第583話 √5-64 より幸せに
年内完結と言ったな。
あれは嘘――じゃないです。
今日中に4話更新して√5完結です。
そうして二人家にやってきて、いつもの昼食会となるのだが。
いわゆる”雰囲気の違い”を感じ取る者も少なからずいたようで――
居間で出迎えたホニさんは「ユウジさん、よかったですね」と優しく笑みを浮かべる一方で、姉貴は「ユウくんから――ラブコメの波動を感じるっ!」と叫んだ。
そのあとにやってきた桐やユイなどによって結局俺と雨澄は自白するハメになり、後の昼食で微妙に居た堪れない気分を味わうのだった。
といっても姉貴も空気は読んでくれたようで、俺の部屋に雨澄を招く際には何も言わなかった……もっともあとあとお姉ちゃんとのデート権利とかを請求されそうではあるが。
こうして俺と雨澄は恋人同士になって、割と段階を飛ばして彼女を自室に入れるという行為を成し遂げてしまったのだった。
「――私が倒れた時は、あなたのこのベッドで寝かされた」
「あの時は拘束とかして悪かった」
「――気にしていない。ただ感慨深い」
そうして雨澄はベッドをまじまじと眺めると、あろうことかそのベッドに潜りこんだではありませんか。
なんということを!
「――……あなたの臭いを感じる」
「あー、なんというかだな……すげえ恥ずかしくなってきた」
いや嫌とかではないんだけども、単純に自分の臭いをが染みついた布団の臭いをかがれるってね!?
汗臭くない? 男臭くない? いやいやそんないいものでもないだろうに!
「――……やっていて私も恥ずかしい」
そう照れたのか布団の中に顔を引っ込ませる雨澄。
可愛いけど萌えるけど! マジやめて! 一応これでも雨澄が来るかと思って部屋の掃除とかは欠かさなかったけどやめて!
少ししてベッドから出て来て、雨澄は俺のベッドに腰を掛けることで妥協してくれた。
「――恋人というものは、親しげな呼び方があるらしい」
「まぁ……そうだな」
俺は雨澄の名前を知った時から”雨澄”と呼び続けてきた。
雨澄はというと最初は特に何の感情も含んでいない”あなた”だった、それから下之と呼んでくれるようになり、付き合ってからは柔らかなニュアンスの”あなた”になった。
しかしこうあなたあなたと言われていると、むず痒い一方で名前で呼んでほしいと言う感情も覚える。
「俺からすると、雨澄のことをヨリって呼べばいいんかな」
「――……っ! う、うん」
名前を呼ばれるだけで俯いて頬を赤らめる雨澄、恋人贔屓もあるけど可愛さ百割増しなのでは。
「――…………そういえばあなたの下の名前は」
「あー……」
そういえば教える機会がなかったような気がする、しょうがないよな……多少ショックだけど。
「――! 待って、今思い出す。ユ……ユウ……」
これは……いけるのか! ついに念願の俺の名前を呼んでくれるという――
「――ユウゾウ」
「んー、惜しい!」
残念! それはどこぞの十八禁小説の主人公の名前だ、そいつのことは俺は良く知らないけどな!
「――冗談、ユウジ。あなたの周りの女の子が散々呼んでいたので知っている」
「そ、そうか。覚えていてくれて嬉しいぞ」
……”周りの女の子”という部分を雨澄が強調したのが気になるけど。
「――……でも、ユウジやユウさんやユウと呼ぶと他の女と被る」
他の女言った! の子が消えたよ! ……やばい、雨澄実は嫉妬属性持ちなのか!?
「――だから、これからあなたのことを私は――」
そうして俺の呼び方は決まったのだった。
まぁ思えば俺も最近は馴染みのある名前で、雨澄も知っているものだったので特に異論はなかったのだが――
* *
八月二十五日
夏休みも大詰め、波乱の日々を過ごしつつも分身していたおかげで夏休みの課題は順調に終わらせていた。
もっとも、あの死神との戦い以降分身はしていないのだが……今はほどほどに貢献度を稼ぎつつも、日常生活を過ごすだけなのでその必要性がないのだ。
そして今日こと水曜日はヨリが昼食を食べにくる日だった、そろそろ出迎えに行こうと準備をしている矢先。
自宅のインターホンが鳴った。
俺は二階から下りると既にホニさんが出迎えを果たしていた、そうインターホンを鳴らした主は――
「――こんにちはU」
「お、おう。不意打ちでビックリしたぞヨリ」
これまでにないパターン、たいていは公園まで出迎えに行っていたこともあってヨリが直接家を訪れるのは初めてだった。
そして更にはこれまでにないヨリの様子もあった。
「――今日は私が作る、ホニ神キッチンを貸してほしい」
「え、えと、はい……どうぞ」
野菜などの食材が入った買い物袋を両手に提げていたのだ、予想外過ぎて俺は固まったままだ。
「――今度は、U達に私がご馳走する」
そう言って俺の横を通り過ぎると、キッチンに向かってしまった。
……どういうことなの?
そして俺は置いてけぼりを食らったまま、ヨリの料理する背中を見守ることとなった。
それはと言うとヨリのいるキッチンに足を運ぼうとすると「――手伝いは厳禁」と言われ締め出されてしまった。
結果女子の料理姿を眺めているという、構図が出来上がることとなる。
俺はそもそもヨリは食べる専門という固定観念がまずあり、ヨリが料理出来るとは露知らずだった。
しかしそれも今考えれば変な話で、ヨリは病気の母親と幼い妹のいる家庭で、父親と言う登場人物が出てこないことを考えれば……料理を出来るのは必然的にヨリだけになるはずだったのだ。
完全に失念していたというか、目の前でヨリが手際よく料理を繰り広げる光景をホニさんともども見て半ば呆然しているというのが現在だった。
「しかも美味いし……」
食材は俺たち御用達のスーパーで買う、決して高くもないものだったように思える。
だというのに美味しい……少なくとも俺の料理よりは美味しいことは確かだった。
姉貴とタメを張れるかは分からないが、確実に料理が上手い部類に入るかと思う。
そんな相手に料理男子(笑)を気取っていた俺とは一体……ヨリの作った手料理を口に運ぶたびに悲しさが満ちてくる。
「――……口に合わなかった?」
「超美味い、というか俺の弁当なんかより全然美味くてショックだわ……」
実はヨリも内心内心「金と手間さえあればこんな下之弁当以上のをちょちょいのちょい」とか思いながら毎回弁当を食べていたのではないか。
いやー、調子乗ってましたマジすんません。
「――それは違う、Uの弁当はとても美味しかった。毎回献立を考えてくれて嬉しかったしその……愛も感じた」
「お、おう……そうか、ありがとな」
「――…………」
クソ! 恥ずかしいことをストレートに言われてなお恥ずかしい!
でも可愛い、なんだこの彼女は! 能ある鷹は爪を隠すがごとく、隠していた萌えという爪で俺のハートをガリガリ削ってくるぜえ。
そんなイチャラブハートフル空間をヨリと繰り広げていると、思わぬ横やりが入った。
「あのー、私たちが居るの忘れないでくれます?」
そう言ったのは同じ食卓を囲んでいて苛立ち気味なホニさんだった。
いや正確にはホニさんではなく、これは――
「というかUって呼び方微妙に私と被るんですよね……ねえユウ?」
ホニさんの中の人こと、時陽子の方だった!
ホニさんは時陽子という女子中学生に身体を借りていて、その持ち主はあまり表には出てこないだけでホニさんと共存関係にあった。
もともとホニさんとして活動している時間のほうが長く、時陽子として出ている時間は短かったのだが……昨日今日でちょくちょく出てくるようになっていたのだ。
そしてヨーコ、どうやらヨリのことを快く思っていない節がある。
「――……恋人同士の会話を邪魔するのは野暮」
「それなら昼食時にやらないでよ! なんなの!? 滑った私に見せつけてるの!?」
……そうこの食卓を囲っているのは俺とヨリだけではなく、ホニさん(時陽子)も姉貴もユイも桐だっているのだ。
外国人留学生組は、毎度都合よく不在なのだが昼は二人出かけて外食が多いだけである。
「……料理の上手な女の子は認めなければなりません。けれど私のユウ君を……ぐぬぬぬ!」
「いやー、そのアタシとしては死体蹴りされてる気分ですな! HAHAHAHA……はは」
姉貴は唇を噛みしめて、ユイは微妙に落ち込んでいる。
……ブラコン気味な姉貴はともかく、なぜユイが落ち込んでいるのかは一生涯の謎である。
「わしもイチャイチャでお腹いっぱいになりそうじゃ」
「――……ならUとのイチャイチャは食後にする」
お、おう。
そう予告されると俺も身構えてしまうというか……ヨリって嫉妬属性持ちで、少し他の女子に攻撃的な気がする。
出来れば皆仲良くしてほしいのだが、俺が言える立場ではなかった。
「――U。そういえば調べると、恋人同士はあーんと食べさせ合うという」
「ヨリ色々吹っ切れすぎだろ!?」
あれだ、ヨリって一度決めたらトコトン突き通すタイプだ!
積極的すぎて戸惑う、ヨリってこんな子だったんだな……と驚く半面嬉しくもあるのだが。
「私の前でイチャつくなあああああああああああ――――あ、ああの! ヨーコがごめんなさいごめんなさい悪気はないんですっ!」
ヨーコの途中でホニさんになり、ひたすら平謝りをされるという光景。
ヨリらしくなく、いつもの時間の二倍以上食すのに時間を要した……もっとも下之ファミリーVSヨリの戦いが水面下で行われていたせいではあるのだが。
ヨリと恋人同士になれて嬉しく思い、充実さを感じている反面……さて新学期が始まったらと思うと先が思いやられるのだった。