第629話 √d-8 わたあに。 『↓』 『↓』
「おはよう主人公――」
寝起きの俺の目の前に現れたのは見た目は幼女、喋りはババアな桐という女の子だった。
桐はそうしてこの世界について話し始めた。
「主人公のお主がいるこの世界は、現実とギャルゲーのハイブリッドな世界になっておる」
桐曰くは俺が普通だと思っていたこの現実に、自然にギャルゲーのキャラクターなどが溶け込んでいるという。
「お主が幼馴染だと思っているユキという人物も、留学生としてホームステイしているオルリスやアイシアも、神石前で出会ったホニ様という神様も――ギャルゲーのキャラクターなのじゃ」
その告白には心底驚いた、なにせ幼馴染だという記憶のあるはずのユキもギャルゲーのキャラクターだったという。
ただ俺はそれを否定できないで居た、確かに自分の記憶力に自信は無いにしろ俺の居なくなってしまったもう一人の幼馴染ことサクラとユキが居っしょに居合わせるそんな場面を思い出せなかったのだ。
ユキが言い方は悪いかもしれないが作られた幼馴染というのなら納得が行ってしまう、それに神様と名乗るホニ様との出会いも、よりにもよって俺と言う家に二人がホームステイするというのも。
創作の、ギャルゲーの、ご都合主義の賜物だと思うと理解出来てしまった。
「そんな幼馴染のユキが車に跳ねられるというものも、ギャルゲーのシナリオの通りなのじゃ」
俺はその桐の言っている事に憤慨した、それじゃあユキはギャルゲーのシナリオに殺されたようなものじゃないかと。
更に桐はユキが死なないようにしないと、世界は今日のようにループするとも告げた――だから俺にとってこの四月二十一は二周目なのだ。
「わしに怒ってもしょうがない。すべては主人公、お主の選択が決めることなのじゃからな」
選択と彼女は言う、しかしギャルゲーのように選択しポップウィンドウが表示されることも無ければ脳内で選択肢を囁かれることもなかった。
「それはあくまでもこの世界がギャルゲーだけではなく、現実でもあるからの」
つまりはそれが現実とギャルゲーのハイブリッドたる所以か……実際桐に怒っていてもしょうがないのだろう。
ならばどうすればいいのかと、俺は聞く。
「それは主人公が考えることじゃろう?」
桐は決定的なことを言わない、あくまでも道筋を示すだけで答えを言う事はなかった。
「主人公よ、思うままにやり直すがいいじゃろう」
俺が、俺が選択しないといけないことなのだった。
桐と朝に出会うまでは夢で見たものと同じシーンが続く、指定時間通りに家を出たのにユキを家の前で少し待たせるのもそのままだ。
「あー、遅いよユウジー」
そこにはさっき車にはねられたのを見たばかりのユキが、変わらぬ様子で待っていた。
……桐が言う通りにループしているのだろう、ユキの身に起こりうる近い未来までを。
「スマンな時間指定しといて」
一字一句同じ言葉を返す、というよりも思ったそのものが声に出た。
「おはよーユウジ!」
「おはようユキ」
そう、あくまでも普通な挨拶風景。
ユキはもちろんこの事を知らない、だから俺も知らない振りをしなければならなかった。
考えろ、どうすればユキは死なないで済むのかと。
桐の言う限りならばこの世界はやり直せる……ユキが生存する時までやり直せると言うことになる。
だが俺は二度もユキが死ぬところなんて見たくない、だから考えろ考えろ……。
フラグ、いわゆるギャルゲーで言うところの”後に特定の展開や状況を引き出す事柄を指す”もの。
例えば恋愛に繋がることや、友情に繋がること……死亡につながることもそれぞれフラグと呼称する場合もある。
この場合立っているのはユキの死亡フラグなのだ、久しぶりかつ時間を少し早めての幼馴染同士の登校、これだけでは死亡フラグにはならない。
あまりに唐突で、脈略がなくとも未来を知っている俺からすればユキの話すこと俺の話すこと、それぞれの挙動行動がユキの死につながることは確かだった。
ならばその死亡フラグを回避するにはどうすればいい? またはその死亡フラグを――塗り替えるにはどうしたらいい?
そこで思い出す、ユキが聞いてきた言葉を。
確か、こんな感じで。
「……ほかの子は?」
「ああ、姉貴とかクランナは生徒会で早くに出てるし――」
そうか、本当ならばこれは……下世話かもしれないし勘違いかもしれない、俺の思い込みでもそれでもいい。
もしこのユキの言葉が恋愛フラグであったのなら、そうでなくても幼馴染としての親密度をあげるものであったのなら。
そして俺が前の世界でユキを死なせた時を思い出せ、何を後悔した? 俺はどうすればいいのかと思った――
「そっか、じゃあ久しぶりの二人での登校だね」
「……そうなるな」
そこで俺は一つの解決策を導いた。
「急ごうっユウジ」
ここで、ユキを先に行かせてはいけないのだ。
俺の前を、俺がユキの背を追うような構図にしてはいけないのだ。
ならばどうする? どうすればユキと隣を歩けるようになるか、そして死亡フラグを打ち消す決定的な行動をしようとするならば――
「ユキ、ちょっと待ってくれ」
「……なに? ユウジ」
ユキを呼び止めた、そうこれでいい。
そして次には、ギャルゲーでもし幼馴染相手に主人公が恋愛感情を抱いていたとして、もししたいと思うことならば――
「……ユ、ユウジ!?」
「昔はこうして、手繋いだろ?」
「そ、そうだけど」
「たまにはいいじゃん、まぁ少しの間でもいいからさ」
ユキの今日の一緒に登校する意図が決して恋愛感情でなくて、そうでなくても小さい頃を回顧し再現する為だったとしたら。
……この彼女と手をつなぐということも、間違いでないはずだ。
「……そう、だね」
ユキは照れた表情で手を握り返す。
ああ、これがギャルゲーでいうところの初見プレイなら俺は存分に萌えられたというのになあ。
そう思いつつも問題の交差点が見えてくる、すると――
「っ!」
結構なスピードを出してタクシーが目の前の交差点を走り抜けていく。
「い、一時停止しないなんて危ないねあのタクシー」
「あ、ああ……」
そうして俺はおそるおそる彼女と二人で一歩二歩と歩みを進め、そして――交差点を抜ける。
「良かった……」
「……ユウジ?」
俺はこの時理解した、ユキが死ぬかもしれない可能性を潰すことが出来たのだと。
死亡フラグを、別のフラグで塗り替えることに成功できたこと。
「いや、なんでもない。学校行くか」
「うんっ」
そうして俺たちは学校に向かい、たどり着く。
自然と二人の手は離れていたがようやく世界は前に進むのだ――