第640話 √d-19 わたあに。 『ユウジ視点』『↓』
四月二十九日
生徒会は月・水・金曜日活動日だと聞いていたはずなんだがな……木曜の今日も放送で招集されたわ!
いや今日は家帰って録画で貯めたアニメ見るつもりだったのに完全に予定がパァだぜ!
……でも思い返してみれば姉貴が生徒会で帰って来ない日は週三回では済んでなかった気もするし、そういうものなのかもしれないな。
なあに今は内心愚痴ってるだけでいずれ慣れるだろう、姉貴はこれを中学校の頃から続けてるんだ。
これでへこたれちゃ副会長の弟が廃るってもんだぜ!
と意気込んだはいいもののやっぱり家に帰る頃には疲れがくる、それでも活動初日の昨日に比べればマシかもしれない。
それから夕食作り手伝ってー、飯食ってー、ホニさんが畳んでソフトケースに仕分けしてもらった洗濯物を各部屋に運んでー。
一番風呂はクランナとアイシアで、次にユイと桐が入り、そしてホニさんと姉貴が入ってからようやく俺の風呂のターンになる。
姉貴やホニさんは俺に先に入っていいと言うのだが、個人的に後の人を気にすることなくのんびり風呂に入るのが好きだから最後の方が助かったりする。
一日の疲れや汗を流すひととき、毎日入る風呂は俺にとって癒しの時間だ。
三十分ぐらいかけてのんびり風呂に入り終わってから課題やら予習やらをしてアニメの録画を見ながら寝る……というのが俺の生活スタイルだ。
「ユウくんお風呂もらったよー」
「お先にいただきました」
寝間着に身を包んだ風呂上りの姉貴とホニさんと居間で出くわす。
多分学校にも少なくない姉貴ファンからすれば姉貴の風呂上りなどたまらんのだろうな、まぁ弟の俺は慣れたけど。
気づけば姉貴とホニさんが一緒に入るようになったが、ホニさんの長い髪は一人で洗う分には大変なのだろう。
……どうでもいいけど、いやどうでもよくないけどホニさんの狼モチーフのキグルミパジャマ可愛い。
「おう。いつも通り風呂あがったら追い炊きして電気消して、洗濯機セットおけばいいんだよな」
「うん、よろしくね」
そう、実のところを言うと風呂は俺が最後ではない。
おそらくは俺が入ってから一時間経ってから……ミユが入るかもしれないのだ。
さすがに電気を点けっぱなしにしていると電気代がもったいないので、電気だけは消して風呂だけは温めておくのだ。
そして俺の今日着た服を洗濯機に投入したところで汚れ物を満載した洗濯機を予約しておく、朝の四時あたりから勝手に洗濯がはじまるように設定するまでが俺の仕事だ。
「おやすみユウくん」
「ユウジさん、おやすみなさいー」
「おやすみー」
そうして姉貴とホニさんを見送って、深夜も十二時半に俺がようやく風呂になる。
時間が時間なこともあり近所迷惑を考えて、あまり音をたてずにゆっくりのんびり入るのがいつものことだ。
服を脱ぎ脱衣かごに何も残っていないことを確認して、タオルを持って曇りガラスの扉越しに誰も居ないことを視認しつつ風呂の扉を開ける。
――脱衣かごには何もなく、風呂の扉越しにも誰もいないはずだったのだ。
扉を開けて風呂に足を踏み入れると、おかしいな目の前に肌色が見える。
んー?
さっきまでまったく聞こえてなかったシャワーの水音とか、姉貴やホニさんが残したにしては強すぎる石鹸の香りとか、そしてまず目の前にある小さな女子の背中は一体。
落ち着け俺この家の家族構成と今日の入浴スケジュールを思い返すんだ。
今日もいつも通り「お風呂を洗った私たちの一番風呂特権ですわ!」とクランナとアイシアが一番乗りした、それは確認したから間違いない。
更に「桐と風呂でイチャイチャしてくるぜよ!」「……わしは一人でのんびり入りたいのだがの」と上機嫌のユイと微妙に納得してない表情の桐が入ったことも覚えてる、うん。
そしてついさっきホニさんと姉貴が風呂を上がったのを見たばかりだ。
クランナやアイシアあたり二度風呂とか本当のところしたいかもしれないが、水道代とかあとの家族の入浴スケジュールを考えると難しいだろう。
それでも俺の存在を忘れて二度風呂などしたのだろうか、それにしては目の前に見える背中は小さくスタイルの良い留学生組とは到底思えない。
背丈が割とあるユイも違うだろうし二度風呂なんて入るようなヤツじゃないし、桐よりは大きく思える。
おそらくは俺の想像上ではホニさんの容姿が一番近い気がするがまさか数分前に入って二度風呂なんて現実的にありえない。
ということはこの目の前にある背中は誰なんだと考える、桐が言っていたギャルゲー世界の影響で唐突に新キャラでも登場したのかと考えて俺は”とある人物”を思い出す。
そうだ、この家には女子がもう一人いるじゃないか。
それも俺としてはひどく馴染みがあり、記憶の中にある背丈とはほぼ合致しそうな――おそらく俺のあとに入るであろう人物。
彼女は――
「は」
「…………え?」
俺が風呂に足を踏み入れてから思考をフル回転させて声に出すまでの時間はおおよそ、三秒であった。
ああ、これは認めざるを得ない。
この背中にこの声は、どう考えても――俺の実の妹のミユであると。
扉を開けると妹が全裸だった。
「なん……で……?」
振り返ったミユが目を見開いて固まっている。
俺は誰も入っていないことを前提に風呂に足を踏み入れたこともあって下半身をタオルに包むこともなくスッポンポンである。
そしてもちろん風呂に入っているミユも何の衣類も身に着けていなければ、アニメなどにありがちな不自然な湯気も光線もない。
つまりは全裸の兄妹どうしである、姉弟どうしで風呂に入るなんて小学二年以来――ああ、記憶の中の幼いミユからちゃんと成長しているな。
いや今考えることじゃない、どう考えてもその思考はおかしい、なによりも今は俺が何をするべきかを考えるんだ。
そうだ声をかけるべきか、一年ぶりの再会だから「よう!」とか「久しぶり!」とか「元気してた!」とか言うべきなのだろうか。
いやいやそれとも年頃の妹のことを考えればここは容姿を褒めるべきかもしれない、白い肌をしているとか細身で背中のラインが綺麗だとかうなじがエロいだとか。
何思ってんの俺頭おかしいんじゃないの相手は実の妹だぞ、それじゃまるで実の妹の全裸に少しドキっとしたみたいじゃん、完全に変態じゃん。
というよりもミユが入っていることを考えずに風呂に入った俺はやらかしてしまったのかもしれない。
いや確かに俺の入浴する時間通りだし脱衣かごにも何もなかったし風呂の扉ごしにも誰もいなかったのも確認している、音だってしていなくて風呂の中はただ電気が付いているだけにしか見えなかった。
俺に非は合ったのか、そこらへんのラノベ主人公のように何も考えずに扉を開いたということではないはずだ。
しかし現実はミユの風呂に出くわしてしまっている、そればっかりは事実であり言い訳できないことには違いない。
ということは俺がミユに投げかけるべき言葉はおそらく謝罪の言葉なのだろう。
どう謝るべきか「悪い」か「スマン」か、それとも「ごめんなさい」なのか「通報しないで下さい」か。
最後のはなんなんだよ、いやだ妹の全裸を見ただけで警察の世話になりたくない、俺は無実だ、わいせつ物陳列罪などでは決してないはずだ。
でも言い逃れは出来ない状況なのではないか、ということはミユに対して口封じすべきなのではないか、ここはミユが叫ぶのろ防がなければならないのではないか。
ミユに叫ばれれば姉貴が飛んでくるだろう、そうすればきっと姉貴と俺とミユとの三人での姉弟みずいらずの入浴に――なっちゃうかもしれないなあ。
ユイや留学生組に来られたらアウトだろう、桐あたりには弱みを握られそうで嫌だし、ホニさんに嫌われたら俺多分立ち直れない……アレ? 俺詰んでね?
どうすればどうすればいい、リセットボタンをくれ! やり直しを要求する! 俺は悪くない、それでも俺はやっていない!
責任者を出せ! これを仕組んだ黒幕がいるはずだ、俺は俺から奪っていくヤツを絶対に許さねえ! 綴る!
ここまでの思考は五秒だった。
そして俺の下した決断は――
「髪、伸びたんだな」
なんでやねん。
なんでそのセレクトやねん。
「…………」
「あ、邪魔したな」
そう言って俺は見た目には冷静にも回れ右してミユの前から去っていく。
思考と行動はまったく別なのであった、ちくしょういい未来が見えねえ!
俺は服を早着替えをして逃げるように自室に戻っていった――
カコーンと湯桶が風呂の床に落ちる音が後ろで聞こえたが気にしない気にしないのだ、なにもなかったなかったことだ。




