第619話 √c-31 わたせか 『三月十三日』
俺とマナカの恋人関係は、マナカの告白を受け入れてからごく自然に続いている。
それはアニメやマンガやラノベの恋愛物語としては、あまりに普通で平穏で波乱もなく、見方によっては退屈かもしれない。
でも俺にとっては心地いい時間だった、それでよかった。
奇抜さなんて求めない、派手さなんてなくていい、刺激もいらない、ただ好きな女の子と楽しく幸せに過ごせればよかった。
だからマナカとのことで話すこと、といっても多くのことはないのだ。
今も続く委員会活動は学校という場所での貴重な二人だけの時間で、それ以外も放課後二人で寄り道したり、休日に一緒に出かけたり。
彼女がオタク趣味気味なのが分かってから、本屋に行ったりちょくちょくアニメグッズも扱うゲームショップに行く機会も増えた。
ただそれだけの、むしろそれだけがいい、彼女との至って普通な学校生活が続く。
まぁ……強いて挙げるならば、時折”恋人同士のスキンシップ”というものをすることはあるのだが。
それについては……プライバシーなのでノーコメント!
三月十三日
「お互い制服って良いですね」
「おう」
マナカが望んだ制服デートは、コートの要らなくなった春先に実現した。
それは俺が学ランで、彼女がセーラー服という――望みにしては些細なことだった。
「女子高生と男子高校生の恋愛らしくて、とてもいいです!」
「マナカが喜ぶならよかったな」
「はい!」
傍から見ても、あまりにも普通な学生カップルだ。
でもそれでいい、普通が一番だ。
「……手、繋いでいいですか」
「……ああ」
そうして二人手を重ねる。
手を繋ぐ行為はアニメなどでは、だからなんだと思っていたが。
こうして彼女の体温を感じられて、自分の手とはいえ彼女と繋がっている……そういうところが大事なのかもしれない。
俺よりも少し小さくて、少しだけ冷たくて柔らかいマナカの手。
「行きましょう」
「そうだな」
二人顔を見合わせて、そうして歩き出す。
二人何のことは無いデートというほどでもない、彼女との休日の散歩だ。
とりあえずは商店街に行く、藍浜町の商業施設・娯楽施設がほとんどすべて集まった場所だ。
もちろん恋人達がウィンドウショッピングをするのはもちろんのこと、夕飯の食材を買いに来た主婦や、休日部活帰りの学生だっている。
喧噪というほどではないが、確かな活気のあるところだ。
「あ、そういえば……ちょっと早いけどホワイトデーのお返しな」
「え!? あ、そういえばホワイトデー近かったんでしたっけ」
本当ならホワイトデーとされているのはバレンタインデーの二月十四日に対して三月十四日だ。
しかし明日は普通に学校、確かに委員会活動日なのでそれはそれでいいのかもしれないが――
「まぁせっかく一緒に出掛ける日だしな、前渡しってことで」
……というか一応明日貰った人にはお返ししなきゃならないからな。
昨日大量に材料を買い込んで作ったのだ、もう俺としては”薄力粉”の文字とクッキーのあまったるい香りは飽きてしまった……。
「……嬉しいです、大事にします」
「いや食べてくれないと……一応クッキーにしてみた、それなりに美味くは出来たはず」
マナカのクッキーはとくに気合を入れた、何種類か作ったものを入れたアソートだ。
美味しく食べてもらえればいいんだがな……。
「やはりユウジ君の手作り!? あとにして楽しみにします…………でも、気になります! やっぱりつまみ食いしても!?」
「……どうぞどうぞ」
そんなに気になるもんですか、俺の手作りクッキー。
男が作ったからって死ぬほど固かったり、しょっぱいとかはない……クッキーの種類的には普通で大丈夫なはず。
「この二色のクッキー! よく売ってるのは見ますけど、作れるんですね!」
「ああ、それはアイスボックスクッキー言うらしい。面白い作り方だった」
「ふむふむ、参考にしていいですか」
そうして少し作り方を話したのち。
「じゃあいただきますね」
「お、おう」
「…………はむ。ん! クッキーです!」
「だよな」
「いいバター使ってる気がします」
「気づいてしまったか……実は――」
ホワイトデーのクッキーも話しの種になるのだから、作って来てよかったと思う。
お世辞ではないらしく、マナカは何枚か美味しそうに食べてくれて、作った本人としては本望だった。
それから本屋でラノベやコミックのことで盛り上がり、話題にあったラノベ原作のアニメ映画を見て、ファーストフードで駄弁って。
クリスマスデートと何ら変わらない、まったくもって芸もないかもしれないが、俺たちにとってはそれが一番いいデートコースだったのだ。
しかし今日はそのあと――
春先で、暖かくもなってはきたもののここは少しだけ肌寒い。
「ううっ、流石にこの季節だと海は寒いですね」
「そうだなー」
訪れたのは海だった。
藍浜町と町の名前に浜と付くこともあって砂浜のちゃんとある海だ、夏には海水浴場でそこそこ市外からもやってきた人達で賑わうほどだったりする。
「夏に皆集まって海に来ましたよね」
「だったな」
マナカと付き合う前に行ったところといえば、この海か買い出しに出かけた商店街なのだ。
「……それで私以上の大きな胸が好きだったんでしたっけ?」
「……それは、まあ」
「否定してくださいよ!? 本当にユウジ君はおっぱい星人ですねっ! ……私の生で見てもそんなに小さいですか」
人が居ないとはいえ、その言い方は誤解を招く――ということもなく、事実とはいえ。
実際に彼女の……まぁ、そのは見てはいるのである。
「おま……それは……」
「そりゃ姫城さんやクランナさんとかの方がスタイルいいですもん、私なんて到底……」
「あ、あの時は他の女子とかを焚きつける意図もあったからしょうがなく!」
「言い訳なんて男らしくないですね」
「ぐぬう……」
根に持ってるよな、そりゃ。
確かにマナカがまるで煽るように言ったのは確かだが、名指しで言ってしまったのも確かであって。
「……もうちょっと言い方はあったかもな、すまん」
「……別に本当は怒ってないですよ。ただ、少し他の女の子が羨ましくなっただけです」
「羨ましく?」
「はい。私は普通、ですからね……スタイルも顔立ちも、他のかわいい女の子に比べると普通なんです」
……確かにマナカはスタイルがとびきり良いというわけではない。
でも悪くはないし、俺は知っているのだ――俺の周りに居た女の子の中でも、眼鏡を外した時の彼女は一番大人びていることを。
だから可愛い、とはちょっと違う。
綺麗な子、なのだ。
「そうか? 俺にとっちゃマナカは魅力的だけどな」
「っ……た、例えば?」
「マナカってさ、あんまり眼鏡取らないけど。取ったとこ一度見たことあるんだよ……その時、ああ大人っぽいなって」
「っ! う、嘘です」
「いや嘘じゃない、当時なんとも思ってなかった俺が少しドキっとしたぐらいだ。顔立ちもそうだけど、まとってる雰囲気が多分他のクラスメイトと違う気がしたんだ」
いつもは茶化すような、同じクラスメイトで同い年なのに手のひらで踊らされているような、それが少し違和感だった。
しかしその素顔のマナカがしたと思えば、年上の大人っぽい彼女にからかわれたのだと思えばちょっとは合点がいくような、仕方なく思えるような……なんとも説明しにくい。
「……当時なんとも……そうでしたか、そうですよね」
「いや、それは、そういうことでなく!」
そりゃだってマナカ当時は俺に好意を寄せてるっぽいけど真意分からなかったし!?
……それにしてもダメだな俺! 言う事全部裏目に出てるじゃねえか!
「いいですよ。ユウジ君の口から、私のことを知れただけでOKとします」
「そ、そうか」
なぜか機嫌は上方修正されたようで、少し安堵する。
「それと……私、メガネがない方がいいですか?」
「……いや、メガネ無いと困るだろ?」
「いや、まあ、その確かに困るということは確かなのですけれど」
妙に歯切れの悪い言い方をするのが気になってしまう。
「だって俺が覚えてる限りずっとマナカ=委員長=メガネだったし」
「……実はその、これ伊達眼鏡なんですよね」
「は!?」
え、えええええええええ!?
ってことは数年もずっと度数の入っていない伊達眼鏡してるってことか!?
「な、なぜ?」
「それはですね――私が裸眼で人を見ると心が読めてしまうんです!」
…………いきなり何を言い出すんでせうこの彼女は。
「……お、おう」
「そういう反応しますよねー、まぁそういうことです」
「……あんま深く考えないことにするか」
「その方がいいです」
ファッションみたいなもの……と強引に解釈しておこう、うん。
「そ・れ・で! メガネ派ですか、非メガネ派ですか!?」
「いやーそれは……」
確かにメガネのない彼女は綺麗だと、大人っぽいとは思った。
しかしあのマナカに今のように気軽に接することが出来るかというと、自信がなかった。
物怖じてしまうというか、少なくともクラスメイトの同級生の同い年に向けるような態度が出来るかは微妙だった。
「素顔のマナカも綺麗で好きだけど。今のマナカの方が慣れてる分いいかな」
「そ、そうですか……参考にしておきます」
そうしてこの海に関する話題は終わる、海風が少し冷えてきたのもあって砂浜を後にした。
海に来た時は少し不機嫌(を装っていただけなのかは分からないが)だったマナカは、海を後にする時には上機嫌だった。
どこに俺からのプラス要素があったのか……女心はよく分からない。
マナカ「今日はスキンシップな方の進展なかったですね」
ユウジ「……いい感じに終わったのに」
マナカ「ところでチョメチョメ以上の進展ってなんでしょう」
ユウジ「そりゃスク水を――ご、ごほん。それ以上ないだろう」
マナカ「分かりました、今度お呼びする時はスク水用意しておきます」
ユウジ「………………よろしく」
※この小説は健全なのでチョメチョメなスク水を使ったチョメチョメな描写はありません。