第587話 √c-1 ずっと近くに居た私と、世界のこと
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幼い頃から、いつしか私の目はあらゆることが見えるようになってしまった。
見た人の心の中、記憶、過去・未来、その人に関わる友人のこと――普通は見えるはずがない情報が私には見えてしまう。
そして人だけにとどまらず、その物を使っていた人の情報までも見えてしまった。
取捨選択は出来る様で出来ない、特定のことを見ないようにすると別のものが見えてしまう。
だから私の友人だと思っていた女の子の、本当は考えていることなどが分かってしまった。
実は私のことなんてなんとも思ってなくて、むしろ嫌いな方だけども周りが仲良いので合わせているということも知ってしまった。
その友人だった女の子とは次第に疎遠になっていった。
そんな私が見えるものの中でも、とびきり曖昧で不思議なものがあった。
それが”願い”だった。
見た人が心に秘めた願い、それさえも意図していなくても盗み見することが出来てしまっていた。
ある女の子は「ある人に憧れ、自分も変わりたかった」と願っていた。
ある女の子は「隠し続ける自分を本当は見てほしかった」と願っていた。
ある女の子は「好きな人と結ばれたい」と願っていた。
ある女の子は「姉でいたくない」と願っていた。
ある女の子は「誰かと話がしてみたい」と願っていた。
本来ならば誰にも話さないことで、私が見るようなものでもないのだ。
しかしそれを私は意図せず覗き見することが出来てしまう。
それが嫌だった、そしてあまりにも膨大な情報量に頭がパンクしそうでかなりの頻度で熱も出したし数え切れないほど頭も痛くなった。
そんな時ふと、母親がかけているメガネをかけてみた。
するとどうだろうか、もともと私は目が悪くないのだがメガネをかけただけで――溢れていた情報が見えなくなった。
それから私はメガネをかけるようになった。
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四月六日
「あー、静かにしてくれ。それで俺がこの一年二組の担任だ、これから一年間よろしく」
藍浜高校入学式の翌日、俺こと下之ユウジが在籍する一年二組では担任教師からの学校生活を行う上で~の説明やらが行われた。
のちに各生徒の自己紹介も行ってから、各委員などを決めることとなったのだ。
「それでだ、俺が進行するのも面倒だから委員長決めようと思う」
……このやる気を微塵も感じない担任の挙動を見る限り外れくじを引いてしまったのかもしれない。
そう思いつつも、クラスメイトの面子も中学時代と特段変わらないので思うこともなくぼーっとしていると。
「委員長したいヤツ」
「はい」
「よし、決定」
委員長募集の結果、速攻で手をあげたのは――委員長であった。
いや正確には嵩鳥マナカという名前ではあるのだが、俺が覚えている限り中学時代三年間はずっと委員長を務めているからこその”あだ名”でもある。
委員長が決まるとまばらな拍手が教室に響きはじめる、俺もしておこう。
「副委員長は……正直俺はどうでもいい――ごほん、委員長の裁量に任せる」
やっぱりこの担任アレなのではと思いつつも、副委員長? と思ってしまいピンと来ない。
これまではそんな役職はなかったはずで、高校からプラスアルファされるものだろうか。
たぶん俺は縁がないだろうなーと、思ってタカを括っていたのだが。
「じゃあ下之君を推薦します」
「…………え、俺?」
委員長は突如として俺の名前を出し、あろうことか推薦した。
「えー、異議はあるか?」
「ない」「ないです」「良いと思います」「下之君なら生徒会副会長の弟だしね」
「じゃあ、決定」
ぱちぱちぱちとまばらな拍手。
「ということで、下之君。これからよろしくお願いしますね?」
「え……あ、うん」
そのまま俺は流されるまま、学級副委員長に任命されてしまった。
……何か作為的なものを感じるんだが!
そして俺は委員長が各委員などを決める為に教卓前に立って、話す一方で書記紛いのごとく黒板に書きだす作業を担当することとなった。
入学式の翌日ということもあり、一時間目以外は教科がそれぞれ入っているものの今日の六時間目まで、すべて実質的なオリエンテーリングで終わり、事実上の授業は無かった。
そんな日の最初の休み時間というよりも次の時間までの休憩時間、俺は委員長の席に詰め寄った。
「委員長、話があるんだが」
「あら、下之君おはようございます」
「さっき俺に書記させてただろ!?」
「そうでしたね、いけないけない」
委員長がテヘペロをする、こんなキャラクターでしたっけね委員長。
「ところで、私にお話しとはなんです?」
「ああ……なんで俺なんかを副委員長に推薦したんだよ」
「そのことですか」
「別に嫌ってことはないが、そんな不意打ち気味に名前出されて決定ってのは腑に落ちないもんでな」
「なるほど、理由が聞きたいということですか」
実際俺と委員長の接点と言うと、これまでも偶然にも中学時代は三年間同じクラスであったぐらい。
委員長も時折挨拶するぐらいであって、こうして話す機会もあまりなかったはずなのだ。
だから委員長の行動はあまりにも唐突で、俺としては俺を選んだ理由を聞きたかったのだ。
「強いて挙げるなら。私、下之君が好みなんです」
「……は?」
「下之君のこと前々から好みだなと思っていまして、これまでの委員長の積み重ね権限を使って指定してみたわけです」
「……嘘だろ?」
「どうでしょう」
……いきなり女子に告白されるとは、入学早々幸先がいいのだろうか。
いやいや、委員長はこういう冗談を言う性格だとは思わなかったが一連の流れで確信した――俺からかわれてる。
「まぁ、実際のところは――」
そして委員長は予想外の言葉を口にしたのだ――
「この世界では私がヒロインなので、こうして学級委員の間柄にでもならないといけませんから」
…………?
最初委員長が何を言っているのか分からなかった、そうしばらくしてから桐にこの世界のことを話されるまでは。
「ということで、これから同じ学級委員としてよろしくお願いしますね。下之君」
こうして俺と委員長の物語が始まる。
そして俺は近い内にこの世界の真実を知らされることになるのだった。