第639話 √d-18 わたあに。 『ミユ視点』『四月二十九日』
そうして私ことミユの引きこもり脱却・ユウ兄のヒロイン化計画は始まったのである!
……ヒロインとか自分で言ってて恥ずかしくて死にそう。
と、ともかく私の戦いははじまったばかりだ!
四月二十九日
『――とか言っておいて一週間何の進展も無しとか流石ですね、ミユ』
「うう……」
PGPによって高画質高精細化したユミジにピシャリと言われてしまう私。
……ぐぅの音も出ませんとも。
『私と立てた計画はなんでしたっけ?』
「……二階のトイレが不調だから降りて来るってのはちょっと無理があるし」
というかそれ二階のトイレ不調にするの私ぐらいしかいないし、やらかしたみたいじゃん!
『それは今言うと冗談で言ったんですけどね、まさか真に受けるとは』
「はぁ!?」
なんなのこの人工AIなんなのこの!
『というか下之ユウジが一人になる時間とか教えたじゃないですか。ホニさんやミナ姉ともかち合わないタイミングもちゃんと有ったんですよ』
「それはそうだけど……」
『百歩譲ってまだ二人顔を合わせるのがハードル高いのも分かります。でもですね――』
そうしてユミジにしては感情が微妙に籠ってそうな言い方で――
『あれから結局トイレと深夜の風呂以外の場所に行ってないじゃないですか、やる気あるんですか?』
……ユミジの仰る通り、まったくの進展なしの悪い意味での現状維持だった。
「だって部屋を出て間違って留学生と顔合わせても何話していいか分かんないし、巳原とかその……話したことないし」
だってこの家ユウ兄やミナ姉だけじゃなくなってるんだもん!
ホニさんや桐は会ったことがあるからいいとしても、それ以外はどうしろと!?
引きこもってたドクズネクラの妹が出て来て鉢合わせするもんなら、もうドン引きされるに決まってるじゃん!
『なんとかなりますよ。むしろこの家に居る座敷童みたいなものだとオルリスあたりには思われてるんですから、珍しがられると思います』
「そんな珍種の動物か妖怪みたいな扱いやだよ!?」
『ユイあたりは素が出て割と本気で引くでしょうけど、心を強く持てば大丈夫だと思います』
「画面の中では散々見た能天気キャラな巳原にドン引きされるとか私いよいよ対人恐怖症になると思うよ……」
『散々引きこもって家族に甘えてきたのに今更より甘えないでください、井の中から出て多少は世間の波に揉まれ殴られ蹴られてください』
「やだもうフルボッコにされるとかお外怖い引きこもる!」
金髪留学生には珍種の動物みたいに扱われ、銀髪の留学生はなんか怖いし、巳原にドン引きされる……そんな外の世界はいやすぎる。
それに……。
「私なんかとユウ兄顔合わせたら……」
きっと、ユウ兄は困るだろうから。
『そりゃ困ります、一年以上も会っていない妹と対面すれば。でも、それを乗り越えないといけませんよ』
「分かってるけど……」
『なら逆に聞けば下之ユウジと顔も合わせたくないほどに嫌いなんですか? 生理的に気持ち悪いんですか? きついんですか?』
「そんなわけないし! というかユウ兄の悪口――」
ユウ兄の悪口言わないで、と言いかけてやめる。
『では、実際は会いたいですか? 自分のしてしまったことを抜きにして、単純に考えて』
私の八つ当たりで、一時の感情の暴走で、ユウ兄の心も体も傷つけてしまったことを抜きにして。
私は――
「会いたい……よ。会いたいよ、本当は! ユウ兄と会いたい!」
ここ何十年も画面越しでしか会えなかった、会えたとしても一瞬だった。
そんなユウ兄とちゃんと、顔を合わせて話をして――ちゃんと謝りたい!
『その言葉が聞きたかったんです』
言葉に出すというのは重要で、そう一度口にしてしまうと――本当にユウ兄と会いたくなってしまった。
……どうでもいいけどユミジのそれはブラッ●ジャック先生風のギャグなの?
『まぁ今日は夜も遅いですし行動は明日からにしましょう』
気づけばユミジと話していてPGPの時計表示とPCの時刻を見ると深夜二時時近くになっていた。
この暗い部屋でずっと過ごしていると時間の感覚が分からなくなるもので、夕飯を食べてからもうそんなに時間が経っていたらしい。
あ、義経くんのリベンジと葛の懐石見逃してるじゃん……てかもう六チャンネル的なところでアニメ始まるし。
「だ、だよね。明日からがんばればいいよね」
『はい、私も鬼ではありませんから。心の準備をする時間というのは必要ですね』
「うん、うん。改めて作戦会議しないとね」
『時間も時間ですからお風呂に入って寝たらいかがですか』
本当はこれから始まるアニメを見たいところだけども、正直まるまる見逃したから明日録画見た方が良い気がしてきた。
うん、今日は風呂入って寝よう。
「じゃあお風呂入ってくる」
『いってらっしゃい』
そうして私は着替えを持って階段を降りる。
降りた先で気づいたこととして、深夜も二時だというのに居間の電気が付いているけども多分点けっぱなしだったこと。
多分消し忘れだろうと考え、風呂上りの牛乳ついでに消しておこうと私は思い気にせず風呂へと向かう
。
服を脱ぎ風呂の扉を開けるとまだ熱気が残っている、お湯に指を触れるとしっかりと暖かい……誰かが追い炊きをしていてくれたのだろう、ありがたい。
そうして私はそのまま身体を洗い始めた――
そう、この時私は気づかなかったのだ。
まず前提としてPGPにはユミジがいるということと、そもそもユウ兄をPC画面越しに見ることが出来るのはユミジによるものだということ。
私が行動を起こしていなかったことに対して、決してユミジが何も思うところがないわけがなかったということ。
更にユミジはユウ兄の行動する時間や場所についても事細やかに知っていること。
だからユミジがやろうと思えば私の周りの時刻表示を弄ってユウ兄と出くわすように仕組むことも容易だった。
人工AIのユミジによる怠惰な私へのお仕置きのような、ささやかな逆襲だったのかもしれない。
「は」
「…………え?」
ここにいるはずのない、聞き慣れた、それでいて懐かしい声に振り向くと――
裸のユウ兄が居た。
桐「幼女としては寝る時間に叩き起こされたと思ったらユミジにコキ使われた件に関して」
ユミジ「これも攻略の為ですから」
桐「しかし風呂場のミユの衣服と風呂の扉越しに写るミユのシルエットをわしの能力でユウジに視認できないようにし、風呂内部の音を消すことに一体何の意味があるのじゃ?」
ユミジ「らっきーすけべに必要なんです」
桐「……よもやお主の口からラッキースケベなぞの単語を聞く日が来るとは思わなかったのう」