第604話 √c-18 ずっと近くに居た私と、世界のこと
体育祭種目決め当日の放課後、俺と嵩鳥は体育祭運営委員会に各種目ごとに誰が出場するかをまとめた書類の提出をするべく確認作業などで居残っていた。
「結局俺は二人三脚参加で、嵩鳥と組むんだな」
「そうですね。いやぁ、正々堂々死闘の末に勝ち取ったことで喜びもひとしおです」
……俺には嵩鳥に反論するユキ達に対して、職権濫用して強引にもぎとったようにしか見えなかったのだが気のせいだろうか。
ちなみにそんな修羅場ってる嵩鳥VS一部女子の最中の俺はというと、嵩鳥がやるはずだった実質種目決めの進行をしながら、本来の書記役としてチョークで黒板に誰誰が何何の種目に決まったかを淡々と書き出す機械になっていたのだった。
ということもあって嵩鳥が反論するクラスメイトをどう説き伏せたのかについてよくは覚えていない。
「二人三脚を二人で行うことで密着度アップ、更には僅かな距離で練習や本番含めて多くの時間を共にすることで私への好感度アップという美味しさです」
「……思ってても本人の前で好感度アップとか言うなよ」
人ってのはあまのじゃくというか、明言されると冷めるものだというのに。
嵩鳥が進行を放って実質俺に種目決めを丸投げしたことも合わせて、嵩鳥への好感度は誠に残念ながら下降線を辿っている。
そう思いつつも俺はプリントの提出書類を作りながら、体育祭競技の各種ルールをなんとなく読みこんでいると――
「……そういえば嵩鳥、この”障害物リレー”のルールが気になるんだが」
「ああ、それですか。よくあるようなハードルや網を駆使してグラウンドを一周する障害物リレーでは面白くない、ということで校舎を舞台とした障害物リレーとしたようですね」
体育祭で障害物リレーだからと、単純にグラウンド上に各種障害物を配置して速さを競うものだと俺の中ではそんな固定観念があったのだ。
それだけに屋内も利用した障害物リレーというのはなかなか面白そうな気がしないでもない……のだが。
「この芸術点ってなんなんだ……?」
「観客を障害物リレーしながらも楽しませることで、順位以外にも点数が入るようですね」
「だから障害物リレーなのにカメラ中継とかされるんだな……」
カメラ中継に、グラウンドには大型モニタを借りてくるという。
金賭け過ぎじゃね?
体育祭の一種目としては規格外の出費なのではないかと思ってならない、いったいどこに財源が……?
「あとこの次の走者に引き継ぐのが双方走りながらのハイタッチって……」
「バトンとか邪魔ですからね」
いや、まぁそうかもしれんが。
でも走る必要はないというか……そこで俺はふと思い出す、この障害物リレーのルールに見覚えというか聞き覚えがあったのだ。
「ちなみにこれ走者への指示役が一人とチームは五人で構成されてたりする?」
「よく分かりましたね、その通りです」
俺が何を言いたいかというとだ――
「プリンスオ●ストライドかよ!」
プリンス●ブストライドとはパルクールと陸上競技を組み合わせ、五人一組のチーム同士が競い合うアニメである。
パルクールはテキトーに簡単に説明すれば、走る・跳ぶ・登るなどを組み合わせた”運動”であり、”競技”ではないそうなのだがそれを芸術と捉えることもあるという(以下アニメを見て調べたフリー百科事典さんの受け売り)
「バレてしまいましたか。というか下之君も女性向けっぽいアニメ見るんですね」(※この作品の時系列とモデルとなったアニメ放送時期は多少異なります)
「まぁ主人公の女の子が可愛かったから……って、バレるって何が?」
女の子目的で見たけど内容も割と……悪くは無かった気がする。
「そう! 下之君が今見ていた書類は、アニメを見て私が思いついたそれを生徒会と体育祭委員に自ら進言し、惜しくもボツにされた企画書をもとに作った偽物の書類です! 本当の障害物リレーはグラウンド一周ですね」
「手の込んだことしてんじゃねーよ!」
そりゃそうだわこんな金も手間もかかるの実現するわけねーわ!
そして俺に読ませるためだけにこれだけのそれっぽい書類を作る嵩鳥って暇なんだろうか!?
嵩鳥曰くプ●ストを話のタネにしたかっただけの盛大な茶番だったとのこと、回りくどい!
……そんな無駄な時間を過ごしつつも提出書類は出来上がり、二人して体育祭委員持って行き今日の委員会活動は終わりを迎える。
はずだったのだが。
「せっかくなので練習して行きましょう」
と言って嵩鳥が俺と二人三脚の練習を提言してきた。
委員会活動は無駄な時間含めて一時間かかっていないのもあって、いつもは駄弁りつつもニ時間はかかっていただけに時間が余っている印象だ。
生徒会の無茶ぶりにより既に体育祭まで半月ほどまで迫っている以上、通常授業も体育祭競技練習に宛てられるととしても、別枠で競技の練習が出来るに越したことはないだろう。
と、二つ返事で承諾したはいいのだが――
「ふぅ、なかなか息が合うな」
「さすが幼馴染級に長年同じクラスを共にした間柄の下之君ですね」
親密になったのは今年からじゃん、というのは今は言わないでおこう。
実際嵩鳥との二人三脚はやりやすかった、歩幅もそこまで差異は無く速度も自然と合わせられる、まさに阿吽の呼吸だった。
これなら少しの練習で上位入賞も狙えるかもしれない。
ちなみにさっき嵩鳥に密着度アップとか言われたせいで意識を……することはなく、むしろ気にせず練習に集中できてしまった。
「今日の練習はここまでにして……あー、これはやってしまいましたね」
「ん?」
俺の左足と、嵩鳥の右足を結んでいるロープに手をかけて嵩鳥が不穏なことを呟いた。
嫌な予感がする、ロープに手をかけて言ったことでなんか嫌な予感がする!
「堅結びになってます」
「……よしハサミを借りに行こう」
俺も触ってみたがガチガチに結ばれていた、当初は蝶結びだったはずなのになぜここまで何重にも締め上げられているのか。
俺は嵩鳥が変なことを言い出すのではないかと思考を一瞬で働かせて、最良の選択肢を導き出し提案した。
「あー、うーん、そのですねー」
「ロープは惜しいが事情を言えば怒られないだろうし、いいだろ」
「実は……私お花を摘みに行きたくてですね」
「お花? 摘んでどう……する」
突然お花畑的なことを言いだして嵩鳥どうしたのかと思ったが分かってしまった。
いわゆる隠語というか、ようはトイレである。
「……尚更急いでハサミを取りに行かないとな!」
「あー、うー、ぐう、決壊寸前でですね」
「ハサミぐらい待ってくれ!」
「無理です。ああ、そうですね。こうなったらこの二人三脚で用を足すしかありません」
そういう流れだと思ったよ! 俺が執拗にハサミ言ってるのにスルーするからそんな具合だと思ったわ!
「……ちなみにどっちのトイレに入るんだ」
「それはもう女子トイレです、私には男子トイレは早過ぎます」
「遅い早いもねーよ! 異性のトイレに普通は入るもんじゃねえよ」
「下之君は知らないのですか? いわゆるオバハンという種族は、行列の出来る女子トイレだった場合に、傍ら空いている男子トイレを視認して”女子が男子トイレに入る分には問題ないやろ”と自己を正当化し、男子トイレの個室に躊躇なく突撃するのですよ」
マジかよ……すげえどうでもいいことを知ってしまった。
「ってか、俺が女子トイレに入るのは社会的に死ぬ可能性を孕んでいるからハサミの許可を!」
「ダメです。私が用を足す姿を間近で眺めてもらいます」
なに言ってんだこの変態は……? しかし現実は俺が女子トイレに女子と二人三脚で入ってくる変態に……!?
作者はこの小説を某十八禁小説と勘違いして執筆しているのではないか、頭がおかしいのではないか、この唐突な下ネタ路線は読者離れを引き起こすのではないか。
そもそも嵩鳥がそれをするメリットが分からない、恥ずかしいだけなのではないかと。
「さぁ行きましょう、私の恥ずかしいところを曝け出すことによって下之君も私を意識し出すに違いありませんし」
「もうお前が堅結び仕組んだんだろ! 俺をハメたんだろ!? 後生だ頼むハサミを! いいやカッターでもいい!」
「つべこべ言わずお手洗いに行きましょう、私の許容量が限界なのも確かです、エア尿意というわけではありません。二人三脚の状態で私が漏らしてしまった暁には恥辱のあまりいよいよ下之君にお嫁に貰ってもらうしか――」
「さっさと済ませるぞ!」
そうして俺は思いもよらずに女子トイレに入ることとなった。
確かに高校生男子として女子トイレという聖域に興味がまったくなかったと言えば嘘になるが、覗いてしまった結果社会的な死が待ち構えている以上は憧れでやめておくべきだった。
放課後という時間帯に感謝しつつも奇跡的に無人な女子トイレに嵩鳥は俺を連れて個室に入っていき洋式便器に座る――そしてあろうことか俺がいるというのにスカートを脱ぎ始めたではありませんか。
俺は咄嗟にトイレの扉へと向き直る……ああ、扉の裏クリーム色の扉しか見えない。
「今スカートを太ももの上に置きました、更に下着を下ろしました」
「脱衣実況せんでいい!」
本当に嵩鳥ってこういう変態的な人間性の持ち主だったのかと、ある意味非常に残念な気分になってくる。
ああ、俺が副委員長になるまでは真面目を体現し嵩鳥を長らく務めていた彼女のイメージが粉々に砕け散っていく。
「そして……あの」
「なんだ」
「……やっぱり耳を塞いでもらえると」
「恥ずかしがるなら最初からすんなよ!」
と言いつつも耳を両手で塞ぐ……が、何か聞こえている気がする――チョロチョロと、そりゃ防音性完璧じゃないし無理ですわ。
…………聞かなかったことに聞かなかったことに。
それから少しして嵩鳥に指で背中を突かれた。
「お、終わりましたよ」
「ああ、うん……」
振り返るとスカートを履いた嵩鳥が便器に座っていた……顔を真っ赤にして
「他のヒロイ……女の子との差別化を図りたかったのですが、ちょっとこれはレベルが高すぎました」
だろうよ!
こんなエロイベントToL●VEるじゃねーんだぞ!
「それで……どうでした? ちょっとグッときました?」
「それどころじゃねえよ!」
男子高校生としてムラムラしないわけでもない、のだがあまりに唐突すぎた。
「……とりあえず俺が社会的に死なないようにここから脱出したい」
「祈りましょう」
そうして二人まったくもって運良く目撃されずに女子トイレを抜け出せたのだが、俺は寿命が数年は縮まった気がしてならない。
ちなみにトイレから出てすぐに、嵩鳥は懐から取り出した化粧道具? のような小さなハサミでギリギリギリとロープを切断し晴れて二人三脚は解消されたのだった。
持ってるなら最初から使えよ……!
訂正:
委員長→嵩鳥呼びへ