第593話 √c-7 ずっと近くに居た私と、世界のこと
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私が見えるものは、本当に見境が無い。
とある人の趣味はもちろん血液型から好物や苦手としている人間まで分かってしまう。
それはまるで私がこの目で見ているのは”その人”ではなく”その人を構成するすべて”のようにも思えてくる。
そしてその人の思い出から、その人に関わる人の思い出まで分かってしまう。
そんな中でも不可解というか、印象に残っていることがあった。
良く私が観察していた対象の彼。
これまでも彼を見続けていたが為に、彼以外の情報よりも彼の情報は豊富に得ていた私であり、彼を介しての妹さんや生徒会副会長、母親や既に亡くなっている父親に関しても知りえていた。
今思えば意図していないとはいえ彼をのことを知りすぎてしまった、でも本当はメガネでシャットアウトできる情報を望んで私は――
……とりあえずは話を戻して。
その彼を介してふと見えたのは――ぼやけた輪郭のみの存在だった。
そんなぼやけた輪郭のみの存在はこの世のものでないような、それでいておぞましさはなく、むしろ可愛らしいという訳のわからないものだった。
彼? いや彼女だろう、しかし年齢は分からないが輪郭がひどく小さく思えるので幼い女子だろうか。
その幼い女子の願いが、思いが私には伝わってきてしまった。
『…………お兄ちゃんやお姉ちゃんに会いたかったなぁ』
ノイズ混じりの幼い声が私には見え……聞こえてきた。
『会って話が出来たらよかったのになあ…………』
彼女の声を聞いたのは聞いたのはそれ限りで。
彼を介して見たぼやけた存在にして幼女のような声で話した、彼女の願いだった。
今も彼女が誰だったのか、彼にとってどういった存在なのかは分からないでいる。
でも私はもしかして、と妄想の延長線上でしかない”とある可能性”をことを考えていた――
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とりあえず顔を洗ってきた。
『目が覚めましたかユウさん!』
……ああ、夢じゃないらしい。
目の前で半透明の羽を羽ばたかせながら滞空している美少女フィギュア大の女子の形をした生命体は確かに目の前にいて、言葉を発している。
「えーと……何の妖精だっけか」
『鉈の妖精、ナタリーです!』
「鉈……? なた……鉈ってあの草を刈ったりするあの鉈?」
『いかにも!』
「……鉈の妖精ってどういうことなんだよ?」
『私にもサッパリ、そういう設定ですから』
そんな身も蓋もないことを……まぁ確かに桐が言っていたギャルゲー的ではあるのかもしれないが。
「それで鉈の妖精さんは、どういったご用件で俺に?」
『そうですねー、護衛とか?』
鉈で護衛というと、少し雲行きが怪しくなってくる。
つまりは鉈に俺が護られる未来があると考えていいのだろうか。
「……ってことは今後そういう展開があるのか?」
『多分ないですね』
「ますますどういうことだよ!?」
『まぁまぁ、私のことはそこら辺の路傍の石だと思って過ごしてもらえれば問題ないかと』
……深く考えたら負けらしい、漫画やアニメに出てくるお役立ちサポートキャラみたいなものと解釈しておこう。
ゲームで言うところのほかのシナリオの名残なのか、それとも開発中だったゲームの設定の残りなのかは知らないが、この鉈の妖精とやらは宙ぶらりんになってしまった設定の存在なのだろう。
鉈の妖精の本人もそこまで良くは分かっていない様子な以上は俺に分かるはずもなく、そこら辺の思考は放棄する。
『食費もかからないので安心です。ただ私の存在はユウさんぐらいにしか見えないそうなので、私と話していると独り言を話している痛い人と化するのでご注意を』
「は、はぁ」
『まぁ(こうして直接脳内に話しかけることも出来るらしいんですけどねっ!)』
「っ!?(こいつ直接脳内に……!)」
『ということでよろしくお願いしますね、ユウさん。暇なときに話し相手も出来るので遠慮しないでくださいねー』
……というのが鉈の妖精ナタリーとの出会ってから少しの一連の会話である。
そして鉈の妖精以下ナタリーはというと、ミニチュアサイズの鉈になってペンケースに隠れて学校に行きたいとのことだった。
鉈をガチャガチャのカプセルに入りそうな小さなストラップほどに縮尺を縮めたものにナタリーは本当に変化し、ナタリーは俺のペンケースに護衛という名目で忍ぶことになったのだった。
五月十一日
ちなみに昨日ナタリーを学校に連れて行った(もちろんストラップほどの縮尺かつペンケースに紛れ込ませて)ものの何もなかった。
そして今日もまた何もなく一日が終わろうとしている。
「下之君、今日は学級委員活動がありますので残ってくださいね」
俺が鞄を持って友人たちと下校しようとした矢先に委員長に呼び止められた。
「あぁ、今日だったか」
そういえば前回の学級委員活動からちょうど一週間ぐらいだったと思い出し、確かにと納得する。
「委員長命令でーす、委員会活動するので私と下之君以外は下校してくださーい」
そう委員長が手を叩くと、クラスメイトが退散していくのだが――
「下之、委員長と二人きりで変なことするなよなー」「くっ……委員長策士ですね、こうして合法的にユウジ様を独占するなんて」「委員長またねー……何か下之にされたら言ってよね」「……ちょっと気になるけど、また明日ねユウジー」
と冗談半分に茶化してクラスメイトは帰っていった。
そうして職員室などを行ったり来たりしてから今日の学級委員の活動が始まる。
それから俺と委員長以外のクラスメイトが帰ってから三十分が経った、俺と委員長はほぼ会話もなく生活態度アンケートの整理などをしていた。
そんな時ふと委員長が立ち上がって、口を開いたのだ。
「頃合いですね」
「え?」
「こうして学級委員に巻き込んで、下之君をこの教室に留めおいたのも理由あってのことなんですよ」
「……いきなり何を言ってんだ?」
委員長のその物言いはまるで露骨なまでの説明台詞で、この状況を誰かに向かって話しているかのようにも思えた。
とにかく不自然さに満ちていた。
「さぁ、ネタばらしをしましょう」
委員長は突然指を鳴らすと――何も起こらなかった。
「……委員長?」
「ふふ、見た目は変わりありませんが――ここは現実じゃないんですよ下之君」
「っ……!」
委員長の言う事が少しだけ俺も理解出来始める、桐がいつか言っていた委員長に注意した方が良いというのはこういうことだったのか。
委員長はこの現実とギャルゲーがハイブリッドなこの世界をいくらか理解しているに違いなかった。
「仮想と現実でもない、過去でも未来でもなく、二次元でも三次元とも違う――曖昧な世界です」
……この言い回しを俺はどこかで聞いたことがある気がする、曖昧な世界というフレーズが妙に耳に残る。
「下之君、この世界では全部思い出しちゃっていいんですよ?」
その言葉がキッカケで、俺の頭の中に膨大な情報が突如として流れ込んできた。
あまりにも多すぎる、すぐに理解出来るはずもない、脳の処理が追いつかない情報の波に翻弄されて頭がひどく痛み始め、視界が点滅し、問答無用にもみくちゃにされた気分だった。
思い出すそれは時間にして十数年分の、それもこの世界の、俺の記憶に違いないものたちだった。
俺が忘れていた、これまでに存在していた世界の記憶。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ」