第007~008話R 1-5 プロローグのプロローグ
「(……そんな違和感ないんだよな)」
俺はユキを遠目に見ながらそう思う。
普通なら創作上のキャラクターが現実に現れたら、性格や容姿などで浮いてしまいそうな先入観がある。
しかし見ている限りユキは、限りなく自然にクラスに溶け込んでいる――それはまるで、以前からここに居たように。
この現実とハイブリッドしたというギャルゲーにしてクソゲーの通称”ルリキャベ”は珍しいもので、登場するヒロインが比較的リアル寄りのデザインが取られていた。
アニメアニメしているのなら、ピンク髪や赤髪など居そうなものだが……基本的にヒロインの髪色は黒髪か茶系なのである。
例外的に銀髪と金髪もルリキャベの取扱説明書のキャラクター紹介欄にはいたものの、留学生設定とのことで現実においてもそこまで違和感がない。
ヒロイン一覧を見る限りも極端にバインバインなキャラもいないので、現実の女子高生準拠というか、リアル指向というか、そんな具合だ。
特にユキに関しては「ギャルゲーヒロイン並に可愛いけど現実にいてもおかしくない」というギリギリのライン上にいる、一〇〇〇年に一度のリアルギャルゲーヒロイン的な。
そしてユキが同じクラスメイトにしてヒロインと言うことを考えれば、他にもヒロインはいるはずだが……あまりピンと来ない。
この学校自体の女の子のレベルが高いのもあるが、ギャルゲー出身ですよ! と悪目立ちする子は存在していないのである。
だからこそクラスにユキが受け入れられている時点で、ギャルゲーと現実のハイブリッドは上手くいっていると考えていいいのだろう。
「…………」
しかし、そんなことを考えている間にも俺は視線を感じている。
その視線はというと殆ど途切れることがない、何かずっとカメラでも回されているんじゃないかという気分だ。
それでもいつ・どこで振り返っても、その視線の主は尻尾を出そうとしないのだった。
「(確か視線はユキと手を繋いで登校した時ぐらいだったはず……)」
その時点から途切れずに俺を見続けているということは、藍浜高校生徒にしてこの俺の所属する一年二組のクラスメイトということになるのだが――
「ユウジー食堂行こうー」
「!?」
んん……?
ユキが俺に話しかけた途端に、その視線になんだが禍々しいもの……殺気にも似たものが混ざりはじめたが、一体なんなんだ?
「どしたのー?」
「行くぞユウジ」
「参ろうかっ」
気づけば昼休みなのだった、昼食を求めて既に一部クラスメイトは移動をし始めている頃だ。
「あ、ああ」
俺はとりあえず席を立っても途切れない視線を不審に思いながらも食堂を目指したのだった――
そしてその食堂に移動する間も、食堂でうどんを食っている時も、うどんに調子に乗って七味かけすぎて大参事になった時も。
その視線に関しては続いているのだった……いよいよ、怖くなってきたぞ!
今日の学校の授業がすべて終わり、下校時刻がやってくる。
生徒会にも部活動にも入っていない俺たち悪友三人組に加えて、ユキも特に部活はしていないようだった。
ユキは食堂でも話を聞いていたが、スポーツが得意らしく色んなスポーツで身体を動かすのも好きだと言う。
じゃあなんで部活に入ってないのかと聞くと――
『色んなスポーツしたいしっ! 一つの部活に入るとか勿体ないじゃん!』
とのことである、実際に部活に飛び入りで入って参加しては大活躍をして”またきてネ!”と各部員に大好評なのだそうだ。
なんというかコミュ力の化身のような子であり、そう何事にもポジティブでアグレッシブな感じはなんだか羨ましい。
ちなみにその後に『……それに部活始めると、ユウジとかと遊ぶ時間減るし』と小さな声で言っていたが聞こえてしまった、でも聞かなかったことにしよう。
しかし勘違いしてはいけないのだ!
それはギャルゲーにおける主人公気になってるよポイントの違いなくても、俺という人間下之ユウジがモテているわけでは断じてないのである!
あくまでモテているのはギャルゲーにおける主人公であり俺ではない……そう考えると数多のギャルゲーの主人公が恨めしく思えてきた、爆発しろ。
「帰ろうぜー」とマサヒロ。
「皆の者! 家へと撤収だっ! 今すぐ自宅警備という仕事に復帰するんだっ」以上ユイ。
自宅警備とは自宅にして自室のパソコンを悪しき者から警備するエリート集団……などとのたまっていたが。
せめて自室だけでなく自宅も警備してくれよ。
「帰ろー」とユキさん。
どうやらいつもの三人に加えてユキが一緒に帰る、ということはユイやマサヒロの反応を見る限り珍しくないようだ。
ならば、と気兼ねなく全員で帰り支度を始める。
そしてぞろぞろと教室からクラスメイトが吐き出されて行くのだが、教室の構造上二つの扉から出入りしなければならない以上は終業時間が来るなりある程度の混雑がおこる。
さながらテレビで見る帰宅ラッシュ、さながら二扉クロスシートの快特列車に乗ってしまったばっかりに降車するのも一苦労というハマの赤くて白い電車なイメージ……いや今のなんでもない、忘れてほしい。
ともかく帰り際は混むということであって、机間も大きく余裕を取っているわけでもないので、少し机から物が飛び出しているだけで肩にかけているカバンにぶつかり――
カタンと何かが床に落ちる音に振り返る、するとそこには誰かの机から飛び出していたノートを伝って筆箱が落ちてしまったようだった。
「あ、すまん」
と謝りながら、すぐさまこぼれた筆箱本体と筆箱の中身やノートを拾い上げ机に置く。
……どうやら筆箱やノートを見る限り女物のようで、女子の机のものを落してしまったらしい。
「い、いえ」
「ごめんな、ぶつかっちまったわ」
「ええと、大丈夫ですよ」
妙に落ち着き美麗なその声の主を見るべく、ものを拾い上げて顔を見上げると――
「っ!」
綺麗、だな。
そこには非常に整った顔立ちにして、全体的に清楚な雰囲気を漂わせながらも、パッと見ただけでこのクラスでも随一とまでの女性的なスタイルをしている。
ふっと香る甘い匂いと、前髪が一直線に切られた”姫カット”が妙に似合っていて長くしなやかな黒髪を放らせる、どこか精巧な日本人形を思わせる出で立ちをしていた。
声に違わない、かなりの美少女……というより美女とも言うべき女子生徒がそこには居たのだ。
「……ユウジ様ですよね?」
「え……?」
俺の名前が出てきたことに驚く以前に……様?
それよりも俺としては面識のない彼女と面と向かって聞いてみる。
「なんで俺の名を?」
「一年二組のクラスメイトの一人ですから、もちろん名前は覚えていますよ」
そうきっぱり答える彼女、しかし恥ずかしながら俺はピンと来ない。
基本的に顔は覚えていたり、名前を耳にすることだってある、それでも比較的小さなコミュニティに籠っていた俺からすれば縁のないクラスメイトばかりだったのだ。
別に悪い意味ではなく、興味が無い・関心が無いことには意識が向くことはなく、記憶力が働くこともない……少し変わった性格なのかもしれない。
しかし俺はとある出来事を境に、積極的に人を触れ合えなくなったことも少なからず影響しているはずで――
「すまん、よかったら君の名前の教えてくれないか?」
俺は正直に彼女を覚えていない、ということを伝えてしまう。
しかしそんな俺の心無いとも、無神経ともとれる言葉に彼女は――
「私は姫城 舞と言います」
決して嫌な顔一つせず、むしろ美しさすら感じる微笑みを以て自分の名前を名乗ってくれたのである。
ユキが天使なら、姫城さんは女神なんじゃないだろうか。
どうして――俺はこんなきれいな人を知っていなかったのだろう?
「え、ああ! 覚えておくよ」
「ありがとうございます、では以後よろしくお願いします」
と言って、名残惜しいながらもその姫城さんに別れの挨拶を済ませて待たせていた面々と一緒に俺は帰路に就くのだった。
しかし――この時だったのだろう。桐の言っていた『今度はお主が新しいヒロイン相手に命の危機に瀕すことになる、気を付けるのじゃぞ』という忠告と、ずっと感じていた視線の正体と、姫城さんの「以後よろしく」の意味に気づいていれば……あんな事態にはならなかったのかもしれない。