第633話 √d-12 わたあに。 『ユウジ視点』『四月二十六日』
四月二十六日(月)
気づけば俺の周りにはユイやマサヒロだけでなく、ユキや姫城さんもいるようになった。
家に帰れば姉貴だけでなくホニさんにユイにクランナやアイシアもいる……一応桐も。
少しの間に賑やかになったものだ、少し前まで家は俺と姉貴だけでクラスでもユイとマサヒロの三人が固定メンバーだったのに。
ギャルゲー効果おそるべき。
アニメ方面に趣味をのめり込ませていった時、もちろんギャルゲーというものに俺は触れたしいくつかの作品もプレイした。
俺も少なからず「主人公こんなモテれば人生楽しいだろうな」という少しの憧れを抱いていたが、現実はというと――
「ユ、ユウジ? このお弁当なに……?」
「ユウジ様!?」
我が家の弁当は当番制である、それも同居人が大いに増えたこともあって中学までの姉貴一人に任せるわけにもいかなくなったのだ。
……そもそも姉貴はこれまで俺の家事を手伝う申し出を最近まで断り続けていたというのがあって。
最近ようやく手伝わせてくれるようになったのだ、俺を想ってのこともあるかもしれないが一人でやる方が勝手が分かっていいのは理解できるにしても。
そして期待のホープにして和食の腕は姉貴に並ぶホニさんが姉貴や俺の居ない日中の家事を担ってくれるので大助かりだ。
ということもあって今年の四月から学校で食べる昼食用のお弁当は当番制になった。
基本的に月曜日から姉貴担当日・学食or購買・ホニさん担当美日・学食or購買・俺担当日というのが毎週続いている。
月曜日担当の姉貴の弁当の日は、同居人全員から好評で他ならぬ俺も楽しみにしていた。
そう、今まで通りならば。
「い、いや! これ姉貴が作ったヤツだから!」
「嘘です! 本当は誰かと交際しているのでしょう!? 名前を言ってください、すぐさま写真と藁人形を――」
「う、嘘じゃないから!」
まぁ姫城さんが言うのも分かるけども――その弁当のご飯部分には桜でんぶでこう記されていた。
『ユウくんLOVE』
…………唐突な爆弾仕込むのやめてくれ姉貴。
この弁解にいくらかの時間を要した、やはり冤罪が晴れるのは決め手はなんとも姉貴本人がやってきたことだったが。
姉貴自らの口で説明したのち、俺を連れて教室の外に出て少し歩いたところにある……例の地下倉庫前の入り口までやってきた。
「ねぇねぇ! どうだった!? お姉ちゃんの愛妻お弁当っ!」
男が女に手をあげるというのは良くないが……気分的には俺軽く殴ってもいいよな。
「………」
「いたいっ!」
軽くデコピンで済ませておこう、ただでさえ暴力系ヒロインが減少を続ける昨今暴力系主人公なぞ炎上してしまうから。
「うう……」
「で、俺のクラスにわざわざ来る用事があったのか?」
「あっ! そうそう!」
姉貴が俺のクラスに来る、というのは中学一年ぐらいまでだった。
小学生の頃は俺とミユとサクラと姉貴の四人の流れもあって、生徒会役員となっても休み時間は学年が違えどクラスに来ていた。
中学二年の頃に生徒会で忙しくなってから来なくなった、実際俺が二年生当時も副会長を努めていたのもあるだろう。
ただそれよりも俺が放った一言が――姉貴が来ると恥ずかしい、ということを言ったのがそもそもキッカケだったのかもしれない。
実際思春期まっしぐらの男子中学生に仮にも副会長で有名な姉貴がやってくるというのは、どうしても視線を集めるものであって、それが恥ずかしかったのだ。
……とにかく、姉貴がクラスに来るということは稀になっていたのである。
「えっとね……放課後にね、ユウくん少し教室の前で待っててくれるかな?」
「何か放課後にあるのか?」
「う、うん……まぁねっ!」
「……」
微妙に煮え切らない話方である、今日というかほぼ学校のある日は毎日だが姉貴には生徒会があるはずだ。
その姉貴がどうして教室前で……?
「お願い……絶対待っててほしいの」
「っ!」
姉貴のこの真剣な表情……何か大事な話さなければならないことがあるんだな。
断る理由はないな。
「わかった、待ってればいいんだな」
「ありがとうユウくん! じゃ、じゃあ放課後にねっ!」
と言って姉貴は去っていった。
…………冷静に思ったが、これ姉貴でなく他の異性のクラスメイトとか上級生だったら放課後の告白シチュエーションなのでは。
いやいや姉貴だしないよな、と思いつつも唐突にも俺の弁当に仕込んだ爆弾を思うに……。
「まさかな」
姉貴がマジで俺のことを……?
いやいやギャルゲー的な世界なんだから真に受けてはいけない、きっとこれもギャルゲーのシナリオの仕業ってやつだ。
そもそも俺たちは姉弟だ、家族以外の関係になれるはずがない。
そう思いつつも午後の授業は妙にモヤモヤとしながら過ごすことになった。
そして放課後、更にコトが終わった。
そう俺は姉貴に――
「ごめんユウくん……こうでもしないと生徒会に入ってくれないと思って」
俺は男子一年生サンプルとして生徒会に拉致された件。
「ねーよ! 普通に誘えよ!」
俺が声を張り上げるのも無理はない。
なにせ俺は姉貴に放課後呼び出されたと思ったら姉貴に謝られ、唐突に頭上から袋を被せられた挙句に拉致され持ち運ばれ。
視界が開けた際に見えたのは、ロリ会長に副会長の姉貴と演説で有名になった書記のチサさん、そして一年組のクランナと福島がいる生徒会室だった。
「さてこれでこの生徒会にも男子が一人入ったわけですが」
「入ったことにすんなよ!」
「それでは祐三さん、メインテーマのくじ引きを――」
チサさんそれ違う作品だから、生徒会舞台でも十八禁的な違う作品だから!
そもそも俺祐三じゃねーし、ユウジだし祐二だし。
「それでは今日の部活動を始めましょう」
生徒会なのに部活動とか意味ワカンネーこと言ってる別作品の話題はここまでにしてもらおうか!
「で、俺を拉致ってどうするつもりなんですか?」
「それはもう、女子ばかりの生徒会メンバーに紅一点の下之君……分かるでしょう?」
紅一点って言わねえから!
「そう――力仕事要員として!」
「……ああ、そっちね」
てっきりイケナイ方面かと思ったが健全でよろしい。
「本当はお飾……マスコットののアスちゃんに代わって実質的な生徒会のボスこと下之副会長による独断ぐっ」
「あー、チサったら何言ってるのかしらオホホホホ」
「さりげなくわたしの悪口言うのやめてくれるかな!?」
……姉貴そんなオホホとか言うキャラじゃないだろ。
というか一応仮にも生徒会長をお飾りとかマスコットとか……うん、このロリ会長はそういう認識で良い気がしてきた。
「ったく、姉貴が生徒会に誘うなら俺は断らないってのに。それもあってこれまで部活動にも入ってなかったし」
「えっ!?」
実際高校に入って心機一転部活動を始めてみるのもいいかもしれないという気持ちがなかったわけではない。
でも心の隅で、やっぱり生徒会をしながら家事も両立させる姉貴って大変そうだなとか、俺が何か手助け出来ないだろうかと考えていなかったわけではなくて。
「俺に滅多に頼み事なんかしない、自分でなんとかしようとする姉貴のことだろ? 断るわけないだろ」
「ユウくん……」
生徒会に入っていいものかと俺から聞こうか迷ってもいた。
しかしこれまでの姉貴は家事も勉強も生徒会もこなしてきて、努力も労力も惜しまなかったはずだ。
姉貴はきっと俺に自由に過ごしてほしい、気負わないでほしいとこれまでは想ってくれたのかもしれない。
でも俺は少し寂しくも思っていたのだ、憧れの気持ちが今も微かに残る姉貴に頼られないことに。
「……拉致とかいろいろイベント仕組んで、これからも脚本とかあって悪いが――俺、一応生徒会役員志望ってことで」
だから姉貴が純粋に誘ってくれれば俺は嬉しくも思ったし、引き受けたはずだった。
だからこう回りくどく仕組むようにやったのは少し残念な気もする。
「ちぇー、リアクションとか期待してたのになー。まぁ生徒会役員になってくれるならわたしは全然いいよ!」
「マスコット会長のアスちゃんがそう言うのだから、問題ないわね」
会長と書記の二人も了承済みらしい。
「はい……下之ユウジ君、よろしくお願いできますか?」
「わかりました、ミナ副会長」
ということもあって俺の生徒会入りが決まったのだった。