第575話 √5-56 より幸せに
クリスマスイブも休まず更新!
<U視点>
桐とホニさんに打ち明けたあと、俺の片割れこと<ユウジ>は睡眠をとるべく眠りに就いた。
そして今現在の俺こと<U>はこれからが本当の戦いである。
なにせ雨澄への貢献度譲渡と、分身という願いによって一日の貢献度消費速度が二倍になったことで現在ピンチ!
一時間につき一度、一日で二十四度の消費だったところが単純二倍の四十八度が消費されてしまう。
もとが五〇〇度であり、半分を譲渡したことで二五〇度……貢献度が尽きるまで五日ちょっとと言ったところだろう。
ということから前世界での知識もある俺は、仮面とマントを付けて深夜繰り出したのだ――
「うおおおおおおおおおおお」
俺は早速小規模異を狩り始める。
俺の相方は生憎ナタリーではなく喋りもしない可愛げのない普通の鉈の形をした神器ではあるが、重量や持った感じはナタリーを限りなく再現しているようで実用的には問題なかった。
ただし強いて言うならば喋る相手が居なくて寂しいのだが、本来鉈と喋っているほうがアブナイので正常なのだろう。
そうして鉈を手に一応保険で最初の数体こそ小規模に絞ったが、戦ってみた感想として前の世界の感覚が残っているせいか中規模を狩っても問題なさそうに思えた。
最初の一時間を過ぎると、俺は中規模異も探知できるよう調整し挑むようになっていた。
深夜の〇時から四時にかけてひたすら小規模中規模問わずに倒していき、神裁初日で五〇〇〇ほど稼いだのだった。
消費速度が二倍とはいえ、当分は貢献度に困らないだろう。
しかし俺は分身した以上は、出来るだけ貢献度を稼ごうとも決めていた。
貢献度に見合った見返りも確かに魅力ではあるが、貢献度を溜めて能力を得なければならないのだ――俺があの死神と戦って勝つ為には。
* *
六月一日
<ユウジ視点>
四時、俺は目覚ましを止めて起床する。
深夜の間はUに任せていればいいと思いがちだが、俺もしなければならないことはある。
少しして早朝な為に抜き足差し足忍び足でUが帰ってきた、Uと俺が目と目を合わせるとUの間の記憶や経験が脳内に流れ込んでくる。
なるほど、今日だけで貢献度五〇〇〇を稼いだか……良い滑り出しだ。
それからUは仮面とマントを外して「じゃあ俺は寝るわ」と、桐と俺で予め作っておいた押入れ (注:桐の能力によって本来間取りではなかった押入れを生み出した)に布団を敷いて寝る。
何かの間違いで俺が二人いることを桐やホニさん以外に知られてはならない……わけではないと思うが、面倒なことになりそうなので極力避けたい。
そして防音押入れでUが眠り始めた頃、俺はジャージに着替えて、外に出る。
「さてと……早朝ランニング行きますか」
神裁担当のUがいるからと、俺は鍛錬をサボってはいけない。
なにせこっちの俺は、これから神裁の力抜きでホニさんを守る必要性があるからだ。
もちろん桐のサポートを受けるのは俺であり、それ以外の努力を怠ってはいけない。
ホニさんの非干渉化を願わなかった以上、ホニさんは狙おうと思えば俺以外の神裁は狙うことが出来るのだ。
本来ならば雨澄もホニさんを狙ってもおかしくはなかった、そこを何とかするための貢献度譲渡や弁当作戦なのである。
俺は一時間ほどのランニングを終えて、五時にキッチンに行って早速朝食や弁当の準備を始める。
今日は雨澄に弁当を作る日ではないが、明日は作る日で前の世界と違って週三で作る約束になっている。
忘れないようにしなければ――
学校に行って学園生活を送るのも俺だ、もちろんホニさんを守る為でもあるが分身したからとだらけてはいられない。
そして今日は福島と走競技のトレーニングをする火曜日だ。
体育祭までの期間ではあるが、スパルタとはいえ福島の教え方は上手く速く・長く走るコツを掴んでいく、
もっとも前の世界の知識があるために、その知識に身体の動きを追いつかせるためなのだが。
「だいぶ速くなってきたなー、いいじゃん下之」
「マジか。そりゃ嬉しい」
「だいぶ板についてきたというか、前と比べても劇的に良くなってね? 私が数回しか教えてないのに見違えるほどだわ」
「おお、お墨付き」
おそらく福島から見れば二週間の間に良くなったとしか見えないだろうが、実際は俺は世界をやり直しているのだ。
前の世界の結末を迎えるまでをプラスすれば二週間では済まない、俺はそしてまた世界をやり直さないためにこうして福島の手も借りて力を付けているのだ。
それから福島と記憶の中にある会話と同じようなものをして。
「実のところだけどさ……次の体育祭で良い順位とって、そのだ……気になってる人に注目してほしいんだよな」
「……マジで?」
「おう、マジマジ」
前の世界のその時の俺は曖昧だったが今なら確信できる、あの頃から俺は雨澄に見てほしかったのだ。
好意を抱いている人間に注目してほしかったのだ、だから福島への咄嗟の言い訳に聞こえるそれも決して嘘ではなかった。
「下之好きな人いるのかっ! いや、ビックリした! ……で、誰よ?」
前の世界の俺はこの時好きな人というより、と誤魔化していた。
「それは言えないな! 結果を楽しみにしてくれ」
「お、私口説かれちゃってる? 照れちゃうなー」
「福島には感謝してるけどちげーよ!」
「だよなー、知ってるわー」
そうして二人冗談を言って笑い合った、それから体育祭まで福島には鍛錬の協力をよろしくするのだった。
* *
<U視点>
俺ことUの朝は遅い。
時間は昼も近い十時である、六時間は寝たらしい……そういえば前の世界でもこんなに寝たのはいつ以来だろうか。
「さて、昼食前の昼の狩りと行きますかね」
俺はそうして部屋を出て階段を降りる、もちろん仮面とマントも忘れていない。
しかし深夜も確かにそうだが、真昼間に仮面とマントを付けた男が町中を駆けまわっていたら通報案件だろう。
もちろん対策を考えてある、ホニさんに聞いて”存在の力を薄くする”方法と桐には”影薄くナール”的な能力を付与してもらった。
どういう原理かは分からないが、やろうと思えばできるらしいホニさんがかつて中の人の時陽子の飢えを凌ぐためにやっていたもので、周囲から認識されづらくなるという。
そして保険とばかりに桐の能力も使わせてもらう、これで真昼間に明らかな変質者な俺が駆けまわっても周囲には反応されにくくなるらしかった。
俺はそうして夏も近いからと外に出る前に水分補給でもしようと思い、居間の扉を開けたその時だった。
「…………え?」
「…………ん?」
居間のテレビの前では、見知らぬ人間が洗濯物を畳んでいた。
いや見知らぬということはない、良く見れば――
「お、お前……美優なのか?」
「っ!? え、あ、えと、その…………っ!」
そこには二年は顔を合わせていない美優が居た。
髪は伸びきっていくらかボサボサ気味でこそあるが、一年半の時を経て少しだけ成長している、籠っているせいか前に見たときよりも色白な――俺の実妹美優だった。
「ご、ごめん……っ!」
「ちょ……!」
美優はそう言うと洗濯物を途中にして立ち上がって居間を出てしまった。
俺は咄嗟のことに判断が追い付かす数秒遅れて居間を出て追ったものの、既に美優は二階に上がって自室に籠ってしまったあとだった……足はええ。
「…………桐が言ってたな。家事を何とかするって言って、それでなんとかしてたのは――」
美優の手によるものだったのか。
「マジかー……マジかー」
桐の言う通りならば、いつの間にかホニさんがやっていた家事が終わっているようになったのは前の世界の少し前のタイミングだったはず。
想像以上にショックだった。
どちらかといえば活発寄りだった美優の変貌具合もそうだが――俺、美優が外に出てること気づけなかったんだな。
美優に知らず知らず助けられていたのに気づけないことがショックで、情けなく思えた。
「……悪いことしたな」
美優としても俺とは顔を合わせたくなかったのだろう、なにせ一年半も顔を合わせないほどだ。
今も俺のことを……良くは思ってないのだろう。
そんな美優の家事を途中にさせて、また籠らせてしまった。
「スマン美優」
俺は聞こえるはずのない美優に謝ると、また二階から下りて水分摂取も忘れて外に出た。
……もう一人の俺ことユウジはどう思うだろうか、そんなことを考えながら十時半家を出て異を狩り始めたのだった。