第570話 √5-51 より幸せに
我はかつて一人の男性に恋をした。
いや正確には今も恋していて、彼の――ユウジさんの何か助けになりたいとこれまでもこれからも思い続けている。
でも我は無力だ、出来ることとしたら何回も繰り返した世界で身に染み付いた家事ぐらいしかない。
劇的にユウジさんを後押しすることが出来ない、我にはその力もその権利もなかった。
覚悟していたことだった。
それを分かっていて我は、この道を選んだはずだった。
これまでも、ギリギリな時はあったけれどなんとかなっていた。
それでも今回は堪えてしまう。
「この世界は、かつて我がユウジさんと結ばれた世界と良く似た世界だから」
途中までは殆ど変わることがない、それでも些細なズレが次第に広がっていき――似た世界でしかなくなる、同一な世界にはならない。
この世界での決定的だったのは、ユウジさんに我が自分の力を見せた時。
我と結ばれた時のユウジさんのその時の反応を今も手に取るように覚えている……それが違っていた。
決してユウジさんが我に冷たくしたわけでもない、むしろ家族と言ってくれて、大事に思ってくれている気持ちは痛いほどわかって。
でもその我に対する感情が家族のものでしかないことも、言葉からユウジさんの表情からわかってしまって――結ばれた時を知っている我には心が痛かった。
だから我の思い出に似た世界で、ユウジさんが別の人に惹かれて行く光景を見せつけられなければならなかった。
「ううん! 違う! 見せつけられてんじゃなくて――」
我が望んだこと。
この光景を見せられることが分かっているのに、我は”本位は忘れてしまう”ユウジさんとの思い出を残す為に、今の自分を選んだ。
その結果であって、まったく予測できないことではない、覚悟も出来ているはずだった。
だってこれまでも、ユウジさんと他の人と結ばれるところはいくらでも見たのだから。
確かに何も思わないことはなかった、胸がチクリとした、けれどそれも誤魔化せて押し込むことが出来た!
「それでも……こんなに辛いなんて」
胸が張り裂けそうになる。
もしかしたら、少し時間が違えば、ユウジさんの行動が違えければ、周囲の人間の言動や挙動が違うのなら――我とユウジさんが結ばれる世界になる。
可能性はゼロだと言われているのに、望んではいけないことなのに、もしもと思ってしまう。
自分が蒔いた種で、自分の歩んだ結果で、だからこそ誰を責められるわけでもない、むしろ責めるべきは自分だ……分かっていたことなのだから。
「知っていても……分かっていても――」
辛くて、切なくて、悲しくて。
前世界でも、それでやらかしかけた。
実際それでユウジさんの感情を乱してしまって、進行を妨げた。
桐はいつかの機会で『結果オーライ』と言っていたけれど――世界を台無しにしかけたことは変わらない。
それもユウジさんが我と結ばれた時のことを覚えているだけのこと、それで熱くなる我はどうかしている。
本当にどうかしていて……どうにかなっていて、そして今の我もどうにかなりそうで。
どうしようもなくて、誰に相談することもできなくて、我はユウジさんの今の妨げとならないようにその心を感情を抑え込むのが正しいのであって。
ただ我が結ばれた時と似たような世界で、ユウジさんがハンピーエンドを迎えるのを見届けるのが我が今出来るただ一つのことなのに。
「ユウジさんを困らせたくない」
ユウジさんの邪魔をしたくない。
「ユウジさんの笑顔が見たい」
ユウジさんの悲しむ顔は見たくない。
「それでも我は――」
また、もしも、何か間違いがあってでもいいから。
「ユウジさんと幸せになりたい」
結ばれたい。
あの我が生きて・存在してきた幾年の時間の中で一番満ち足りた時間をまた身で感じたい。
この似た世界はおそらく最後の機会だ、例え今の世界をダメにして物語を繰り返すこととなっても――ユウジさんとまた結ばれることの出来るかもしれないただ一つの機会。
でもその誘惑に抗わなければならない、それをやってしまえば世界はやり直されてまた数か月を無駄にする。
ユウジさん達をこの繰り返す世界と物語の中でさまよわせる時間を増やしてしまうだけ。
「でも我にとってはこれまでの時間なんて些細だよ? たったの一度ぐらいまた――夢見てもいいよね」
違う、そんなことダメだ。
それでは我がこれまでの記憶を有している意味が皆無になる、あくまで我は覚えていることでユウジさんの他の人と結ばれるためのサポートをする為に我は存在している。
「考えてもみなよ。本当にこれが最後のチャンスかもしれないんだよ? これを逃したら、どんな間違いがあっても――ユウジさんと結ばれることはないんだよ」
そんなこと聞きたくない!
もういい、誰だか知らないけれどもう静かにして!
我はユウジさんともう結ばれないって分かってるんだから――恋しないって決めたんだから!
「嘘ついちゃって。本当は今にでも”神裁”になって戦うユウジさんを抱きしめてあげたいのに、蕩けるようなキスもしたいのに」
うるさい!
「そもそも”神裁”から我を守る為に、一番近いところにユウジさんがいるはずだったのに」
うるさい! そんなこと思ってない!
「本当は今はなぜか隣にいる、ユウジさんを前の世界でもこの世界の少し前でも命を狙っていた雨澄が妬ましくて、羨ましくて――殺したいぐらいなのに」
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!
「ユウジさんが居れば、あとは何もいらないのに」
――――
「押し付けないでよ、我は我なんだから」
――――嘘だ。
「嘘ついてるのは我じゃない、心を押し込んで我慢して辛いのに笑顔を作ろうとしている――あなたの方がよっぽど嘘つき」
――――そんなこと――
「素直になろうよ、その方がきっと楽になれて――幸せになれる」
――――
そこで我の意識はプツンと途切れた。