにされマイからのセクハラの要因となった。

 故にあまり非公式新聞部には良い印象がなかった。そして、こいつは衝撃的な発言をする。


「”学園の一輪の花こと篠文ユキを振る!……ということをリークしたのは他ならぬ非公式新聞部だ」

「!? て、てめえらがっ」


 そのせいで、俺はユキファンクラブに滅多刺しにされて全治一週間の骨折をした……一週間の完治は正直異常だけども。


「本当に悪いことをした。申し開きのしようもない」


 何度も何度もコイツは頭を下げてきた。


「……」

「あまりに際どいこともあり記事掲載は見送ったが……新聞部にスパイが紛れていて、ネタを使われてしまった」

「言い訳のつもりか?」

「いや、情報管理に責任があった私達の落ち度だ」

「……あの後は大変だったんだ。ファンクラブメンバーに襲撃されたからな」

「ユキファンクラブには手がまわらなかった……すまない。しかし責任を持ってマイファンクラブは潰させてもらった」

「マイファンクラブ?」


 そういえば手紙以降音沙汰がなかったマイファンクラブはつぶされていたのか。どうりで。ユキファンクラブはなんだかんだユキ本人の手で解散させられたと聞く。

 どこの馬の骨とも知らない今まで馴れ馴れしかった男に学園で一、二位を争うマイがうばわれたってんだから、ファンの怒り心頭も仕方ないのかもしれない。

 いや、だからって理不尽には違いなけども。


「それでお詫びが出来れば、と」


 男はポケットから何かを取り出してみせる……それは一枚のケースに入ったCDかDVDのディスクだった。


「これが……なんだ?」

「年末清掃していたらある記事を見つけてな」


 それをDVDに入れた、と続ける。


「? それが何か俺に関係あるのか?」

「どちらかといえば、お前さんの彼女の方だ」

「……! マイに?」


 そのこいつの言う記事はマイに関係ある事柄……新聞に載るようなことって?

 何かで賞とか取ったとかだろうか。


「ちょっとした事件──いや、本人にとっては半端じゃない事件だな」

「どういう……意味だ?」

「その様子をみるに初耳と見受けられるが、どうだ?」


 そういえば思い出す、生徒会大掃除の際に貰った「マイラブ」なるファン冊子を読んでわかったのは両親が居なく、祖父母っ子であること。

 それも弟までも他界していると。

 それがどうして事件と、新聞に載るような事件に繋がる……?


「だからって、なんで今になって……」


 こんなものを。襲撃事件はとっくの前のことだ。


「なかなか接触する機会がなかったのもので。授業の合間にこんなことは話せないし、生徒会に私は敵視されているものでね」


 なぜかふふんと笑ってこの野郎は続ける。


「放課後も邪魔する訳にはいかなかっただろう? しかし、今日は生徒会も無いようだが……どうにも彼女が居ないから、呼びかけさせてもらった」


 皮肉な話だな。マイが離れていったせいで野郎は俺に接触したというのだから、それもマイの事柄で。


「…………」

「これで全て帳消しにするつもりはないが、受け取ってくれ」

「いや、俺は……!」


 こんなものいらない、彼女のことに必要以上に踏み込んでどうする? 彼女を傷つけるだけじゃないのか??

 それでも、彼女のことを知りたい。好奇心に溢れた愚かな俺も居たのだ。


「要らないなら捨てておいてくれ」

「…………分かった」

「本当に、色々スマないことをした。それでは失礼する――」


 そうやってお辞儀すると、野郎は足早に去って行った。俺の手には一枚のディスクが残される。


「……例え見るんだとしたら、パソコンでってか?」


 俺はそれを鞄にしまうと、一人寂しい帰路についた。

 また情けないほどに俺は理性が敗北していた。





 俺はその受け取ったディスクをパソコンのドライブ挿入した。

 なんの躊躇いもない――わけがない。彼女の過去を踏み荒らしかねないことなのだ。

 彼女にとっての半端じゃない事件……祖父母っ子で他界した両親と弟、そしてあの抉られたような傷。

 これを見たら、全てが繋がるのか?


「…………」


 ウィンウィンという音をたてながらドライブ内でディスクは回転する。

 それが止む頃にデウクトップには”リムーバルディスクが読み込まれました”という表示がされ。

 コンピュータ画面でディスクアイコンをダブルクリックするとzip形式で保存された二つのファイルが現れる。

 

『2003年9月13日』と『2006年3月5日』


 という二つのファイル名が表示された。


「事件は一つじゃない……?」


 もしこの日付が連動していて、これが彼女の身に起った事件だとしたら――

 これを開いたら彼女に俺はどんな事が出来るだろうか……俺には分からない。

 分からないこそ知りたかった。最低がなんだ、もうとっくのとうに俺は最低なことをやらかしてるじゃないか。

 好きだから、俺は彼女に遠慮するのか? 好きだからこそ彼女に遠慮しない。

 彼女が……マイは、何を抱えて、背負っているか。俺には全くわからないから。


 言い訳で固める最低な俺だけど、マイを愛していることは揺るがない。


 このまま別れるのはごめんだ。こんな終わり望んでなんていない。

 またマイの隣に居れるように……俺は彼女を知る。


 フォルダを解凍するとpdf方式で保存されたファイル。今度は迷いなくダブルクリックをした。

 

 ここら一帯では地域新聞が配られる。それも週刊で、つくり大手新聞社に対抗していた。

 それも影響して、藍浜では新聞部が乱立していたとも聞く。

 大きくではないが見出しに載ったそんな記事の一つに、彼女の苗字を見つけた。


「ひき逃げ…………!?」


 書かれていたのはひき逃げ事件だった。四歳の長男が車に轢かれ、死亡した。


「……マイの弟はこんなに」


 こんなにまで若く、幼い時に亡くなったのか。

 七年前と考えるとおそらく八歳のマイにとっては半端じゃない――理不尽で不幸過ぎる事件だっただろう。


「?」


 しかしここで疑問に思う。事件は二つあった。

 縁起でもないが、この事件で亡くなったのはマイの弟一人。それではマイの両親はこの時健在だったとも考えられる。

 それで彼女にとっての大きな事件。そのもう一つのこと――


「嫌な予感がする」


 俺はとんでもないことを知ってしまうのかもしれない。

 俺に受け止めきれるだろうか? こんなに打たれ弱く、マイに離れられただけで不安に自己嫌悪に陥る俺が。

 

「でも、受け止めなければいけない」


 いや、受け止めろ。

 彼女の隣にあろうとするならば。

 

 マイの彼氏にふさわしくなりたいならば。


「……開くぞ」


 俺は先程と同じ要領でフォルダを開き、記事を見た――


「これは……!?」


 絶句した。その事柄に。



『一家心中、娘は生存するも虐待の痕』



 彼女が言ったように、軽いものではなかった。

 俺はその記事のタイトルを見ただけで呆然とし、その記事の内容が頭に入って来るのには結構な時間を要した。



== ==



 これはとある家族のお話。幸せが消えて行った日々の物語――



* *



 弟の死因はひき逃げだった。公園に行こうと道を歩いてた際に後ろから走る車が減速せずに突っ込んだ。

 しかし目撃者である証人が未だ小児で、あまり人通りの少ない道だけあって発見も遅れた。ナンバープレートも車の特徴も分からないであっては証拠はあまりにも少なくひき逃げ犯の特定は難しかった。

 車に突き飛ばされ頭を強く打ち、出血はさほどないものの発見され病院に搬送途中に亡くなった。


 そうして無情にも私の弟は誰かも知らない者に命を奪われ、それを晴らすことも出来なかった。

 弟が居なくなったことによる喪失感が、家に帰ってから訪れる私。

 葬式で「私が傍にいてあげられれば……」と後悔に涙する母と「こんなのねぇよ……」と納得のいかない終結に涙を流す父。


 母はその後、しばらく家事も手に付かず泣き続け。父は会社を休んで酒を飲み続けて自暴自棄になっていました。

 この頃から私たち家族は壊れ始め、この出来事が人を変えてしまった――



* *



 母こそやはりそのことを引きずりながらも「マイがいるのに、泣いてちゃだめね」となんとか立ち直って家事をし始めました。

 一方の父は完全に心が折れたように無気力になり、会社も休みがち……母が父から聞いた愚痴曰くミスも増えたとのことでした。

 それに痺れを切らした会社は、二年後父に退社通告をします。こちらから見れば非情にしか思えませんでしたが、会社としては使えない者を残してもしょうがないという判断なのでしょう。

 そういて新しい会社こそ見つかり、職に就くことが出来ましたが――そこから父は変わって行きました。


 慣れない仕事で、明らかに年下な先輩にコキ使われて――日に日にストレスは溜まり、物を壊すようになります。

 まだティッシュ箱なら良かったのです、次第に鋭利な破片が床中に散らばっていて、良く切り傷も作りました。

 物で補いきれないほどになった頃、三人で食べる夕食時にグチを零しながら、そこら辺にあるものを投げつけるようになりました。

 今思えば幼すぎる、幼児まで逆行したかのように思える振舞いでした。そんな振舞いでも力は大の大人で男だけあって投げつけられる物の破片は四方八方に散らばり、それで擦り傷や切り傷を作ることは少なくありませんでした。

 食卓では醤油瓶や皿、ガラス製のコップが飛びそれを避けた上で食後には様々な形状や材質の破片をほうきとちりとりで片付けている母が印象的でした。

 そして怪我したところを消毒して絆創膏や包帯で巻いて手当を、自分も負った傷も顧みずにしてくれていました。

 次第にエスカレートしていき、そのストレスの捌け口は次第に私たちへとなっていきます。


 そしてある時。


 ったくよう、お前はいーよな? 学校ってのは楽だろう?

 俺の会社もそれほど気楽なら良かったんだだがねえ? ああ? 

 ちっ、反応もしねえのか……あーつまんねぇな!


 父はいつも以上に荒れていました。偉そうに説教する年下の先輩がひどく気に食わなかったらしく。酒を浴びるほど飲んでいました。

 私は余りの怖さに、父の言うように怒りも泣きも笑いもしません、ただただ黙っていました。

 本当ならば、父のせいで日に日に増える絆創膏や包帯で小学校のクラスの人には馬鹿にされていました。気楽なんかじゃない、そう言ってやりたかったのです。


 俺だってよ、入るのがはやけりゃお前なんかさ……腹たってきた。おい、マイ酒持ってこい。

 

 それを聞き逃したのが発端でした。


 無視かこのクソ娘が……そんな奴にはお仕置きだ。


「え」


 思わずあげた声の直後には酒びんの割れる音。そして――


 そんな悪い娘にはこうだっ。

 父は割れたガラス片を手にとり、Tシャツ一枚の私の背中を一直線に抉ったのです。


「いた、いやああああああああああああああああ」


 背中から走る激痛は凄まじいものでした。あまりの痛さに身をよじり、その度に傷は開いて行きます。


「マイッ! マイ! あなた、なんてことを」


 るせえ、そんなこと知るか。


 そう言って自分の部屋へと消えて行きました。 

 そんな父を見送ることなく母、必死で手当をし。


「藍浜町~です。娘が大量に出血して――」


 即座に電話をしていました。どうやら救急車を呼んでくれていたようです。

 そんな母の行動に安心したか、私は意識を失いました。



 病院で目覚めると、背中にはやはり痛みと違和感がありました。


「よかった……マイが起きてくれて」


 しばらく、数日間意識を失っていたそうです。

 母の涙ぐむ顔を見て、父の非情さを心の奥底から確信しました。


 あんな家に戻っても、父の暴力が始まるのだろう。

 母と一緒にいつまでも病院に居れたら……そう思ってました。



 家に帰っても父は変わりませんでした。

 流石の今まで殆ど何も言わなかった母も私を傷つけたことには憤慨しましたが、父は聞く耳を持ちませんでした。

 余計に娘の入院で母が家事に手を付けられず、それにストレスと怒りを溜めていました。

 捌け口にされた私たちに積もり積もって行くストレスなどお構いなしに。


 そして、全てが壊れる時が来ます。 

 いつもの物が飛んでくる夕食の中で、父は弟の仏壇の遺影を私たちに投げつけたのです

 それを私、母は十分に捉えていました、遺影立てのガラスは砕け、床に散乱しました。


「  になんてことするのっ!」


 今まで殆ど怒ることがなく、我慢し続けていた母が憤怒しました。


「こんな遺影なんかいくらでも作れんだろ!」

「こんな……ですって」


 怒りのあまり母の手は小刻みに震えていました。


「今の行為がどれだけ  を侮辱したかわかっているの!」

「死人のことなんか知らねえよ!」

「なっ……」


 積み重ね、そして彼の最後の言葉でもう意思は固めてあったのかもしれません。


「  をそんな扱いしないで」


 私も反抗しました。


「おうおう、人気者だな  ……調子のんじゃねえぞゴルァ!」


 仏壇に供えてあった花の添えられた水入りの花瓶や、一緒に添えられていた弟がよく遊んでいたおもちゃ私たちに投げました。

 花瓶は母の腹部に直撃し、幸いそれほど威力がありませんでしたが、花瓶の水は母の服を濡らしていました。

 そして私の横には、投げつけられてきたおもちゃが壊れて横たわっていました。


「こっちは会社で面倒だってのによお、俺のことも考えろってもんだ」


 本当に自分勝手な愚痴を呟きながら彼は自分の部屋に戻って行きました


「舞、大丈夫?」

「うん……お母さんこそ?」

「……大丈夫よ」


 その母の顔は見えませんでした。その表情に怒りか悲しみが浮かんでいるのか、その時の私には想像できませんでした。

 今分かるとしたら……それは怒りに燃える表情だったのだと思います。


「風呂に入ったら寝なさいね?」

「うん」


 その肯定は嘘でした。風呂には入らず自分の部屋の物入れを探りました。

 そして出てきたのは一本の小刀、その小刀を右手に持って私はある部屋に向いました。

 その時の私は――


「殺してやる」


 その一つの感情しか持ち合わせてはいませんでした。

 散々傷つけた私ならいず知らず、母を傷け、あろうことか弟をひどく侮辱した。

 それには怒りを通りこして殺意が芽生えていたのです。 


 私は少し震える手で、歩みを進めると何故か父の部屋の扉が半開きでした。

 半開きの扉に近づき、恐る恐る扉を開くと――


「!?」


 そこには母の姿、そして血だらけになって横たわる、変わり果てた父の姿がありました。


「……ごめんね、マイ。こんなところ見せて」


 振り返る母には返り血が飛び、それでも母は最近では見せない笑顔という表情を形作ってしました。


「――――」


 その時の私はどうだったでしょうか。

 父は腹部を私の持つ同じ小刀で刺され、そこから部屋着に染み出る血、血、血。

 今で流れでる鮮血は特別フローリングだった部屋に染みわたっていきます。

 母の手には血のりで染まった小刀があり、着ていたエプロンには父の抵抗した痕か、掴もうとした血に塗られた痕が残っていました。

 そんなおぞましい光景を見て、そんな猟奇的な場面に遭遇して。


「――はは」


 私は笑っていました。

 怒り憎しみ悲しみに殺意……全て吹き飛んで、喜び。


 父がこの世を去った。その喜びは私を笑顔にしていました。


「ごめんなさいね、マイ。私はこの方に付き合うわ」

「?」


 言っている意味がわかりませんでした。


「ごめんなさい、マイ。あなたの晴れ着は見れないわ」

「……?」


 何を言っているのか、こうやって憎き父は死んだじゃないですか。



「私は、責任を取って彼の後を追うから――」


  

 その次の瞬間、母は父を刺した小刀で自分の頸動脈を突き刺しました。

 血が噴き出し、操り糸をなくした人形のように崩れて行く母。


「お母さん……お母さん?」


 ほぼ即死だったのかもしれません。母の返り血を浴びて、私は――


「はは、はははははははははははははははははは」


 泣きながら笑いました。

 この時に私は壊れてしまったのです。人が持つであろう常識を、感情を。


 すべてすべて、この血から発せられる鉄の臭いが充満する父の部屋で。


 失ってしまったのです、なにもかも。



== ==



『一家心中、娘は生存するも虐待の痕』


 その見出しから内容を読み進めるに、あまりに酷い惨状が記されていた

 通報したのは近所のおばさんで、着いた頃には血まみれの長女が一人立っていたという。

 部屋には血が飛び散り、白い天井も茶色のフローリングも全て真っ赤に染め上げていた。

 両親は既に息は無く、残されたのはたった一人の少女のみだった。

 後日病院に搬送された少女には虐待の痕が見られ、背中に大きな傷を負っていた――


 大体が書かれていたことだった。

 

「……なるほどな、あの傷はそう言う訳か」


 虐待による大きな傷、それなのだろう。


『嫌われるのは私の方です! 私の、私のあんな傷……あっ』


 彼女は俺に嫌われると言った、それもこの傷で。


「……はは」


 それで嫌いになる? ……俺は外見で全てマイを選んだわけじゃない、彼女の内面含めて――全てに惚れたのだ。

 最初は無闇に絡んで来る美少女なクラスメイト――でも一緒に過ごす内に彼女の魅力に気付いた。

 俺を純粋に想ってくれて、表現豊かな表情を見せてとにかく隣にいてくれる。

 それが、俺の好きになった理由だった。それが傷があることで”好き”なことが帳消しになるか?


「なるもんか」


 彼女にとっては体にとっても心にとっても大きな傷だ。

 でも俺は、それを拒絶することなんてしない。そんな理由で関係が離れてしまうのが解せない。


「(この想いを伝えれば――)」


 もしかしたら答えてくれるかもしれない。でも、傷つける結果となってしまったら?

 本当に俺はそんなことで離れられてもいいマイにとっては軽い存在だったとしたら?

 未だ踏ん切りがつかない。何も知らない彼女を突然知った、それも深く重く痛々しい過去を。

 

 これは時間が解決することはない。ただその溝が深まり広がり、揚句には取り返しのつかないことになる。

 だから、俺は行動を起こさないといけなかった。


「(明日……言ってみるか)」


 もしかしたら、こんなことを勝手に知った俺に怒り。本当にこの関係が終わってしまうかもしれない。

 それでも、俺は彼女が好きだから。だから、俺は――



一月二十日



 一日が終わる。

 今日、マイに話すつもりだった。けれど、マイが今日登校することはなかった。

 病欠という知らせが学校に来ていたようで??


「今日も休んだな、姫城さん……まあ、悪いがバイトだ。ホラ先に行くぞ」

「ああ」


 彼女の家を知らない俺には成す術がない。

 マイの登校する日を待つしかない。……でも、もしマイが今後登校することが無かったら?

 最近は昔のようにネガティブな考えに浸るようになってしまった、それだけマイが俺の心の支えになっていたことを心から思い知る。

   

 かつてのバイトまでの道はミニデートだった。隣を歩き、話し笑い――楽しかった。でも、今は隣には誰もいない。ひどくつまらない、退屈だ。





 バイト終えて外に出る。

 未だ盛況な商店街こそ明るいものの、外は既に真っ暗だった。


「……さむ」


 時折吹き抜ける風がなんとも冷たい。


「……帰るかな」


 さっさと帰ってしまったユイを追うことは諦め、ゆっくりと歩みを進める。そんな時だった。


「……?」


 俺を凝視する老婆が右斜め前にはいた。老婆と言いうのは失礼か……少し老いたご婦人がそこにはいた。

 見つめるのは俺の顔、目を細めて訝しげに俺を凝視してきている――


「ええと??」


 切り出そうとしたその時に。


「つかぬ事をお聞きしますが」


 その声は想像以上に若々しい女性のものだった。


「えと、はい?」



「下之ユウジ様でしょうか?」



 様……?

  

「え」

「……人違いでしたか?」

「い、いえ!」

「良かったです、ユウジ様で合っていましたか」


 しかしこの人に見覚えも、聞き覚えもなかった。だから失礼承知で問いかける。


「……ええと、以前お会いしたことが有りましたっけ?」

「いいえ、おそらくないでしょう……あ、紹介が遅れてすみません」


 そして俺は大切な人と出会ったのだ。


「私、佐藤ハナ……姫城舞の祖母でございます」



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