第634話 √d-13 わたあに。 『ユウジ・ナレ視点』「ダイヤル0・1」
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また、夢を見ている。
いわゆる夢を見ているという自覚のある明晰夢というヤツだろうか。
そして前回と同じように、真っ白の空間に古びたダイヤル式テレビが一つあるだけ。
そこにまた俺は手を伸ばす――
ダイヤル『1』
* *
また、だった。
また母さんは黒い服を身に着けている。
そして隣には同じように黒い装いをした親父が座わっている。
『母さんよう……まだ見届けるものがあるだろうがよぉ……』
親父は泣いている、親父にとっての母さんということは……俺にとって祖母にあたる人物なのだろうか。
こればっかりはさっぱり覚えていない、物心ついた時に親父と同じように俺の祖父母は他界していたことを理解したのだ。
多分これは俺が一歳前後の時のことだろう、俺が産まれて一年ほどで祖母は亡くなったのだと思う。
俺と姉貴は地面にぺたんと座りながら二人を眺めているようだった。
ミユはまだ生まれて数か月なこともあってベッドに寝ているのだろう。
『ミキの顔をも見せてあげたかったのに……!』
母さんも悲しみに暮れている、良く見れば母さんのお腹が少し盛り上がっていることに気付く。
そこにはきっと新しい命が宿っているのだろう、しかしのその子が生まれてこないことを俺は知ってしまっていた――
そう思えば俺が産まれてから三年間、母さんにとっては悲しいことがあまりにも続いてしまったのだと思う。
夫の母親が亡くなり、生まれてくるはずの子供も失い、そして夫である俺の親父も喪った。
そんな悲しいことを乗り越えて、育てるところまでは育てて今の俺たちがいるのだろう。
思えば母さんはあまり昔のことを話さない、たまたま帰ってきた時に話すとすれば大抵は”今”のことばかりだった。
周りからはしっかり者の長女にただ家事を押し付けているように見えるかもしれない、それでも女で一人で子供三人を育てるには働かなければならないのだ。
だから俺は母さんのことを悪くは思わない、昔は授業参観に来なかったりと不満に思うことはあったが、仕方のないことだと今は分かる。
……今度帰ってきたら労った方がいいだろうか、などと俺は考え始めて一つのシーンが終わりを迎える。
* *
冷静に考えると俺は夢を見ていることには違いなくとも、その夢の内容は”現実に起こったこと”であり。
俺が覚えていないというより思い出せないだけで、俺がこの目で物心つく前でも見たことのあるシーンばかりなのだろう。
ダイヤル『0』
既に慣れてしまった、勝手に身体が動きダイヤルを回す挙動ののちテレビの中の映像は再生される――
* *
おぎゃあおぎゃあと泣いている。
ああ、これは俺なのだろう。
生まれて間もない頃の、俺。
『我が家で初の男の子だなあ』
『そうね、あなたに似てイケメンに育つ予感がするわね』
『よせやい照れるだろう』
『うふふ』
……両親ってバカップルだったんだな、いやまぁむず痒いけど微笑ましいからいいけど。
『それにしても俺の名前がユウトだからってユウジで良かったのか?』
『もちろんよ、きっと三男が産まれたらその時はユウゾーね』
『おっと気が早いなあ、なんとなくだけど今ミサキのお腹にいるのは女の子の気がするぞ』
『もう、あなた。”魔法使い”だからってネタバレするのはやめてよねっ』
『ははは、すまんすまん』
……ん? 魔法使い?
何言ってんだこの母親は、というか親父その魔法使いっての否定しなかったよな……?
『もし次女だったらどうする?』
『それはミユなんてどうかしら、美しく優しく育ってほしいという意味もこめてね』
『流石マイワイフ! 最高ににチャーミングでドリーミングなネーミングだぜ!』
『OH! マイLOVEダーリン!』
……ばからしくなってきたぞ。
いやまぁ、でも生前の両親の仲睦まじい様子は見ていて悪い気がしないけども。
それよりも父親が魔法使いってのはどういうことなんだ、そういうプレイなのかどうなんだ。
というか親父って何者なんだ、前の夢の時のダイヤル『2』でミキが産まれなかったことに対して「何とかする」とか言ってたのも関係あったりするのか?
……謎すぎるぞ、俺の親父。
そうして二人でイチャイチャしていたことに業を煮やしたのか赤子の俺が泣きだす。
『あーごめんねユウちゃんユウちゃん』
母さんが俺をあやすと俺は眠り始める……が、薄っすらと俺を覗きこむ両親の姿が見える。
『お姉ちゃんや妹ちゃんを守っていけるようなたくましい男になってね、ユウちゃん』
『そうだぞユウジ。もしミナやミユがピンチになったら助けてやるんだぞ』
そんなこと物心つく前の俺に言われても――そうしてシーンが終わり、同時に夢が終わる。
* *
ええと、どうもナレーションです。
ちょっと現実の私とナレーションの私で最近酷使しすぎではないでしょうかね本当に、待遇よくしてくれませんと納得しませんよ。
ちなみに今から私の見ている情報というのは、かつて嵩鳥さんが下之家を訪れてこっそりと仏間を除いた時に父親の方の写真を見た時に得た情報なのです。
それはさておき……また”なんとも形容しがたい空間”です。
しかし今度は登場人物が違うといいますか、なんといいましょうか。
「母さん、悪いな付き合わせて」
「愛する息子の頼みじゃからな、断れんて」
それは下之君の父親ユウトさんと、年老いた女性――おそらくはユウトさんの母親にあたる方の二人組だったのです。
????年?月?日 とある世界。
「ここにいるんだよな……ミキが」
「うむ、ワシの”霊能力”で感じ取ったところ……まだギリギリ間に合うじゃろう」
……さらっと霊能力とか言ってますけどこのおばあちゃん。
え、まさか私の見る力とかその類のものですか!?
「しかし既に魂の半分近くは消失しておる」
「っ! それじゃどうすんだよ!」
「なあに、その為のわしがおるじゃろ?」
「……母さん?」
ユウトさんに向けて皺だらけの笑顔をおばあちゃんは向けます。
「いつまでも息子に憑いていても仕方ないしのう。早めの転生というべきか、転生できる先を指定できるだけ儲けもんじゃわい」
「母さん…………ありがとう」
「礼には及ばぬ。なあにむしろ孫の顔を見れるというもの、いいチャンスじゃわい」
「……頼む、母さん」
この人達が何を話しているのか分かりませんが、おそらくきっとこれは二人の別れなのでしょう。
「ただわしはミキの魂の欠けたところを補うことしか出来ぬし記憶も維持できぬじゃろう、それ以降”現世”に連れ戻すのはユウトお前の役目じゃぞ」
「……わかってるよ」
「くれぐれもユウトもミキを連れて”現世”に戻るのじゃぞ?」
「わかってる」
「……本当にわかっておるのかのう、お前が嫁の前から消えるような史上最大の親不孝は絶対に許さぬぞ」
「……ああ、わかってる」
「ではのうユウト、可愛い嫁と子供たちを大事にするのじゃぞ――」
そう言うとおばあちゃんは光となって消えて、ユウトさんだけが残された。
「……さて、と。母さんにはああ言われたが……ちょっと厳しいかもな」
そんなユウトさんは――体の一部が透過し始めていたのです。
「親子無理はするもんじゃねえな、まったくさ」
ユウトさんは苦笑しながらそう一人呟きます。
「まぁそれでも――ミキだけは、ミキの”可能性”だけは送り届けなきゃな」
ミキの可能性……ですか。
そしてユウトさんは、思わぬことを言うのです。
「ユウジ頼むぞ。”魔法使い”の俺の息子なんだから、可能性の一つや二つぐらい現実にしてみせろよな――」
そこで私の見た情報は途切れます。
……魔法使い、というのは私の”見た”事の中でも特異なものではありました。
私が見て、井口さんが書いたダイヤル『0』でユウトさんが言っていたことでもあります。
もし、ですよ。
私が”能力”と呼称している『人の情報を見ることの出来る』というものが、ユウトさんにとっては”魔法”だと認識しているのならば。
ユウトさんにもその類の”能力”があり、そしてユウトさんのお母さんにも霊を見ることの出来る? ”能力”があったとするならば。
いわゆる下之家は能力者の家系ということにもなりますね。
少しずつ、私でも分からなかった世界の謎について解き明かされているような気がします。
更にミキの魂を補うと言ったユウトさんのお母さんの話し方、どこかで聞き覚えがあるような気がしないでしょうか――