第577話 √5-58 より幸せに
六月十七日
<U視点>
この世界ではホニさんを非干渉化してアロンツに手を出せないようにすることは出来ない以上。
特A級異を匿い続ける俺はアロンツに入ることも出来なければ、実際は敵対することとなる。
だから前世界であったような、アロンツのメンバーであるSが話しかけてアロンツに勧誘してくることはない。
そして俺はというとユウジから学校の近況報告も受けつつ、深夜と昼と夕方の三回に分けて異を狩るべく町を駆けている。
美優と遭遇した後、俺はせっかく影が薄くて神裁になったことで運動神経も上がったからと部屋の窓から出入りするようになった。
美優を困らせたくはないし、そんな困った美優を見るのも避けたいからな。
既に現時点で貢献度は二十万を超えた、時間だけは贅沢に使えるために小規模中規模問わずに狩りまくった。
おかげで前の世界では得られなかった能力も多数得ることが出来ている、対死神戦を考えれば念には念を入れるべきだろう。
そうしてどうやら薙刀タイプに”モードチェンジ”出来るのは神器であるこちらのようで。
ということはユウジの持つナタリーは鉈形態のままであり、アロンツと対する際には鉈で戦ってもらうことになる。
それでもその鉈にはナタリーという思念体(?)が宿っていることは大きなアドバンテージだろう、なにせ一人でも話し相手に困らないからな!
俺もそろそろ何かの間違いでこの神器の鉈も喋っても良い頃のように思える……割と退屈なんだよ、ずっと異を狩ってると。
ちなみにユウジと生活スケジュールの違う俺は、姉貴が用意している完食用のものや見返りによって得た金で買いこんだカロリーメイトやらウィダーゼリーが主食である。
いくらユウジが食べた記憶をもらい受けることが出来ても、そろそろあったかいご飯が食べてえと思う今日この頃である。
さすがの俺も前世界から通して異を狩っていると、人の形であっても容赦しなくなっていく。
非情になっているのだろうか、人間を辞めてしまっているのだろうか。
しかし俺はどうしても貢献度を稼ぐ必要があるのだ、来るべく時の為に――全員が生き残って、幸せになる為に!
六月二十一日
<ユウジ視点>
今日は偶然にも生徒会活動がなかった、というよりも一年坊の雑用が手伝えることのない日というのが正しい。
そんな日は先輩方の配慮で生徒会に出席することなく帰っていいと昼の時点で福島を通して知らされた。
そうして俺とホニさんが珍しく月曜に下校するタイミング、以前の記憶ではこの日は何もなかったが――今日はそれがあった。
ホニさんと下校途中に結界の中に引きずりこまれた。
俺とホニさんだけが居るのは暖色系の空や景色、一色塗の赤と朱だけの世界だった。
『桐、戦いになりそうだ』
『うむ、すぐ合流しよう』
桐と軽く念会話をして、そして実際に一分も経たずに桐は到着した。
「お主は知らぬかもしれないが、この時間このタイミングを予測できたからの――ありったけの簡易結界と謎ドリンクも持ってきておる」
「そりゃ有り難い」
「ユウジさんっ! 屋根の方からっ」
ホニさんの声に目を向けると、この町の海側から屋根瓦などを踏みつけてこちらに接近してくる大柄な人影があった。
「桐、重力制御頼む!」
「うむっ――重量制御。人物指定男一人、綿毛のような軽さへと――書換。追加申請、重量制御を指定した人物への一任。制限時間二十三分二十秒」
「よしきた!」
そうして前の世界では練習しつつも、あまり出番のなかった桐の力を借りた重力制御によって――俺は飛び上る。
「てめえが異を囲い込んでるって神裁か、そんじゃさっさと異もろとも消えてもらうぜ――っ!」
藍浜高校の制服を纏いつつも大柄な体躯、それはかつて教会やその前のSが連れていた男Tにほかならなかった。
Tは持っていた拳銃を俺へと向けた――
* *
八月十二日
結果から話せば以前のTとの戦いは桐の助力などもあって、勝つことが出来た。
ホニさんや桐を守りながら、それでもどうにかナタリーの協力もあって打ち倒して撃退することができたのだ。
それからもTはちょくちょく俺たちを襲っては、俺たちが対抗して勝つという流れが続いた。
あちらはそれなりにベテランなはずの神裁に初戦で勝ち、以降も勝ち続けるなんて都合が良すぎるかもしれない。
しかし俺は少なくともやり直した世界であり、前の世界の神裁の頃の感覚もいくらか残っており、中規模異相手ぐらいだと思えば更に桐の助力があると思えばおかしくないだろう。
そしていつしかTも諦めて俺たちを襲撃しなくなった、相変わらずUは異を狩り続けており貢献度は百万に届くほどとなっている。
といっても大規模異相手に貢献度なども消費しつつなので、百万だからと願うことはしていない。
もう百万余裕があればとも思うが現状俺が叶えたいことはない、実際今分かっている敵に備えるので精一杯でもあるのd。
俺とホニさんと桐が偶然外を出歩いていると――結界の中に引きずり込まれた。
それは雨澄のモノトーンの色合いでもなく、桐のベージュ系でもない、俺のパステルカラーでもなければ、Tの暖色系でもない。
Tと対象的ともいうべき寒色系、青の世界だった。
「やぁ、どうも。不躾で申し訳ないけど、君たちの動きはかなり邪魔でね」
それもそのはずだろう、俺はおそらくアロンツに入っていれば他のアロンツメンバーの異を浄化する権利のキープなどを考えて異を選んで狩っていた。
しかし俺はアロンツの人間ではない、そして彼らがキープしている異も分からないとあっては手あたり次第に異を狩り続けた。
といっても雨澄やほかのアロンツメンバーが貢献度に困らないぐらいに大規模には手を付けなかったり、中規模を残してもいるつもりだ。
それでもおそらくはキープしていたはずの異も俺が狩ってしまっているのだろう。
本来ならば神に貢献していることに違いないのだが、そんなこの地域のルールを土足で踏み荒らす俺は目の上のたん瘤に等しいに違いない。
「特A級を囲いつつも、無差別に異を狩るものだから困ってね」
「……ならどうする」
「それでは消させてもらうよ、異にはぐれ神裁っ」
小柄な身に会わない大剣を振り下ろしてSは俺に襲い掛かってきた。
* *
八月十三日
俺は雨澄との約束を守るべく、公園に向かっていた。
今日は雨澄とのベントウデイ、しかし俺は手に弁当を持っていない。
「こんちは、よう雨澄」
「――こんにちは」
ようやく内心でここまで来たかと思う、死神と対峙するまで十日を切っている。
そして今日は――
「すまんっ! 今日弁当作る時間がなくて……だから――」
ここまで、雨澄とは前の世界以上に接するタイミングがあった。
神裁としての近況報告も聞ければ、雨澄のことについてもより踏み込んで聞くことが出来た。
雨澄の態度も軟化傾向にあって、前世界最終時点の雨澄の俺への接し方にもなっていた。
そうして俺は、前の世界でも考えた計画を実行に移す――
「俺の家に来て、一緒に昼食にしないか?」
雨澄を招待し、昼食を振舞った。
そして同じ記憶をたどるように、ここまでの復習とばかりに雨澄は同じ感想を抱いてくれた。
それが悪い訳ではない、確かに最初に聞いた感動はなかったが……この世界でも雨澄に分かってもらえたことは嬉しかったのだ。
雨澄の神裁になるキッカケなども話してくれた、ようやくここまで戻ってこれたとまたしつこいようだが実感する。
「――下之の家族、そう改めて認識させてもらった。そもそも異はそれぞれの思惑があることも知っていた、ホニ神のような存在が居てもおかしくはない」
雨澄のその言葉は何度聞いても嬉しくて仕方ないのだ、そして雨澄への思いも自覚しているからこそでもあった。
実際俺が世界をやり直した直後、つい口を滑らせて雨澄に対して好意を抱く云々を話してしまってあれから――その話題に関しては触れないようにした。
雨澄もそれには触れることなく、今はもう忘れているのかもしれない……というか半分黒歴史で結果オーライとはいえ忘れてほしい。
雨澄の帰り際、俺は話すとを決めていたことがあった。
「あのさ雨澄」
「――なに?」
それは、俺がここまで世界をやり直してきた意味。
「八月二十二日、十二時に俺の家に来てほしい」
俺はついに言った、そのタイミングは死神が出現するタイミングだった。
前世界と出現タイミングが変わらないという大前提があるが、桐はそれに関しては「問題ないはずじゃ」と話していたので信じる。
雨澄と共闘し、桐の力も借りて、更に――
あの死神を倒すためには多くの人の力が必要なのだ。
「――……それは、いわゆるお誘い?」
雨澄に微妙に引かれ気味な表情でそう聞き返されて、俺はようやく理解する。
「いや! そういう意味ではなくてな! その日は今日みたく昼食をご馳走するからと、予め言っておこうと思ってな」
「――その間はお弁当は無し?」
「いやそうじゃない! むしろ月水金俺の家に来てくれれば昼食はご馳走する! ただその日は日曜だからどうかと聞いてみたんだ」
「――……問題ない、むしろ日曜も美味しい手料理を食べられてありがたい」
それを聞いてほっと胸をなで下ろす。
とりあえず前振りというか口実は出来た、それから俺はようやく本題を話す。
「それで雨澄、その日曜来る時には――食前にちょっと特A級との異の戦闘があるかもしれないんだ」
運命の日は迫る。