第573話 √5-54 より幸せに
気づくと俺は白い空間に居た。
見覚えがある、他でもない俺が神に望みを願い神裁となった場所だ。
――ようこそ、新たな”神裁”候補よ。
これまた聞き覚えのある年若いであろう女性の声が耳を介すことなく頭の中に直接流れ込んでくる。
実際自称神の言葉は以前とまるで同じだったので、俺は聞き流していく……ところだったのだが。
一応かつてと同じ相槌と質問のようなものをした、もちろん返ってくる言葉は一字一句同じであった。
――汝の願いを申してみよ。
……来た、このタイミングが。
ここがいわゆる大本の分岐点だろうと思う、今後の運命を結末を決定づける重要な局面だと知っている。
そして俺が願うのは「ホニさんの神裁による非干渉化」ではない――
「もう一人の俺が欲しい」
――もう一人の……汝?
それには神も疑問だったようで、以前と違って可能と即答はしてくれなかった。
「都合の良い時だけ分身出来る様にしたいんだ、それぞれが別行動をして、場合によっては一人に戻って……出来るか?」
――可能だ、しかし分身の片割れは神裁の力を行使することは出来ない。
「ああ、それでいい」
――それでは今後汝には”神裁”として神に、世界に貢献を約束してもらおう。その身を神に捧げられるか?
「約束する、この身は神に捧げる」
そうして俺は神に願ったのだ、自分が分身出来る様にと。
同じ過ちを繰り返さないように――ホニさんを守りつつも、神裁として動き、そして学校生活も家事だってするし……きっと雨澄と恋だってする。
欲張りでも、強欲でもいいじゃないか。
どんな手を使っても、神に願って自分を二人にするなんて変化球にもほどがある、反則かもしれないことであっても――俺は自分を含めて全員が幸せになる未来を迎えたいのだ。
ルール説明を神から受けた。
大体はかつてのものと変わらなかったが三つだけ、異なる点があった。
――貢献度が尽きた場合は、分身していても両方共に存在を抹消される。
理屈は分かる、神への願いは貢献度あってのもの。
それが尽きてなし崩し的に半身が残ると言う事態にはならないことを神は言った。
――片方は貢献度を高めることは出来ない。
神曰く神裁扱いとなるのは片方で、もう片方は単なる人間になるという。
――そして貢献度の一日の消費スピードも分身二人あって更に倍。
……正直、理不尽じゃね!? とも思ったが素直に従うほかならない。
ここで突っぱねられてはすべてがご破算なのだ……足元見やがってこのケチ神めぇ。
そもそも片方は神裁扱いじゃないなら二倍消費の理屈はおかしいだろうとか言ってはいけない、いけないのだ。
そんな神の足元を見るような提案を呑んだ。
まぁ冷静に考えればこんな反則紛いのことで、これだけの制限・ハンデで済んだだけありがたいのかもしれない。
そうして神からのルール説明をすべて終えて俺は再び神裁となった。
* *
それから現実に戻ってきた時の反応は早かった。
目の前にいる雨澄を確認してから、俺はまずやることがあった。
「雨澄、神裁になってきた。それでだ……”貢献度の雨澄への譲渡――二五〇度”」
「――っ!? あなたは何をしているのか……!」
「分かってる……まぁ、せめてもの補償みたいなもんだ」
「――補償?」
ここまでは前と大体同じ。
といっても貢献度の消費が二倍で、今回の貢献度譲渡で俺に残された猶予は十日もなく数日しかなくなってしまったのだが……今はそれはいい。
そして俺は決意していた行動に出た。
「雨澄っ! 頼みがあるっ」
平身低頭覇。
一万年と二千年前を歌ったアニメの二期ではそんな名称だったが、いわゆる土下座である。
ジャパーニーズDOGEZA、それ以外に表現しようがないアスファルトに正座して頭をこすりつけての土下座だった。
ここからは勢いがものを言う――なにせこの世界では、俺がホニさんへの神裁への非干渉化を願っていない以上は狙おうと思えばいつでもホニさんを狙えるのだ。
「ホニさんを……これ以上狙わないでくれっ!」
「――……な、何を言って」
「頼む! この通りだ! 俺は家族を失いたくない! それに――」
「――それに?」
勢いがものを言うと言ったが、俺は嘘をついてはいない、俺の本心を……俺の本音をぶつけているだけにすぎない。
「雨澄と敵対したくない!」
本心から出た言葉だった。
仮にも前の世界では惚れた女の子である、このまま敵になるなんて勘弁願いたかった。
「――どうして?」
さぁ本音をぶつけろ、俺が言いたいことを言え、その真っ直ぐな気持ちはきっと伝わるはずだ――
「俺、雨澄のことが好きかもしれないから」
それ言っちゃうの!? 俺それ言っちゃうの!?
なぜ言ったし、いくら本音であろうとなぜこのタイミングで言ってしまったし!?
「――ふざけないで」
ですよね。
雨澄はかつてのような敵対するなオーラを身にまとって言い放った……ううっ、雨澄とのまた見えない心の壁が。
「――そんな取ってつけたような理由なんていらない」
ですよねー。
これまで何の伏線もなくそんなこと言うなんて雨澄側からしたら、たまったもんじゃないですよねー。
……俺は前の世界で自覚しちゃってるんですけどね! 雨澄のこと好きだってっ!
「――大体私にそんな……惚れられる要素はない」
「それは違うよ!」
途端俺から放たれた弾丸が雨澄を貫いた――いや下ネタ的な意味ではないですよ。
「――なら私のどこが良い?」
すげえ雨澄にこんなこと聞かせる展開になるなんて思いもよらなかった。
というか今の雨澄って俺と未だ敵対中の、助けてもらったお礼の延長線上の休戦状態なはずなんだが。
気のせいか前の世界の同じタイミングの雨澄とは違った印象を受ける……心なしか饒舌というか、前の世界の俺が告白する前ぐらいに話すというか。
気のせいだろうけど、気のせいだろうけどね!
そして俺は雨澄がどこがいいと思ったのか。
容姿だってお世辞抜きに整っているし、彼女の儚げな様子とは裏腹に食への好奇心というか……そうだ。
「雨澄がご飯食べてるところ見て……ぐっときた!」
嘘じゃないんだよ、それはこう自分の作った弁当を食べている時に思った感情であって決して不純なものではない。
「――……」
これには雨澄も硬直、閉口である。
ドン引き間違いなしである、どうしてこうなったのか、どうしてここまでこじれてしまったのか。
やってしまったあああああああああああああと内心で叫んでいると、思わぬ言葉を雨澄は放った。
「――……お弁当週三」
「え?」
「――私がホニ神を狙わない条件、週三でのお弁当を希望する」
「ああ……ああ、それで良いなら!」
「――……これまでに二度も助けられている、土下座をされてここまで言われては……しょうがない」
雨澄はその時に呆れ気味とはいえ、ふっと微笑んだ気がした。
その見間違いかもしれない表情に俺はどきりとさせられてしまったのだ。
「――……貢献度、感謝する」
「今日は付き合ってくれてありがとな、雨澄」
「――……また学校で、水曜に」
どうやら弁当デイは月・水・金になったようだった。
共に雨澄が今後も弁当を介してとはいえ俺と接触を持ってくれることも言ってくれた瞬間だった。
内心ガッツポーズ、これで第一段階はクリアになる。
……まぁ多少の想定外の展開を引き起こしてしまったのは確かだが結果オーライだ。
そうして俺は分身出来る力を使って――二重の生活を始めることになる。