第621話 √c-33 わたせか 『↓』(終)/√+1-9(終)
ついに今日が来てしまいました。
この私の今シナリオの原案の終着点にして――この世界の、この物語の終わり。
この世界に二〇一一年三月月三十一日以降は存在しませんし、できません。
そしてこの物語の終わりは今日なのです。
三月二十五日
何度目かは分からない一年生の終了式……といっても、たいていのシナリオがこの日を迎えることはないのですが。
だからある意味では、レアなイベントと言えます。
この終了式のあとの簡単なホームルームを終えれば生徒の下校が始まり、私たちの一年生の生活は終わりを迎えるのです。
そして春休みを挟んで、私たちは二年生に――私はこれまでに時間を繰り返してきましたが一度だけなれたことがあります。
そう、それはこの世界にギャルゲーがハイブリッドする前の。
私がユウジ君を見て観察して文字に書き起こして必死に小説にしていた頃の、本当に純粋な現実の”オリジナル”な時間軸でのこと。
確か一年生でもユウジ君と接点を持たなかった私は、二年生・三年生と時間が過ぎていき卒業していきました。
卒業してから数年、まさか再びギャルゲーライターとトンでもないものを作り出すクリエイターとして出会うこととなろうとは、夢にも思いませんでしたから。
その一回以外、一年を繰り返す世界では私たちはずっと一年生を繰り返しているのです。
もちろん今の私がヒロインのこの世界も例外ではないことは分かっていたつもりでした――
複雑な心境で終了式を終えて教室に戻ろうとすると、一人教室とは違う方向に歩きだす男子が居ました。
「……ユウジ君?」
……まさか、この終了式のタイミングでどこぞの馬の骨とも分からない女子から告白の呼び出しを!?
これはいかんと思い私は、彼氏であるユウジ君の背中を追います。
しかし着いた先には誰も待っておらず、それは単なる校舎裏でした。
ですが、私はちらりと見てしまったのです。
そしてある程度は察してしまったのです。
「ユウジ君?」
彼の痛みをこらえるような辛そうで、悲しそうな表情に、だから見かねて声をかけてしまったのです。
どうすればいいのでしょう、きっとユウジ君は――上野さんのことを思い出しているのです。
こう見えて彼についての情報量は他の女子も追随を許さないほど有している私であり”オリジナル”の時にいくらか聞いたことでもあるのです。
『ユウジのやつ、上野に終業式前日に振られたんだってよ』
『えー、あの二人嫉妬るぐらいにイチャイチャしてたじゃん』
『というか、ユウジに告白された翌日に上野の一家が引っ越したんだよな』
『あんな仲良かったのに引っ越しするの一言もなかったらしいよね』
『ミユも仲良かったのにねー、それがショックで引きこもってるって聞いたよ私』
『なんか可哀想だよなー、まぁそっとしておいてやろうぜ』
進級後の二年生の教室で、そんな噂話をしているのを耳にしたことがありました。
そして登校してきた彼は、そのあともずっと彼はクラスで腫れ物のようになって――それから彼は一人でした。
そこにはいつも居た二人の女の子の姿はどこにもなく、少しして巳原さん高橋さんのグループに入るまでは……一人で人が変わったように彼は俯いていました。
私という彼女が出来ても、やっぱりユウジ君の心の傷は癒えきってはいないのです。
「……ユウジ君、彼女の私がいるのに他の女の子のことを考えるのは感心しませんよ」
「あ……声に出てたか?」
「いいえ、でも彼女だから分かります」
本当はあなたのことを私はずっと前から知っているのですから、分かるのも当たり前なんです。
「まいったな」
その困ったような表情をするユウジ君を見ているのが辛くて、だから私は大胆に――彼に抱き付きました。
そして投げかけるべき言葉を、きっとユウジ君にとって必要な言葉を探すのです。
「大丈夫ですよ、ユウジ君。私はいなくなりません、ずっと一緒にいますから」
「マナカ……」
例えこの世界は終わっても、ユウジ君は忘れたとしても――本当に私はずっと一緒にいれるのですから。
それはクラスの委員長として、そしてナレーションとして、あなたをずっと見守っていけるのです、
「数日も経てば私たちは二年生になって、それからも私はユウジ君の彼女なんですから」
「ありがとな……マナカ」
それは嘘です、私たちは二年生にはなれません。
そしてユウジ君の彼女でいられるのも……今日で最後です。
でもその本当のことを話せる勇気が私にはありません、もちろん信じてもくれないでしょうけれど。
そしてなにより――彼をこれ以上傷つけたくはないのです。
出来る限りなら少しは幸せに、何事も無く終わりたいのです……これは私の単なるワガママでしょうか?
「……二年生も、副委員長やってくれますか?」
「もちろん」
ああ…………ちょっと想像してしまいました。
二年生になっても私の彼氏でいてくれて、副委員長もやってくれる、そんな――ありえない未来のことを。
「嬉しいです……本当に」
嬉しい。
そう言ってくれることが心が痛いほど嬉しい。
「……マナカ」
「ああ、嬉しいなあ……ユウジ君の彼女になれて、副委員長になってくれて……本当に……本当に」
この世界でユウジ君の彼女になれて良かったなあ。
――ここまで諦めなくて良かったなあ……!
「マナカ……?」
「……どうかしましたか?」
どこか不安そうな表情するユウジ君が目の前には居ます、どうしたことでしょう。
「なんでマナカが泣くんだよ」
え?
「え……あれ……本当に、なんで」
おかしいですね、おかしいですよ、おかしいに決まってます。
だって、ユウジ君は私にとって嬉しいことしか言ってないじゃないですか。
泣くようなこと、あるはずないじゃないですか。
「ス、スマン! 俺が他の女のこと考えてたからか!? それもなんか酷いことしたか!?」
「いいえ、いいえ、そうじゃないんです……そうじゃ」
ああ…………欲が、出てしまったんですね。
このまま世界が終わらないでほしいと、このままユウジ君の彼女でいれて二年生を迎えたいと、思ってしまったんですね。
ああ、そう分かってしまうと……残念だなあ、惜しいなあ、なんでこの世界は終わっちゃうんだろうなあ、理不尽だなあ、悔しいなあ、嫌だなあ……!
そう、ですよ。
もう一年やりましょう、ユウジ君が彼女という状態からに書き替えてもいいかもしれません。
それからもう一年、中学時代からの彼氏彼女ということでもう一年。
いいじゃないですか、それでいいじゃないですか、何がダメなことがありますか。
私、これまで頑張ってきたんですよ。
学生時代は委員長ということで浮いた噂もなく、ユウジ君を遠くから眺めているだけで終わって、それから時間が経って再会しても未来のユウジ君は脈無しで。
私の書いた小説がクソゲーになって、そのクソゲーが現実と混ざりあって、その世界で委員長を演じつつもナレーションもして。
こうしてヒロインになるまで時間も労力も費やして、心も体も削りつくして、ようやく訪れた今なんですよ。
あと一年ぐらいいいじゃないですか、これまでの幾年にくらべればたった一年ですよ、一年やったらちゃんと次の物語に進めればいいんです。
ああ、なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう、そうすれば良かったじゃないですか。
なんで今を手放さなきゃいけないんですか、無理矢理に終わらさなければならないんですか。
いいですよね、これぐらいのワガママ許されますよね、誰も文句言いませんよね、いいえ言わせません、だって私は創造――
「――――」
「っ」
そんな思考を一瞬で打ち切ったのは他ならぬユウジ君でした――それも、彼からのキスで。
……ああ、バカですね私。
ダメですね、私。
自分たちが設定したルールを、私だけが破っていいなんてそんな道理はないのですから。
みんなみんな……今の私のように”覚えているのなら””知っているのなら”思ったに違いないのです。
もう一度、これからも、この関係のままに続けられたら……と。
「……勝手にしてすまん」
「いいえ……その、ごちそうさまです」
「おそまつ様……?」
この世界は終わりです、それも――ユウジ君によるキスで終わるなら、最高ではありませんか。
有終の美を飾りましょう、終わりよければすべて良し、蛇足はいりません。
ユウジ君の彼女で居れた私は、幸せで満たされた状態で終わりを迎えるのです。
だからこれで……ちゃんと終わりにします。
「恥ずかしいところをお見せしました」
「いやそんなことは」
「ユウジ君」
「ああ」
終わりは笑顔にしましょう、来世でもユウジ君がふとバグであっても思い出してしまいようなとびきりの笑顔をユウジ君にはあげましょう。
……私の方がいい女だって、思い出しても遅いんですからね。
「じゃあ二年生になっても副委員長と、私の彼氏お願いしますね」
私のその望みは言葉だけにしておきましょう。
そして何を悲観することもなかったのです、だって私には――
√c END
「もしもユウジが”ユウジをずっと一緒にいて、ずっと見ていた女の子”と結ばれたら」
これはそんな八つ目のユウジの”イフ”の話。
* *
――だって私には、未来があるのですから。
ここから始めてもいいはずです。
でも、その前に――
「嵩鳥ルート終わったみたいだな」
「ですねー」
「……学生時代に書いたシナリオなので恥ずかしいです」
「…………」
未来のユウ……下之君とアイシアさんと井口さんが画面の”END”の文字を見て各々つぶやきますが私はだんまりでした。
それは未来、ちょうど私ヒロインのシナリオをプレイし終わった頃のこと。
そして私には……やらなければならないことがあったのです。
私は下之君以外、アイシアさんと井口さんを呼び出します。
「アイシアさん井口さん、ちょっと来てもらえますか」
「……俺は?」
「下之君はそこで待っててください」
「女子会ってやつか、まぁ適当に時間潰してるよ」
そうして”当事者”を残して女子三人少し研究室から離れたところに移動します。
「アイシアさん、下之君の一部記憶が欠落しているのは知っていますか」
「……うん、知ってるよ」
そう、いつしか私が下之君に見せた素顔の時。
私は彼の情報を”記憶”を見たのです――しかし、私が覚えていることを下之君は一部覚えていなかったのです。
「多分”今の”下之君も忘れているというか、ちゃんと覚えていないことでしょうね」
「……やっぱ、そうなんだね」
「えっ、えっ、どういうことですか?」
アイシアさんは”管理”できる能力故か察したか何かで分かっているのでしょう、そして一方の井口さんは分かっていない様子。
「……下之君は上野さんに振られたあと、自宅での事故をキッカケに記憶が一部欠落したままなんです」
「じ、事故ですか!?」
「そして欠落しているのは主に――下之君の小学校高学年から中学生二年以前の多くの記憶です」
しかし一部の記憶は残り、その残っているのがよりにもよって――上野さんに去られた場面や嫌な記憶ばかりで。
「……じゃあ嵩鳥さんにはその覚えているはずの記憶がその時は見えなかった、そういうこといいんだよね」
「はい」
「それで私たちを呼び出したのはどういうことかな?」
アイシアさんが真剣な面持ちでそう聞いてきます。
私にとって井口さんが”書き足し・書き直す”力を持っていることを知ったのはつい最近のことなのです。
もしそんな力が私の”見える”力のようにあるのならば――
「……私は全部覚えていますから、下之君のこと。アイシアさんを呼んだのは記憶の”管理”を、井口さんには”書き足して”ほしかったんです」
「っ! ……思い切ったことをするんだ、嵩鳥さん」
アイシアさんはもう分かったようです。
「私が知っている”かつての下之君の記憶”で、彼の欠けてしまった記憶を補いたいんです」
私が、自分のヒロインルートが終わったらと考えていたことでした。
井口さんが”書き足せる”力を持っていると知ったのが、決定打でもあったのです。
「私はいいよ、協力する。井口さんはどう?」
「……つまり嵩鳥さんが知っているユージさんの記憶を聞いて私が”書き足せば”いいんですね」
「はい」
「わかりました、協力します」
「ありがとうございます、アイシアさん井口さん……」
実際のところ当事者である下之君はかつての記憶を思い出すことを是としているかは分からないのです。
あくまでも勝手な行動で、余計なお世話でしかないのかもしれません。
けれど、私の記憶の中の。
一番輝いていた頃の、幸せだった頃の下之君はその欠けた記憶の中にいるはずなのです。
だから、私たちは――
下之君の記憶復元プロジェクトが、そうして静かに、かつ迅速に、恵まれた力を持った三人のもとで始まったのです。
√+1 END
はぁー! 終わりました√c!
いわゆるこの√は委員長回でありながら、この世界のネタバレとナタリーやアイシアさんについてもちょろっと補完する欲張り詰め込み過ぎなルートでした。
まぁそれでもなんとか形にはなったはずです、委員長ルートとしてもちゃんとまとまっていると作者は想います(自画自賛)。
ともあれクソゲヱリミックスも終盤です。
実際あとヒロインを3人残すばかりですから……普通に多いですね!
出来れば自分の小説執筆開始十周年を過ぎてしまう前に完結させたいものです。
それでは次はルートdでお会いしましょう!