第584話 √5-65 より幸せに
九月一日
案の定とも言うべき新学期初日、ホームルーム前の教室では既に情報が行き渡っていた。
「「ユウジ (様)が雨澄さんと付き合っているのは本当 (ですか)!?」」
あー、デジャブ。
実は俺二度だけでなく何度も世界やり直してるんじゃね? という疑惑を覚えつつも、鬼気迫る姫城さんとユキに詰め寄られる。
一緒に連れだされたユイはというと「合掌……」と手を合わせていた、縁起でもない!
「まぁ、そのだな――」
「――それは本当」
「ヨリ!?」
俺が答えようとしたタイミングで不意打ち気味に出現したヨリ。
……いやどう考えても気配とか消して、ヨリが前に使っていた存在を薄れさせるやつを使っているのでは!?
「――私は、Uの……下之ユウジの彼女です」
そんなことをヨリとしては割と声の音量大き目に言うものだから、クラスは大混乱に陥った。
「下之君に彼女!?」「てか別のクラスの雨澄じゃん……なんで下之なんかと」「ちょっと下之狙ってたのになー」「あいつ女子に囲まれ過ぎだろ死ね」
死ねはやめようよ。
そしてあろうことかヨリは火に油をドブドブと、リットル単位で注ぐがごとく俺の腕を抱き寄せもした。
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」
色恋沙汰大好きな女子高校生も、盛り上がること大好きな男子高校生もこんな後悔処刑ならぬ公開処刑には飛びつかざるを得なかった。
俺は問い詰められて冷汗やら脂汗やらをかく一方で、ヨリは「――告白したのはUの方」なり「――既に下之家には何度も訪れている」と持前の起伏に乏しい表情で答え続けていた。
情報を与えないでください! 動物にエサを与えないでください!
その願いは虚しく、ホームルームが始まる寸前まで狂騒は繰り広げられることとなった。
ヨリを見送った後の俺の注目されっぷりと、明らかに不機嫌オーラマシマシの姫城さんとユキにどう説明すべきかと頭を悩ませることとなる。
始業式だけあって午前で学校は終わる、生徒会も幸いないために帰ることとなったのだがそれがマズかった。
「――今日は弁当の日。お邪魔しても構わない?」
「ああ、もちろんだ」
と校門前で待ち構えていたヨリに流れで答えてしまったのが失敗だった、結果俺とヨリは学校を終えてそのまま家に連れるという構図になってしまい。
もちろん下校でごった返す通学路では目を引いた。
同じ帰り道のユキはもちろんのこと、一緒に帰るユイなどもいて……まさか始業式の日にこんなことになるとはと思ってしまった。
「――Uには色々申し訳ないことをした」
「いや、気にするな……」
お祭り好きな一年二組という生徒たちに巡り合ってしまった俺の運命の因果ゆえ、自分でも言っていて良く分からない。
「――……それでも、Uと同じクラスの女の子が羨ましかったから。許してほしい」
「許せる!」
いやー、こう言われてしまって許さない男子はいないでしょう! 仕方ないですね、ヨリが萌え爆弾を投げ込んでくるのだから抗い様がない!
「なっ!?」
「――繋ぐのは二度目」
そして更なるヨリの爆弾が投げ込まれた、それは恋人繋ぎ。
ヨリだけにより注目を集める事態に、俺は心が折れそうなんですがヨリは我関せずな表情……ヨリって実はハイパーメンタルなのでは。
「ユ、ユウジ。また明日ね」
「お、おうまた明日……」
ユキは青筋を浮かべたまま帰路についてしまった、姫城さんも帰り際はブチ切れる寸前だったがために明日が怖い。
そして実際に明日は怖かった。
九月二日
お祭り騒ぎは好きだが飽きるのも早い我がクラスは、昨日の狂乱もどこへ行ったとばかりに俺への興味を失っていた。
いや有難いんだけどね、飽き性でよかった。
しかしそんな中でも、まだなんとも不機嫌さを醸し出す両名がいるのだった――
昼休みを迎えて、今日はどうしたものかと考えていると――
「――U、お昼食べに行こう」
「ヨリ!? 悪い、今日は弁当持ってきてないぞ」
ヨリが教室に入って来て俺に話しかけた。
しかし今日は木曜日であって、いつも通りにヨリの分は作ってきていなかったのだ。
「――問題ない、今日は持参してきた」
「そうか。なら――」
そう立ち上がろうとした俺を、あの両名は見逃さなかった。
「ユウジ、今日は私たちとお昼にしよ?」
「そうしましょうユウジ様。もちろん――雨澄さんもご一緒に」
「アタシは悪くねえ……むしろアタシも被害者だから止められないアタシを咎めないでほしい」
そうして思わぬユキと姫城さんからの誘いによって、ヨリとユイも含めて教室で昼食を取ることとなった。
……波乱の予感。
最近の予感はよく当たる、俺は占い師あたりが向いているのかもしれない。
実際水面下では激しい争いが繰り広げられているのが分かる、机を隔てて行われる女子たちの攻防があった。
「――私がいいとUは言ってくれた」
「ふ、ふーん。そうなんだ」
「……なぜ私でないのですか、ユウジ様」
「いやアタシもさ、うん。期待とかしてなかったけど……いざユウジが付き合うとなると凹むよね」
もうやだこの昼食!
最後の晩餐でなく最後の昼餉ですかいとも想える、肝の冷える昼食が繰り広げられていた。
「ユ、ユウジのどこが良かったの?」
「――何事にもひたむきなところ、まっすぐに私に向き合ってくれること、気遣いのできるところ」
「それはある!」
「ユウジ様は確かにその通りですね」
「アタシもユウジのそういうところは良いと思ってた」
……いつの間にかヨリに同意している女子勢、俺が目を離した隙にヨリに対する女子たちの態度は軟化していた。
一体なにがあったのか。
「――料理が出来る男子というのも魅力的」
「私も料理男子には憧れちゃうなー」
「ユウジ様の手料理興味があります」
「あ、ユウジの料理は美味いぞ! 少なくともアタシよりかは」
完全に俺放置コースに入って盛り上がり始めたところで、俺は黙々と弁当を食べ始める。
うん姉貴の弁当は美味いな、俺も見習って上手くなりたいものだと思いつつも意外にも和やかな結末を迎えたヨリとの食事会は幕を閉じる。
* *
それからヨリとは、恋人らしいことを模索した。
そしてヨリとのデートが決まった。
色々話し合った結果……何故か食べ放題の店に行くことになった。
そんなヨリはもう、その細い体のどこにはいるのか言わんばかりに食べて食べた。
いっぱい食べる君が好き、というのは揺るぎないが。
幸いこの食べ放題の店がお手頃価格の、定額で食べ放題で良かったと財布を眺めながら思うのだった。
それから恋人同士ということで、学校の昼食は二人きりの日もあれば。
「――ユキとマイとユイは話が分かる」
と何故か俺の話題で意気投合し、ちょくちょく一緒に昼ご飯を食べる様にもなった。
更には俺とヨリのデートの日以外にも、ユキやマイなどと俺含めてヨリが出かけるという以前では考えられないことに。
ヨリと付き合っていてわかったことだが、やっぱり一度決めたら突っ走るというか積極的な人間だということも分かった。
そしてヨリ自体、コミュニケーションが苦手というよりも経験がなかっただけで。
表情が乏しく、口数は決して多くないのは確かではあるが俺たち友人とも良好な関係を築いていった。
「――……色んな人と話すようになったのも、Uのおかげ。感謝している」
そうヨリに言われてしまったが、そうではないのだ。
俺でなくてもキッカケさえあれば、ヨリは友人に困ることも無かったようにも思える。
しかし、ヨリはそれを否定した。
「――私はUのおかげで変わった。それまでは利害関係、メリットデメリットでしか判断しないように生きてきたから」
確かにヨリが変わっていないと言えば嘘になる。
もとの表情こそ乏しいが、最近はバリエーションが増えて来たように思える。
「――だからありがとう、U」
俺と付き合い始めた時に見せた笑顔よりも、柔らかな笑顔をを俺に見せるようになったのだ。
それが分かってしまって俺は嬉しくてたまらなかった。
そうして俺たちは幸せな日々を送る。
もちろん神裁も忘れずに、一緒に出掛けた先で異を狩ることだってある。
そして休日に、昔を懐かしんで公園での弁当デートも時折する。
俺たちはそれからも幸せに過ごし続けた。
痴話喧嘩だってするようになって、ちょっとしたすれ違いがあっても、気づけば仲直りをしている。
満たされた、俺たちは幸せな関係になったのだ。