第574話 √5-55 より幸せに
ええと我です。
我は気づくと周囲の時間が巻き戻っていました。
夏までは進んだ時が、おそらくユウジさんのげえむ攻略失敗で再度やり直しになったのかな?
しかし我はそのユウジさんがどうして攻略に失敗したかを知らなかった。
……我の結ばれた世界のことを思うと、きっとあまり良い結末ではなかったのだろうけど。
桐はそれを聞いても口を閉ざしたままで語ろうとせず、それっぽいことで誤魔化している節があって。
何があったんだろう?
我が覚えている限りの前の世界ではユウジさんが神裁になって、我を守るために神様に願って、それで戦って――
それからいつしかユウジさんと接点を持つことが少なくなっていった……はず。
ユウジさんは雨澄と順調に関係を形作っていって、そうすると我とユウジさんが一緒に下校することも家事をすることも少なくなって。
寂しかったけど、それがユウジさんを最低限サポートする上で最善だと思ったから。
だから時折の食卓の会話や、学校での会話以外はあまりユウジさんと話すタイミングもなくて……そしていつの間にか世界がやり直されていた。
我が覚えているというか、記憶にあるのはそれだった。
でも違和感を覚えてしまう、何か大事なことが欠落しているようなそんな気がしてならないのに、思い出そうとすれば日々のことを総て思い出すことが出来る。
我はその違和感の正体を、さっぱり突き止めることは出来なかった。
違和感といえば前の前の世界、ユウジさんは入院している女の子と文通をして紆余曲折あってエンディングを迎えたはず。
その時に一度ユウジさんは……自殺してやり直して、我や桐も協力して本来の結末を捻じ曲げてハッピーエンドにした。
それぞれの記憶もちゃんとあるけど、これも違和感があって――我はその時に劇的なことがあった気がする。
けれどやっぱり思い出せない、そしてその劇的なことがなくても記憶の中の物語は完結してしまうのが尚更違和感を増幅させる。
我は何を忘れているのだろう、その忘れていることがらで我は何をしたのだろう。
いくら考えても解決の糸口は見つからない――
この世界で桐と合流して、ユウジさんが神裁になって帰ってくるまで我はそんなことを考え続けていた。
そしてユウジさんが帰って来て「色々あったけど、あとで桐とホニさんに話すよ」と言い家事などを終えた時間になって。
我と桐はユウジさんの部屋に呼び出された。
* *
俺は前の世界の通りならば桐とホニさんを呼び出して自分が神裁になったことを知らせることになっていた。
しかしその前に桐が俺を呼びだしたのだ、そうして何かと思って桐の部屋に入る。
「お主は理解しているかもしれんが、この世界は……いや雨澄との世界は二度目じゃ」
「ああ、分かってる。俺は前の世界で失敗した」
俺はその時やっぱりと思った。
桐のこの発言は決して、前の世界が存在していたことを知ってる前提でしか出てこない。
以前考えた桐が何者かについて、俺がプレイヤーサイドならば桐は管理サイドにあることが合っていると思って良いようだ。
「前の世界はあらゆるフラグによって、ホニさんの精神が崩壊して……世界が終わった」
「ああ、そうだったな」
桐もそこまでは認識しているようだった、少なくとも俺が死神と戦って目覚めたことには桐は居なかったのだが。
「……そしてお主に一つ約束してほしいものがあるのじゃ」
「なんだ?」
桐はいつになく真剣な面持ちだった、俺も茶化すことなくその約束について問う。
「まず前提条件として、この世界のホニさんは前世界で世界を終わらせたことを覚えていない」
「……単純な疑問なんだが、俺と桐のほかに前の世界を覚えているヤツっているのか」
「うむ、ナタリーがそうじゃな。そして――本来はホニさんもこれまでの世界を覚えている」
俺は予想外だった、ナタリーは特殊だからいいにしてもホニさんが前世界のことを覚えていることが不思議だった。
それではまるでホニさんが桐と同じ管理サイドにいるのでは、と思っていまう。
「本来はってことは、今回に関しては覚えてないのか」
「いや、前世界の記憶自体はあるが――前世界で自身が世界を終わらせたことをは覚えていない、ということじゃ」
「……ホニさんは今その特定の記憶だけ無いって言いたいんだな」
「うむ」
しかしそれも仕方ないというか、むしろ幸運なのかもしれない。
ホニさんの性格からして、自身が世界を終わらせただなんて覚えていたら自分を責めかねないと思ったのだ。
だからある意味都合がよくて、ある意味ではその方が幸せなのかもしれない。
「ホニさんがそういう状況だから示しを合わせろと、そういうことだな?」
「うむ、そういうことじゃ。とりあえずそれを言っておきたくての――」
そうして桐は「もう大丈夫じゃ、引き留めて悪かったの」と言って桐との話は終わった。
つまりはホニさんと話す時には、ホニさんが前世界の自身が世界を終わらせた原因だったことが無い前提で話すべきということだろう。
好んで話題にすることでもないのだが、桐がこう言ってくるあたり連想させる言葉も喜ばしくはないと考えていいに違いない。
「さてっと、夕食の準備手伝いに行きますかねー」
俺は桐の部屋を出て、姉貴とホニさんがせっせと手を動かしているキッチンに向かった。
「ということで”神裁”になってきた」
そう桐とホニさんを集めた自室で打ち明けたのは前の世界と同じ時間、家事ほかを終わらせて時間に余裕が出来たタイミングだ。
「ということで――ではないっ! お主、今の自分がどういう存在になって……どういう状況なのか理解しておるのか!?」
桐は俺が繰り返したことを知っている――そして桐は俺たちプレイヤーサイドではない立場だ。
「そりゃ放課後バトルアクションモノのごとく、無双するんだろ」
「……ふざけるでない。お主は今日から十日間の間に異コトナリを打ち倒さないと――消えるのじゃぞ?」
「っ! ユウジさん……それって!?」
ここまでの会話も大体同じだ、しかし桐の言っていることには間違いがある。
それは――
「いや十日間も無いぞ、その半分だ」
「っ!? ユ、ユウジお主は何を願ったのじゃ! ホニさんの非干渉化ではないのか!?」
「それなら、ユウジさんは何を願ったの……?」
桐も貢献度が半減の、更に半減し実質四分の一となった事態は予想していなかったようで動揺にまかせて声を荒げる。
なるほどな、桐にも分からないことはあると考えてよさそうだ。
「それはだな……ゴホン、えーっと”分身”っ!」
特掛け声とかも決めていなかったが適当に、そう叫ぶと――
「おお」「おお」
目の前にもう一人の俺が現れた。
「どういうことなのじゃ!?」
「ユウジさんが二人!?」
これには二人も驚愕、というか分身した俺も驚いている。
目の前に俺がいるってのは……なんとも言えないな。
しかし俺はそんな中でふと疑問に思う、果たして目の前に居るのは本当に俺なのかと。
もしかしたら俺の皮を被った別人かもしれない、それはいけないととある質問をする――
「好きな格好は」「スク水だな」
「好きな総菜パンは」「カレーパン」
「好きな番組は」「B級アニメ」
俺がそう質問すると、まさに俺と同じ答えが返ってくる。
「紛れも無く俺だな」「ああ」
下之ユウジは、分身出来る様になって今後話し相手に困らなくなった!
「ということで」「分身したわけだ」
意識が深層心理だかでつながっているのか、言いたいことを続けてくれる分身俺マジ便利。
「そもそも疑問なのじゃが……なぜ? 二人いるなら片方寄越すのじゃ」
「なんでユウジさんは分身したの……? というか二人いるなら一人ぐらいいよね」
なぜか分身したことで俺の取り合いが発生しているがスルーする、そうこの分身したのには理由がある。
「時々考えないか? あー、自分が二人いたら出来ることもあるのになー……ってこと」
「ふむ、それは分かる」
「分かるかも。我も二人いたら片方は学校行って、もう片方は家で家事やれるもんね」
「そういう発想だ。つまり一人は学園生活を謳歌して、もう片方は神裁として貢献度を集めると」
どうして人間の身体であり一日はニ十四時間という制約がある以上、出来ることに限りはある。
それが単純計算で二人ならば四十八時間、出来ることも一人の二倍ということになるのだ。
……まぁそう上手くはいかずに、あくまで五割増しとかぐらいに落ち着くだろうけど。
「……理屈は分かるし発想もするが、まさか実際に自身の分身させるとは予想外じゃ」
「本当に瓜二つというか、本当にユウジさんが二人になってるんだね……」
実際に目の前にいる俺は鏡写しだった、正確には鏡写しでは反転した俺が映ることになるのだが。
「まぁ、そういうこともあって分身している間のサポートとか桐もホニさんも頼むよ」
「うむ、それは問題ない」
「我も……?」
「ああ、ホニさんにも今後手伝ってもらう機会があるかもしれない。その時は頼むよ」
正直ホニさんを危険な目に合わせたくはないのだが、今考えていることを実行に移すならホニさんの協力は必要不可欠だった。
「っ! うん! 手伝って欲しいときは遠慮なく言ってね!」
そうホニさんに提案してみると、ホニさんは嬉しそうに笑っていった。
……そうか、ホニさんを非干渉化して過保護にするよりもこうするべきだったのかもしれないな。
俺はそう思いつつ、今後の計画をホニさんと桐に説明するのだった。
そうしてこれから俺Aと俺Bと分けて呼称……するつもりだったが、こんがりがりそうだったので考えた。
「まずは……学園生活を送って、ナタリーを持っている方が”ユウジ”とするかな」
前の世界ではナタリーを神裁が持つ”神器”扱いにもしていたのだが、この世界ではそうしない。
ナタリーと別に神には神器を用意してもらった、もっともその神器は使い慣れた鉈(注:しゃべらない・自立行動をしないものを指す)なのだが。
「それで神裁として貢献度を稼ぐ方はそうだな――」
そこでふと雨澄に連れられて行ったアロンツの集会の際に、アロンツのメンバーが頭文字らしい一文字で呼び合っていたことを思い出す。
その時に決められた俺の呼び方は――
「Uとでもするか」
ということから通常の学園生活を送る方を”ユウジ”、神裁として貢献度を稼ぐ方を”U”とすることにした。
しかしそこで桐は問題点を挙げた。
「名前はいいとしても、瓜二つ故に区別が付かぬな……よし”物体想像的な能力”」
桐が使えるという二十ぐらいあるというチート能力を使って――目元を覆う仮面と、マントを生成した。
そして俺がなんだこれと反応する前に桐が俺 (U)の方に装着してしまった。
「よしこれでこっちは”謎の鉈持ち仮面U”じゃ!」
「お、おう」
桐がそう言って手鏡で見せ、もう片方のユウジもその仮面を付けたUを見るが……完全に変質者なのでは。
これでクソデカい槍でも持っていれば仮面を付ければ性格が豹変するナイトラ●サー的なものになるのだが、あいにく持っているのは神器の鉈 (注)である
「Uが外に出て神裁として貢献度を稼ぐ時はこの仮面とマントが必須じゃぞ!」
「……もうちょっとなんとかならないのか」
「それが嫌ならスポンサーの名前入りスーツか、ふもっふとか言いそうなキグルミになるのじゃが良いのか?」
「……コレデイイデス」
桐に強引に押し付けられた仮面とマントによって、神裁のU。
そしてこれまで通りの平常運行のユウジ。
この分身状態で、二重の生活が始まることとなった。