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第571話 √5-52 より幸せに

 俺が目が覚めると、見知らぬ天井だった。

 いや正確には天井ではなく、生い茂る緑が目に入った。


「……ん?」


 意識が覚醒して目を覚ますと――


「なんだ……これ」


 俺の部屋だったらしき場所が緑に埋め尽くされていた。


「夢……なのか?」


 俺は思わず飛び起きて俺の部屋だったらしいところの、扉に這っている蔦と取り除いて廊下に出る。


「……なんだよこれ」


 廊下は地面から壁、天井に至るまで緑に覆われていた。

 かろうじて一階に続く階段までの道が示されているだけで、ここが俺の家だったとは到底思えなかった。


「悪い夢でも見てる気分だ」


 そういえば思い出していく。

 そうだ、俺は貢献度の高い異に苦戦して、なんとか逃げ帰ってきたはいいもののボロボロで玄関で力尽きて、それで――


「どうなったんだ……?」

『ユウさん……ユウさん』


 その時ふと声がした。

 何度も聞き慣れてこそいるが、それは――


「ナタリーか! 待ってろ……!」


 俺は部屋の中に茂る草木を千切っては投げて、ナタリーこと鉈を探した。

 すると――


『はぁ、空気が美味しい』

「ナタリー!」


 深く編まれた草の下からナタリーを掘り出せた。


『ありがとうございますユウさん。それで、今の状況はですね……とりあえず外に出てもらえますか?』

「あ、ああ」


 まるでナタリーは知っているかのようだったが、詳しく聞くは後にしてここは言われた通りにしようと部屋を出る……酷い胸騒ぎがするのだ。

 実際自分の部屋にとどまらず家の窓すべてが厚い蔦に覆われて見えなかったところで、状況確認の為には外に出るのは正しいだろう。 

 一階に降り立っても家の中は緑に覆われていた、しかし家の外に続く玄関までの道筋は導くように存在していた。


 俺は草に呑まれかかっていたサンダルを履いて、玄関戸を開けて家を出る。

 そこには――


「なんだよ……これ」


 樹海が広がっていた。

 家の前の、かつてはアスファルトに舗装されていた道路は草木に覆われて絨毯のようになっている。

 かつての道路だったことが分かる平たく草に覆われた場所、そして見上げれば空高くそびえる大木や蔦などの数々。


「っ!」


 どこか俺の家だけ別のところに飛ばされたのではとも思ってしまうが。

 そうではないことを示すのが、隣にあるユイの家――だったもの。


 そのほかにも長年この場所に住んでいれば分かる痕跡がいくらでも見つかってしまう。


「何がどうなって――」

『何から話すべきでしょうか……』


 そう思った途端にふと気づいてしまう。


「人が居ない……それに俺の家族は……?」

『それは……』


 とてつもなく嫌な予感がする。

 この樹木に覆われた世界には人気(ひとけ)がなかった、あまりにも静かすぎて俺の声と草木が風に揺れる音しかしない、猫や犬やら小動物の鳴き声すら聞こえてこない。


「桐ー! 姉貴ー! 美優ー! クランナーっ!」


 呼んでも声が響くだけだった。

 そして俺は、最後に呼んでいない名前を叫んだ――



「ホニさんっ!」



 呼んで一瞬だった。

 まるで以前からそこに居たかのように、彼女が佇んでいる。 



「はい、ユウジさん」


 

 そこには気づくとホニさんが居た。


「ホニさん! 無事だったか、良かった」


 俺はほっと胸をなで下ろす。

 目の前には藍浜高校の制服を着たホニさんがいつものように立っていたのだ、ようやく俺以外の人間に遭遇できて、ホニさんが無事だったことに俺は安堵していた。

 しかしナタリーの反応は俺とは真逆だった。


『ユウさんっ! ホニさんから離れてくださいっ』

「え?」


 ナタリーは死神と敵対したと同じぐらいの警戒心を丸出しにしていた。

 いやおかしいだろう、そこにいるのは俺の家族の一人で可愛らしい健気で謙虚な神様のホニさんであって――


「ナタリーは何を言っているんですか? なんでそんな――意地悪なこと言うんですか」


 そして俺が気づく間もなかった、手に持っていたナタリーはホニさんの周囲から生み出された草木の触手によって瞬く間に弾き飛ばされたのだ。


「ホニさん一体何を……?」

「これで邪魔者は誰もいません、我とユウジさんの二人の世界です」     

「何を言っているんだホニさん……俺と二人って」

「そのままの意味ですよ。いらないので消したんです」


 ホニさんが何を言っているのかさっぱり分からない。

 いつもの調子で、いつものホニさんの表情で言うからこそ意味がより分からなくなる。


「ユウジさんを傷つける存在なんて誰も必要ありませんから、我一人で十分なんです」

「ホニさん」

「だから今こうして二人きりになれて、幸せなんです」

「ホニさんっ」

「誰にも邪魔されない、誰もユウジさんを傷つけない――平和な世界」

「ホニさんっ!」


 俺の声はホニさんに届かない、届いていないのが分かってしまった。

 近くにいて、ホニさんはいつもと変わらないのに――俺はホニさんの形をしたおぞましい何かと対峙しているように思えて寒気がした。



「力はあったのですから、最初からこうすれば良かったです」 



 俺は子の時点である程度は理解してしまった。

 本当はそんな事実受け入れたくはなかった、しかし今の現状が物語っている。

 この世界は異常で、そして目の前のホニさんも異常だった。


「ナタリー!」

『はいっ! ユウさん』


 弾き飛ばされたナタリーを呼びかけによって手の中に取り戻す。


「……? ユウジさん、それはどういうことですか?」

「本当のホニさんをどこへやった?」

「? 我は我ですよ? おかしいですね」

「じゃあ聞くぞ……今のこの世界は、ホニさんがやったのか?」

「はい! 我が全部っ」


 冷汗が止まらない。

 今のホニさんが怖くて、それでも見た目が変わらないのが怖かった。

 

 そうか、きっと今俺の目の前にいるホニさんもホニさんなんだ。


 誰かが乗り移ったわけでもない、そっくりさんというわけでもない、異に憑かれているわけでもない。

 今そこにいるホニさんは紛れもなく――俺の家族のホニさんなのだ。


 俺は結界を発動させた、世界がパステルカラーに塗り替えられる。


「っ……ホニさんっ!」

「ユウジさん、幸せになりましょう」


 俺はナタリーを構えてホニさんに足を走らせた。

 そんな異常行動をしてもホニさんは、未だ笑顔のままだ。


 分かっているのだ。

 そして俺の選択が、判断が大きく誤りだったことも分かってしまったのだ。


 俺はホニさんにナタリーを振り下ろした。


「くっ……!」


 もしナタリーが振り下ろされているのならば、想像したくもないがホニさんのおそらく頭頂部に鉈の先が刺さり血を噴き出していただろう。

 しかし、実際はまるで見えない膜のようなものにはじき返された。


「ユウジさんのおかげです、ユウジさんが願ってくれたおかげで我は今こうして存在できているのですから」


 俺が神に願った”神裁”の非干渉化は”神裁”である俺にももちろん有効だった。

 そして俺がさっき目覚めるまでも、その非干渉化は発揮されて――この世界が緑に呑まれるまでになったのだろう。


「ああ、大好きですユウジさん。これまでにも繰り返してきた何年もの何十年もの月日待ちこがれていました――またユウジさんと結ばれる日のことを」

「…………」

「これから二人で幸せになりましょう」


 ああ、失敗した。

 俺の選択と行動が招いた結果だ。


 こうして世界を終わらせてしまうほどに、ホニさんを壊してしまった。


 そしてこの世界は詰んでしまった。

 もう取り返しがつかないところまで来てしまった。


「……”神裁”の力は、今も使えるんだな」


 おそらくこの世界の神は死んでしまっているのだ。

 この世界と同じように。

 それでも神裁の力は使えて、俺の願いも有効で、本来貢献するはずの世界が終わっているのを考えると皮肉でしかない。

  

「――神代力(シンダイリキ)「最大」持ってけ……”一撃必殺”」


 神代力、エネルギーなどの対価を用いて能力を底上げするもの。

 俺はそれに――残っていた献度も自分の寿命のありったけのすべてを賭けたのだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 ナタリーをホニさんに振り下ろす。

 緑に覆われていた住宅街の景色がまるごと消し飛び、半径何百メートル、深さも何メートルもあるであろう大きなクレーターが出来上がる。


 しかしホニさんはまったくの無傷だった。


 俺の残りの貢献度も寿命もすべてを費やしてナタリーにかけた追加効果をもってしても――ホニさんは倒せなかった。

 

 そこで俺の寿命が尽きる。

 あっという間だった、静かに身体の力が抜けて動けなくなり、ふっと身体が軽くなったような錯覚を覚える。


「あれ? ユウジさん寝ちゃったんですね」


 俺はそこで死んでいた、しかしほんの少しの猶予があった。

 といっても身体が動かせるわけでもなく、声を出せることも無い。

 見開かれたままの目から見える、耳から聞こえるだけのロスタイム。


「これでずっと一緒ですよ――ユウジさん」


 そしてホニさんは俺の唇にキスをした。

 しかし死んでいる俺は何も感じることはない。


 それから時が来たようにしてラグのごとく意識が時間差で途絶えていく、そして身体から魂がはじき出されたその一瞬。

 俺はひと時の間俯瞰で世界を眺めることとなった。


「ふふ……ユウジさん」


 俺の亡骸を笑顔で抱きしめるホニさんの姿が、ひどく印象的だった。 

 そうしてすべてが終わりを迎える。

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