第599話 √c-13 ずっと近くに居た私と、世界のこと
あれから家に帰って私は考えたのです。
果たしてどうすれば下之君をべろんべろんに私抜きでは生きていけないほどに来世でも再来世にもほんのり印象が残ってしまうほどの強烈なラブスストーリーを以て攻略するかを。
幸か不幸か私はギャルゲーライターの母親という存在によって純粋培養ギャルゲーマーが成長過程に組み込まれてしまったこともあって、数々のシチュエーションは思いつく。
だからこそ”見える”ことと自分の知識を併せて下之君を中心とした登場人物の小説を紡いだのだから、出来ないことは決してないのであって。
しかし、いざ自分の番が来てみると初歩はどうしたものかなどと袋小路に入ってしまうわけで。
「どうしましょうか」
そんな私はPGPでギャルゲーをプレイしながら考えるのです。
いつからか私もこのループする世界を過ごすにあたっては、積みに積みんでいたギャルゲーの消化に明け暮れながらも、周囲の情報収集に勤しんでいたのでした。
今やっているのは口から砂糖が吐き出るような甘々学園恋愛シミュレーションゲームの”まくろ色シンフォニー”をやっている最中で。
こういったイチャラブモノもいいなぁと思いつつ、熱量に満ちた激しい恋愛……そう! R指定ギリギリのような過激な描写のある――
まぁだからこそ考えてしまうわけです、せっかくの私のヒロイン回なのですから。
「う~ん」
五月十八日
「ということで下之君、私はどうやってあなたを惚れさせるべきでしょう?」
「…………何言ってんだこいつ、と俺は委員長を訝しめに見つめながら思った」
内面の言葉が外に出ていますよ下之君。
「単純な話です。私がヒロインのルートなのですから、やるなら徹底的にやりたいだけですよ」
「だからって本人に聞くヤツがあるか!」
……ここまで一週間悩み抜いて出した結論だったのですが、やや下之君には不満なご様子。
「なら言い方を変えましょう。どんな私が下之君はいいですか? それとも私とどんなことをしたいですか?」
「普通に学級委員の活動してくれる委員長及び、普通にクラスメイトの距離感の学園生活」
ああ、釣れないことを!
どうしたことでしょう、そこまで下之君にとって私の好感度は低くなかったはずなのに今は警戒されている気がします。
「下之君は無いのですか? 女の子と付き合ってやりたいあれやこれや、もちろんエッチなことも十五禁ぐらいまでは許可しますよ」
「そういうメタっぽいこと言うのやめろよ!?」
むむ、下之君実は理想は高く十八禁の壁に挑みたいとか!
ああ、それはダメです私のシナリオにはおそらく求められていませんよきっと。
「私ではご不満ですか? 下之君的には私がメガネを外すと大人びた具合がグッドと内心思っていそうですが」
「べべべべべ、別にそんなこと思ってねーし!」
当たっているようです。
というかメガネ外した際に私もそれを”見ちゃいました”しね。
……それにしてもここまで拒絶されると、割かしショックですね。
私としては最善かと思っていることを言っているはずなのですが、なにがいけないのでしょう。
もしかして、もしかすると、いやまさか、でももしそうならば――
「……下之君は私のことがお嫌いですか?」
言いたくはなかった、口には出したくはなかったこと。
仮にも下之君のことを好いている私としては、ここで嫌いと言われてしまうと悲しみのあまり世界をリセットしてしまいそうになります。
実際のところどうなんでしょうか、短期間の間に私は嫌われてしまったのでしょうか?
「……というかあまりにも委員長の行動が唐突すぎて裏があるかと思ったりして、不気味なんだよ」
「不気味……ですか」
「ここまで特に親しいってほどでもなかった俺を副委員長に選んだり、更にそれでいて俺のことを好きって言ってきたり、かと思えば今日みたく俺をからかうみたいに」
その……つもりはなかったのですが。
からかっている、つもりではなかったのですが下之君の立場になって考えるべきでしたね。
それに、親しい間柄で無かったと言うのも……確かにそうなのですよね。
ここまで高校一年生になって、委員会で初めて友人関係に近しい存在になっている――ことにこの世界ではなっているのですから。
それまでは偶然にも同じクラスメイトとして数年共にしながらも、奇跡的に交わることのなかった私と下之君の関係であって。
私がこれまで体感時間にして十年以上、それ以上かもしれない時間下之君を見つめ続けているだけであって……私の一方的な感情でしかないのですから。
「不快か不安にさせてしまったようなら、ごめんなさい下之君。私も良く分からないのです、こうして好きになったはいいもののそれ以降を知りませんから」
さりげない私による”初めてアピール”を……っと茶化す場面ではありませんね。
実際分からずに、これまでの世界を見て来てギャルゲーをやりつくしても。
私にも出来る、私が出来る、私にしか出来ない下之君との関係や出来事が分かりに分からな過ぎて今日の今日までこじれてしまったのです。
「でも、私が下之君のことを好きなのは嘘偽りありません。下之君にとっては唐突かもしれませんし、何のことはない日常なのかもしれませんが――」
私にとってようやく訪れた機会なのですよ。
何年も待って訪れた、最初で最後かもしれない下之君との学園生活なのですから。
だから必死にもなります、本来はからかい半分照れ半分でこの関係を続けて、距離を縮めていけたらとも思っていたのですから。
ここで終わってしまうのは嫌でした、私だって創造神権限があったとしても軽々しくリセットなんて使いたくはないのです。
「ずっとずっとあなたのことを愛していたのです、下之君が考えるよりも長い時間を」
「…………」
私にとってそれは事実ですが、これもきっと下之君には唐突なのでしょう。
それでも最早口からこぼれてしまった言葉は訂正が効きません、やってしまいました。
ごめんなさいアイシアさん、それに桐やユミジやホニさんも。
私のせいで巻き込んでやり直してしまうかもしれませんが許してください。
これで下之君に嫌われてしまったら、そこで私は諦めてしまうと思うのです。
こんな私に関係修復できるはずもなく、下之君は私と距離を置いてそのままバッドエンドを迎えてしまいかねません。
それならばリセットした方が良いと思ってしまっても仕方ないですよね。
私が覚悟を決めて、黙りつづける下之君の次の言葉を待ち続けていると――
「……分かった委員長」
「はい」
下之君は真剣な表情でそう言いました、下之君にとって何が分かったのか次の瞬間には分かってしまうのです――
「……とりあえず友達から始めないか」
それはまるで振られ文句のようで、おそらく男子が女子に言われてしまえばほぼ脈無しも確実な言葉でした。
しかし下之君は至って真剣な面持ちで、そこに嫌悪感も悪戯心などもない――メガネを取ってみれば本心なことが分かるかもしれない言葉でした。
「こうして同じ委員長になったわけだし、色々話そうぜ? ……なんか俺は委員長のこと知らないのに、委員長ばかり俺の事しってるのも不公平だしな」
「不公平……ですか」
ああ、仰る通りです。
確かに私は下之君のことを一方的に知りすぎているのです、一方で私のことは何一つといっていいほど話していません。
そう思うのも無理はないでしょう、そして一方的というのも私は一方的に恋い焦がれ続けていたコンプレックスがあるので気になります。
「ああ、それとも友達からじゃダメか委員長? というかこうやって委員長言ってるのもどうかと思うし……どう呼んだらいい?」
下之君は根っこは真面目で優しくて、ある意味紳士的でもあって。
でも過去のことがあって臆病にもなっていて、それでもこれまでの世界では多くの人を救ってきていて、それで――
「それではまずは、嵩鳥と呼んでくれませんか?」
名前呼びは取っておこう、友達から始めるならそれでいいでしょう。
こうして私は、幾年の時を経て下之君とはじめて友達になれたのでした。




