第628話 √d-7 わたあに。 『ユウジ視点』『四月二十一日』
本格的に授業が始まって数日が経った。
結局俺は部活動に入ることもなく、生徒会に入ることもなかった。
ちなみにあの生徒会演説でクランナ(もうさん付けはしなくなった)と俺と同じクラスの福島が生徒会入りしたとのことだった。
ここ四月前後にユイが義妹になったりホニさんが住むことになったり留学生がホームステイし始めたりして慌ただしいものであったが。
あくまでも普通の”平凡な日常”が続いていたことは確かだった、それが変わるのは――
四月二十一日
前日に突然ユキから「明日学校に一緒に行かない?」などというメールが届いた。
姉貴と生徒会組となったクランナは早め登校で、アイシアユイはダラダラ登校気味で俺がそれに付き合っている形だった。
しかし俺は学校に課題の類を忘れるミステイクをやらかし、翌日朝はやくに登校してホームルーム前にやらなければならなくなったのだ。
そこでユキにはいつもよりも早めの時間なら大丈夫というメールをすると「うん、じゃあまた明日」と返ってきた。
俺とユキは幼馴染であり、家も近いことから何ら不思議はないのだが。
確か……最近は時間を合わせることもしなくなって、学校で会うのが普通になっていたはずだった。
だからユキのその申し入れは意外というか、果たしてどういう意図があるのだろうかとも考えてしまうわけで。
「まさか俺と一対一で話さなければならないことが……?」
つまり、その、いわゆる、なんというか…………無いな。
きっとただなんとなく久しぶりに登校してみようという気になったのだろう、そうに違いない。
そう思い込み続けて微妙に意識し出してしまいながらも当日がやってきた。
起きて姉貴やホニさんの家事を手伝って朝食を食べて身支度をすると、外からユキの俺の呼ぶ声を聞こえる。
高校生にもなって外から名前を呼ばれるとかなかなかに恥ずかしいが……いわゆるユキとしては幼少期の再現をしているのかもしれない。
いわゆる幼馴染として小学校一緒に登校していた頃の……だと思う。
「あー、遅いよユウジー」
「スマンな時間指定しといて」
と言っても時間は過ぎていない、ユキが早くに俺を待っていてくれたのだ。
「おはよーユウジ!」
「おはようユキ」
まるで昔の登校風景の再現のような、ユキも思い付きでそんなことを意図していたのかもしれない。
「……ほかの子は?」
「ああ、姉貴とかクランナは生徒会で早くに出てるし――」
ユイやアイシアはホニさんに任せて俺は少し早めに出たのだ。
「そっか、じゃあ久しぶりの二人での登校だね」
「……そうなるな」
気分を変えたかったのかもしれない、なんとなく朝の散歩感覚で俺と話したかったのかもしれない。
決してその色恋沙汰とかそういうものではないのだ、ぜったいに。
「急ごうっユウジ」
「あ、ああ」
少し前を駆けるユキのポニーテールがおてんばに跳ねる。
朝からも快活元気な、見ているこっちも一日を頑張れそうな、太陽な子だと思いながら俺はユキの背を追う。
まさかこんなクラスや学校でも人気のある子と幼馴染だなんてなぁ、と感慨に耽っていたその時のこと。
「うっ……!」
そんなうめき声と共に頭が軋むように痛んだ。
これは……なんだ? 俺はこの朝を経験したことがあるような、このユキの背を追うような光景を見たことがあるような――デジャヴ。
俺の第六感が告げるのだ、このあと起こることは取り返しのつかないことだと――
そして――
「……ユウジどうしたの?」
「っ! ユキ前見ろ前っ!」
交差点の真ん中で、俺の異変に振り向いたユキは次の瞬間だった。
耳障りなタイヤのゴムがアスファルトで滑り削られ擦れるブレーキの音。
けたたましく鳴り続けるクラクションの音。
何かと何かが勢いよく衝突したことによる衝撃音。
その交差点に滑りこんできた黄色のボディにタイヤの付いたタクシーという鉄の塊に横殴りにされ――ユキの身体が宙に舞った。
交差点の陰に隠れ俺には見えないところまで弾き飛ばされたユキを追うと――
「……うそ、だろ」
何が今起こったのか、俺が端的に理解するのだけでも数十秒かかった。
それはあまりにも衝撃で、あまりに突然で、あまりに残酷だった。
ユキが地面で動かなくなっている。
どこからか分からないが出血している、彼女を囲むようにして血が溜まっていく。
瞳を閉じて、ぐったりとした様子で、微動だにしない幼馴染の姿がそこにあった。
救急車を呼ばなければ、タクシーから飛び出てきた運転手が青い顔をして電話している。
俺に何が出来る、俺は今なにをすればいい、俺は、俺は。
「ユキイイイイイイイイイイ」
血に塗れたユキを抱き上げながら俺は一心不乱に叫ぶ。
俺と一緒に登校なんかしていなければ、俺が時間を早めなければ、俺がちゃんとユキの隣を歩いていれば――そんな後悔と共に俺の意識は沈んでいく。
「……っ!」
目覚めは最悪だった。
幼馴染は目の前で跳ねられて俺が何も出来ずに叫ぶところで、夢は途切れた。
夢で良かった、夢に決まってる、夢じゃないわけがない。
そう、ユキと登校する日に俺はなんて不吉な夢を――
「夢ではないぞユウジ」
思えば俺の腰回りに体重を感じたが、身体を起こすまでもなく俺に馬乗りになるようにして顔を見せたのは――見知らぬ童女だった。
「……誰だお前は」
見た目は小学生低学年ほどの幼女でしかない、しかしこの子が単なる幼女でも童女でもないのだと一種のカンで告げていた。
「おはよう、主人公」
そうして世界が変わる、世界が始まる。