第607話 √c-21/√+1-6
九月六日
夏休みが終わり新学期が始まる。
一か月後に中間試験、二か月後に文化祭が迫っており委員会活動は初っ端から慌ただしかった。
「あ、そういえば下之君。文化祭委員も学級委員は兼任なんですよ」
「聞いてねえ!」
急きょ行われた体育祭は体育祭委員を選出する暇もなく、学級委員がなし崩し的に体育祭暫定委員になっていたものの。
まさか文化祭委員も兼ねるとは……他の生徒は楽しすぎだろ、もうちょっと働け!
というかぶっちゃけここまで仕事背負わされるなら副委員長職逃げてたわ!
それをこれまでも背負ってきたかもしれない委員長が言う訳ないだろうけど。
「文化祭のテーマ決めとか、いつもの学級委員の要領でやった方が効率的ですから」
「まぁ……理屈は分からなくないが」
「学級委員に別枠で体育祭委員と文化祭委員もポイントも加わって、私も下之君も内申はググっとアップです」
「内申目当てっぽい向きもある委員長と違って、俺はほぼ巻き込まれだけどな……」
なんとも腑に落ちないが、ここで嵩鳥を責めても仕方のないことは分かっているわけで。
「分かった。で嵩鳥、文化祭委員の活動はいつか分かるか?」
「明日です」
「……あ、うん、そうか」
帰宅部部活動とか家でのアニメ消化とか他の友人たちとの放課後ライフがー!
すると嵩鳥は眼鏡を外し――
「ならクラスメイトで最近距離の近づいた、私との放課後ライフがあるので問題ないですね!」
「いや、それは、ちょっと」
なんか違います。
「もうちょっと私もヒロイン扱いして!」
「だから自分でヒロインとか言うなよ!?」
海水浴の時とかもそうだが、自称ヒロインとか聞いてるこっちは反応し辛いんだよ!
* *
九月七日
下之君の好感度上がらない問題!
いや、眼鏡取ると分かっちゃうんですよね。
ギャルゲーとかにありがちな好感度メーター的なアレが。
もはや私の見えるものはなんでもアリですから。
……それでも好感度が下がらないだけいいのかもしれません、名字呼びがピークでそれからほぼ水平維持です。
友人以上の! 親友以上のアブノ……じゃなかった、親友以上の関係になりたい!
主に下之君と恋愛関係になってイチャイチャしたい!
そしてあわよくば他のヒロインとは一線を画すほどのお色気要素ありな濃厚なラブコメを!
しかし現実はそうもいきません、今も委員会仲間でクラスメイトで友人止まりの関係性ですよ!
海水浴の時もそうですよ!
胸の大きさを聞いて、本当なら「……嵩鳥ぐらいがいいかな」とか言うところを「嵩鳥以上」ってなんですか!
このおっぱい大魔王が! これまでの世界で性欲は隠しておいてのスク水好きの巨乳信者が!
それで挙句の果てには私よりも貧乳かつ鉈の擬人化のナタリーとキャッキャウフフですよ!
鉈に負ける私ってなんですかね!?
……と、まぁ愚痴はこれぐらいにして。
あれ? なんででしょうか、これまでの世界のこと洗いざらい言って鬱憤晴らせたはずなのにこの溜まり貯まった感は。
それに少し焦っているのです、既に九月を迎えて私のルートに入ってからはや五ヶ月。
それなのに友人止まりって、ヤバいですよ!
今の頃には前回の雨澄ルートだともう付き合いだしてますもん!?
これまでのヒロインと差をつける為に色仕掛けとかもしてるのに空回り!
男心って……分からないですね?
そんなこともあって放課後、文化祭委員活動で下之君と文化祭実行委員本部を目指します。
リアルな恋愛とかでも、こう委員会活動とかで接点を持って交際とか十分あり得るはずなんですがね。
委員会活動で週一回、二人だけの時間があるというのにこの体たらく。
……そろそろ本気を出さないとまずいですね。
ちなみに文化祭委員は、基本的には学級委員と兼任ですが。
別に他のクラスメイトが文化祭委員になれない道理はなかったりします。
……私も必死なんです、こうでもしないと下之君との時間を確保出来ませんから。
「嵩鳥」
「…………」
「委員長」
「委員長呼びはもう禁止! と言って……えっと、なんでしょう?」
考え事をしていて下之君の呼びかけに気付かなかったようです。
ああ、確かにこういうのが好感度ポイント的には良くない!
「嵩鳥さ、文化祭のテーマってやっぱクラスで意見出し合って決めるのか?」
「そ、そうですね。下之君は何かしたいことってありますか?」
「んー、そうだな……出来れば面倒じゃないので」
「あっ、そうですか……」
たぶん面倒なもの、だと思いますよ。
これまでのルートすべて実は文化祭のテーマというか出展はカレー屋でしたから。
それも料理の出来る下之君は一線に投入です、シナリオ上ルート分岐の季節でないので文化祭出展はカレー屋で固定されているんですよね。
というかスパイス好き設定のある篠文さんがカレー屋言い出して、皆も乗り気になるネタバレです。
「ごめんなさい」
「? なんで委員長が謝るんだ」
「い、いえ!」
先を知っているが故に申し訳なく思いながら文化祭実行委員の本部にたどり着きました。
戸を開けるとそこには――
「ユウ……し、下之さん!」
「……ん? ……もしかして俺と会ったことってあったか」
「はい! 海水浴場で!」
井口さんが居ました――フルネームは井口七香。
趣味は物書きで、なんとも私と似通っていますがクラスが違うので接点はなく。
下之君もこの文化祭委員があって以前の世界で接点をもっていたほどです。
しかしこの子、結構に謎で。
ルート分岐でこの子のエンディングがあったり、その割にはエンディングがあるのにルートではいやに
影が薄かったり。
未来の私たちもどこかイレギュラーな存在だと思ってこれまで注視していたのです、しかし最近はすっかり行動も起こさないばかりに忘却あし始めていた頃でした。
「あー! 井口だっけ、その雨澄って子と来てた」
「は、はい!」
そういえば井口さんが今までになく海水浴場で下之君と接触していたのでしたね、私も眼鏡を取って得た情報で知りえています。
何故か前ルートの雨澄さんとも仲良さげでしたが、どういう繋がりあってのことでしょう?
「で、井口も文化祭委員なのか。じゃあよろしくな」
「よろしくお願いします!」
そう考え事をしている間に二人の挨拶も終わっていて。
「あ、教室に忘れ物してきたようなので取って来ます」
「分かった、遅れるようなら先生に話しとく」
「ありがとうございます、下之さん!」
そう言って井口さんは私の横を通り過ぎていくのですが、私の背後に少し歩いたところで立ち止まると――
「ルリキャベのシナリオライターさん……あまり私の脚本内で下之君相手に変なことしないでください……」
そう小声でささやくように、下之君には聞こえないほどの声量で言い去っていきました。
私が振り返った頃には彼女の姿はもうありません。
私も、きっと未来の私たち全員含めて。
あまりにも予想外な言葉が井口さんからは飛び出したのです――
彼女は”こちら側”だったのです。
== ==
それは現在進行形の未来。
これまでにナレーター兼委員長こと私が話してきた昔話と違った、未来のそれも時系列的には最新の出来事。
誰が名付けたかは分からない通称”創造神”の私たち三人は、私主体のルートのデバッグ作業をしていました。
もっとも下之君やアイシアさんと私がヒロイン(?)のギャルゲーをプレイすること自体なかなかに恥ずかしいものですが。
時折下之君が「嵩鳥はっちゃけてんなー」とかアイシアが「私はこういう挑戦的なの良いと思いますよ~」と感想を述べる間、私は黙々と画面を見るだけです。
いや反応し辛いでしょう! 実際今の私も昔の私も人格には差は無く、過去に戻ってるからとやりたい放題してるだけなのですから!
そんな最中、私たち三人の設備だけは豪華なギャルゲーサークルに思わぬ訪問者がありました。
それはまるで現在進行形で画面の中で起きるちょっとした異変と連動するかのようで――
「やっっっっと見つけました! 三人でこんなことしてたんですね!?」
その訪問者は見覚えがあるような無いような、あまり印象に残らない容姿ではありましたが――
「えっと……どちら様で?」
そう聞く下之君ももっともというか、私も正直誰か分からないのですから。
しかしアイシアはというと「あちゃー」というような顔をしているのが気になります。
「覚えていないですか? 下之さん……いいえユージさん!」
「えっ」
それで私は今画面に映っている井口さんと、突然にも現れた彼女を見比べるのです。
……確かに面影はあります、しかし彼女がどうしてという疑問は晴れません。
「井口七美です! クランナさんルートでのユージさんの元カノであり『はーとふる☆でいずっ』のメインライターでもある井口です!」
プログラマー兼発明家?:下之君。
ゲームプロデューサー:アイシア。
ルリキャベ脚本原案:私。
はーとふる☆でいずっメインライター:井口七美。
これでほぼ役者は揃ったのです。
訂正:井口七香→井口七美