第591話 √c-5 ずっと近くに居た私と、世界のこと
== ==
それから私たち三人でゲーム作りが――始まるということはなく。
とりあえず三人集まったということで、あれからどうしてこうなったのか毎日酒盛りの日々が続きました。
三人酒が入って、懐かし話から最近の情勢までグダグダとほろ酔い気味に話している時にアイシアが彼に質問をしたのです。
「しつもーん! そういえば――さんは、この会社でこんな恵まれた設備与えられてるんですかー?」
私も気になっていたことをアイシアさんは質問してくれました。
専門外の私にはよくわからない、スーパーコンピューター? コンピュターサーバー?
のようなものに始まり、彼の仕事場としている場所に数え切れないほどの液晶画面が並ぶ光景はさながら開発室というより研究室でした。
「いやー、ただで貰ったんじゃないぞー? こう見えても俺色々すごいの作ってるからなー」
「例えばどんなですかー?」
「パソコンとかの中に意識投影してVR体験で二次元世界の住人になれるゲームと、時間遡行……ってかタイムマシンとか作ったなー」
「ぶっ!?」
なんとなく聞いていた私は飲んでいたビールを噴き出しかけてしまいました。
「それはすごいですねー」
アイシアさんはそんな適当に相槌を打ってますけど、とんでもないことなんじゃないですか!?
「二次元世界でもモテたいっ! とか過去に戻ってモテたいっ! という一心で色々研究開発してたら出来ちゃったわけよー」
「さすが――さんですねー」
「――君っ! それってあのよく映画とかに出てくる、タイムマシンとかじゃないですよね……?」
「んー? まぁ映画とか漫画みたく、タイムマシンに乗って~って感じではなく。意識だけ過去に飛ばすタイムマシンだなー」
「……本当なんですか?」
「何度か試したし、ってかアイシアも試しただろうに」
「そうでしたー、いや高校の頃のオルリスは可愛かったなぁああああ」
実は目の間に居る元クラスメイトの男子はひょっとしてとんでもない人物なのでは。
「俺としては、俺がモテるためのゲーム作りをした産物なんだけどなー。まぁそれが評価されたおかげで、こんな金かかった設備貰ってるわけよ」
「な、なるほど」
色々と非現実的なことを突きつけられているのですが、よく考えてみれば私のメガネを外せば見通せる能力も十分非現実的でファンタジーなことを思い出しました。
意外と世界はファンタジーで出来ているのかもしれません。
「でー、現実でギャルゲー体験技術は出来てるけども肝心のギャルゲーが無いからライターの嵩鳥と敏腕プロデューサーのアイシアを呼んだわけなのよー」
「なるほどーなるほどー」
「そうそう! アイシアも嵩鳥の高校時代に書き溜めたリアル小説読んで欲しいんだよ! 嵩鳥いいか?」
「ええ、はい」
「えー、どんなのですかー」
そうして私はあのあと彼の要望でノートからテキストデータに改めるなどして、文庫本数十冊の体裁にまとめたそれを彼女に読んでもらうことにしました。
「ほー、挿絵かわいー。誰が描いたんですー?」
「あー、嵩鳥は知ってると思うけど同じクラスだったユイ……ってか巳原覚えてる?」
「ええ!? あの巳原さんがこの挿絵を……!? 確かにノートを業者に渡してからはお任せで挿絵まで付けてもらいましたけど……巳原さんの絵なんですね」
巳原さんというのは、彼の中学三年から親しくなりはじめたオタク趣味を持った女子で。
彼女の絵が上手いことは授業や、ちらりと覗いたアニメ絵で知ってはいましたが。
「今も時々会っててさ、売れっ子原画家なんだけど俺が頼み込んでやってもらったんだよなー」
「――さん、これどこの書店から出てるんですー?」
「いやー、出てない。俺が金に物を言わせて作った一点もの。データはあるから、多分出版社に売り込んで売ろうと思えば売れる」
「ちょっとちょっと! 私のつたない文章を世に広めるのはやめてください!」
「って言っても嵩鳥さん、売れっこライターじゃないですかー? 嵩鳥さんの今の作品群のルーツがあるとしたら食いつきますよー?」
「そうだぞ嵩鳥、実際これをベースにギャルゲー作るんだからな」
「うう……私の半ば黒歴史が」
見せなければ良かった……と私は割と後悔しています。
それからアイシアさんはお酒やつまみにも手を付けずに、黙々とその文庫本媒体になった私の書いた小説を読み耽っていきました。
そして三冊を読み終えたところで、アイシアさんは酔いがさめた表情で顔をあげました。
「……すごいね、これ。確かにこれはそのまま出版は出来ないなー、同じ学校生徒の私ならまだしもモデルの人が読んだら完全にそのまんまだもん」
「で、アイシアは読んでみてどうよ?」
「面白い! これ手直しすれば絶対に売れるっ! 一流プロデューサーの太鼓判だよ!」
「更にこれをギャルゲーに作り変えると、俺主人公のギャルゲーという理想に近づくと思うんだよなー」
「……いや――さん理想に近づくというよりも、理想まんまというか現実まんまだよ。というかこの小説の主人公完全に――さんじゃん」
「えー? いやそれはない、俺がモデルかもしれないけどまんまではない。ないない」
「そうかなあ」
まんまですよ、本当に。
「とりあえず三冊読んだ雑感だけど、これ嵩鳥さん全部時系列はある一年間に絞ってるんだね?」
「そうですね、その一年間にあったこととか”ありえたことを”書いてます」
私が描写したのは彼とそのヒロインの一年間、それ以降もそれ以前の描写も回想などを使わない限りは描写していません。
彼が高校に入学した一年生の一年間のみに限定して全て書いていました。
「なるほどねー……そうだ、面白いこと思いついちゃったかも」
「ん? なんだなんだ?」
ゲームのプロデューサーというアイシアさんが何かを思いつき、それに彼も喰いつきました。
「嵩鳥さんって実は親子ともどもギャルゲーライターだよね?」
「っ! 確かにそうですけれど……」
私が見えた情報を文字にして残そうと思ったのも、間近で母親が美少女ゲームのライターとして子供の頃活躍していたからでした。
といっても少しのスランプ期間があり、ちょうど私の中学の頃は真っ只中だったのですが。
「で、嵩鳥さんのお母さん……ペンネームは”左右さん”だったかな? 二〇〇六年ぐらいから二〇一二年ぐらい仕事が空いてるんだよね」
「……よくご存じで」
「だから――」
そしてアイシアさんはとんでもないことを口にしたのです。
「時間遡行して、この嵩鳥さんの書いた小説を”左右さん”の仕事としてギャルゲーにどうにかしてねじ込めないかな」
私はついにビールを噴き出しました。
「小説の時間軸は二〇一〇年から二〇一一年で、下準備を考えると……二〇〇七年ぐらい? そこに飛んで嵩鳥さん小説ベースのギャルゲー作ってもらおうよ」
……こうして、その後もトントン拍子で話は進んでいってしまったのです。
最初は反対していた私も、いつしか協力することになって、というか私主導になるまで口車に乗せられて。
またいつか話す機会があると思いますが、私が過去の自分に乗り移ったり母親にどうにか私の小説の内容を託したりなどの紆余曲折を経て――
そうして私の小説を原案としたギャルゲーが二〇〇九年に出ることとなりました。
まさか過去に遡ってギャルゲーになるとは思いもしませんでした。
そしてこのギャルゲーはあくまでもとっかかりであり、彼の理想へのトリガーの役目を果たすだけの壮大な前振りでしかなかったのです。
== ==