第615話 √c-27 わたせか 『十一月六日・九日』
後夜祭が終わり全員が下校を始める。
大半の親が帰りが遅くなるのは了解しているとはいえ、お開きになったのは七時前ですっかり夜だった。
「じゃ、じゃあね下之君」
「あ、ああ……また週明けな」
どうにもぎこちなさの残る話し方で俺と委員長は帰路を別にした。
そうして帰りはというとクランナとアイシアとユイと姉貴とで帰ることになったのだった。
これって今冷静になって考えると、嵩鳥と付き合うことになったんだよな……。
マジか、初交際だわ……初彼女だわ……これから一体どうすればいいんだ……。
と考えている横でユイが何かを言っていた。
「ユウジ、アタシのカラオケ聞いたかぬ? サクラアマネク●カイを熱唱したんだぜえ、歌は上手かった言われたけど観客に元ネタが分からん言われてショックだったんだぞい」
「……」
「たこ焼き屋で余ったタコを焼きそばにぶちこんで作ったタコ焼き焼きそばは食べたかね? なかなかジャンキーだったんだぽん」
「……」
「ぬ! 聞いてるかユウジ殿」
「あっ、スマンぼーっとしてた」
「ひどいでござるなあ。そういえばユウジ殿はどこにいたんでせう? 委員会メンバーで集まってたらしいけどもー」
「あー屋上で――」
……屋上で嵩鳥に告白されたんだよなあ。
いや今までも告白まがいのことはされていても、どうにも雰囲気が良くて、嵩鳥の真剣さも実直さも一番で。
一か月前ぐらいのお見舞いのこともあって、嵩鳥を見る目がどうにも変わったというか。
「ユウジ?」
やべー思い出したら恥ずかしくなってきた――
「……そういえば下之ユウジは結局嵩鳥さんと付き合うことになったんですの?」
……クランナとか姉貴とかの生徒会・委員会メンバーに思い切り見られてたのが。
「は!?」
「ユイは聞いてませんの? 嵩鳥さんが下之ユウジに告白したんですのよ」
「ま……まじで?」
「おおマジですわ」
ユイが驚きクランナが答えていく。
現に先を歩く姉貴妙に不機嫌だし、最近知り合ったばかりの井口さんとか帰り際すげえ気まずかったし。
そりゃあね告白前後の俺たちの挙動行動の気恥ずかしさもあったけど、実際は他のメンバー居る中で盛り上がりまくったことにあって。
「それで下之ユウジそこのところどうですの?」
「ど、どどどどどどうなんだユウジ!?」
「…………(チラッ)」
クランナの純粋な興味というより色恋沙汰の野次馬のような身の乗り出し方と、何故か焦りに焦っているユイと。
これまではずっと振り向かず喋りもしない姉貴がチラチラとこちらをうかがっていた。
「……付き合うことになったよ」
「まあ! それはおめでたいですわね」
「はー……」
「やっぱりそうなんだ……私のユウ君がいつの間にか傷物に……」
三者三様の反応を見せるけども順番は上気に変わらず。
というか傷物ってなんだよ姉貴、まだ交際始めただけでプラトニックだよ――交際前のトイレの件はノーカウントで。
そうして早くもバレてしまった嵩鳥との交際はというと。
クランナのキッカケと、ユイの情報網などによって――
十一月九日
月曜日は文化祭の振り替え休日になったので休み明けは火曜日だった。
登校初っ端で、一部の女子の話題は――
「ユウジ、委員長と付き合い始めたってほんと!?」
「本当……なのですかユウジ様」
ユキと姫城さんである、クラスどころか学校でも人気の美少女に詰め寄られる俺。
「まぁ……うん」
「いつ!?」
「……土曜だな」
「文化祭の日ですね……ということは委員会などで集まっていたという後夜祭打ち上げの時ですね」
その通りですとも姫城さん。
「……後夜祭告白とかよく聞くもんね、マイ」
「王道ですね、ユキ。おそらくこのクラスの数人も雰囲気にほだされてくっついた方がいるでしょう」
やめてくれ城さん、俺だけでなくクラスメイトの幾らかがビクっとしてるから。
「……アタシ調べによると、委員長はこれまでにもアプローチをかけていたという情報が」
「そうなんだ……ユイ。もしかしてユウジを副委員長にしてから……」
「それが本当ならユウジ様、なかなかに難敵だったんですね」
……どういう話題の移り行き方なのか。
「まぁでも委員長なら……しょうがないかな」
「どこの馬の骨とも分からない女子ならまだしも、委員長さんなら」
「アタシとしてもしゃーなしという気分」
……彼女らの中で俺どういうポジションなの。
「委員長泣かせちゃダメだよユウジ!」
「幸せにしてあげてください。あと余裕があるのならば私は第二候補でも問題ありませんので」
「お、おう……肝に銘じておく」
最初に泣かせてしまった俺は耳が痛いのだが。
そう詰め寄られている中で、話題の人物が登校してきた――
「おはよう、下之君」
「ああ、おはよう嵩鳥」
と少しはぎこちなさも抜けた挨拶を交わすのだった。
「……そういえばユウジいつの間にいか委員長から嵩鳥呼びになってるんだね」
「いえそれは割と前から……」
「あー……ユウジと委員長とは盲点だったな……あー」
……微妙に聞こえる声でそういうの言う事やめてくださいませんかね、お三方。
そうして放課後、今日は月曜日の振替え委員会活動日だった。
いつもは毎週月曜日ぐらいにしていることで、文化祭が終わったことで通常の委員会活動に戻る。
……わけもなく、少し残った文化祭後処理というよりも来客者アンケートの集計作業をしていた。
この結果をまとめて生徒会に提出するのだ、それを今日中に片付けなければならない。
「……」
「……」
そう、せっかく付き合い始めて最初の二人きりだというのに俺たちは作業に没頭していた。
作業が多いのもそうだが……実際何を話すべきなのか言葉が見つからない。
「……あの、下之君」
「うん」
嵩鳥はあの告白時のような真面目な表情で言葉を紡ぎ出した。
「……実は私たち付き合っていたり、します?」
「……違ったのか?」
マジかよ俺の勘違いだったのかよふれまわちゃったんだけど死にたくなってきた引きこもろうかな。
「夢……じゃなかったんですね」
「……夢の方が良かったか?」
「そんなこと! 絶対ありえません! 今でも信じられなくて……その」
実際嵩鳥の告白に俺が答えてから嵩鳥は泣き続け、泣き終わった頃には後夜祭も終わり、そのまま少しの挨拶で別れてしまったのだ。
そこまで実感が沸かない……というのも分かる気がする。
「俺は少なくとも嵩鳥と付き合ってると思ってるよ」
「……っ! そうですか、そうでしたか……そうだったんですね」
嵩鳥は噛みしめるように呟いていた。
「よかったです……本当に」
「……俺もそうなら良かった」
そうして嵩鳥はようやく微笑んだ。
それで俺もようやく安心する……俺の勘違いじゃなかったんだな、独りよがりじゃなかったんだなと。
「付き合ったら……私たちどうすればいいんでしょう?」
「経験のない俺にはさっぱりだな、情けないことに」
「……ですよね」
おそらく嵩鳥は俺が桜に振られた(らしい)ことは同じクラスメイトだから知っている。
俺はもともと色んな女の子に告白しては玉砕を繰り返すような人間じゃなかったので、桜が最初で最後だったのだ。
……すぐに次に切り替えて気楽に考えられるなら、今の今まで引っ張らなかったんだろうけども。
「とりあえずそれっぽいことから始めてみるか」
「はい」
「まずは……名前呼びとか、どうよ」
「名前、ですか」
しかしそれをするには嵩鳥の下の名前を知らなければならない――ということはない。
散々委員会活動の資料などで彼女の下の名前も呼ばないだけで知っているのだ。
「私の名前はご存じですか」
「ああ」
「私も下之君の名前知ってます」
「……なら一緒に呼んでみるか」
嵩鳥……嵩鳥真菜香……マナカ。
「マナカ」
「ユウジ……君」
…………。
「なんか、すっごい恥ずかしいですね!」
「ああ、やばいやばいやばい」
ラノベやアニメやギャルゲーやドラマなどの名前呼びエピソードも飽きるほど見て。
見知った友人などには普通にされる名前呼びというものは……意識すればこんなのにも恥ずかしいもので。
「と、というかマナカは今更これで照れるなよ! トイレの連れ込みとかしてただろ!」
「やめてくださいやめてくださいユウジ君忘れてください黒歴史なんです本当に!」
「保健体育教えるとか……」
「ああああああああああ聞こえません! それまでの私は死にました、これからは清楚な女の子で通すんですから!」
……清楚ってのはちょっと流石に。
「忘れねえよ、あれもこれも俺にとってのマナカだ。鈍感な俺相手に試行錯誤してくれたんだろ、悪い……というかありがとうな、マナカ」
「っ! ひ、卑怯ですよその言葉はユウジ君! ……え、エッチな女の子でもいいんですか」
「……それがマナカなら俺はいいよ」
男としてはちょっと反応に困ることもあるかもしれんが……色々な意味で。
「わかりました……自分らしくすることにします、ユウジ君」
「うん、それがいいな。俺も自分らしくするからな、マナカ」
不器用な俺たちは告白から数日経った今になってスタートライン立てたのだ。
教室前にて
ユキ「……居残って見るんじゃなかった」
マイ「なんですかこのイチャつき、見てると恥ずかしくて死にそうです」
ユイ「一緒に暮らしてるアタシはどうすればいいんだよ……」
ユウジのカバンにて
ナタリー「(イチャイチャの現場に居合わせてるけど、本当にどうしたらいいか分からない!)」