第614話 √c-26 わたせか 『↓』
私は彼に告白をしたのです。
これまでも彼には好意を示していたつもりでしたが、自分がヘタレてしまうことや、彼が鈍感であり――更に彼が好意に怯えていたからこそ、私の想いはちゃんと伝わりませんでした。
でも私はずっと前から……時間にして何年も、何十年かもしれません、思い慕っていたのです、ずっとずっと好きだったのです。
いつからか彼が気になりだして、彼を小説の主人公にしてからはずっと。
彼を元にした小説を書くのに高校時代を費やして、気づけば大人になって、母親のコネや影響もあって少しはゲームのシナリオライターとして評価されるようになって。
そこで後に知ることになりますが、アイシアさんの紹介があったそうで、下之君と再会を果たします。
小説の主人公にした彼との偶然というよりも奇跡のような再会には胸が躍りました。
それからは色々なことがありました、下之君が知らない内にクリエイター……それとも天才発明家(?)になっていたことを知らされたり、下之君が作り出した『ゲームを現実に投影する』システムを生かす為のゲームを作ることになったり。
そして私の下之君主人公の小説が下之君とアイシアさんの目に留まって紆余曲折あってクソゲーに仕上がったり、システムと私シナリオ原案のクソゲーのデバッグ作業とナレーションをすることになったり……色々、本当に色々あったのです。
彼を観察して小説の主人公にしていることが下之君への好意の一種だと知るのは、未来に下之君と再会してからだったりします。
他の人の気持ちはいくらでも知ることが出来るのに、自分のことは分からないなんて……なんとも皮肉なものですね。
過去の下之君が姫城さんと付き合っている頃から、ずっと私は見てきました。
そうして十数年の時間を経て訪れた私がヒロインになれる世界になりました。
他のヒロインへの対抗心もあって、色々欲も出て、今までに妄想してきたやりたいことを全部やろうとしました。
でもそれは無理な話でした、私に与えられた時間は他のヒロインと同じく長くても一年間しかなかったのですから。
自分の想いを伝えようとして、シナリオライターなのにいざとなると言葉が上手く紡げなくて、行動で示そうとしても失敗して。
空回りをして、独り相撲で、たただた身勝手で。
下之君の気持ちを考えて、どう私を思っているのか気づくのに何か月もかかってしまったのです。
ああ、なんてダメだったんでしょうか私。
彼のことをいくら知っていても、彼がどう思っているかを考えなかった。
彼が私のことを嫌っていなくても、空回りして突飛な行動ばかりとる私が理解出来ない、よくわからない、怖いと思うようになっていたことを知りもしませんでした。
彼のことを情報上で知っていても、記憶や心に刻み付けられた彼の傷の深さに気付けなかったのです。
それをようやく知れたのがゲームのイベントだったのかは分かりません、彼が風邪をひき弱音を吐いた時でした。
主人公だとヒーローだと英雄だと彼を勝手に思っていた私は、それ以前に彼が普通の男の子であることにその時ようやく気づけたのです。
彼は無敵なんかじゃないのです、強がっているだけで本当は弱いのです――誰しもが思うように孤独になるのは彼も寂しいのです。
だから彼に向ける言葉が尽く間違っていたのです、何度も押せば、自分の気持ちを無鉄砲に押し付ければ、いつかは振り向いてくれる……そんなことは断じてなかったのです。
だから私は、彼への告白を文化祭最後の日に決めました。
これでダメなら諦める。
彼をこれ以上傷つけない為に、私がこれ以上最低な女に成り下がらないために――私は彼から身を引くことにしていたのです。
このゲームのクリア条件は主人公によるヒロインの攻略。
そう、本当ならゲーム開始当初にクリアしているものなのです。
私は最初の最初から、前世の全世界のずっと前の物語から――彼のことが好きで、とっくの昔に攻略し終わっているのですから。
管理者サイドである私がしようと思えばクリア扱いにできるのです、それは例えシナリオすべてを完遂しなくとも条件としては問題ないことなのですから。
だからすべて私のわがままです、「モテたい!」ことを原動力に多くのものを産みだしてきた未来の下之君が言っていたような昔の自分を使ったリベンジなのです。
学生時代に恋できなかった、彼に告白する勇気がなかった、彼の気持ちに気付くことの出来なかった後悔からくる私にとっての――最初で最後のリベンジ。
ダメならそれまで、私のわがままに二周付き合う必要なんてないのですから。
「改めて好きです、下之君。付き合ってください――末永く」
でも下之君が寂しくならないように、孤独にならないように私が……これまでもこれからもずっと私がいっしょにいます。
末永く、それは例え――この世界が、物語が終わっても。
私は委員長ですから、ナレーションでもありますから、下之君の傍に居れるんですよ?
不安がる必要なんてないんですよ、更にはきっと未来で私は出会えるのですから。
……でももし下之君が今の私のことを受け入れてくれるなら嬉しいです。
付き合えて、残り少ない時間でも恋人のような時間を過ごせて、世界の終わりを迎えることが出来るのなら幸せだと思います。
……本当は本音は、どんな手段を使ってでも下之君と一緒になりたい!
下之君のことずっと思い続けて、今までで一番近くになれたからこそ、これで身を引くのは本当なら絶対にいやだ!
でも、でも!
下之君の気持を今は無視できないのです。
これ以上傷つけることはできないのです。
でも、でも、もし叶うならば。
私も願っていいのならば。
私は下之君と、下之君と――!
「こんな俺でも良ければ、これからよろしく」
だからその言葉を下之君から聞いた時に、私は思いが溢れてしまったのです。
「あ、あれ……あれあれあれ……なんで私涙なんか……おかしいなおかしいおかしいよこんなの……こんなの」
涙を流す場面なんかじゃない、もし流すにしても笑いながらの少しの涙がお約束だと。
そんなことを分かっているのに……頭で分かっていても、心が言うことを聞きません。
「こんなに嬉しいはずなのに、こんなに待ち望んだはずなのに、喜ぶべきなのに、やったーって柄にもなく小躍りするべきなのに」
もし告白が成功したらどうしよう。
名前で呼んでみたりしようかな、勢いでキスしちゃおっかな、抱き付いちゃおっかな。
色々、腐るほどに妄想してきたのに何一つできません。
ああヘタレです、肝心な時に何もできない私はだめだめですね。
それでも……それでも。
ああ、嬉しい。
ああ、幸せだ。
こんな短い言葉を私は何十年も待ってきて、たったそれだけでこんなに気持ちが満たされるなんて。
思い続けてよかった。
今日の日まで諦めないでよかった。
下之君を好きになれて――よかった。
「うう……うわああああああああああああああああああああん良かったああああああああああああああああああああああああ」
私はいつ以来でしょうか、おそらく幼少期の下之君と出会う前。
なぜ泣いたかも忘れたけれど、とにかく泣いて泣いた時以来に号泣したのです――
* *
今更気づいたけれど。
もしかして彼は私とずっと同じクラスなのかもしれない。
委員長名簿と彼の顔を見返しながら私は思う。
顔立ちは悪くないし、素行もまじめで、見ている限り気が利く様子も見える。
クラスで時には中心にいて、お祭り体質なこの学校でありこのクラスで盛り上げるべく音戸をとっている場面さえある。
でも私とは不思議と接点がなかった。
それはきっと彼の周りに”二人”が居たから。
彼を実は内心では好いている数か月遅産まれの妹さんと、彼に本当は好意を抱いているのに天邪鬼で態度に示せない幼馴染。
ああ、私が入る隙間はないなぁと最初から諦めていたのです。
彼のことは嫌いではありませんが、好きでもなく。
これからも接点はないまま終わるだろうなあ――ふと眼鏡を外して彼を見た私は当時そう思ったのです。
中学二年の春。
まさか次の春に彼の周りからその”二人”が居なくなることなんて予想だにしなかっただけに。
それから私は――気づけば彼をよく見つめるようになったのです。