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第565話 √5-46 より幸せに



 そうして公園から少し歩いて、俺としては通学路をたどって自宅に雨澄を連れてたどり着く。

 こうして普通に歩いていただけで汗ダラダラである、はやく家の中へ……空調天国を享受したい思いに狩られる。


「さぁさ入って入って」

「――……お邪魔します」


 俺は雨澄を家に招き入れることに成功した。

 幸い今日は姉貴は友人と出かけていて、クランナやアイシアも二人で出かけており、ユイは姫城さんやユキと遊びに出かけている。

 今この家に居るのは俺とホニさんと桐だけである(注:美優も居る事にはいるがここ数年姿を見ていないのでノーカウントとした)。


「――下之の家に来るのは二度目」

「ああ、戦いの最中に倒れて運び込んだっけな」

「――……今思っても情けない、申し訳ない……自己管理が出来ていないばかりに」

「あー、でもその時は……」


 俺は言いかけてやめる。

 あの時の雨澄は切羽詰っていて、雨澄が使えるカードをすべて切って俺に挑んだ戦いが終わった直後とはいえ、エネルギー切れを起こして倒れてしまうほどだったのだ。

 実際ホニさんを浄化することが出来ていれば雨澄の事情も改善されたかもしれない――が、俺はこの選択を後悔していない。

 俺は実際ホニさんを守るために戦ってきたのだ、その戦いの中で雨澄に事情を話されたとしても折れることはなかっただろうと思う。


「まぁいつまでも玄関にいてもしょうがないから、居間に案内するよ」


 雨澄はこくり頷いた。

 しかし玄関戸を閉めて、そこまで空調の効いていない玄関から居間に続く廊下であっても屋外の何十倍もマシに思える。

 それでも暑いことには代わりなく、地球温暖化なんてなんてその状態でガンガンに冷やしてある居間に雨澄を案内した。


「適当なところに座っていてくれ」


 雨澄は再度こくりと頷いて、そこら辺のちゃぶ台前の畳の上に座った。

 多分俺の覚えている限りなら、雨澄を運び込んでここで早めの夕食を食べてもらった時に座っていた場所のはずだった。


「とりあえずお茶持ってくるから待ってくれな」

「――……ありがとう」


 それから俺はキッチンの冷蔵庫を開けて冷えた麦茶を取り出し、コップには冷凍庫で製氷済みの凍りを惜しげもなく投入して麦茶を注ぎこむ。

 空調の効いた部屋で、これほどまでにキンキンに冷えた麦茶は先ほどまで灼熱地獄に居た俺と雨澄からすれば素晴らしいものに違いなかった。

 そしてちゃぶ台の上に麦茶の入ったボトルと麦茶の入れられたコップを載せたおぼんを置いて、雨澄の前にコップを置いた。

 

「――いただきます……ごちそうさま」


 雨澄は会釈して自前の水だけでは水分不足が顕著だったのか、お茶のコップに口を付けるとぐいっと一気に飲み干した。


「もう一杯?」


 雨澄は遠慮がちにこくりと頷いたので俺は持ってきていたボトルの麦茶を雨澄のコップに注いだ。

 結果三杯雨澄は麦茶を飲み干した、相当喉が渇いていたに違いなかった。





 時間は昼の十二時過ぎ、買ってきた食材などで昼食を作ろうとしていると――


「あ、こんにちは。ホニです」

「――……雨澄です」

 

 キッチンにいる俺の背後で声がするので振り返ってみると、そこには居間の扉を開けて入ってきたホニさんと挨拶する雨澄の姿があった。

 ホニさんは少しだけ腰が低く見え、雨澄も少しだが警戒心を滲みだしている。

 うーん、こうして鉢合わせする展開はあまり良くなかったか。


 挨拶だけするとホニさんがてくてくとキッチンにやってきて、俺に声をかけた。


「……そういえば今日雨澄さんを連れてくる日だったね」

「ああ、それで今から昼食を作るところなんだ。ホニさんも雨澄と一緒に昼食を待ってる……ってのは微妙か」


 険悪とまでは行かないがさっきの一瞬だけで気まずい空気の流れていた二人を並ばせておくのが良くないのではないかと思う。

 昼食が出来るまで部屋に戻っていてと、言いかけたその時だった。

 

「っ! それなら我も昼食作り手伝うよ!」

「いやいや悪いって、俺が勝手に雨澄招いてやってることだし――」

「ううん、それは譲れないよユウジさん。確かにユウジさんの作るご飯というのも楽しみだけど……我にも手伝わせて!」


 ホニさんらしくなく、今回ばかりは譲る気はないようで強く訴えかけてきた。

 ここまで来て断るほどの勇気もメンタルも持ち合わせてはおらず――


「……ああ、じゃあ野菜の切り出しから頼むよ」

「うんっ」


 ということもあって俺とホニさん二人で雨澄含む家族の昼食を作り始めたのである。


「――……」


 昼食を作っている間、テレビを一応は点けておいたものの雨澄は時折俺たちの方に目線を向けているようだった。





 そうして昼食が出来上がる。

 お弁当の枠組みを考慮しない、栄養バランスも考えて盛りだくさんな昼食を用意した。

 空調が効いているとはいえ、揚げ物は少し暑さがしんどかったが揚げたてを食べてもらいたかったので手作りのコロッケなどもホニさんとの協力プレイによって作り上げた。

 こうして俺と雨澄とホニさんと桐の昼食が出来上がったのである。


「じゃあ桐呼んでくるね」


 とホニさんがちゃぶ台に皿を並べ終わったところで居間を出て、俺と雨澄がちゃぶ台前に残された。

 桐を連れたホニさんが降りてくるのを待っていると、突如として雨澄が口を開いた。


「――……ホニ神は、本当の家族に見える」

「え?」

「――あなたが……下之が言っていることが分かった。ホニ神はあなた達にとって家族の一人なことが、見ていて分かった」

「見ていてって、俺とホニさんが昼食作ってるの見ててか?」


 雨澄は肯定を示すようにこくりと頷いた。


「――下之が異であるホニ神を願ってまで守った理由が分かったかもしれない。それと」

「それと?」

「――……少し懐かしかった」

「え、それは――」


 その答えを聞こうとしたその時、そのタイミングで桐とホニさんが居間に入ってきた。


「お待たせしてごめんなさい。もう、桐こんな時間なのに昼寝なんてして!」

「……ううむ、わしの年齢設定的には寝るのが仕事なんじゃぞ」


 昼寝から覚めたばかりともいうべき桐が目をこすりながらやってきて俺は苦笑する。

 こうして四人での昼食と相成った。




 やはりともいうか、雨澄が一番最初に食事を終えた。

 余分に作っておかわりなどもばっちこいだったが、その余分ちょうどを雨澄は食べた……早食いかつ大食い属性を感じざるを得なかった。 


「――ごちそうさま」


 それから俺が食べ終わり、それよりもだいぶ遅れてホニさんと桐が食べ終えた。

 桐が真っ先に自室に戻ると、全員食べ終えたところで食器洗いでもしようと思っていた腰あげたところでホニさんに静止させられ、俺の耳元に口を寄せた。


「……我がやるからユウジさんは座ってて。せっかく彼女さんが来てるんだから」

「ああ…………って彼女ぉ!?」


 ひそひそ話の最中だというのに、大きな声をあげてしまい雨澄が首を傾げるのが目に見えた。


「……違うの?」

「ち、違うぞ。今日の招いたのだって約束していた月曜と金曜の弁当の延長線上であって――」

「ふーん、じゃあそういうことにしておくね」

「そういうことって……ホニさん!」


 ホニさんはほんの少しだけ不機嫌そうな表情で一人キッチンに向かっていってしまった。

 おそらくさっきと同じようにホニさんは譲ってくれそうになく、俺は諦めて座り直した。

 すると隣の雨澄がまた口を開いた。


「――さっきの続き」

「え? ああ……懐かしかったとか、だっけか」


 雨澄はこくり頷く。


「――幼少期私と母は並んでキッチンに立っていた、それを思い出した」

「雨澄のお母さんって……」


 俺は以前に雨澄に聞いていた、雨澄がホニさんを倒すべく急いていた理由、貢献度を欲していた理由。

 それは病状の良くない母を神にもう一度の願いをもって治してもらうためだったと話していた。


「――……下之には聞いてほしいことがある」

「あ、ああ。聞くぞ」

「――……私がそもそも神裁になったキッカケは――」


 神裁になる条件は、異を倒すことだった。

 雨澄に言われた通りに異を倒したことで、神裁になれる権利を得たことからも確かだった。


 ということは雨澄も最初は異を倒したことになる。


「――……何の予兆もなかった、突然だった。体の弱い母が豹変して……私たち姉妹に暴力を振るうようになった」

「…………っ」


 話された内容に俺は相槌を打つことも叶わずに息を呑む。


「――ついには一線超えて、刃物で私の妹を刺そうとした」

「っ!」


 それを俺なんかが聞いて言いことなのだろうか、確かに俺に話すのは少しの信頼か、こうして家に招いたからかもしれない。

 それにしても雨澄の話すことは――


「――だから私は妹を守ろうと、母を殴って倒れさせた……それが私の神裁になるキッカケ」

「憑かれてた……ってことか」


 俺も何度か遭遇したことのある、人に憑くタイプの異だった。

 おそらくホニさんもそれに近しいか、そのものだろう。

 母が知らぬ間に異に憑かれて、家族を襲ったのだ。


「――母親を殴って倒れさせて、意識を失わせた時のことを今も覚えている。後悔しかなかった、でもしなければ妹が殺されていたかもしれなかった」


 俺でも人に憑いた異を浄化する際に、決して抵抗がないわけではない。

 それとはまったく違う、そもそも異という存在を知らず、狂乱したかに思えた母親を殴って昏倒させなければならなかった雨澄の心情は計り知れない。


「――それで神の前に連れてこられた。そして私は願った――」



 私が母親を殴ったことを、母がこれまで私たちに暴力を振るったことを、妹がそれを見ていたこともすべて――無かったことにして下さいと。



「――神裁になって部屋に戻ると、すべてなかったことになっていた。殴って昏倒させた母親も普通に過ごしていて、妹も母親の豹変したことを覚えていなかった」


 そう……か。

 そうだったのか、雨澄が異に対して……いや、ホニさんに対して悪い印象を……いやむしろ憎悪を抱いてもおかしくない理由がわかった。

 母親の振りをした異によって姉妹ともども心も体も傷つけられて、そんな異に憑かれていたとしても母親を殴り昏倒させてしまった。

 異を、同じように人に憑いているホニさんを良く思わないのは当たり前だったのだ。


「――……申し訳ない。下之相手だと、話過ぎてしまう」

「いや、俺も悪かった……雨澄のことをよく知らずに無神経なことをこれまで言ってきたと思う」


 俺が家族だと言って守るホニさんを、雨澄は理解できないのは仕方のないことだった。


「――当たり前、知るわけがないのだから」

「……そうか」

「――そして私も申し訳なかった、これまでホニ神を侮辱するようなことを言ってきた……訂正させてほしい」

「雨澄……?」

「――神裁になって、色々異に触れてきた。けれどこうして共存している例は見たことが無かった……そして二人キッチンに並んで食事を作るなんて」

「そう言ってもらえると嬉しいが……でもやっぱり雨澄にとってはホニさんは――」

「――下之の家族、そう改めて認識させてもらった。そもそも異はそれぞれの思惑があることも知っていた、ホニ神のような存在が居てもおかしくはない」

「……ありがとうな、雨澄」


 すると雨澄はちゃぶ台前から立ち上がってキッチンに向かうと――


「――ホニ神、美味しい昼食をありがとう」

「え? う、うん。おそまつさま?」


 唐突に背後からやってきたと思えばそうお礼を言われたことでホニさんは幾らか動揺している様子だった。

 雨澄のことを知れたことが嬉しいと同じぐらいに、雨澄がホニさんに理解を示してくれたのが俺は嬉しかったのだ。

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