第594話 √c-8 ずっと近くに居た私と、世界のこと
しばらくは急激に流れ込んできた情報に脳がパンクして、とにかく悪酔いと酷い風邪症状をミックスしたかのように気分が悪かったが……少しすると落ち着いてきた。
「あらら、いつもの”曖昧な世界”とは状況が違うのもあって混乱したんですね。もっとも”曖昧な世界”では平静を保てるよう調整されているようですが、あくまでも今の世界は模したものですから同一ではないですからね」
何か委員長がペラペラと重要そうなことを喋っているが俺はそれどころじゃない。
落ち着いてきたことでいよいよ膨大な情報を直視し、咀嚼しなければいけなくなったのだ。
「この今の状況は私が意図的に作り出したもので、ここを観察する者には類似の映像をハメこんでいますから――この部屋にいる人しか、ここでの会話を知ることはできないようになってます」
……相変わらず委員長の言葉は無視して、ようやくことが分かってきた。
思い……出した!
マイとのすれ違いの末に迎えたハッピーエンドを、世界をやり直しホニさんを見送った雪空の日を。
ようやく知ることができたユイの本音と素顔を、オルリスの婚約者というアイシアとの戦いのちオルリスと交際に至るまでを。
今まであらゆる気持ちを我慢してきた姉貴の本当の気持ちを、手紙越しのエンディングに納得が行かずに足掻き蒼と対面したことを。
そして敵同士だった彼女のことを知っていって距離を縮めていったヨリとのことを。
そうだ、そうだった。
俺はこれまで世界を何度もやり直し、繰り返し、その度に好きな人が出来て、付き合って、それぞれの結末を迎えたのだ。
俺が過ごすこの時は何年目だろうか、何回目だろうか、失敗した時も含めればこれまで結ばれた人数イコールではないだろう。
それよりも……それよりも!
「俺チャラくね!?」
いや、まったく身に覚えがないし記憶にないにしろ、さっぱり分からないにしても!
これまでの交際経験七人とか!
どういうことなのかと、非現実的すぎるだろ! いや……意外とリア充としては普通かもしれないけども、インドア派オタクの俺基準で考えればありえねえ!
ギャルゲーかよっ!
……あ、この世界ギャルゲーと現実のハイブリッドだった。
ならしょうがないよな俺悪くないよな……いやいやそうも行かないけど。
俺はどうしたらいいのか! 記憶喪失の人間が「これまで覚えていないでしょうが七つ股してました」って告白された気分だわ……。
それでも俺と付き合ったことを俺と……おそらくは委員長とか以外は分からないんだろうけど、それにしてもバツが悪い。
「モテモテですねー、下之君」
「そ、そうは言ってもこの世界ギャルゲーと現実とのハイブリッドなんだろ? 俺がモテたのはどう考えてもギャルゲーのおかげ」
今すべてを思い出して、落ち着いてきて感じるのは何股もしている感覚だった。
そんな器用な人間じゃないですよ俺、何かの間違いでもなければこんなことありえないはずで。
今まで付き合ってきた女の子はそれぞれいいところがあって、可愛いところがあって、綺麗なところもあって……正直俺なんかと釣り合うはずがなくて。
まぁユイと姉貴以外はギャルゲーのヒロインなんだけども、非現実的なのは当たり前だよな。
「それは違いますよ」
しかし委員長はそれをキッパリと否定した、それも今までと違って真剣さを含んだ声音でだ。
それに幾らか……怒ってる?
「どういう……ことだよ? たまたま俺が選んだギャルゲーの主人公にされたようなもんだろ? お膳立てされたところに飛び込んだところでモテたなんてお目出度い発想を俺は――」
「いいえ、そもそもの前提が違っているんですよ……そうですね、何からは話しましょうか」
前提が違う……?
前提もなにも俺がギャルゲーの主人公にたまたま選ばれて、主人公だからこそヒロインとのイベントがあるだけじゃ――
「まず下之君が選んだギャルゲー、あれは偶然でもなく――仕組んだものです」
「なっ!? ……いやいやないだろ! 発売から一年経ってこの藍浜町の地方都市のゲームショップで投げ売りされてたゲームだぞ!?」
俺はゲームショップでたまたま目に付いて、可愛い絵で安く見つけもんだと購入したに過ぎないのだ。
そんなまさか仕組むなんてこと……ないな。
「実は下之君が店に来る少し前に私が売ったものなんです! そして店長に頼み込んで商品の配置も下之君が手に取りやすいところに!」
「んなわけあるかああああああああ」
委員長の言ってること無茶苦茶すぎるぞ! てかさりげなく委員長ギャルゲーとかやるタイプの人間だったのかよという今更の衝撃は置いておいて。
いまどきのクソアニメでもそんな雑なご都合主義ありえない!
「……しかしそれが本当なんですよね。本来ならば下之君が購入するはずだったゲームとすり替えておいたのですから!」
「本来ならって……俺がなんで本来買う予定だったゲーム知ってるんだよ、完全にテキトーに言ってるだろ」
「お忘れですか下之君、オルリスの物語で未来のオルリスが出てきたことを。だからこそ私が未来人の可能性も考えるべきですよ」
べきですよ! って無茶言うな! そんな雑なトリック思いついても言わんわ!
確かに未来からやってきたオルリスの人格と、未来からやってきたアイシアの人格やらでひと悶着あったのを覚えている。
いやだからってなぁ。
「……いやいやいや、それこそゲームの設定だろ。タイムマシンとかねーよ」
「まぁ面倒なので話を進めましょう」
この委員長説明を放棄した! 大事なところだろおおおおおおおおおおおおおおおお!
「そして下之君が買ったゲーム、実は原作があるんですよ」
「原作? 何かのメディアミックスだったりしたのか?」
特に調べもしなかったが、普通にゲーム会社が出したオリジナルのギャルゲーだったと思うんだが……?
「原作は わ た し で す 」
……なにいってんだこいつ。
「私が見てきたほぼノンフィクション! それをギャルゲーに落とし込んだのですよ」
「……もはや委員長が何を言っているのかさっぱりなんだが。大体俺が買ったゲームの原作が委員長ってどういうことだよ? 実は委員長歳食ってたりするのか」
「ピチピチの高校一年生ですよ! 心外です」
その表現がもう昭和感凄まじいんだが、というかどっかでも聞いたことがある気がするがレトロブームでも来てるのかよ!
というか年齢詐称してないなら商業ゲームを委員長が中学生の頃に書いたことになるんだが、自分で言ってておかしいと思わないのだろうか。
「そして私のほぼ実録ノンフィクションの対象は――下之君、あなたです」
「……は?」
「ですから、下之君が買ったゲームは――私の観察した下之君周辺をギャルゲー風に脚色したものなのです!」
「……ごめん、思考が付いていかない」
「そして未来からやってきた私が当時スランプだったギャルゲーのシナリオライターの母親のシナリオに自分の実録ノンフィクションをねじ込んだんです。それで、ようはですね――」
もう委員長の言っていることが電波すぎて理解できない。
なに? 未来からやってきた委員長が過去のギャルゲーに話しねじ込んだだの、母親がギャルゲーのシナリオライターとか、意味が分からない。
そして委員長はそれからとりあえずの勢いで言い放ったのだ。
「リアルの下之君、モテモテだったんですよっ!」
……いや、勢いで俺は騙されないぞ!
「ねーよ!」
「しかしですね、下之君。疑問に思わなかったのですか? 現実とギャルゲーのハイブリッドで現れたギャルゲーのヒロインたち――ではそれ以前まで現実に存在していた子達はどうなったんでしょう?」
「そんなこと! あれ……? それは……」
この藍浜高校は藍浜中学校からエスカレーター式であり、面子も殆ど変わらない。
見慣れた面々で飽き飽きするほどだった。
しかしよく考えればおかしな話だ――それならユキとマイの代わりに誰が消えた?
誰かがユキやマイの代わりに消えたのかとこれまで、今の今まで考えもしなかったのはなぜか。
そしてユキとマイはゲームのヒロインのはずなのに、最初からそこに居たかのように馴染んでいたのはなぜか?
思い出せない、記憶の中の中学校時代にもユキやマイらしき子がいるのだ、記憶を上書きされた結果なのか、言われればなんとなく分かってしまうのだ。
誰もクラスから消えてなんかいなかった、ギャルゲーのヒロインとして存在している彼女らは現実にも存在していたのだ。
「下之君の眼中になかっただけで、篠文さんも姫城さんも中原さんも名前は違えど存在していたんですよ。ほかに精々変わったのは髪型とかのイメチェン程度でした!」
「いや、そんなはずは……」
否定しなければいけない、否定しなければと焦る。
なぜ俺は否定しなければいけないのか、それも分からないが言葉を探す。
「もっと言えばオルリスやアイシアもちゃんと存在していましたし、雨澄さんも居ればホニさんの中の人の時陽子だって――確かに現実に居たんですよ!」
「う、嘘だ! でたらめ言うな!」
既に俺は理の通った反論も出来ていない、もはや必死に拒むだけだ。
「私が見てきたことです! 私が一年かけて見て、それをすべて文字に起こした結果がギャルゲーと現実のハイブリッドされた現在なんですよ! いい加減受け入れてください、あなたは――」
委員長は気づけばいつにない剣幕だった、どこか冷淡さえあったネタバラシが、いつの間にか彼女の感情に火をつけていた。
委員長はそうして俺の意思を無視して、溢れ出る言葉を矢継ぎ早に俺に投げ込んでくる。
そしてその言葉が心に突き刺さっていく、簡単に否定出来るような突拍子もない話ばかりなのに、どうしてか俺は――
「あなたはすべての好意に鈍感で、誰に対しても一線を引いて、恋愛ごとに関しては無関心で居続けたんですよ! それは……私も含めてっ!」
そんな、まさか。
俺が好意を抱かれることなんて、そんな都合のいい話あるはずが――
「そんな下之君だったのも……下之君が上野さんに振られた過去があったせいです!」
……それを、俺は言われてしまった。
ああ、そうなのか。
委員長がそれを何で知っているのかよりも先に、納得してしまっていた。
「それを引きずっているせいで……いくら憧れても、好かれても、近づきたくても! 下之君は残酷にも拒絶し続けたんです! これからも、そして未来あなたがいい歳になるまでずっと!」
桜に振られ・去られてから今に至るまで、俺は恋愛というものに臆病になり目を背ける様になり、どこか諦めてもいた。
未来から来た委員長の言っていることからすれば、そんな俺が遠い未来まで続いていくのだろう。
――俺が好きになって、告白したことで桜と同じように目の前から居なくなることが怖かったのだ。