第627話 √d-6 わたあに。 『ユウジ視点』『四月七~八日』
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四月七日
入学式の翌日にすぐさま授業が始まる……ということはない。
教師から生活ルールの指導に、一年間の間使う教室のロッカーの整備や、三年間お世話になる下駄箱の名前シール貼り、上級生による校内案内などがされた。
教科書や一部参考書などの配布や、さらなる提出書類にお知らせ書類……薄い鞄ではどうすることも出来ないため、持ち帰り用の紙袋も配られる。
それをこなすだけで入学式翌日の午前中は終わってしまう。
そうして今日の学校は終わりだ、気楽な生徒たちは「もう帰れるぜヒャッハー!」である。
もちろんそれは俺も含めてではあるのだが。
四月八日
「ユイやマサヒロは部活入んの?」
ホームルーム前、昨日の春新番組アニメの感想について語りあっていたところで俺がふと聞いてみた。
「アタシは帰宅部ぞい、家に帰ってアニメとラノベを消化するぞい」
「僕も帰宅部かなー、なにより部活動に入ったら夕方アニメをリアルタイム視聴できないからね」
うむ、オタク的発想では完全に正論だった。
ユイやマサヒロのことだから漫画研究会あたり入るのかと思っていただけに、少し意外ではあるのだが。
「ユウジは何か入りたい部活とかあるんかえ?」
「俺か……」
実は中学校も初めごろ、美術部に入ろうと考えたものの……確か何かしらの理由でやめたのだ。
それ以降は帰宅部で、授業が終われば直帰かユイ達とつるむようになってからはアニメラノベ関連の寄り道をしていた覚えがある。
「俺もないな」
「アタシ達、生涯帰宅部宣言!」
「おいおい、決めつけるなよ」
そんな話題ののちホームルームを終えると新入生を対象にした部活動オリエンテーションなるものが行われた。
まぁようは上級生による部活動紹介である。
『君たちも俺たちと青春の汗を流さないか! ボールと君は友達だっ!』
いや、言いたいことは分かるけど無機物のボールと同列ってのはちょっと。
『皆もやろうぜ! 満月●根斬り!』
そういう微妙に対象が限られそうなネタは辞めた方がいいかと。
『俺は――クロールしか泳がない』
うん、そうなんだ。
『テニスよりもボーリング場でうどん食おうよ!』
何期目だよあのアニメ。
『私の親友が男性教師に恋してたり、友人がメンバー落ちしたり、有力奏者が親の都合で辞めさせられそうになりましたが、私たちは元気です』
その吹奏楽部には問題がある!
『部長が部費を昼寝用枕に費やしてしまいましたが、たぶん問題ないと思います』
この美●部には問題がある!
『麻雀って楽しいよね!』
そう言われてもルールよく知らんので、えーと国士無双十三面待ちライジングサン!
『私たち情報処理部は……その日思いついたことを調べる部活です!』
なんつってっつっちゃったー。
『夏コミまで時間がありません、絵師求む! ライター求む! デバッガー求む!』
その部活演説をする部長は、シャトルランで体力をすり減らし更には日照不足も影響した死んだ魚の目をした人だった。
『私とウィク●スしましょう?』
聞き間違えた男子生徒が訪れたところ謎の契約書を書かされたとのこと、恐ろしきタカ●トミー。
『煙の無いところに火を立たせ、すべてにおいて嫌らしく誇張し、見るなら非公式新聞苦情は公式新聞部へ! ゼロからはじめる記事作成……非公式新聞部へようこそ!』
おお、杉谷生きとったんかワレ。
……この学校こんな部活動ネタまみれだっけ、おかしいなあ。
こんな部活動紹介に惹かれる生徒なんて……割と居た。
そうだったー、中学と何ら変わらないなら高校もおそらくは校風お祭り気質だった……。
そして最後にあったのが――
『私たち生徒会の仕事は、基本的に――楽しいことはありません』
『せっかくの高校生活なら好きな部活動に入ってバラ色の部活動ライフに興じるのもいいですし、割り切って学校が終われば友人たちとの放課後ライフに勤しむというのもいいと思います』
『少なくとも雑務の類を押し付けてくる教師と、生徒会にあーでもないこーでもないと文句を垂れて部費を上げろ下げろ具申してくる生徒との板挟みです』
『正直アニメやマンガで見る強権が発動できる生徒会なんて幻想です、絶対ないです、金輪際ありえません』
『じゃあそんな生徒会に誰が入るのかと言えば親の顔色を見たり、内申が上がるからと教師にそそのかされたり、そんなところで渋々入るのです』
『そんな生徒会の実態は中間管理職、生徒と教師の調整役でしかなく、双方の意見の衝突をどうにか角を丸めて収めていく、まったくもってストレスフルな役目と言っていいでしょう』
『それでも――きっとこの生徒会の経験は役に立ちます』
『上司や部下とのコミニュケーションや、スケジュールやお金の管理に、ワードの使い方だって自然と覚えます』
『そして教師と生徒または上司や部下のすり合わせをしつつも、しれっと自分の要望もねじ込んで成立させる技術が身に付きます』
『例え今がめんどくさいと思っても、将来に役立つことは学校の教育の延長線上で学べるかと思います』
『生徒会に入りましょう、きっと得難いものを得られるはずです――だから私たち生徒会は一年生を歓迎します』
という生徒会の演説だった、ちなみに演説者は暁チサという書記の人で。
まぁなんというか……良く分からないけども、なんとも心にグッとくるものはあったかもしれない。
俺も少しは揺れ動いたが、入ろうという決心までは行かない。
でも、もし……これで姉貴が入ってほしいだの言って来たら俺はどうするだろうか。
今の俺に断る自信はあまりなかった。
* *
私こと中原蒼でありナタリーはまだ、ユーさんに見つかっていません。
おそらく見つかるまであと十数日はあるのでしょう、はぁ長いものですね。
でも最近身に着けた新しい能力で、妖精タイプになれるようになりました。
いつか鏡で見ましたが……羽の生えた私、なかなかにファンタジーです。
実はこっそりと入学式からユーさんのカバンに忍び込んで学校に来ていたのです。
一昨日の入学式、一年二組へ訪れると出席番号の後半席に――私が座っていました。
どうにも幸薄そうで、時折せき込んでいる、他のクラスメイトの目にも止まらない空気のような存在。
普通は白髪交じりの黒髪少女とか目立ちそうなものですけどね、意外と気にされないものですね。
……本当は、正確には、私のことを見ている視線には気づいていたのです。
それは好奇の目線というか、どちらかというと”なんかレアキャラがいる”というものでした。
接触を試みるものはおらず、そうして入学式の日は終わるのです。
私はあのあと思ったのです。
もし入学式の日、誰かに私が話しかけていられれば違う未来があったのかなと。
まさかその時には思いもしませんでしたから、次の日には病院に戻されそのまま登校することがないなんて。
だから、妖精になった私は座っている中原蒼に向かって「もうちょっとやる気出せ!」と言いたかったのです。
でも言えませんでした、結局のところ私はユーさん以外に認識はされないのですから意味はなかったとしても――その私に言える勇気そのものがなかったのです。
ただ見守ることしか出来なくて、一人とぼとぼと帰っていく後姿を追う事しかできなくて。
悲しくなるのです、過去の自分を見ているとひどく悲しくなって声をかけることも出来ないのです。
もし行動を起こしたとして、それでクラスメイトに不審がられて――それが私にとって最後の高校の思い出になるぐらいなら、何もしない方がマシなのかもとも思ってしまって。
ああ、ダメですね。
ナタリーになってからこんなネガティブな発想捨てたはずなのに。
私はもう中原蒼ではなくて、ナタリーと呼ばれる鉈の精なのだから。
「部活かぁ」
そして今日、部活動オリエンテーションを眺めながら私は誰にも聞き取られることのない声でつぶやくのです。
私は部活動に入るとしたら、何にしたんだろう?
そんな妄想が始まるのです――