第595話 √c-9 ずっと近くに居た私と、世界のこと
「はー、スッキリした」
委員長は言いたい放題言うと、本当に胸のつかえが下りたかのような軽やかな表情をしていた。
このまま委員長は「はい、委員長活動に戻りましょう」とか言い出しかねなかったので、俺は思わず声を上げた。
「好き勝手言って一人でスッキリすんなよ!」
「えー、そう言われても私ずっと我慢してましたし。ぶっちゃけ未来のあなたにも言ってないことですからね、色々吐き出す為にわざわざこの空間を設けましたし」
俺にこれまでのネタバラシと称した溜まり貯まった鬱憤をぶちまける為に、自分のヒロインルートまで待って今日の日まで……?
しかしそうだとしても、多くの納得の行かない事柄が俺にはあったのだ。
「俺としてはだな……色々聞きたいことがあるんだよ」
「聞いてもいいですけど、この記憶はこの空間限りですよ?」
正直今まで聞いたことをこの空間から持ち出せないのは、これまでの曖昧な世界からの経験で予想は付いていたが……惜しいな。
だがもしも、何かの間違いで今聞いたことを思い出せる頃に役立てるだろうと考えることにする――そして更にはとある”もの”に希望を託した。
「分かった、それでいい」
「はい、それなら私も更に色々ぶちまけられそうですから質問にお答えしますよー」
よくアニメやマンガの先の展開を知った人間が、先の展開を知らない人間にネタバラシをしたくなるような心理だろうか。
気分が良さげな委員長には今の内に聞けるだけのことを聞いておこう。
「まずは……委員長がゲームのシナリオ? を書くに当たってモデルがいたのは誰と誰なんだ?」
気になっていたことだ、少なくともユキやマイやアオが現実に存在しているのは委員長から聞いている。
クランナもアイシアもヨーコも現実にいるとは言っていた、しかしそうなるとギャルゲーのヒロインだと思っていたキャラクターに尽くモデルが存在することになってしまう。
どこまでモデルがいて、どこまでが創作なのか、俺は改めて委員長にそれを聞きたかったのだ。
「そうですね、言ってしまえばほぼ全員モデルが存在しますね。ちなみにホニさんも実際に伝わる言い伝えをモデルに擬人化したのです」
「ほぼ全員……!」
つまりはこれまでの俺が起動したギャルゲーこと”ルリキャベ”の登場人物の殆どにモデルが存在することになる。
やっぱり今でも信じがたいが、ここで驚いているだけにはいかない……聞きたいことは山ほどあるのだ。
「ただ桐に関しては、モデルはいることにはいるのですが……まぁ九割五分が架空のものですね」
「残りの五分がモデルって……それ原型無いんじゃないか?」
「ええ、そもそもそのモデルの原型が不明瞭でしたからね。そして現実に投影した際に私の考えたキャラ設定から一番ズレているのが桐です……私の原案シナリオでもそれを元にしたギャルゲーでも、今みたいなロリババアみたいな口調じゃないんですけどね」
モデルの原型が不明瞭……?
桐に関してはそんな曖昧な言い回しが目立つ、どういうことなんだろうか。
桐は俺としても謎が多いもので、そして委員長は今の桐のキャラクターが自分の意図したものでないとも言っている。
そうすると本来の桐というキャラクターが気になってしまう……が、今はそこまで深く追求する余裕はないだろう。
「篠文さんも姫城さんも中原さんや福島さんもモデルが居ます、それも下之君や私と同じクラスに居たんですがどうやら下之君は気づかなかったようで」
「……どうにもピンと来ない」
「鈍感というかなんというか、無関心というか……まぁいいです。そして彼女らは何かしらの感情を下之君に抱いていたことは確かです」
そして委員長がちょくちょく言っている”俺への感情”というものがどういうことなのか。
委員長がそう彼女たちのことを断言する裏付けがどうしても気になってしまう、まさか直接彼女らにインタビューしたわけでもあるまいし、彼女たちの内心を知りえているようにしか聞こえないのだ。
「なんで委員長はユキ達が俺に何か感情を抱いてるって分かるんだ?」
「それは女の勘です――と、言いたいところですが。下之君、今からきっと私は突拍子もないことを言うと思いますので驚かないでくださいね?」
「そう予告されたら驚くものも驚かないだろうに……わかった、驚かない」
ここまで散々突拍子もないことを言われたあとだ、何を言われても驚かない自信がある。
さぁドンとこい!
「実は私、メガネを外すと見えちゃうんですよ――人の内面や、その人を構成する情報や、その人に関連する人のことまでですね」
驚く以前の問題だった。
「…………はい?」
「驚いてるじゃないですかー……それで、下之君は疑問に思いませんでしたか? 私が下之君が恋愛に線引きをし始めた要因が上野さんにあると言ったこと。誰にも言ってませんよね? ことの真相はミナ先輩にだって美優さんにだって言っていないはずです」
「それは……!」
確かにそうだ、桜とのことを俺は誰にも言っていない。
しかし誰かに目撃されたのか、変な話の広まり方をして一時期俺は桜に振られたということになっていた。
いやおそらく振られたことには違いないのだが、桜から降られたり断る旨の言葉が出てきたということではなく――
「もっと言えば下之君は振られていませんからね。むしろ是非もなく答えを何も言うこともなく彼女が去ったのですから」
「っ……!」
それを言われると、なかなか厳しいものがある。
というか辛い、俺の中でのトラウマになってしまっているのだ。
そして委員長がそこまで知っていることで、突拍子こそないが委員長のその能力? を信じざるを得なくなってくる。
「だからミナ先輩も美優さんも、偶然下之君が上野さん相手に告白する現場を見た生徒によって広まった”誤情報”で、下之君が一時期沈み込んだのが上野さんに振られたからだと思い込んでいるんですよね」
「そこまで分かってる……のか」
「はい、私の目はあらゆるものを見通せますから。だから今メガネを外すと――昨日下之君が食べた夕飯がミナ先輩の手作りハンバーグほかなことも分かるのです」
「……いや確かに合ってるんだが、いきなり規模がスケールダウンしたな」
「私の目は大きな事柄から、小さな事柄まで分かってしまいますからね。下之君が実は女子率の高い下之家なこともあって色々気を遣いながら、皆が寝静まった夜に時間を見つけて高校生男子としては仕方のない性衝動を発散していることも、果てはそのオカズ相手も――」
「やめろ! それはマジで知っててもやめろ!」
「まぁ巳原さんとか美優さんには察せられてるんですけどね」
そんな情報聞きたくなかった!
というか、そこは触れちゃいけない聖域だぞ! 委員長怖すぎる……!
ダメだ勝てる気がしない、これまで誰も言及することのなかった生々しいことを暴露していく委員長無敵すぎる。
それと俺の性衝動云々に関してはもう触れないでくだせえ。
「つまりは……その委員長のその目で見てユキ達の情報とかを得たってことでいいんだな」
「そういうことですね。その情報の中にあなたへの感情・好意・憧れなどが含まれていることも分かるんです――もっとも完全にあなたのことが好きだったのは私だけですけどね! 私”だけ”ですけどね!」
「お、おう……」
委員長もそういえば俺に対して好意云々を学級副委員に指名した際も、さっきの告白の時も言っていたのを思い出す。
いや、目の前でストレートに好き言われると俺はどうしたらいいかね。
「例を挙げるならば、篠文さんや姫城さんや中原さんは”憧れ”を抱いていました。おっと、各人どう憧れを抱いていたかはいつか当人に聞いてみてください」
「いや、そこまで言うなら最後まで言ってくれよ!」
「プライバシーがありますので」
今更にもほどがあるだろ!?
「福島さんはとりあえず友達になりたかったようで、その中で篠文さんや姫城さんは……たぶん好意に近いものでしたね」
「そうか……ユキが俺に」
「……あからさまに嬉しそうですね、まぁいいでしょう。下之君が言うように、私のこの目で見通した”事実”をもとに書いたのがシナリオというわけです」
一応これで委員長が原作という意味合いは分かった……ことにする。
「それでそのシナリオがどういう訳かギャルゲーになって、俺がプレイすることとなったと」
「どういう訳かというよりも、未来の下之君が私のシナリオをギャルゲーにしようと言い出して過去に私を送り込んでまで作ったのがルリキャベです」
「ちょっとまて未来の俺が、ってどういうことだよ」
さらっととんでもないことを言う、未来の俺は恋愛に鈍感なことは分かっていたが……!
「あ、言ってませんでしたか? 未来の下之君は”時間遡行”と”二次元を三次元に投影する”技術を自ら作り出して、今下之君にこの現実とギャルゲーのハイブリッド世界を体験してもらっているんですよ」
…………。
未来の俺、なにやってんの。
「流石に嘘だよな……? タイムマシンも今の現実とギャルゲーのハイブリッドな世界も未来の俺が作ったのって」
「事実です。下之君は好意に鈍感で線引きをしていたクセに”学生時代モテなかったからゲームとかでやり直したい”という一心で両方の技術を作り上げたのです」
なんなのその俺の執念。
「そして私のとっての現在であり下之君にとっては未来では、過去の自分である今の下之君を主人公に据えてのデバッグを行っている最中です」
「デバッグって……」
……つまりは過去の俺を使ったゲームのバグ探しのテストプレイでもしてると言いたいのだろうか。
「この時が一年以上は続かずにループするのも、だいたい未来の下之君の仕業です」
「俺のせい……だったのか」
「今の下之君のせいではないですよ。未来の下之君の”過去の自分だからどんな目にも遭っていいんじゃね”とか言って藍浜町規模に迷惑をかけているのが悪いのです、むしろ被害者ですね」
桐から聞かされた、すべての女の子を攻略しないと世界はループし続ける原因が未来の俺だったとか……信じたくねえ。
本当になにやってんの未来の俺、信ぴょう性以前に動機も不純すぎて怒り以前に情けなく思う……マジかー。
黒幕が自分とか本当、複雑な気分だわ。
「ほんと下之君ってモテてたのに自らフラグ折り続けて、挙句の果てにおっさんになる頃には”学生時代モテなかった”とかふざけてますよね……おっさんになった今でも私もアイシアも居るのに!」
「なんかすまん……」
というかさらっとアイシアが未来の俺の近くにいるのか……アイシアって何考えているのかいまいちわからないから、俺をどう思っているのか分かってないんだよな。
むしろオルリスを取り合う恋敵だったから良く思われてないんじゃないかと思うが、一方でスキンシップが激しいのか他のヒロインを煽っていたのか不明だが俺に夜這いをかけたこともあるので彼女については良く分からない。
「いえ今の下之君は悪くないですよ、でも少しでも申し訳ないと思う気持ちがあるならこの物語では私とラブラブしてください」
「やっぱり俺に対しても思う事あるんじゃん!」
申し訳ないと言う気持ちはあるけど、委員長とラブラブ言われてもなぁ。
「まぁそんなところですね、これ以上ぶちまけると内臓とかも出てきてしまうのでやめておきましょう」
「……色々衝撃的だったけども、どうせ忘れるしな」
ここで聞いたことを思い出さないのはむしろ幸運なのではと思う、もし覚えていたらこの繰り返す世界の原因が俺とか自責の念がマックスだ。
「でもここでのことが全く意味がないとは想っていませんよ」
「? でも綺麗さっぱり忘れるんだろ?」
「どうにもデバッグしている最中ですけれど、もちろんバグも多いですから”もしかして”ということで」
「……そ、そうか」
「まぁそんなところですね、まだ聞きたいことはあるかもしれませんが時間です」
「……分かった」
一応聞きたいことは聞けたはずだ、もっとも今聞いたことがすぐ活きることはないのだが……まぁ保険が役立ってくれればいい。
こうして長かったような短かったような、委員長のネタバラシは幕を閉じる。
「それでは下之君、また現実で。そうそう言い忘れていましたが――」
委員長は席を立って、先ほどと同じように指を鳴らすようなポージングをしたかと思うと――
「私よりも先に抜け駆けしてくれました”妖精”さん、もし桐たちにこのことを話す機会があるなら私のことは”創造神”とでも言っておいてください」
これまでになく不機嫌そうな表情を形作ると委員長は誰にとも分からないことを言い放ったのだ。
いやいや……誰なんて白々しいこと言えるはずもなく、ようはナタリーが紛れていることが委員長にバレているわけで。
おそらくこの空間が終わった後、ここでの出来事を忘れてしまう俺の代わりにペンケースに潜んでいるナタリーに託していた――それが保険だった。
バレてしまってはしょうがないと思ったがふと考える……どうしてか委員長のその言い方は”桐に伝えて欲しい”と暗に言っているようにも聞こえるのだ。
そして”創造神”とは一体、という新たな疑問を残しつつもこの曖昧な世界は終わりを迎えるのだった。
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