第579話 √5-60 より幸せに
<U視点>
俺はユウジたちとは別行動で、念のために回り道をして夏になってからは月水金と雨澄と会っていた公園の近くまでやってきていた。
実際俺がした回り道というのも本当に遠回りであって、雨澄がわざわざ選んで通るようなルートではないはずだ。
「来てくれたんだな、雨澄」
「――……」
雨澄は約束した時間より少し前、その昼前に公園の前までやってきてくれていた。
「――これから特A級が出現するというのは、本当?」
「ああ、俺の家の近くでその異が出現する」
「――……アロンツに所属している予知能力の持ち主も、そこまでピンポイントな特定はできていない」
それはそうだ、実際俺がもとにしている情報は予知ではなく――実際に世界をやり直した経験からである。
と言ってもいわゆるフラグというか布石に関しては、その俺は名前も知らない予知能力者の”数か月以内に特A級異が出現する”というものだったのだが。
「そこらへんはそうだな、その異を倒した後に昼食を食べながらでも話そう」
「――下之、どうして私を誘ったの?」
誘ったのと聞かれるの、その色恋的なニュアンスに聞き取れてしまうっ! が、そうではない。
雨澄が言いたいのは――
「前に雨澄に聞いたよな、神裁は共闘できるのかって」
雨澄はこくりと頷く、それを確認して俺は話を続ける。
「そしたら雨澄は貢献度折半なら可能って言ってくれたよな」
「――今思えば、あの時の例え話も不可解。まるでこの時を予見したよう」
「それも後で話そう……それで、俺が雨澄を誘った理由なんだが――」
選択肢は雨澄一人しかいなかったのだ、少なくともこの世界では。
前の世界と違う選択をしたばかりに俺はアロンツに入っておらず、神裁との交流があるのは雨澄に限られる。
そしてなによりも俺は覚えていたのだ、雨澄が貢献度を貯めて願いたいことを――
「雨澄と一度は一緒に戦ってみたかったんだ、俺雨澄のこと好きだしな」
それは嘘ではない。
雨澄のどちらかというと後衛に属するであろう弓と、近接系である俺の鉈で共に協力して強敵に立ち向かったらどうなるだろうと夢見た、共闘はロマンでもある。
そして雨澄のことが好きだからこそ、単純に一緒に戦ってみたいとも思ったのだ。
「――……っ!? ま、またそんな冗談を」
少しだけお、っと思ってしまったが雨澄の反応が世界をやり直した直後と違って嬉しい。
あの時は軽蔑というか敵対もされてましたっけね、雨澄が”また”と言ったところ最初のことも覚えているようで。
表情は硬いままであるが少しだけ頬を赤らめる様子は、なんとも言えないものがある。
「そうだな、ちゃんとした告白は戦いの後にする」
「――……からかっている?」
「そんなことないぞ、本気だ。でも……今はまだ、だな」
俺は目の前に結界が出現したことを確認し、それに雨澄も気づいたようだった。
「――こんなに近くなのに探知できなかった。たしかに特A級、貢献度二百万クラスで相違ない」
「そういうことだから雨澄、力を貸してほしい」
「――貢献度折半と、美味しい昼食を要求する」
「もちろんだ、美味しくて豪勢かつ大量な大盤振る舞いの昼食も保障する」
「――ならいい、向かおう」
「ああ!」
そうして俺と雨澄は結界の中に飛び込んだ。
赤一色に塗られた世界、雨澄と俺はしばらく駆けると目の前に死神と対峙するユウジの姿が見えた。
「――っ! 本当に分身している」
「ああ、あそこにいるのが普通の俺だ」
「――ならあなたは?」
「神裁の俺だ」
「――……良く分からない」
「そこんところも昼食の後だな――」
そうして俺は死神の背中を捉える、幸い死神は目の前にいるユウジ達に注意が行っているようで俺たちには気づいた様子はない。
「雨澄、後衛頼めるか」
雨澄はこくり頷いてから言葉を付け足した。
「――ジャンルは死神、おそらく”生”に関する攻撃が有効」
「助言助かるっ!」
雨澄はすると、かつては俺が苦しめられた神器の弓を出現させた。
そして俺も鉈を出現させる、ナタリーではない神器の方の鉈……俺としてはそれなりの間連れ添った仲ではあるが、一向に喋る気配のないシャイなやつだ。
「”速度超過”――”深爪”――”白昼夢透――”治癒復元”」
俺は神裁の能力を活用して加速しながら跳躍、死神に先制攻撃を仕掛けた。
死神は目の前のユウジ達と戦い始めた矢先で、ユウジも桐の力などを使って死神の鎌相手に戦っている。
前とは違って鉈の刃先が深くえぐりこむようにする能力も付与し、更に雨澄が使っていた背景に紛れる能力も駆使して――まず死神に最初の一撃を与えたのだ。
<ユウジ視点>
目の前にはこれまで数か月待って、俺とUがそれぞれ戦う準備をしていた死神が居る。
しかし今回は負けない、否負けはありえない――負けはすなわち、桐もホニさんも……場合によっては雨澄も失う結果になりえるのだから。
「桐っ!」
「うむっ――重量制御。人物指定男一人、綿毛のような軽さへと――書換。追加申請、重量制御を指定した人物への一任。制限時間二十分五十八秒」
「我も力を貸すよっ!」
前の世界でも、この世界でも桐の作った結界内でのトレーニングでだいぶコツを掴んだ重量制御、とにかく体が軽くなってしまい重力も影響してか身体の上下左右前後のコントロールが難しかったが――今では慣れたものだ。
「雄大に広がりすべてを包み込む母なる大地よ――深く蒼の色へと染まるすべての源の海よ――永遠に続き遠く広がるすべての上に存在する遥か空よ――全ての自然よ我に味方せよ――!」
赤色の世界に突如アスファルトを突き破って骨太な植物が生えてくる、それは俺の歩む先、進む先に階段状に形成されて踏み台の体をなしていた。
『今までと違って食べ甲斐のあるご馳走の数々……美味しそうですわあああああああ』
死神も黙って見ているわけではない、鎌を振るって襲い掛かってくる。
あの鎌は厄介だ、死神の名前の通りに生命を削ぎ取っていく死の鎌といっても相違ない。
前の世界ではあの鎌に何度も殺された、しかし今回は違うっ!
「とりゃあああああああああああああっ!」
振るわれた鎌をナタリーで受け止める、ナタリーを通じて感じるこの寒気のような感覚は気味が悪いが――慣れるしかないっ!
鎌を力で跳ねのける、俺には神裁の力はないが――桐とホニさんとナタリーが付いてる!。
『次は右ですユウさんっ! 次は――』
『あらあら、普通の人間よりはマシですのね』
ナタリーが鎌に接触する度に俺は気が遠くなる、それをすべて根気で振り切ってナタリーを握り振るった。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
『フフフ、新鮮な生命の味を感じますわっ!』
俺は目の前にあるものが映る……手筈通りだな、よくやったな俺というかU。
俺がナタリーを振るっているのは、今に関しては時間稼ぎでしかなかった。
流れを掴む為には――死神にまず攻撃を食らわせる必要があるっ!
『ああああああああああああああああああああああああっ』
打ち合わせ通りに背後からやってきたUによって、死神が後ろからの襲撃に気付くことなく、もろにUの鉈を食らう。
追い打ちのように後ろから飛んできた矢にも身体の節々を貫かれ、死神は幼女染みた見た目からは想像の付かない絶叫をあげた。
『何事ですの!? 痛い……っ! どうして、こんなこと今までなかったのにっ!』
死神が後ろを振り返ってようやく後方にいるU達の存在を視認する。
振り返った拍子に見えた死神の背中は抉られて血を噴き出していた、そして身体のあちこちに刺さった雨澄の矢も苦痛を与えているようだった。
『アハハハハハハハハ! いいですわ! そうこなくては、多少の苦しい思いをしたあとの食事は美味しいに違いのですからっ!』
死神は油断をしているというよりも――自身の力を何割も引き出して使っていなかった。
これからが本当の……死神とどう戦っていくか、だ。
『フフフ、まずは私に痛い思いをさせている者から行きましょうか』
死神はどうにも力こそ強力ではあるが、一つのことに気を取られてしまうタイプらしい。
途端に俺に背を向けて俺から意識を外す、その油断を俺は見逃さなかった。
『喰らいなさいなっ! 喰らいなさいなっ!』
死神が鎌を振るってUと雨澄に斬撃を食らわせようとしていた、それを見たホニさんが叫んだ。
「青々とした緑の壁を形作れ――っ!」
するとその斬撃を喰らおうとしていたUの前に木々などの壁が現れて斬撃を相殺した。
……今Uから来た念会話的なものによる”生”によるものに死神は弱いらしい。
もしかするとホニさんが生み出した生い茂る生命力に満ちた緑が死神の攻撃にはある程度有効なのかもしれなかった。
そして現在俺は町上数十メートルまで飛んできた。
俺は重量制御によって天高く飛びあがると、そこで俺は桐から一任された重量制御をする――綿毛のような軽さから一気に元の重量まで戻した。
そして俺は死神の腕目がけてナタリーを振り下ろした。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」
『あああああああああああああぁぁぁぁぁぁああああっ!』
遥上空から急降下してきた俺とナタリーは勢いに任せて、死神の鎌を持っていない方の腕をもぎ取った。
『これですわ……求めてきたのはこれですわああああああああああ! あああああああああああああああああ』
腕がはじけ飛んでいるというのに死神は今まで以上に高笑いをする、根本から壊れている存在なのだろう。
俺は残念ながらこの死神とは仲良くなれる気がしない。
そして死神は俺が前の世界の時点で見なかった手を出し始める。
死神が手に持っていた鎌が手を離れたと思うと、複数に分裂し――それぞれが振るわれはじめた。
生命を脅かす死の斬撃が四方八方に放たれ、赤一色に塗られたこの町は破壊の限りが尽くされる。
それをホニさんが自然を操って緑の壁を作り、風を操作して斬撃を逸らさせていく――ホニさんは自身の神の力をフル活用してくれていた。
緑の壁は俺を、Uを、雨澄を、桐を、ホニさんを守る。
一度斬撃を食らうと朽ちてしまうそれだが、すぐに生まれ育って厚い壁を形作るのだ。
「更に――瞬間転送。人物指定男一人、あらゆる場所へと一時で行ける力を持て――書換。追加申請、瞬間転送を指定した人物への一任。使用回数制限四十回――強化防膜。人物指定男一人、身を守る盾となる見透かす膜を構えろ――書換。追加申請、強化防幕を指定した人物への一任。使用回数制限六十三回」
桐は桐で自身のもつ能力をフルに生かして俺に付与してくれる、重量制御に加えて瞬間移動も身に着け、更には死神の斬撃に耐えられるほどの防御力も付与された。
桐の能力は本当に有効だ、この瞬間移動も俺が瞬時に移動し死神の速度に追い越して傷を付ける目的の一方で――ポケットに入っている謎ドリンクの中身も直接自分の胃の中に転送することが出来るっ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
謎ドリンクの服用は本来一日一回。
使いすぎると翌日が使い物にならなくなるとのことで――その分人間に科せられた力のリミッターも解除されて一発一発の打撃力は上がっていく。
Uの一撃ほどではない、雨澄の矢ほどではないが俺も少しずつ死神の身体に傷を増やしていった――
* *
<U視点>
一撃を食らわせることが出来た、これを何度も繰り返すことが出来れば勝機は見えてくる。
雨澄の言うように”生”に関することに死神は弱いようで、本当は自分にかけるはずの治癒の能力を鉈にまとわせていたが――効果はテキメンだった。
しかしその攻撃によって死神の意識がこちらへと向いてしまう。
『フフフ、まずは私に痛い思いをさせている者から行きましょうか』
死神は鎌を振るって死の斬撃を食らわせてくる。
「あれに当たったら身体をバラバラにされるっ!」
「――わかった」
なんとかあの死の斬撃を鉈で相殺しなければと、鉈を構えようとすると目の前に緑の壁が現れた。
それによって死に斬撃は俺たちに届くことなく消失する。
「っ! ホニさんか!」
「――これがホニ神の力」
一時は天高くそびえた緑は、死の斬撃を受けたことで朽ちてしまう。
しかし再生能力に優れ、すぐさま緑の壁を形作った。
一方で雨澄から放たれる矢が緑の壁によって遮られることはなく、まるで意思を持ったかのように道を開けて矢は死神に届くようにもなっていた。
そして壁と言っても死神の姿視認できるように透明度を帯びた植物が死神の場所を教えてくれる。
更には空高くまで飛びあがったユウジが死神の腕を弾き飛ばした場面が見える。
『これですわ……求めてきたのはこれですわああああああああああ! あああああああああああああああああ』
それから死神の鎌がいくつも分裂し、自立行動を始めて死に斬撃の嵐が周辺に吹き荒れた。
しかしホニさんが作り出す緑の壁が朽ちては再生を繰り返して、味方には傷一つ付かなかった――
「”神代力”「中」持ってけ! ”速度超過”――”深爪”――”白昼夢透――”治癒復元”――”治癒復元”っ! 」
百万近くまで溜まった貢献度を消費して、能力を多重付与する。
鉈にありったけの回復能力を付与して死神に向かって、能力によって加速し斬りかかった。
光速となった俺が死神の足に狙いを定め、そして左足を弾き飛ばす。
『痛いですわあああああああああああああ! あああああああああああああああああでも、これを待っていましたのおおおおおおおおおおおお』
それから死神は加速した、俺も合わせて――
「七変化! ”神代力”「中」持ってけええええええええ! ”速度超過”――”速度超過”――”速度超過”――”治癒復元”――”治癒復元”っ!」
鉈を薙刀形態へと変化させた俺は――早く、速く、もっと速く駆ける。
死神の意識が向く前に死神の身体を引き裂いていく、傷を付けて血を噴き出させていく。
そして光速で動く死神に狙いを定めて雨澄も矢を放ち、そして貫いていく。
既に俺が弾き飛ばした左足の一方、右足は雨澄が集中的に矢で貫いたことで死神の身体を離れてしまった。
「雨澄っ! ”貢献度の雨澄への譲渡――五〇万度”」
「――下之っ!?」
百万溜めた貢献度も半分譲渡し、さっきまでの能力付与で多く使ってしまった。
残る貢献度も二か月過ごせたらいいぐらいだろう。
「その貢献度を使って渾身の矢を放ってくれっ!」
「――……わかった」
雨澄に貢献度を託して俺は死神の身体の周辺を光速で動き回って、斬撃を交わしながら――時には斬撃に当たって身体がはじけ飛びながらも、神代力で見返りで貯まった金も消費しては”自動復元”をかける。
「――神代力シンダイリキ「中」持っていって……”過剰連射オーバーファイア”……”命中補正クリティカルアップ”……”命中補正クリティカルアップ”……”命中補正クリティカルアップ”」
俺が譲渡する以前に矢を放っては貢献度などを消費してくれた雨澄……雨澄に無理をさせているのだから、俺も多少は無理しないといけない。
「”神代力”「大」持ってけえええええ! ”速度超過”――”速度超過”――”速度超過”――”治癒復元”――”治癒復元”―――”一撃必殺”っ」
俺の数日の寿命をかけて、鉈にすべてを賭ける。
全てを終わらせる、俺たちが幸せになるための代償としては安いもんだ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
その時、光速の勢いで鉈が死神の心臓をぶち抜いたと同時に雨澄の矢が死神の同じ場所を貫いた。
『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁあああああああああああああああああああああああ』
それが致命傷であり、急所でもあり、決定的でもあった。
死に神は抵抗する余裕すら持てずに身体をよじらせながら絶叫し、手に持つ鉈も宙で振るわれていた鉈も制御を失って地面に落ちていく。
死神は深く長い世界中に響き渡るような断末魔をあげながら、身体が崩れ落ちていき粉微塵となって霧散した。
そうして俺たちは勝利したのだ――死神にも、繰り返す運命にも。