第589話 √c-3 ずっと近くに居た私と、世界のこと
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私は自分のおそらくは特殊な能力を誰にも話さなかった――後に”彼”と再会した際に打ち明けるまでは。
意図せずに心を覗かれるというのは、どれだけ親しい間柄でもたまったものでないだろう。
私だって好きで見ているわけでもなく、だからこそひた隠しにして……この能力を嫌ってもいた。
そんな能力が少しだけ活きたのが、高校生になってからだった。
私が気になり始めた男子生徒と、その周辺を取り囲む生徒の心模様もメガネを外せば知ることが出来た。
だから私はふとした思い付きで、自分の見た断片的なそれぞれの人の記憶や思い出や関係などの情報を再構成して――小説のようなものを書きはじめた。
私は小説を書く上でその男子生徒を主人公に見立てて、その主人公を気にしている女子達との恋愛小説に仕立て上げた。
実際にもその男子生徒の行動・挙動次第で、またはその女子の行動・挙動次第で結ばれる未来がいくらでもあったように思えてならなかったのだ。
事実は小説よりも奇なりというか、主人公の周囲は本当ならばあまりにも恵まれていた――ギャルゲー主人公並に。
私目線でも可愛い、クラスや学校でも人気のあるような女子の数人の矢印がその主人公に向いていたのだから不思議だった。
もし主人公が――と結ばれていたら。
というのを、主人公の性格や過去と主人公に対するヒロインの性格や過去などを私なりに整理して、もしもの物語を書き綴っていった。
私の三年間は殆どその小説に費やしたと言ってもいい、ほどほどの学業と、ほどほどのクラスメイトとの交流を除いてはその小説に没頭した。
一人一人の”if”をほぼ一年間に渡って書き続けるのは相当の時間を要した、実際に卒業を終えても記憶を頼りに書いていた。
そしてそんな小説を授業の間も、休み時間も、家に帰ってから書き続けたが私の学校でのポジションもあって、そこまで怪しまれることはなく。
後に彼に再会し、自分の力を打ち明け、その小説を見せるまでは誰にも見せることは無い自分だけの妄想小説世界だった。
というのもその小説は私が知ってしまっているあらゆるプライベートが赤裸々にも記されてしまっているので、当時は見せられるはずもなかったのだ。
そして高校の間主人公の周辺を見続け小説を書きながら分かったことは、その主人公がトラウマもあって――すべての女子達とのフラグを折り続けていたのだと。
その主人公は結局誰とも付き合うことなく卒業していき、そして私とまた出会うことになる。
「おー! ――か! 高校以来だな」
「そうですね、――君。まさかこんな形で再会するとは思いませんでした」
大人になって、その秘蔵の小説を書き続けた甲斐あってもの書きの仕事に就いた。
そして紆余曲折あって、ゲームの製作会社の社員の一人と出会うこととなり、その社員が彼だった。
そんな彼が行っているゲームの開発というのは、単なる据え置きゲームやソーシャルゲームではない――ゲームと言うよりも新技術だった。
「なんで――君は、こんなことを?」
「俺の原動力はそうだな……自分主人公のギャルゲーを誰しも作れたら面白くねえ? って具合だな」
「……それがどうなったら、現実とゲームを組み合わせる世界を構築するトンデモ技術になるんですか」
「VR世界で主人公になるのも良いとは思うんだよ。でもさ、良く考えてみたらこの現実でギャルゲー世界を体験出来た方がいいだろ?」
彼が作っているゲームはいくらかトチ狂ったもので、ホログラム技術や情報操作技術を駆使して二次元を三次元に投影するというものだった。
もし実現すればゲームどころではない、二次元の中でしか不可能だった理想郷を現実のものに出来るに違いなかった。
「で、その現実でギャルゲー体験技術が出来たんだが。どうにも俺が主人公になりたいギャルゲーな無くてな」
彼はさらっととんでもないことを言っている、そんなトンデモ技術が出来ているというのだ。
「……昔のギャルゲーならいくらか良い物があると思いますけど」
「いやー、それでもピンとこなくてな。だからギャルゲー作ろうと思ったんだけども、俺はギャルゲーを作るセンスがなくてな」
ギャルゲーを作る方がよっぽど簡単だというのに、彼は高校を卒業してからずっと研究に明け暮れていたのだろうか。
「ということでギャルゲー作る為に、美少女ゲームライターでは高評価の――に頼んでみようと思ったわけだ」
「それでいざ会ってみたら同じ中学高校で、クラスメイトだったと」
「偶然だよなー」
そうハハハと笑う彼は、最後に学校で会った頃から大分大人びていました。
私も物書きに没頭するあまり……これっぽっちも浮いた噂はなかったのですけれど。
そんな彼のぶっ飛んだ発想と、それを実現にこぎつけようとしていることを聞いてしまったことで私もスイッチが入ってしまいました。
私も面白いとは思ったのです、現実にギャルゲー要素をねじ込んで理想のような世界が作れれば私だって乙女ゲーの逆ハーレム主人公になれるのですから。
そして彼が望むのは彼が主人公になりたいギャルゲーというものです、そこでふと私は学生時代に書き溜めた小説のことを思い出しました。
私が書いたのは正確には彼が主人公になりたいギャルゲーではなく、彼が主人公の恋愛小説ですが。
ギャルゲーよろしくに各ヒロイン分書いており、少し手直しをすればまさしくギャルゲーのシナリオにも転用できそうとも思ったのです。
そして後日、私が書き溜めたノート数冊の小説を彼に見せました。
「……すげえな、パラ読みしただけでも登場人物の情報が緻密だ。人間観察もここまでくると凄まじいな。いや、というかこれ――それぞれのヒロインの立場で無いと分からない情報ばかりなんだが」
彼はひどく驚いていました、実際彼の言うことはもっともなのです。
私が時折メガネを外して盗み見て書きだした、ひどく正確な個人情報盛りだくさんの設定を元に書いた小説なのですから。
「――君、実は私特殊な能力があるんですって言ったら信じます?」
「藪から棒だな、それで一体どんな能力なんだ?」
「こうメガネを外すと……人の心や記憶や過去や未来を見れてしまう能力です。今――君は、メガネ外すと私って可愛いなと思っていますね」
「…………いや思ったけど、それを当人が言うのはどうなんだ」
「それに知っていますよ。正確には――君がこのゲームを作り始めたのは、学校時代にモテない憂さ晴らしに金も技術もある今モテモテ生活を味わいたいという――」
「悪口にしか聞こえないんだが! ……いや確かにそうだよ、合ってるよ。その通りだよ……小説の中でも俺が桜に振られたトラウマでー、とか書いてあるしな……ウッ頭が」
「私の能力、信じます?」
「信じるしかないわ! というかここまで弱み握られているとどうしようもないわ!」
と、まぁ人生初の自分の能力暴露はそんな具合だったのですが。
それから彼は何時間もその小説を読みふけりました、おおよそ何人かのヒロインの話を読み終えたところで。
「……しかし俺が主人公で、もしかしたらありえた未来か。いや、やっぱ無いだろ。俺だぞ? 情報は正確な部分あるけど、だいぶ脚色入ってるだろ」
「さて、どうでしょう」
「俺の高校生活が赤裸々に綴られてるのはいくらか複雑だが……確かに、俺の理想に近くはあるな。これをギャルゲーのそのままシナリオにしよう」
そうして彼とのギャルゲー作りが始まることになります。
――そのはずでした。
「――さんに呼ばれてきたゲームのプロデューサーです。お二人さん、面白い事やってるみたいですね」
彼と二人ギャルゲー作りをしながら現実でのフラグを立てようと思った矢先に、新たなる登場人物が。
「――ちゃんとも同じ学校だよね? ――さんとはちょっと縁が合ってねー。 どうも、ゲームプロデューサーのアイシア=ゼクシズです!」
……私と彼とアイシアの、そんなゲーム作りが始まるのです。
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