第174~177話 √1-24 ※独占禁止法は適応されませんでした。
12月24日
クリスマス当日。明日が楽しみすぎて眠れない──なんて当日の行動に思い切り悪影響を及ぼしかねない事態にはならず。
十分な睡眠を取った上で朝7時起床、ぱっぱと顔を洗って茶の間で寝転びながら朝アニメを視聴するユイに話しかける。
「おはユイ」
しまった、繋がっちまった。
「いいね! その挨拶、流行るね! これから使おうかぬー」
いやー、自分で使うのはどうかと思うぞ? というかこれそのものが流行るとは到底思えない――あれ、フラグ?
「あー、じゃあ服選ぶからユウジの部屋いくぞー」
「お、おう」
なぜユイが服を? それも俺の、と言えば。ユイプロデュースの服装で今日のクリスマスデートは望むこととなった。
実際ファッションセンスに乏しい俺に手を差し伸べたのは姉貴でもなければ桐でもなくまさかのユイだった。
まあ姉貴の場合、以前に「ユウくんはTシャツ一枚でもカッコいい!」とか気持ちは嬉しい……のか分からないが服よりも俺を評価してしまうので。
桐は「ふむ、布切れというのはどうかの? なかなかスタイリッシュじゃろう?」いや、原始人じゃないんだから。てかこの寒空の下その格好で行けとは凍死しろと言わんばかりだな。
ホニさんは「甲冑とかいいかも!」ホニさんの時代設定はどこで止まっているのだろう、と率直に思った。昼ドラ見てるからどうかなとも思ったけれども……ダメか。
若干最後の手段かつ困ったときの救世主ことインターネットを使おうと思ったけれども、ダメ元でユイに聞いてみた。
『いいぞ?』
まさかの即答だった。
『お前こういうの得意なのか?』
普段からぶっちゃけジャージぐらいしか着ていないこともあって”着ることに興味がない”タイプだと偏見で思っていたが為にその答えは衝撃だった。
いや、確かにオシャレなオタクさんは居るであろう。しかし日常のユイを見る限りでは到底そうはおもえない訳でして――
『ふむ、ギャルゲーやマンガ、ラノベ、アニメ。個人的にも絵を描く資料としてファッション雑誌を参考にも買っているからな!』
なんともなオタ順列の中でファッション雑誌が物凄く浮いているように思える俺は相当毒されてるな。
『お見逸れしました』
考えてみればユイって絵上手いんだよな、なるほど参考資料も買うのかー。
まぁ、そんなところでプロデュースを頼んだが──
「これいつも通りじゃね?」
「だな」
またもや即答だった。
「まあ……俺持ってる服少ないからな」
引き出しを見て出てきたのはなんとも見慣れたTシャツ……一回着るごとに洗濯はしているが、正直Tシャツ三昧で種類はパターン化していた。
上のくたびれ始めた数枚を無限ループで使っていることもあって、まったくもってファッションに興味がないことが証明されてしまう。
底に畳まれた服を見るに新品同様なのに虫食いがあったりと、改めて見ると切ない気持ちになってしまうのであった。
「だが手堅くはまとまってるはず! てかユウジごときが気取んじゃねえ」
「さりげに蔑まれたが、ダサダサではないかな、ありがとよ」
「うむ、ユウジの顔立ちは悪くないからこれでヨシだな! 検討を祈るぞ!」
「おう」
ま、実際のところ上からコート着るし正直意味なさげだったりする。コートにを着込んでプレゼントをポケットに突っ込むといざ商店街へ。
冬休みを迎えてひっそりとした学校の門前を通り過ぎて冬の澄み切った青色とそれを蝕む灰色の雲が広がる青空を少し見上げながら道を歩いて行く。
ぶっちゃけ家を出た時間が恐ろしく早かった。ということで嬉しさのあまり約1時間前に到着していた。
集合は9時、左腕に付けた1000円のアナログに時計を刻む腕時計を覗くと時針が差すのは8、分針は0。
さて、早く着いてどうしたものかと思おうとしたその時に、数秒経たずしてマイが商店街から結構な速さで駆けてきたのだった。
「ユウジ様! お待たせしてしまいましたか!?」
「いや、来たばっかり──」
「気は使わないでください! 遅れたら遅れたと愚かな私をッ」
久しぶりのマイのネガティブ発言頂きましたー
「大丈夫だから! というかまだ一時間前だし!」
「一時間前……もうそんな時間なのですか」
「そんな時間……?」
「ユウジ様とのクリスマスが楽しみすぎて……」
「……何時から?」
「まだスーパー山中が営業してませんでしたから……」
「スーパー山中って言ったら"コンビニという幻想を"以下略と言わんばかりに早朝営業で学生対応な朝6時開店──2時間も前から来てたのか!?」
あの「(商品が)安い!(開店が)早い!(他の青果店に対して)惨い!」で知られるスーパー山中よりも早いといっちゃあ、凄い物がある。
「そうなのですか?」
だめだこの人、一つのことに一心不乱過ぎる! まあ、そんなマイが可愛(以下略)
萌えている場合ではなく。不安になるのは彼女の体で、こんな寒空の下に2時間いるだけで相当厳しいものがある。
前述の通りこの地域にはコンビニは1店舗しかなく、それも商店街からは離れている。そこで2時間待っていたとは彼女の様子を見て思えなかった。
そうして思わず俺は彼女の手を取った。
「ユ、ユウジ様!? な、なにを」
「あーあ、こんな冷たくなっちゃって……」
冷たかった。手袋もせずに白い息を吐いて俺を待っていた――
「あのユウジ様……?」
「体調とか、大丈夫だよな?」
「え」
今度は自分の手を彼女の冷えきった手から外して彼女の額にかかるしなやかな黒髪を除けて、額を触らせてもらう。
「……熱はなさそうだな」
というか逆に冷たい。
「ユウジ様、もしかして私のことを──」
「当たり前だよ! ……マイに倒れてほしくないからさ」
そんなことされたら俺、自分を責めまくるぞ?
「す、すみません」
「無理はしないでくれな?」
「は、はい! あの……手、触らせてもらってもいいですか? さっきは一瞬で味わえなかったので」
「あ、うん」
と言って右手を差し出すと、彼女の柔らかで冷え切った手に包みこまれる。
「あたたかいです……ユウジ様の手」
「そりゃそうだ、こんな寒空の下で待ってるなんて」
「……それほどに楽しみだったのです。子供染みててすみません」
頬を染めて言う彼女はあまりに可愛らしかった。
商店街の入り口で何やってんだと横やりを入れられてもおかしくなかったが、朝早いおかげで一切邪魔が入らなかった。
10数分後、俺たちは早速手を繋いで歩き始めた。
「それで、何処に行くんだ?」
昨日の電話で「明日だけは、ユウジ様を連れまわしたいのです」と言われていただけで、明確な行方は聞いていなかった。
まあ聞くことが無粋だったからで……もあったが、マイが誘ってくれたのが嬉しいあまりに有頂天になって聞き忘れていた。
「まずは、寒い思いをあまりするのは良くないですから映画館に」
……マイさん、さっきの自分はなんなんでせう? と突っ込もうとしたが止めた。
「――は、まだ空いていないですね。うーんどうしましょう」
早起きは三文の得。しかし、今回ばかりは損したと言ってもいい。いや、確かにマイとのデート時間が増えたはいいものの廻れる場所がない、ない、ない。
地味に開店の早い映画館は9時営業開始で、それまであと50分近くはあった。店が開いているのはスーパー山中ただひとつ。
「とりあえずスーパー山中で時間潰す?」
と冗談半分で言ってみた。
「そうですね! あそこは品ぞろえも良いですし!」
乗って来た。……まさかのデートスポット一つ目が近所のスーパーというね。地方の素晴らしさを知り都会に憧れた瞬間だった。
ということでスーパー山中。まさかさっきの例えが伏線だったとは……ということで地下階と地上1階のスーパー山中に入店。
既に主婦の方々が数名店内へと居た。若干物珍しそうに見られる……仕方ないわな。
「ユウジ様、ユウジ様っ」
「ん?」
「なんか、二人スーパーで買い物って夫婦みたいですよね!」
「あ、まあ……そうかな」
学生同士のデートとは程遠いからなあ。
「……夫婦に見えますかね?」
「それはどうかと」
いや、見えませんって。俺、残念ながらそこまで大人びてないっすから。
「夫婦に見えませんか……じゃあ、私愛人ですかっ」
「そこが論点じゃあないな!」
「愛人でもユウジ様のお傍に居られれば……いえ、でも! やっぱり固く結ばれた夫婦の方が……いえ、愛人が結ばれていないという訳では――」
なんというかマイ暴走中。マイさん息荒げすぎて「ハァハァ」してる上によだれ出てます。
普通なら引くが、マイは可愛い! そしてこれこそマイの真骨頂! やっほう!
「マイ、一応店内だからさ」
「ユウジ様、結婚しましょう」
「せめてスーパーの店外でしようか!?」
なんだこの情緒も雰囲気もへったくれもない告白場所。……案の定まばらに居る奥さま方が聞き耳立ててざわざわし始めちゃったよ!
「ユウジ様、大好きです」
「俺もマイ大好き。だからとりあえず落ちついてくれ」
「ユ、ユウジ様が私を……大好き? はぅっ」
と、今度は泣きだしてしまった。酔ってるのか!? マイ、酔ってるのか!
とりあえず奥さまのいる部分から離れて、客の殆ど居ない乾物コーナーまでやってくる。
「マ、マイどうしたんだよ……」
「デートやユウジ様の”大好きで”感極まって……えぐえぐ」
「!」
可愛い! 泣いてるマイ可愛い! あー、やべえ萌える。萌えちまう。
めっちゃ可愛い。素晴らしいエクセレント、デートでこんな表情が見れる……なんて幸せなんだ。
「って、おい俺! マイ、泣いてたらデート楽しめないからさ、な?」
と、ポケットからハンカチを取り出して渡す。
「は、はい……って、これはユウジ様のハンカチ!? はうっ」
今度は鼻血を出し始めた。ええええええええええええええ!?
「す、すみません。ユウジ様のお手が触れたハンカチに感極まって」
「と、とりあえずそれで拭いて!」
「出来ません! ユウジ様のハンカチを汚すことなど、私にはっ!」
そうしてマイ自身がしていたマフラーを取ろうとしたので――
「マイ、それはマズい! はい、ティッシュ! とりあえずマフラーやめて!」
「は、はい……ユウジ様のくれたティッシュ! は」
「マイー、落ちついてくれ!」
こんなカオスな展開が人の少ない朝の店内で良かったと心から思った。
「色んなもの出したらスッキリしました!」
「……店出て早々そういうこと言わないでくれ」
お前ら店内で何やったんだよという台詞が聞こえてきそうだ。いや、俺達は全くもってイカガワシイことはしていない。
マイが泣いて鼻血出しただけで、後は何もない! あのあとも適当に店内を廻ってただけだ、本当だ!
同人誌で”空白の30分間”を使って何かアレなことをかかれても、そんな事実は一切ない。至極健全だ! テ○東並みに健全だ!
「それでは、まずは映画館ですね」
で、映画館──か。
シネマズアイハマ。
藍浜座でいいじゃん……なんてことは言ってはいけない。オサレにしてみたかったのだろう、映画館の看板を見上げてそう思う。
商店街から少し離れ、地方の映画館であるのにも関わらず異様にデカい。横幅だけでもコンビニ3店が立つし奥行きもある。
そして3階建てで、3フロア合わせて7スクリーンという異常なまでの設備量なため、商店街から離して立地を確保した意味が理解できる。まあ田舎だからこそ出来るのだけれども。
多岐に渡るジャンルの映画を購入し放映することでここら藍浜周辺の町民で映画が見たければここにくるという。たまたま見つけたネットでの感想欄はこちら。
「シネマズアイハマのおかげで明日の夜明けをみれました」ここらの町じゃ、映画館はここぐらいだからな。
「シネマズアイハマのおかげで灼○シャナ劇場版をみれました!」電○フェスタだけでしか見れないはずなのになんで?
「シナマズアイハマのせいでエボ○ューションみせられました、ふざけんな!」いや、シネマズアイハマのせいではないだろう。
「シネマズアイハマのおかげで身長が3センチ伸びました!」どこぞの通販CМかよ。今流行りの3D?
「うわー、な○はー、はー! フェ○トちゃああああああああん!」荒らしか! それともそれを実際に叫んだのか!?
と(一部評価を除いて)評価は悪くない、映像設備と音響設備もしっかりしていていいらしい。
地方の癖して出来過ぎじゃね? と思われるかもしれないが、おそらく館長の趣味なので仕方ない。
館内に入ると、まずは各映画の宣伝ポスターが目に入る。
一応前評判こそ来てからのお楽しみ要素、として大半は聞いていないもののオオスメな映画はあらかた目星を付けていた。
まあいくらここでも全ての映画を網羅している訳では決してないので、一応映画館を訪れてみると──「シロソラ」という映画が良さそうだが。
──果たして今行って上映されているか、日で放映スケジュールが違うのでなんとも言えない(ちなみにここまで気合い入っているのに肝心の映画館の公式サイトはない)
やはり上映本数が多く、今だけで30本以上を上映しているようだ。そのうちの7作品を同時上映するシステムを取っている……たぶん、おそらく、きっと。
入ってみると小綺麗なロビーが視界に入り、所狭しと壁一面に前述の映画のポスターが貼られている。そんなポスターをさしてマイは言った。
「ユウジ様、あれなんてどうでしょう?」
マイの好きなジャンルとはなんなのだろう、今ごろながらそう思う。コレならもっとマイのことを知っておけばと少なからず後悔。
とりあえずマイの差したポスター作品を見てみよう――
「どれどれ……!」
タイトルを見て、タイトルの字体を見て。なによりポスターの女性二人の登場人物名に素晴らしいほどに見覚えがあった。
「ハイスクールデイズですかー……」
んー、嫌な予感しかねえ。
「あの、マイさん。もしかしてそのタイトルの映画をご所望で?」
「はい! なんか恋愛モノらしいですよ?」
映画を調べてる内にふいに見てしまい、前評判を既知な俺は冷や汗ダラダラなタイトル。
決して悪い出来ではない、しかし出来上がったものは恋愛モノでも後半になるにつれドロドロになり、最後はヒロイン同士が殺し合い最後は諸悪の権現こと主人公もろとも死に至ってナイスボート。
という、なんともサディスティックな映画だ。このタイトルと似たようなアニメの内容がうり二つにも見えるのは気のせいではないらしい。
これをマイに見せてよいものなのだろうか、いやマズい。それにマイがサドスティックな映画を見たら――反応というよりどんな行動を起こすか分からない。
やめておこう。紙は言っている、これは回避すべきだと。
「ほ、他にも見てからにしないか?」
「そうですねー……ではホワルバムービーとかは」
なぜ映画化したし。タイトルはなんとも良さそうだけれども、原作は知らないがアニメはアレだった。
「他には……」
「トゥルートゥティアーズもどうでしょう?」
なぜトライアングル(三角関係)ものしかないのか!? ”シロソラ”はものの見事に放映時間が合わない。
そして挙げた3つは放映10分前だったりして、ならば応マシそうなのは一応──
「トゥルートゥティアーズ……か?」
「はい、みましょうかユウジ様!」
どうやら今までな反応を見るにマイが好きなのは恋愛モノらしい。
しかし悪いことをした、マイに挙げる映画をことごとく却下して……でも、正直二人で見るならこれが一番いい。
映画終了。
「面白かったです!」
「面白かった」
いやー、案外実写モノも悪くない。実際のところ三角どころか四角関係だったけれども。
あのビンタは迫力あった、思わず頬さすっちゃったよ。
「あの二人が結ばれて良かったです!」
「もう一人とも結ばれそうだったけども、決意は固かったな」
「はい! 私もユウジ様との契りを果たすという決意は固いです!」
「……契り?」
「結婚の前に、心と体を……体を中心にコネクトするんです!」
「さりげなく下ネタなのか!?」
「今日はそこまではしないですけど……いつかは」
ホッとする反面残念――とは思えなかった。いやだって、付き合ったのにキスさえなし……ユイやユキになじられるハズだわ。
マイは妄想たくましいのでどうか分からないが……うーん、ハズカシイとは思わないのだろうか。
「ユウジ様、次は本屋です!」
「本屋?」
「はいっ、少しデートっぽくはないですが!」
そうして本屋へと向かう――
本屋を出る。
「いい本が買えましたー」
「ああ、うん」
まさか、ユイでもマサヒロでもなくマイと――ラノベ漁りをするとは。
「キ○の旅……深いですね」
「確かにそうだけども……」
デートとしてこれはいいのか? スタッフの底が知れるぞ?
と、言いつつも俺はゼ○の使い魔の最新刊を買っていた……いやさ、コーナーまで来たんだから仕方ない。
「私は色んな方の著書を読んできましたが、ライトノベルは読んでなかったです。でもライトノベルと言うのにディープなのですね!」
うまいのか、それは。まあキ○には色々考えさせられたけど……他のにハマって途中放棄した覚えが――読み返してみようかな。
「お昼ご飯は……マク○ナルドで!」
おう……たまにユイとマサヒロと来て駄弁るレベルなんだが、大丈夫か?
「マイはいいのか? ファストフード店で?」
「ユウジ様と気兼ねなくお話出来ますから、それに私はこう見えてもファストフード好きですよ?」
「へー、そうなんだ」
「一番は日本の主食こと白米ですけども! たまに食べると美味しいと思うのですが……ユウジ様はお気に召しませんか?」
「いやいや! 何か適当に頼んで話でもしようぜー」
「はい! じゃあ行きましょうー!」
いつも手は繋いでいたけど、今日だけはマイに手をひかれていた。
マイは嬉しそうに時折こちらへ振り向いて笑う。その笑顔に俺は何度も何度も笑顔を作っていた。
見栄もなにも張ってないけども。なによりマイが楽しそうで、俺も楽しい。だからこれでいいんだと思う。
ここはかつて"夏でもないのに肝試し"というものを行った場所。
一見酔狂にしか見えない企画だが――マサヒロを思えばそのまんま酔狂だったと言わざるを得ないので否定はしない。
今思えばなんなんだよ、春の入学or進級したばかり時期に肝試しとか。夏には第二回開くしさ……でもって全然怖くないし。
……文句垂れたとしても、あるきっかけを作ってくれたマサヒロには少なからず感謝している。
まあ、マサヒロ本人はそんな意識は皆無だろうけど。そんなことを行った場所なこともあってこの墓地はかなり印象に残っていた。
そんな墓地まで、マイに連れられ山を登って来た訳で。
「ユウジ様……覚えていますか?」
「ああ、覚えてる」
……覚えていないなんて答えた暁には自分の深層心理やらもうひとつの僕やらが自分をコロス。といった程に忘れては絶対にいけない場所と思い出だ。
ここはホニさんと出会った場所であり……マイと初めて――
「ユウジ様と初めてのバージンロード……」
――デートをした場所のはずだったんだがなあ。
「……墓地での結婚式は色々といいのか?」
ここでまさかのマイの「お茶目モード☆」発動で若干困惑する俺。
というか墓地での結婚式とか聞いたことありゃせん。
『じっちゃん、俺結婚するよ……』だからって私のお墓の前で結婚式しないでください、ここに私はいないんですから。眠ってなんかいませんから。
「いいんです! 場所があれば即結婚! インスタント結婚式セットはいつも持ち歩いていますっ!」
インスタントって、即席麺かよ。
なんかよくわからない記憶回路が活性化してかつて存在したけど流行らなかった「一分カップ麺」ならぬものが脳内に顕現したけど……おそろしく関係ねえ。
くだならないことを考えていたらマイがおもむろに箱を取り出し、その箱から本当にウェディングドレスやらケーキ(!?)の一部が飛び出ていたので言葉に出来ないどころか何も言えなくなった。
うーむ、なんとも反応に困る展開だ。で、デートのことは忘れられてしまったのだろうか……ちょっくら個人的には印象深かったのだが。
「……冗談は抜きにしてユウジ様と共に歩いた場所なんですよね」
あ、覚えててくれた。
「ああ、あの時は──」
……ついでに思い出した。あの時の俺の心境を。言えないっ、あの時本当はユキが良かっただなんて!
「二回目もユウジ様と共に歩めましたし──」
マイは思い出深いですと続けた。二回目もマイと歩けるとか神の思し召しがあったに違いない、ああありがとう神よ。
そうして少し歩みを進めて墓地を抜け、そうして俺とマイは社を訪れた。
「少し休ませてもらうかっ」
「そうですねー」
そして神社の階段の埃を少し払って腰を下ろす、そこからは墓地を眺められる――のだが、なんだろうあまりいい気分がしない。
景色はさておいて、それからはかつて俺はマイをどう思っていたか、逆にマイは俺をどう思っているのか……を、思い出も合わせて話をしていた。
「私は──ユウジ様を去年から想っていました」
去年というと……一応言っておくが俺はまだまだ高一だ。そうなると中学校からってことになる――
ちなみにこの町には中学校というと藍浜中学校しかない。学校が乱立せずに、一点に生徒が集まるため中学校もそれなりに生徒数は多かった。
「あれ、マイって去年と同じクラスだった──」
そう言い掛けて止める。この物言いはおそらく同じクラスだったに違いない。
「いえ、中学の頃は別のクラスでした……でも私は──」
ユウジ様を見つけたんです。そう優しい口調で続けた。
別クラスなのになんで、俺なんかを? ……ユイやマサヒロと駄弁ってただけな気がするんだが――
「そう、なのか──」
でも、とりあえずはそう答える。俺を見てくれていたことが嬉しかったのでこれ以上の言及が必要ないと感じたからかもしれない。
とにかく色々な高校での思い出話を聞けて良かった。マイにも俺のことを少しだけ話すことが出来て良かったと思う。
しかし、この時俺はすっかり忘れていた。今の日常がなんなのかと、この世界はどう出来ているのかを──
「それでは次に行きましょうか?」
「ああ」
そうしてマイに手をひかれながら山を降りていく。改めてみると、山の多くの木々は葉をなくしていた。
凍てつく風がどんなに強くとも俺とマイの手と手の繋がりがなくなることはなかった。そして心も──
「さむううううううううううう」
心は暖かったけど、体は寒いという……なんとも情けない。でも、ちょっといい訳いいかな?
「波、荒れてますね~」
凍てつく空の下、人っ子ひとりいない海に砂浜。吹きつける海風は容赦なく冷たい。
「いやー、予想以上にクルな」
以前肌着で庭に出てきたのと同じぐらいに寒い、なんで? この防寒着はなんなの? 保温できないただのナイロンカバー?
「すみません、寒いですよね……でもここに来たかったんです」
……そうしんみりと言われちゃったら文句は言えないぞ? マイがいるからアタタカイ、マイがいるからアタタカイ……よし、慣れた!
そしてマイはそう言うと海をじっと見つめ、俺も冬に少し荒れる海を眺める。でも俺とマイは手を繋いだまま。
「今年の夏、覚えていますか?」
今年の夏『映画化決定!』してもいいぐらいにエンジョイした夏休みだった、なによりマイの魅力に溢れた日々だった。うん、今思っても素晴らしい。
そんな中で、一番最初のイベントと言ったら――
「ああ、マイと初めて海に来たな……まあ皆も居たけれど」
皆の水着姿みれて、ものすんごい役得だったなー……と思いだす。……ん、あれ?
「でも嬉しかったんですよ? ユウジ様と知り合えて……海に一緒に来れる間柄になれたのが、なにより嬉しかったんです」
「そっか……いやー、まさかあの時マイと付き合えるとは思ってもいなかったなー」
美人さんだけどヤンデレな彼女。正直、その頃から気になっていはいたのだけれど、ここまでになるとは――
「そうですよね……私なんて、眼中にも無かったですよね……」
言い終わってはっ、と気付く。これはもしかして思い切りマイを傷つけた……? いつの間にかそっぽを向かれて、更にそれに確信を抱く。
「え、え、いや! そう意味じゃなくてだな! ええと、それは――」
そう慌てて弁護しようとすると、ふと気付く。
「ふふふ……」
マイが肩を震わせていた。
「マイ……?」
それに、笑いが零れていた。
「ふふ、冗談ですっ!」
向き直って彼女は笑顔で言った。
「ええええー」
「というかユウジ様が振り向いて貰えるなんてそんな夢のまた夢、妄想レベルなこと起りえないなんて思ってましたからっ」
と言い舌を軽く出して冗談を言う彼女。やられた、と思う反面……凄い可愛かった。やってくれるよ、彼女は!
「冗談やめてくれよー」
「ごめんなさいー」
今回の”ごめんなさい”も今までと違って茶目っ気のあるものだった。俺は改めてマイも出会ったころとは本当に変わったな……と思う。
「そういえばさ」
さっき思い出したのだ。思えば、なんでマイは水着で来ず……ってソコじゃない。なんで泳がなかったのかと。
「? なんですか?」
「なんで、マイは泳がなかったんだ?」
泳ぐのが苦手なのが理由なら、少し水着姿を見れないのが残念に思っていた。
「え」
すると、途端に会話が途切れた。もしかして本人に触れてはいけないことだったのかもしれない。
プールにも出席したところを見ていないのをみると――
「ご、ごめん。何か事情があるんだよな、悪い踏み込んで」
「いえ……私こそ、ごめんなさい。でも、少し待ってください。ええと、覚悟が出来たら――」
その時のマイは少し憂げだった。今までの明るい表情を見たあとにこれを見ると……まるで出会ったころの――
「……マイ」
「ここまでにしましょうっ! ニヵ月も待ち望んだクリスマスデートですから! 楽しみましょう!」
「あ、ああ! ……ってニヵ月?」
そこで引っかかる。二ヶ月?
「あ」
慌てて口を抑えるマイを見る。
「ニヵ月も前からマイは考えてたのか?」
「は、はい! すみませんっ、実はどうやって切り出そうと考えていたら、いつの間にか差し迫っていて――」
「なるほど、もしかしてそれで今日のデートは――」
「はい……ユウジ様から誘って頂いたのに、私が連れまわす形になってしまい……わがままばかりで、すみません」
「いや、いいんだって。マイに連れまわしてもらえてうれしいよ。そしてなによりマイが隣にいれば――」
「ユウジ様……はいっ! それでは、次に!」
「おう、マイさんにエスコートを頼んますー」
「はい、では――」
「随分見慣れた──」
その目の前に現われた建物は見覚えしかなかった。頻繁に訪れているこの場所、そう冬休み前までにほぼ毎日──
「藍浜高校です!」
そしてまた手をひかれていく。
来客用か少し無用心にも開いた校門を抜け寒々とした並木を歩き昇降口のガラスドアを押すとやはり少し無用心ながらも校内へと入ることができた。
「こっちですっ」
「あ、ああ」
そうして辿りついた場所を見て思った……懐かしい。そうか、あれからもう八ヶ月近くも経つのか――
「ここがユウジ様と初めて向き合って話した場所です──」
薄暗く、一階から物置へと続く少し下った階段。そこで俺は──
「ユウジ様を殺そうと、又は私は自害をしようとした場所でしたね」
改めて聞いても恐ろしい話だ。ここで殺人未遂、自殺未遂が行われたと考えると。
「あの時、ユウジ様が私に仰ってくださったおかげで……こうして今があるのですね」
あの時のマイは何かに急いでいたように、何かに急かされていたように見えた。
それはきっと、俺のせいなんだろうけど。だとしても、俺がマイに言うしかなかった――止めろ、と。
「だから……ありがとうございました」
優しく表情を形つくりながら頭を下げた。マイは出会った頃から本当に変わったなあと改めて思う。
そしてもっと綺麗に、可愛くなった。
「いいって、いいって」
そして少しの沈黙を終えて。
「ユウジ様」
「ん?」
「ユウジ様、覚えていますか……私がここで初めて告白をして──」
「あー、された……な」
「あの時の私はユウジ様のことを考えず自分ばかりで……だから私はユウジ様に振り向いてもらえるように、ユウジ様にとって魅力的な女性になろうと決めました」
魅力的……ねえ。
「それでお聞きしてもよろしいで──」
決まってる。
「マイは魅力的だ」
「え、あの──」
「努力家で真面目だけど、どこかお茶目で可愛いらしくて──俺にはもったいないぐらいにマイは魅力的な彼女だ」
「そんな……私は!」
「体育祭での準備も、夏休みの思い出も、文化祭での告白も。全てが俺にとっては大切なことなんだ。マイと過ごせたという事実が記憶が」
「!」
だから、改めて。俺は──
「姫城マイさん、俺とこれからも付き合っていただけませんか?」
そうして告白をする。しっかりと迷いなく、確かな意思がそこにある。俺は返答を待ち、そして――
「あ……あっ、はい……ユウジ様、これからも私と付き合ってくださいっ!」
思い出の場所、始まりの場所での告白。そして――
「ユウジ様……よろしいですか?」
「いいのか……?」
「好きな人に”はじめて”をあげようと決めていましたから」
「じゃあ──」
俺はマイとそっと唇を交わした。
俺にとっても、マイにとっても初めてのキス。柔らかで温かで──当分この感触は忘れられないかもしれない。
学校を出る頃にはすっかり暗くなりはじめていて、そうして商店街へと戻る。
キスの後もあってきまずいことになるかな、と思っていたらそうでもなかった。でも――
「ユウジ様とのキス……心地よかったです」
と、綺麗な薄桃色の唇を指で触りながら笑顔でそう言ってくるマイに。
「ああ……なんか柔らかかった」
俺、素直である。
「あの場所で出来たことが……私にとって――」
始まりの場所で。二人が結ばれたことを確かめるように。
「…………」
「…………」
流石に会話も途切れた。やっぱり俺にはハズカシイ訳で。それでも、俺にとって勿体なさ過ぎるほどのプレゼントだった。
「ク、クリスマスイルミネーションが見えてきましたね!」
「お、おう! 結構凝ってるな」
「行きましょうっ、ユウジ様っ」
「ああっ」
そうして俺たちはデートの始まりの場所へと白い息を吐きながら駆けていった。
入口から垂れるリースやら電球達がきらきら光って鮮やかに夜を彩って行く。
商店街の間近に有り、クリスマスの星やら鈴やらの装飾の施された大きな杉はクリスマスツリーへと変貌し、そんなツリーの植えられた広場へと辿りつく。
もうとにかくここらじゃ定番のクリスマススポットで、主に学生が占めるであろうカップルたちが少なからず集まりそれぞれ話したりツリーを見上げていたりしていた、
「それで、あのさ」
そうしてコートから包装された長方形の箱に入ったプレゼントを、マイへと手渡す。
「こ、これは……?」
「まあ……一応クリスマスプレゼント、大したものじゃないけども」
「私に……ですか?」
「その質問はどうだろう……答えは当たり前だっ、マイにだ」
改めて向き直って、ツリーを背景に。
「まあとにかく、メリークリスマス。マイ」
「ユウジ様……メリークリスマスっ」
そうしてまたマイと口づけをする。ちなみに今度はマイからしてきたので正直かなり嬉しかった、そりゃあもうね。
それはやっぱり温かく、いつまでもいつまでもこの心地よいことが続いて欲しいと思ってしまった。
同じ頃には空からは真っ白の贈り物が降り始めていて……この夜はベタだけれどもホワイトクリスマスになっていた――