第637話 √d-16 わたあに。 『ミユ視点』『四月二十二日』
私にとってお姉ちゃんは、お母さんみたいだった。
本当のお母さんはいつも仕事で忙しいから、家事をやるのはお姉ちゃんで、それでも勉強も出来て人気もあって、憧れだった。
家事は個人的に練習してもからっきしで、勉強もそこまででもなく、何か特別得意なこともない私にとっては、お姉ちゃんは眩しかった。
だからどうしても二年弱の産まれの差のはずなのに、どこか遠い存在だったのだと思う……そんなことお姉ちゃんに言ったら悲しまれちゃうかな。
私にとってお兄ちゃんは、お兄ちゃんだった。
お姉ちゃんがお母さんだから、じゃあお兄ちゃんがお父さんかというとそうではなくて。
数か月産まれの差でしかなくても、お兄ちゃんはお兄ちゃんでいてくれた。
私が困っている時には駆けつけてくれたし、嫌な事があった時には兄なりに気遣ってくれることもあった。
一番近かったのはお兄ちゃんだった、ずっとそばにいたのはお兄ちゃんだった。
これからもずっとそばにいれたらいいなぁ、と思ったのも確かで。
兄妹で結婚できないことを知ったのはいつだろう。
私は幼い頃あまり覚えてはいないし、お母さんが時々話す幼い頃の私のことだから本当かは分からない。
けれども幼い頃私は多分「お兄ちゃんと結婚する!」と言っていた、それはお姉ちゃんがいつもお兄ちゃん相手に「ユウくんと結婚する!」と言っていたからそれに影響されたのもあったかもしれない。
そんな言葉を冗談だと思ったのかお母さんは「全力で応援するよ!」と二人に言っていたらしい、お母さんも良いって言ってるんだから大丈夫だと、大きくなれば結婚できるものだと想っていて。
小学生も低学年に、なんとなくとの女子の話でその兄妹では結婚できないということを指摘されたのだと思う。
お母さんがいいって言ってたと言っても、お母さんの方が変なんだよと回りの女子に諭される様に言われたのは確かに覚えている。
本当にショックだった、確かその日は泣いて泣いたはずで、クラスメイトにも不審がられ、お姉ちゃんにもお兄ちゃんにも心配された。
その一方で幼馴染のサクラ相手ならお兄ちゃんは結婚できるということは分かって、しばらくして私は――ユウ兄の相手がサクラなら私も諦められるかな、と思った
そこで私は兄への恋を諦めた、この周りに受け入れられることのない思いはこれからは封じておこうと心に決めた。
* *
委員長が帰って、また再び一人の時間が訪れる。
突然やってきてはお節介を超えたことを言っては勝手に去っていった委員長……嵐のようだった。
ユミジが指示してナタリーに潜り込ませて得た情報によれば委員長が言ってることはたぶん間違ってないことなんだと思う。
その”見ることで人の情報を知ることが出来る”というものがないと、ユウ兄の記憶のことも私もユウ兄も知らないようなサクラの考えに至るまで話せるわけがないし。
そういえば委員長曰くユミジは新しいゲーム機を用意すれば機嫌を良くするって言ってたけど本当かな……。
でも、今はちょっとだけ一人の時間が欲しいかもしれない。
私はどうして”あの時”ユウ兄に怒ったのだろう。
忘れもしない二〇〇九年の春、サクラが居なくなったことに対してユウ兄に八つ当たりをしてしまった。
今冷静に考えれば、そこでユウ兄にあそこまで怒る必要なんてなかったとも思えてきて。
確かにサクラはユウ兄だけでなく私にとっても幼馴染で、いつも一緒で、親友だとも思っていた。
そんなサクラが私たちに何も言わずに去っていったのが悲して、寂しくて、ショックだったことも本当のこと。
けれど、本当にそれだけだった?
サクラがいなくなったことをユウ兄に押し付けるようにして、ひどいことをユウ兄に言ってしまった。
あまりにも理不尽で、そのあとの私の行動がユウ兄を大けがさせて更に記憶の一部も失わせるような最悪の事態を招いたこと。
それに至るまで、私はただサクラが居なくなったことだけがすべてだったのかな?
「…………違う、よね」
桜は、きっとユウ兄のことが好きだったはず。
いや本人がそう明言してたわけじゃないにしても分かっちゃうよね、あの好きな男の子を振り回す感じとかね。
そしてユウ兄も桜のことが好きだった。
いや本人がそう喧伝してたわけじゃないにしても分かっちゃうよね、あのずっと見て着て私からすれば桜を見る目の移り変わりというか。
相思相愛で、何の問題もない、だから二人はいつかなし崩し的にでも付き合ってゆくゆくは結婚するものだといつからか思い込んでいたのだと思う。
まぁ結婚は言いすぎだったかもしれないけども、少なくとも私はそれを望んでいたことは確かで。
見ているこっちとしても好き合った相手が結ばれて末永く過ごせばいいだなんて、思ってしまうわけで。
それがあまりに唐突に、あっさりと、何の前触れもなく終わりを迎えてしまった。
ユウ兄の告白をキッカケは分からないにしても、それを最後にサクラは姿を消してしまった。
いなくなったのがショックで、ユウ兄が振られたのもショックで、それで――
サクラだから良いと思いを諦めた私はどうすればいいの?
そこで無意識に湧き出てきた感情、その時には気づきもしなかった――今時間が経ってから分かること。
無理やりにでもサクラがいるからということで押さえつけていたこの思いをサクラが居なくなった今どこに向ければいいの、と。
押さえつけていた思いが不意に爆発して、本当は向けるべきでない相手にその矛先が向いてしまった。
だから、今私はようやく理解する。
「……私、全然諦められてないじゃん」
サクラがいるから諦めた”つもり”になっていただけじゃん。
本当は、本当のところは、実際の私の思いは――幼い頃から何一つ変わってなくて。
「マジか……私、まだユウ兄のこと――」
いやいやいや、それはないわ!
いや、無いでしょ!
幼い頃の戯言みたいなものじゃん、若気の居たりってヤツじゃん!
それもこれも無理やりサクラの存在で諦めたせい?
全うで普通な平凡で当たり前の、恋愛をしなかったせい?
ああ、もう私人のせいにしてばっかだ! ほんとうにやなやつ!
でも、それにしても……なぁ、ちょっと受け入れがたいというか……うーん!?
「…………ああ!」
そう、だった。
この世界現実とギャルゲーのハイブリッドだったじゃん、そしてユミジ曰く私ヒロインのルートらしいじゃん。
ということは、シナリオの都合で”そういう思い”を抱いたって仕方ない、よね?
「そう、私はギャルゲーのせいでユウ兄が好きみたいになってるんだ!」
……人のせいじゃなくて物のせいだからいいんだもん。
一過性の病気みたいなもの、このシナリオのこのルート限定の恋心、そう、そうに違いない!
「…………どっちにしろユウ兄と、その…………付き……付き合わないと!」
付き合って攻略されないとこの世界は終わらない、もんね。
なら仕方ない、かな?
世界の為ならしょうがない、よね?
今の私なら、ユウ兄に恋しちゃっても――いいんだよね?
将来ステキな男性と付き合う為の、兄との予行練習と思えばいいじゃん!
ああ、私って天才なのでは!?
「よ……よし、そう思うと気が楽になってきたぞ」
そうと分かれば話は早い、PGPを用意してユミジと作戦会議をしないと――
マナカ「なにこのブラコンめんどくさ」
ユミジ「誰も聞いているわけでもないのに、自分に言い聞かせるところとか可愛いですよね」
マナカ「……せやな」
ユミジ「あー、新しいゲーム機用意したみたいですし行かないと。まったく私相手に相談しないといけないなんて本当にしょうがない子ですね」
マナカ「……お、おう(この人工AIミユのこと好きすぎでしょ)」