第625話 √d-4 わたあに。 『ユウジ・ナレ視点』『四月三日』
俺にとっての家族。
下之家は俺の一歳年上の姉貴と……俺より数か月産まれたのが遅い妹のミユと、仕事で滅多に帰って来ない母親と俺で構成されていた。
父親はいない、少なくとも父親の生前を俺は覚えていない。
いつか母さんに「父さんは居ないの?」と聞いたことがあった、そういう昔の記憶の一部はちゃんと覚えているのだ。
それに対して母さんは「お父さんは……遠くに行っちゃったのよ」と答えてくれた。
あとあと事故で亡くなったことを知った、そしてその事故というものは父親の亡骸の欠片も残らないものだったことという。
だから父親の墓というものはなく、客間に置いてある仏壇にある若かりし頃の父親が俺にとっての父親の存在証明だった。
俺とミユを小学生卒業まで育てたあと、母さんは姉貴に家の家事ほとんどを任せて”仕事”に向かって行った。
実際おぼろげながら母親が姉貴の歳が一ケタの時点で家事を叩きこんでいたのを幼少期に見た覚えがある。
しっかりもので真面目な姉貴は意外にも頑固で、俺とミユの手伝いをほぼ固辞し続けたのも確かで。
姉貴は、ずっと一人でこの家を守ってきた。
じゃあ母親はどんな仕事をしているのかと聞くと、世界各地を飛び回り雑誌の記事やら観光ガイドとかを作る為の取材をしているという。
なんでそういう仕事を始めたのかと聞いた時があった、ある時は「色々な世界を見たいから」と答え、ある酔っぱらった時には「遠くに行かなきゃいけないから」と答えて、実際のところ本当のキッカケはよくわからない
そして帰ってきた時はどこか疲れた様子で酒を煽る、しかし別に家庭内暴力に走ることもない……ただいつもよりも口数が増えるだけ。
いつか姉貴が家庭の食費・光熱費などに使うお金を管理してある通帳を見たことがあるが、そこには十分すぎる給料が振り込まれていた。
だから生活には不自由しない、金額的には母親を除いた三人の生活費には膨大な、七・八人は余裕で養えるほどだ。
そんな家族に変化が訪れたのはまず最初に高校一年生になる少し前の三月下旬だった。
一応そのことについては覚えているのだがいまいちピンと来ないというか、なんとも唐突だっただけに未だに受けとめきれていないのだが。
――中学三年頃から仲良くなった女友達のユイが俺の妹になった。
……何を言っているのか分からないと思うが俺も本当に良く分からない。
母さんから電話があったかと思うと「私再婚したから!」という衝撃告白と同時に「そうそうクラスメイトのユイちゃんのお父さんなのよね、だからユイちゃんが……ユウちゃんにとって義妹?」と言うショッキングな言葉を残して当事者たちは気楽にそのまま新婚旅行に出かけてしまった。
フリーダムすぎる!
……正直父親について思い入れのない俺にとっては母さんが誰と再婚しようが問題ない、というよりも父親を亡くしてから時間が経って前に進めたのならいいではないかと俺は思っていた。
姉貴も同意見で再婚自体は歓迎するけれど「ご飯作る量が増えちゃうね」と冗談めかして言っていた。
しかし四月最初を迎えても、ユイの父親という存在を俺はよく分かっていないし会えていない。
ユイに一度聞いてみたものの「フリーダムな人だの、見た目は中性的な感じ」と話していた……ユイの家庭環境が心配になったが、単に放任主義の親と気にしない性格の娘という間柄らしい。
ちょくちょく連絡はとりあってるとのことで、そこまで関係性は悪くない……はず。
更なる変化はというと、また慌ただしいが三月末にはホニさんという神様と出会いうちで暮らすことになった。
マサヒロとユイが企画した肝試しイベントで、ふと出会ったのがその神様だった。
……正直神様とか何を言っているのか分からないかもしれないが、自然を司る狼の神様だとか……何故かお揚げが好きだという。
ホニさんは出会った瞬間「保護しなきゃ!」という思いがあまりに強く家に連れ帰り、姉貴への説得ののち住むことが許された。
そしてホニさん神様なのに家事がすべてこなせる、そして作る料理が美味しいという下之家の救世主だった。
……というところまでが俺の”回想”だ。
のちにこの回想はそういうことになっているという”設定”であることを、また遠からず知ることになる。
そうして更に訪れたのは――
二〇一〇年四月三日
「ここにホームステイすることになった、アイシア=ジェイシーです。よろしくお願いしまーす」
「同じくホームステイすることになる、オルリス=クランナです。これからお世話になりますわ」
銀の美少女、金の美少女……。
母さんが二つ返事で引き受けたというホームステイで、藍浜高校に留学してきたどちらも北欧系の銀髪美少女のアイシアと金髪美少女のクランナだという。
しかしなんでまた……うちはいつの間にか女子寮になったのかと、俺は女子じゃないけど!
* *
どもナレーターです。
私としてもこのナレーションは驚きというか、私が”見た”ことで知ることのできた情報というか。
正直……今見ている現状は信じがたいです、まるで作品が変わってしまったかのような、脚本監督が途中降板して別の作風になってしまったかのような――後者の表現は不要ですか、そうですか。
それはなんとも形容しがたい空間。
少なくとも現実の日本という国にはないような異世界染みた背景が広がっています、空には赤い月が輝き無数の金属の塔が乱立し地面はプラスティックのような謎の硬質素材で作られています。
そして時間の概念さえ曖昧なような――
????年?月?日 とある世界。
「ミサキ、長いこと家に帰ってないんじゃない?」
「まあね、ざっと体感的に十年は帰ってない気がする」
そうして彼に答える女性はミサキと呼ばれる――どこか下之ミナやミユに面影のあるような、妙齢の女性でした。
ミナに似てスタイルは良く……なかなかの胸部装甲をお持ちですね、それを際立たせる全身タイツに一部プロテクターのようなものを付けた特撮に出てくるスーツのようなコスプレ紛いの装いです。
ミサキという名前は確かミナが幼馴染になった時の名前だったはずですが……?
「ははは、ひどい親だなあ」
「あなたも言えた口じゃないでしょう――ナオトさん」
ミサキに答える彼は中性的な声に、細身なスレンダーな中性的な容姿のナオトと呼ばれる人でした。
ピチっとした執事服に身を包む彼は男性と断定できないのも名前と違ってあまりに中性的で、男性とも女性ともとれる人なのです。
そして私の”見える”力もギリギリ彼を見通すことは出来ませんでした、関係性からして遠すぎるのでしょう。
「……ミサキはまだ諦めないのかい?」
「もちろんよ、そのために私はミナに押し付けてまで”遠く”まで来ているのだから」
ミナ……やっぱり下之家に関わる人物なんですね。
とこれまで白を切っていましたが、ミサキという名前は確かミナの時以外にも――
「まぁなら付き合うよ、一応君はボクのハニーだし……それに」
「あなたも吹っ切れてはいないんでしょう――ユウトさんのこと」
ユウト……確か聞き覚えがあったような気がします。
ああ…………いえ、まさか、ですよね。
「まったくミサキも思い切るよね。まさかユイの父親役をやっていたボクを再婚相手にするなんて」
…………父親役?
「そうでもしないとユイちゃんをユウちゃんのもとに暮らさせる口実がないでしょ」
「いやー、もっとあったと思うけどなー……ま、ユイに自分が本当は母親だって打ち明けられないボクがまず悪いんだけどね」
…………んー?
というかもうほぼ確定ですね、このミサキという方はユウジの母親のようです。
そしてナオトと呼ばれる方はユイの父親(?)のようでした。
「ナオトさん……いえ、ナオ。今でもユウトさんのこと好きなんでしょ」
「もちろん。見つけ出した暁にはボクも第二夫人にでもしてもらう予定さ」
「……まぁ私とあなたとの仲だもの、二番目なら許すわ」
……この人たち何話してるのか分からないんですけど。
「それにしてもミサキもなかなか一途だよね、再婚相手にするのも一応女のボクだったわけだし」
「もちろんよ――私の夫はユウトさん一人だもの」
ユウト……ユウジ。
ああ、そうでした……そうだったのです。
その名前は――ユウジの実の父親の名前でした。
そして私なりに理解すると……ユウジのお母さんの再婚相手は本当は女でナオトじゃなくてナオと言って、そしてユウジのお母さんの夫を好いていたと。
ど、どういうことなの……。
「おっと傷つくなあ、個人的にはミサキの夫をやれているボクは満足なのだけど」
「……でもユウトさんが戻ってきたら、私の夫じゃなくなって――私のライバルになるでしょう?」
「……まあ、否定はしないよ――ユウトはユイにとっても本当のお父さんだしね」
「まったく……ユウトさんったら短期間にどれだけシてたのかしら」
これは……これはいわゆるスピンオフ的な何かですか!?
それともマジのマジ設定なんですか!?
さりげなく言ってますけどユイがユウジらと異母兄妹らしい衝撃的なワードが出て来てるんですが!?
「今日も私たちを放って行方をくらましたユウトさんを捜しにいくわよ、ナオトさん」
「ああミサキ、今日からはこの次元のこの世界を探してみよう」
…………私の理解を超えました、ナレーションを放棄します。
というかこの彼女……らの口ぶりだと、ユウジのお父さんは生きているかもしれないことになるのですが……どうなんでしょうね。
予想外にも、予想の範疇を越えて――この世界はいくらかファンタジーだったようです。
<作者よりお知らせ>
建前:このミサキとナオトの異次元冒険譚的な設定は今作ではもう出て来ません、次回作またはスピンオフにご期待ください
本音:描写してる余裕が無い